小話集31
小話其の一『エルシュオン殿下とゴードン医師』
――エルシュオンの寝室にて
「ほう……シュアンゼ殿下はそのようにお考えでしたか」
「ああ。ミヅキも言っていたけれど、彼は相当前から両親を見限っていたんだろうね」
そう言ってエルシュオンは苦笑する。その表情に憂いはない。あるのは心配事が一つ減ったという安堵だけ。
実のところ、エルシュオンは未だ、仕事に復帰してはいない。体調を考慮した結果、というのが一番の理由だが、実際にはハーヴィスを警戒してという意味もあった。
なにせ、あちらは何をするか判らない。監視も期待できない上、『他国の王族を襲撃すること』自体を望む一派が居る可能性までが浮上しているのだ。警戒するなという方が無理であろう。
現在、イルフェナに滞在している各国の『ミヅキの友人達』とて、それは十分に理解している。……そこに自分達が巻き込まれる可能性すらも。
それでも、彼らはイルフェナにやって来た。
自国に情報をもたらす役目を担い、同時に友を案じるゆえに。
その『友』にはミヅキだけでなく、エルシュオンも含まれている。多くの者はそれを察したからこそ、勝手なことをしたミヅキに強く言えないのだ。
なお、最もこの事態を喜んだのはイルフェナ王妃――エルシュオンの母である。
彼女はエルシュオンのことを昔から案じ、自分の魔力が高いことがエルシュオンを孤独にしている原因――魔力の高さ――を作り出したと落ち込み、ひたすらに努力する息子を見守ってきたのだから。
エルシュオンはもはや、孤独ではない。見守っていた者達の想いにも気付いている。
多くの者達に慕われる存在であり、小さな黒猫の『親猫様』なのだ。
……まあ、その『慕っている者達』が無暗やたらと有能だったり、凶暴だったりするのだが。
訳アリ人間が集ってしまったことでエルシュオンの善良さが浮き彫りになったので、その程度は仕方のないことなのだろう。本当にヤバい時はエルシュオンが止めるのだから問題はない。……多分。
「アルジェント達の話を聞く限り、シュアンゼ殿下はミヅキと仲が良いようです。ミヅキが諭したのか、元から目的だったのかは判りませんが、騎士寮で他国の者達と親交を深めているようですよ」
「ふふ。いいじゃないか、逞しくて。それくらいでなければ彼は今後、やっていけないよ」
「……。まあ、そうですな。将来的な成長はともかく、今のシュアンゼ殿下には味方がおりません。下心を持つ輩を警戒しながら形だけの繋がりを持つより、ミヅキが接点となっている者達と縁を繋いだ方がいいでしょう」
先ほどの一時を思い出したのか、エルシュオンはどこか楽しげだ。彼は心底、シュアンゼが化けることを願っているのだろう。
「ガニアの貴族達の大半はシュアンゼ殿下を疎むか、居ない者として扱ってきただろうからね。その評価を覆すどころか、恐れられる存在になるよう足掻くというのだから……面白いじゃないか。大人しそうな顔をして、結構な野心家だ」
「ミヅキやご自分を思い起こさせますかな?」
小さく笑いながらもシュアンゼを評価するエルシュオン。そんな彼へとゴードンは問い掛けた。
ゴードンにとっては、目の前の青年とて『結構な野心家』なのである。エルシュオンは『高過ぎる魔力』というハンデを持ちながら、何一つ手放すことなく、現状に至っているじゃないか。
はっきり言って我儘なのだ、エルシュオンは。幾つかの物を手放せば得られた平穏に見向きもせず、望んだ未来しか要らぬとばかりに努力してきたのだから。
その結果得たのが、あの騎士寮に暮らす猟犬達。主に不甲斐ない姿を見せられぬとばかりに努力してきた彼らを育てたのは、間違いなくエルシュオンなのだ。
「そうだね、キース殿達とは違うけれど……今度は『誰か』が成功する様を見届けたい気持ちはあるよ。ミヅキは私が何かしなくとも、勝手に成し遂げていくから」
「ああ……『足りない部分は努力と根性、不屈の精神で補えばいい』でしたかな。まさか、有言実行するとは思いませんでしたが」
「他の人が後を追おうにも、あれは参考にならないよね」
二人は揃って何とも言えない表情になった。彼らとて、ミヅキの努力は認めている。認めてはいるのだが、どうにもミヅキ自身の性格が多大に反映された結果ということも理解できているため、『無理』という一言に尽きた。
突き抜けた自己中にして、目的のためなら手段を択ばない外道。それがミヅキ。
そんな奴が複数出たら、各国は大迷惑だろう。混乱・騒動待ったなしだ。
「参考にならないというより、犯罪者予備軍を育成するわけにはいかないんだよね」
「ジークフリート殿ならば、可能そうな気がしますが」
「不吉なことを言うのは止めようね!? 実行されても、責任が持てないじゃないか!」
慌てて止めるエルシュオンに、ゴードンはひっそりと笑みを浮かべる。――『こんな時間を過ごすことも、私の願いであった』と思って。
かつてのエルシュオンは常に気を張っており、こんな風に慌て、声を荒げるなどありえなかった。それは信頼できる者が相手でも変わらず、彼の孤独を突き付けられる結果になっていたのだ。
それが今や、声を荒げ、笑い、叱り、配下達を信頼し、時には他者を気遣う余裕を見せている。少々、周囲の目を忘れがちになってしまうのは、そんな変化をもたらした黒猫の破天荒さゆえ。
「そう心配せずとも、シュアンゼ殿下やキース殿達は大丈夫でしょう」
なにせ、彼らが追う背中は『あの』自己中娘を懐かせた偉大な親猫様。エルシュオンの辿った道を知るからこそ、彼らは決して諦めまい。そして、猟犬達や黒猫はそんな親猫の役に立つべく、彼らを陰ながら支えるのだろう。
多くの者が勘違いをしているようだが、彼らの目標になっているのはミヅキではない。エルシュオンなのだ。
「騒々しいながらも、楽しき時間。幼い頃からの夢が叶いましたなぁ?」
途端に口を噤み、顔を赤らめるエルシュオンを前に、ゴードンは声を上げて笑った。
※※※※※※※※※
小話其の二『ルドルフ君とミヅキちゃん』(ルドルフ視点)
――ルドルフが滞在している客室にて
「……」
『それ』を持ってミヅキが現れた時、俺は一体、何が始まるのだろうと思った。
「ええと……その、ミヅキ? お前は一体、何を始めるつもりだ?」
「え? 何もしないけど」
『今は』と続いた気がした。それはセイルや同行していたアルジェントも同じらしく、『おやおや』などと言って笑いを堪えている。
……。
親猫不在だからといって、職務怠慢は良くないぞ?
形だけでもいいから止めろよ、守護役。何をするかは知らんが、俺まで共犯扱いされるだろ!?
ま、まあ、それがハーヴィスへの報復ならば、喜んで共犯になるのだが。立場上、俺は絶対に動けない。ならば、ミヅキの共犯になるしかないじゃないか!
勿論、その時には俺の代わりにセイルを同行させるつもりだ。セイルは正式な守護役の一人なので、同行理由としては十分なのだから。
ただし、俺がセイルに望むのは『ミヅキと一緒に暴れて来い。ついでに映像その他を宜しく』ということだけどな!
エルシュオンを害され、俺自身も狙われたんだ。誰が大人しく泣き寝入りなんてしてやるものか!
なお、すでにアーヴィには報告済みだ。それでも何も言ってこないどころか、俺がイルフェナに滞在するのを許しているのだから、アーヴィ的には『言葉はなくとも許可します』というところなのだろう。
まあ、そんなことはともかくとして。今は『それ』の理由を聞こうじゃないか。
「とりあえず、説明を求む。というか……それ、お前の?」
「うん!」
笑顔で頷くミヅキ。……うん、こいつの本性を知らなければ、微笑ましい光景に見えるのかもしれない。
そう思えるほど、『それ』はミヅキの性格を知っていると、違和感のあるものだった。
「可愛いでしょー! 似てるでしょー! 親猫様(偽)!」
「お……親猫様(偽)ぇ……?」
ついつい、ジト目になってしまう。ミヅキが満面の笑みで抱えている――本当に抱えている。子供くらいの大きさなのだ――のは、巨大な金色の猫のぬいぐるみ。
その毛色といい、上質さを感じさせる様といい、どう考えてもエルシュオンを彷彿とさせるものだった。印象的な青い瞳が、俺達を見守る彼の優しい眼差しを思い起こさせる。
「ガニアで孤立奮闘していた時に、クラレンスさんから渡されたんだよ」
「ああ、アルジェント殿の義兄だから……」
「近衛騎士からの贈り物だってさ。しかも『頑張れますね?』ってトドメ刺された」
「え゛」
それって、もしかしなくとも、『結果を出しなさい? できないなんて許しませんよ?』という脅しなんじゃ……?
思わず、顔が引き攣る。敵の最中に単独で滞在しているミヅキに対し、何を言っているのだ。
良い方向に考えれば『それが可能だと信頼している』と受け取れるだろうが、相手は『近衛の鬼畜』とすら言われるクラレンス。
彼は実力で伸し上がった典型のような人物なので、冗談抜きに脅迫一歩手前の応援だったのではあるまいか。
……まあ、ミヅキもバッチリそれに応える性格をしているので、問題はなかったようだが。
魔導師と言えども、異世界人相手にこの扱い。贈り主が近衛騎士と言っていた以上、それが近衛の総意ということだろう。やはり、イルフェナの皆様は普通ではない。
「で、それがどうしたんだ? ここに持って来る意味は一体……?」
当然の疑問を口にすると、ミヅキは俺に近寄って来て。
「はい、貸してあげる」
俺にぬいぐるみを差し出してきた。
……。
お い 、 俺 に ど う し ろ と ?
「ルドルフ寂しそうだから、貸してあげる。貸すだけだよ、あげない」
「いやいや、俺は成人男子であってだな……」
「魔王様に似てるでしょ? 私もガニアでは癒しとして抱き枕にしてた」
「ああ……」
どうやら、ミヅキにもストレスを感じる繊細さが存在していたらしい。
思わず、『お前にそんなまともな感情があったのか!』と感動しかけた俺に、ミヅキは容赦ない追い打ちを行なった。
「最終的に〆る奴って、王弟夫妻+αくらいじゃん? だけどさ、ウザイ貴族は結構居たんだよね。だから『覚えてやがれ、いつか殺す』って親猫様(偽)相手に、呪いの言葉を吐いてた」
「どこが『癒し』だ! お前の呪いを一身に受けてるじゃねーか!」
「仕方ないでしょ! 寝る時くらいしか恨み言を吐けなかったんだもん!」
「う……た、確かに」
「でしょー?」
思わず突っ込むも、当時のミヅキの状況を思い出し……思わず納得してしまう。
報告を聞いた時、『よく途中で報復を思い止まったな?』とは思っていたのだ。ミヅキの性格上、『覚えてやがれ』なんて言葉を吐こうものなら、その場で完膚なきまでに叩きのめすからな。
なお、その理由は『覚えているのが面倒だし、後から報復されても覚えていないから』。
……これを聞いた時、俺は思った。『お前、報復を試みた奴に謝れ』と。
相手は万全の準備を整えて報復に挑むというのに、ミヅキ的には『誰、あんた?』で終わる。一度、これをリアルに聞いてしまった時、仕掛けた奴の顔には絶望感が漂っていた。
あんまりな光景にミヅキを諭せば、前述した台詞を言われたのだ。ミヅキは遊んで楽しい玩具ならば覚えているし、後々も遊ぼうとするが、それ以外は『そんなこともあった』程度にしか覚えていないのである……!
大馬鹿野郎だ。本当に、本っ当に! どうしようもない自己中なのだ。
仕掛けてくる奴に同情したのは、これが初めてだった。馬鹿猫扱いも納得だ。
「ふわふわだし、抱き心地もいい。何より! 魔王様によく似てる! だから名前も親猫様(偽)」
「安直な」
「ちなみに、魔王様にはこれの前足の間に収まるサイズの子猫のぬいぐるみが贈られてたみたい。だからそっちは子猫(偽)って呼ばれている」
「え゛」
「二匹揃って、魔王様の執務室が居場所です」
「へ、へぇ……エルシュオン、随分と微笑ましい場所で仕事してるのな……」
それしか言えまい。エルシュオンの執務室を訪れた者達の困惑する様が目に浮かぶ。
「だからね、これを抱き枕にしてルドルフも頑張って」
「何を頑張るんだ、何を」
「ん〜……魔王様への負い目とか、心配? 一応、魔王様はあんたを庇ったことになってるし、夢見て魘されてそう」
「っ! あ、ああ、そうだ、な」
……驚いた。ミヅキにそこまで見透かされているとは思っていなかったから、咄嗟のことで取り繕えない。
実際、ミヅキの言う通りなのだ。俺は一度見たり聞いたりしたことは忘れないため、時々だが、あの時のことを夢に見る。
エルシュオンが無事だったことは知っているので、それ自体は大丈夫なのだが……エルシュオンを失うと思った時に感じた感情――絶望や喪失感――までは上手く消化できていない。
ただ、こればかりは仕方がないと思っている。過去のことも含めて、俺はまだ完全に吹っ切れてはいないのだから。
エルシュオンのことで一時的にそれを思い出し、少しだけ不安になっているのだろう。そもそも、俺はもうあの頃のように何もできない子供ではない。
「大丈夫! 親猫様(偽)が一緒だから、良く眠れるよ!」
「何だよ、その自信は」
呆れながら尋ねると、ミヅキはぬいぐるみを俺に押し付けた。
「だって、ぬいぐるみだろうとも親猫様だよ? ルドルフが苦しんでいるのを放置するなんて、ありえない」
「え……」
「それにね、私の世界には『付喪神』っていう、『長い年月を経た物には神が宿る』っていうものもあるんだよ。あんたもこれが『私の呪いを受けた』って言ってたじゃない。試す価値は有りだ!」
受け取ったぬいぐるみは物凄く手触りが良く、その青い目は俺を映している。今にも鳴き声を上げそうなぬいぐるみは紛れもなく、エルシュオンを模した物なのだろう。
……俺でさえ、似ていると思ってしまうのだから。
「判った。ありがたく借りておくよ」
抱きしめるように抱えれば、ミヅキは満足げに笑った。
――その後、悪夢は見ていない。
場所は違えど、微笑ましい場面二連発。
親猫様(偽)はルドルフがイルフェナに滞在中、ずっと彼の傍に居ます。
勿論、魔王殿下はそんなことなど知りません(笑)
※番外編やIFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
平日は毎日更新となっております。




