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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
予想外の災厄編

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454/705

王妃は覚悟を決める

 ――ハーヴィスにて(王妃視点)


「……」


 無力感に苛まれながらも、私はこれまでのことを思い返していた。

 アグノスの仕出かしたことを切っ掛けに、彼女と周囲の者達のことを調べた結果――『アグノスのみが悪い』とは言えない状況だと気付いてしまったのだ。

 アグノスが『血の淀み』を持つことは事実であり、その点だけは他国にも同情してもらえるとは思う。

 だが、彼女の置かれた環境を突かれた場合、どう頑張っても『国の管理不足』という事実に行き当たってしまう。

 アグノスは母親を亡くしていることもあり、最も近くにいたのは乳母である女性。それだけでなく、アグノスの周囲には彼女に同情的な者達が集められていた。

 それはいい。そこまではいいのだ、乳母や周囲が母親の代わりに慈しみ、教育してやればいいのだから。

 私とて、そう思っていた。報告されていたことだけを見る限り、それで問題はなかったのだから。

 ……が、事実は報告と異なっていた。


「あれは『哀れな生まれの主に同情し、仕える者達』ではない。あれでは『主の望みが第一の信奉者』じゃないの」


 乳母はまだしも、アグノスの周囲には彼女の望みを第一とする者が多過ぎた。稀に諫める者が出ても、彼らはその人物を敵と認識し、排除する始末。

 これでは、まともに育つはずがない。愚かにも軌道修正を担う者を排除し、『可哀想な精霊姫』に仕立て上げたのは間違いなく、その周囲。


「亡くなった乳母は……かの側室様のご実家から付いて来たはず。ならば、仕える家のお嬢様が産んだ子が大事なのは仕方ない。きっと、主から頼まれていたでしょうし」


 何度か言葉を交わしたことがある乳母はとても責任感があり、アグノスを守ることが使命と思っているような人だった。

 そんな人物がアグノスの最も近い位置に居るからこそ、私は安心していたのだ。これは陛下も同じ認識だった。

 だが、私達は忘れていたのだ……彼女は私達に忠誠を誓う者ではないということを。

『アグノスを最優先に考える者』ならば、どんな事情があろうとも彼女を守るだろう。だが、それはあくまでも『乳母の価値観が主体になる』という前提が付く。


 王女としての在り方を知らない……その責務を理解できない者に、王女の教育などできるはずがない。


 アグノスは公務こそ外されているが、それでも『王女』という立場に変わりはなかった。ならば最低限、『王女としてやってはいけないこと』は教えなければならないはず。


「『御伽噺に依存させる』という発想までは良かったと思うわ。だけど、いつまでも子供ではいられない。新たな物語を作り上げ、そこに現実を少しずつ混ぜながら、『お姫様がしてはいけないこと』を教えるべきだった」


 それならばアグノスとて、今回のような暴挙には至らなかったように思う。『他国に迷惑をかけてはいけない』『王女の行動の責任を取るのは、時として国である』……この二点を理解しているだけでも、十分に防げた事態じゃないか。

 理解させることは難しいかもしれない。それなりに手間もかかるし、大変だとは思う。

 だが、アグノスのことを想うならば……罪人となる未来から切り離したければ、やっておくべきことだった。


 ……だからこそ、私は疑問に思う。


 乳母にその知識がないのはまだ判る。彼女は王族専門の教育係ではないし、アグノスを守りたかっただけなのだから。

 言い方は悪いが、乳母は『常にアグノスの味方となり、甘やかし、時に諭す』という役割だ。いくら何でも、彼女に全ての責任を押し付ける真似などできはしない。

 すると当然、こう思うだろう――『アグノスの教育係は不在なのか?』と。

 他国とて、それを疑問視するはずだ。いくら『血の淀み』を持っていようとも、それなりに話が通じる状態――狂気に囚われている場合、可哀想だが、幽閉が常だ――ならば、王女としての教育がなされるはず。


「捕らえたアグノスの信奉者達は口を揃えて『アグノス様の心を乱すような存在は要らない』と言ったけれど、そうなったのは御伽噺に依存させたことが原因じゃないの。御伽噺の世界を信じているなら、現実を教える教育係は彼女の世界を壊す邪魔者でしかない」


 アグノスが癇癪を起こすのも当然である。教育係が教える『現実において必要なこと』と、周囲の者達が教える『御伽噺の世界』、その二つが交わることなどあり得ない。

 アグノスは学習能力が高いと報告を受けているから、彼女はその二つを自分の中で上手く融合できなかったに違いない。アグノスにとっては、どちらも等しく『教えられたこと』なのだから。

 乳母がその歪さに気付き、少しずつ現実に近づけていく努力をしていれば、アグノスとて混乱などしなかっただろう。

 ――だが、その乳母は数年前に亡くなってしまった。

 そうなると、周囲にはアグノスの信奉者しか残らない。これでは彼女の歪みを正そうとするどころか、増長させてしまうだけ。


 アグノスは自分の仕出かしたことを『理解していない』のではない。

『それが悪いことだと、知らなかった』のではあるまいか?


 似ているようで、全く異なっている二つの認識。後者だった場合、アグノスは己が罪を理解できまい。無知だと責められようとも、『知らないことはどうしようもない』じゃないか。

 だからこそ、あのように朗らかに……何の罪悪感もなく、自分がしたことを認められたのではなかろうか?

 常識を持つ者からすれば、アグノスの態度は得体の知れない恐怖さえ抱かせるほど奇妙に映る。だが、それらを知らないアグノスからすれば、何故咎められるのか判るまい。

 そう思い至った時、私は思わず唇を噛んだ。


 哀れだ、とても。母の死、『血の淀み』、周囲の環境……全てが悪い方向に活かされてしまっている。


 こんなことならば、陛下の反対を押し切ってでも、アグノスの教育に口を出せば良かった。乳母との衝突はあったかもしれないが、彼女とてアグノスの未来を案じた一人……必要なことだと理解できれば、良き同志となったはず。

 問題なのはアグノスの信奉者とも言うべき者達だが、彼らとてそういった教育の重要性や、知らなかった場合に起こる『悲劇』を教えれば、良い協力者になったかもしれない。


「哀れな子……周りの者達の愚かさ、その好意の間違った在り方が、あの子を罪人にしてしまった」


 無邪気な、子供のような顔で笑うアグノスを思い出す。穏やかに生きる未来もあったはずなのに、周囲によってそれを潰されてしまった『犠牲者』。

 それでも、成したことは罪なのだ。行動してしまった以上、私達は国としての対応をせねばならない。


「ごめんなさい。私は貴女を庇えない……王妃として、この国を第一に考える者として、貴女を庇うわけにはいかない。だけど、貴女をそんな未来に誘導した者達も許す気はないわ」


 僅かに目を眇める。アグノスの周囲を探るうちに気付いた『あること』を思い出して。


「確かに、あの子の信奉者は多かった。だけど、『全てではない』。私達への報告を怠り、状況の発覚を遅らせ、今回の事態を心待ちにしていた者達。その心がどこに向いているのかは判らないけれど、必ず炙り出してみせましょう」


 イルフェナからの抗議を餌に、処罰を声高に叫ぶ者達を探る。

 私達に罪がないとは言わないけれど、アグノスを『利用』し、己が望みを叶えようとする者達に勝利をくれてやる気はない。

 この期に及んでアグノスを憐れむばかりの陛下に愛情などないが、国が乱れることを私は望まないのだから。


 それがハーヴィス王妃たる私の矜持であり、アグノスへの贖罪だ。

 守ってやることはできないけれど、あの子だけを『愚かな姫』で終わらせはしない。


「国の未来を憂う気持ちは同じ。けれど、目指す未来や掲げた正義が『同じとは限らない』。私はこの国の変化を願ったけれど、それは自分達の手で成し遂げるからこそ意味があり、根付く。泥を被る覚悟もない卑怯者達には相応の罰が下るでしょう」


 ――だって、彼らが喧嘩を売ったのはイルフェナなのだから。


 私は民間に流れる魔導師の噂が正しいとは思っていなかった。彼女の功績は薄っぺらい正義感で成し遂げられるような……物語のように犠牲を伴わないで成し遂げられるようなものではない。

 噂として流れていないだけで、それなりに追い落とした者達が居るはずなのだ。それなのに、批難の声が上がっていないというのならば。


 国か、魔導師か、その両方か。それとも魔王と呼ばれる王子の配下達か。

 誰が動いたかは判らないが、彼らはそういった輩を『許さなかった』のだろう。


 特に、今回はエルシュオン殿下が襲撃されている。直属である『最悪の剣』は勿論、かの王子の配下と自称している『異世界人の魔導師』とて、動くだろう。

 彼らに『アグノスと襲撃を行なった者達が悪い』なんて言い訳は通じまい。そもそも、イルフェナはそんな稚拙な言い分に騙されてくれるほど甘い国ではないのだ。


「必要ならば、私の首を捧げましょう。陛下とて、逃げることは許しません。ですが、退場するのは『この一件の加害者に該当する全ての者達』です」


 情けない話だが、私では炙り出す程度が精々だろう。だからこそ、王妃としての最期の責任――首を捧げつつ願うのだ。

『どうか、この一件の【加害者全て】に処罰を。特に、アグノスを利用した者達は許さないで欲しい』と!

 ……そうでなければ、あまりにもアグノスが哀れではないか。

 周囲の言葉に流され続けた無垢な子供、それがアグノス。エルシュオン殿下襲撃において主犯という立場にあろうとも、彼女は紛れもなく被害者なのだから。


「罰は受けねばなりません。ですが、貴女だけが悪いとは思いません」


 貴女の真実をイルフェナに話し、罪に寄り添いましょう。それが私なりの責任の取り方なのだから。

色々調べて、アグノス一人が悪いのではないと思い至った王妃。

彼女はある意味、主人公にとって最高の協力者になれるのかもしれません。

※多忙につき、来週の更新はお休みさせていただきます。

※番外編やIFなどは今後、こちら。

 https://ncode.syosetu.com/n4359ff/

※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。

 平日は毎日更新となっております。

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― 新着の感想 ―
[一言] というか、王妃様ってモロに魔導師様の『好み』ドストライクやないかw 敵対者でも腹を括った愛国者というか、地位に伴う責任を命がけで全うしようとする人物とか(ある意味)獲物認定待ったなし 国(妹…
[一言] ハーヴィス王妃もなんだかオカシイ気がするけど。 そもそも「血の淀みガー!」って言ってるけど同じ【血の淀み】を持つ親猫様を【魔王】扱いして因縁つけてるのってハーヴィスでしたよね? 違いましたっ…
[一言] >『自分の殻に閉じこもるな、君は王妃だろ? 死ぬ事も狂う事も許さない……最後までキヴェラに尽くせ』 キヴェラの王妃様にミヅキが言ったことがこれなので、首を捧げるより大変な目に遭いそうな気が…
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