訪ねてきたのは 其の二
さて、これまでのことを踏まえると、ヴァイスの目的は『私を通じて、イルフェナを含めた各国に情報をもたらすこと』という可能性が高い。
なにせ、『友人達にお手紙を送って、情報をばら撒く』ということをやった直後に、これだもの。これまでの話から察するに、サロヴァーラは隣国だからこそ、ハーヴィスに最も詳しい国と言えるのかもしれない。
「一応、確認させてもらってもいいかな? 貴方の目的は『魔導師を通じて、イルフェナを含めた各国に情報をもたらすこと』で合ってる? 頷くか、首を横に振るかで答えて」
「……」
一応の保険――はっきりと口にしなければ、不利な状況になった時に誤魔化せる――をかけて問いかけると、ヴァイスは首を縦に振った。合っているらしい。
「今回みたいな場合は、どれだけ第三者を味方に付けられるかが重要になってくる。君の情報はそれを左右する要素になりかねない。万が一の時、君は虚言を疑われて処罰されることもありえるよ。イルフェナが不利になった場合、切り捨てられるのは君だと判っているのかな?」
「覚悟の上です。ですから、これはあくまでも『私個人の行動』なのですよ。そのようになった時は、サロヴァーラが即座に『動いて』くれるでしょう。罪人は私一人で十分です」
シュアンゼ殿下が懸念を口にするも、ヴァイスに迷いは見られない。私とシュアンゼ殿下は顔を見合わせ、ほぼ同時に警戒を解いた。
……物凄く真面目で良い人なんだな、ヴァイス君。これは警戒する必要ないわ。寧ろ、こちらの方も誠意を見せなければと思ってしまう。
「おーけい、貴方の『勝手な行動』は私が引き継ぎましょ。今度は私が『個人的なお手紙』に認めて、各国の友人達に送るわ」
「私も一枚噛もう。君を疑うわけではないが、いくら隣国とはいえ、一国だけの情報では信憑性に欠けると考える輩もいる。ガニアで私が得た情報と擦り合わせ、より確実なものとして伝えよう」
「は……貴方はガニアの方だったのですか。てっきり、魔導師殿と懇意にしているイルフェナ貴族の方かと」
「「あ」」
怪訝そうなヴァイスの言葉に、私達は同時に声を上げる。そういや、自己紹介がまだだった。
ヴァイスから見たら、『魔王殿下が負傷中であり、守護役達も忙しいので、魔導師と親しい貴族がお世話係に選ばれた』ってのが妥当なところ。
私達が親しさを隠していないし、その、シュアンゼ殿下は騎士には見えないから。親しくしている人の中から選ばれたお目付け役というか、見張りというか、そんな立場に思えたのだろう。
この場に居る以上、私に好意的に接してくれている人であることは疑いようがないが、それ以外は一切不明。それなのに、いきなりガニア云々と言い出したので、首を傾げてしまったに違いない。
「その、魔導師殿と親しいご友人かと思っておりました」
「ああ、うん、それは合ってる」
「まあ、この場に同席しているからねぇ……」
一応、非公式という扱い――基本的に、王族が従者とたった二人だけで訪問するなどあり得ない――なので、こちらから名乗ることはしなかった。
ヴァイスと名乗っている来訪者が本物か判らなかったし、その用事とやらも不明だったからねぇ。
さて、どうしたものか。ここは素直に暴露してしまっても良いような気がするけど。
「……どうする? 私はどっちでもいいよ、判断は任せる」
「うーん……私を信用してもらう意味でも、正しい立場を名乗るべきかな。こう言っては何だけど、下手に偽名を使った場合、ガニアからの情報そのものが疑われる可能性が高い」
「ですよねー!」
「お嬢様。主様のことでしたら、足の治療という名目が使えますよ。主様は未だ、満足に歩くことができません。こちらにいらっしゃった理由として、それを利用いたしましょう」
「言うようになったね、ラフィーク」
意外な提案に、シュアンゼ殿下が苦笑を浮かべる。だが、ラフィークさんは穏やかに笑った。
「主様がどのようなことであろうとも利用し、利点に繋げる覚悟をなさっているのです。ならば、私はそれに倣うまで。これまで随分と、悔しく思ってきたのです。一度くらい、都合よく利用しても良いではありませんか」
「そうだね、私が歩けなかったのは事実。そして……まだ満足に歩けないことも事実なんだ。とりあえず国が落ち着いたから、一度、ミヅキに診てもらいに来た……とでも言っておこうか」
「はい」
頷き合う主従。どうやら、立場の暴露という方向になったらしい。ついでに、イルフェナへの訪問理由が確定した模様。
『国の情勢が一段落したから、足を診てもらいにお友達を訪ねたの。そうしたら、偶々来ていたサロヴァーラの騎士さんと知り合いになっちゃった! 気が合ったから、色々とお話ししたよ』(意訳)
簡単に言うと、こんな感じで話を通す気満々ですな。あくまでも『仲良くなった人達の遣り取り』であって、『国が所有する情報の暴露』ではない、と。
シュアンゼ殿下は独自に情報を集めていたようだし、ガニアの機密方面の情報をばらすほど愚かではない。
ヴァイスの方は『魔導師に恩義を感じ、処罰覚悟で情報を持ってきたら、シュアンゼ殿下と知り合った』とでも言っておけばいい。それも嘘じゃないし。
「彼は処罰覚悟でここに来たけど、ミヅキとしては現状維持が望ましいんだろう?」
「うん。サロヴァーラにおいて、数少ない信頼できる人だもの。国王一家のためにも、降格処分とかもさせたくない」
「じゃあ、簡単だよ! 私と友人関係になって、ガニアとサロヴァーラの架け橋になれる人物に仕立てればいい。今回は君を間に挟んだ形になるけど、今後は直接の遣り取りもしたいしね」
「は!?」
楽しそうに語るシュアンゼ殿下に、私はなるほどと頷き、ヴァイスはぎょっとしてシュアンゼ殿下をガン見した。
「あ〜……ガニアとしても、味方を作るならサロヴァーラが最適なのか。確かに、『北の国』っていう括りだと、ティルシアが居るサロヴァーラが適任だわ」
「だろう? 今回のことを踏まえるまでもなく、ハーヴィスは信頼できない。勿論、イディオは論外だよ」
女狐様は基本的にサロヴァーラから動けないが、ヴァイスは動くことが可能……というか、かなりフットワークは軽い。騎士だから強行軍も可能な体力があるし、高位貴族だから身分的な意味でも問題はないだろう。
灰色猫とて、今は少しでも人脈が欲しい時。この遣り取りの中でヴァイスは見事、シュアンゼ殿下とラフィークさんから『信頼できる人』という称号を勝ち取ったようだ。
……。
ヴァイスよ、喜べ。君は予想以上の大物を釣り上げたようだ。灰色猫は頼もしいぞぉ!
今はともかく、今後のシュアンゼ殿下はファクル公爵予備軍。黒を通り越した、漆黒の腹黒だ。
自国の王家を嘗めきっていたサロヴァーラの貴族達にとって、これほど怖い『お友達』はいなかろう。『貴方の身近な恐怖・魔導師さん(異世界産)』のお友達という意味でも、ビビらせるには十分だ。
そもそも、シュアンゼ殿下は『サロヴァーラ王家に味方するわけじゃない』。『王家に対する忠誠心MAXの、サロヴァーラの近衛騎士(※公爵家の人間)とお友達になる』と言っているだけ。
だけど、ヴァイスの性格を見る限り、確実にサロヴァーラ王家の力となってくれると推測。
私と『楽しく遊べる人』ですからね、シュアンゼ殿下。
玩具が多い時は『魔導師、召☆喚』! 躊躇いなんて、あるはずねぇ!
その際の本音は絶対に、『黒猫が居れば面白くなると思った』オンリー。
私達の友情の証は『魔導師とエルシュオン殿下も持っている猫耳(※黒騎士製)』で十分じゃないか。
ガニアとサロヴァーラの極一部以外にとっては、悪夢以外の何物でもない繋がりだろう。南や女性陣とは別枠で、私を含めた『お友達の輪』が完成だ。
微妙に、ヴァイスが『猫二匹に騙され、巻き添えになった哀れな騎士』的な立場な気がするが、彼の不幸属性は今に始まったことではないので、本人は全く気付くまい。
ま、まあ、利点もちゃんとあるからね!? 困った時はちゃんと連絡するんだよ? 表向きな牽制要員(灰色猫担当)と、裏工作・力業要員(黒猫担当)が、君には控えているのだからっ!
「ふふ、予想以上の成果だよ。やっぱり、イルフェナに来て良かった!」
「よし、その調子でガンガン行け! 今後、想定される貴族達の虐めは厳しくってよ?」
「覚悟してるよ。だけど、楽しみでもあるんだ。それを『玩具にして遊べ』って教えたのは、ミヅキじゃないか」
「だって、本当のことだもの。相手有責で返り討ちってのが、醍醐味じゃない」
ヴァイス君を置き去りにして、にこやかに会話する私達。微笑ましそうに眺めているラフィークさんを含め、これらのことは私達の間ですでに決定事項。勿論、異議は認めない。
「と、いうわけで!」
「はっはい!」
勢いよくそちらを向くと、ヴァイスは条件反射と言わんばかりに背筋を伸ばす。
「こちら、ガニアのシュアンゼ殿下。例のガニアの騒動の渦中にいた、王弟夫妻の実子。現在、ガニア王の養子になって、第二王子になっているらしい」
「ああ、この方が……。詳細までとは言いませんが、ある程度は存じております」
凡そのことは知っているのか、痛ましそうな視線を向けるヴァイス。
……が。
灰色猫はどちらかと言えば、主犯寄り。国王一家からすれば健気な甥っ子かもしれないが、私からすれば『ついにぶち切れ、殺る気のままに王弟夫妻を追い落とした【魔導師の共犯者】』。
間違っても、痛ましそうな視線を向けられる理由はない。見た目が大人しそうな分、本性が未だ、多くの人に知られていないだけさ。
「で、今から君のお友達」
「は!?」
「これもミヅキが繋いだ縁だ。宜しく頼むよ」
硬直するヴァイスの手を取り、勝手に握手をするシュアンゼ殿下。微笑ましく見つめる私ですが、バッチリ記録係として証拠を押さえております。
だって、魔導師だもの。記録用魔道具の所持は義務です、義・務!
私がこの場に居るだけで、全部記録されているの。
編集が必要な個所はともかく、『握手を交わすシュアンゼ殿下とサロヴァーラの騎士ヴァイス』という光景は嘘に非ず!
……というか、身分的にも丁度いいお友達なのよね。
ヴァイスは四男、しかも騎士なので、よっぽどのことがない限り、当主になることはない。婿になるにしても、彼の家は王の味方だったため、敵対していた家との縁組みは絶対にあり得ない。それ以前に、本人が全力で拒否しそう。
対するシュアンゼ殿下とて、第二王子という立場にはなっているけれど、少々、状況が特殊である。テゼルト殿下を脅かしかねない人脈というのは拙いが、権力とは無縁のヴァイスはそれに引っ掛からない。
イルフェナで顔を合わせたのは本当に偶然だけど、意外と良い縁だったかもしれん。彼らの性格は真逆だし、今後の行ないも水と油だろうけど、その根底にある忠誠心は同じ。
良い理解者であり、友人になれると思うんだ。特に、シュアンゼ殿下の方はヴァイスのような信頼できる友人がいれば心強い。
私はいつ化け物認定が大陸規模になるか、判りませんからね!
この世界のお友達もマジで重要だぞ、灰色猫。
「私はずっと引き籠もっていたこともあって、友人がほぼいないんだ。君は信頼できる感じがするし、仲良くしてくれると嬉しい」
「……私如きに、貴方様の友が務まるでしょうか」
「難しく考えなくていいよ。私が望むのは『互いに最上位にあるものがぶれず、其々の国を裏切らず、時には互いを利用し合って結果を出す者』だ。だから当然、君も私を頼ればいい。北が乱れることなど、私は望まない」
「……っ」
「君だって、最上位にあるのは国だろう? 『ガニアの王族と懇意にしている』という事実は、君にとっても強みになる。相談してくれれば、助言だってできるだろう。私達は互いを助け合えるよ」
「ですが……それでは、私ばかりが助けていただくことになりませんか?」
俯くヴァイスの手は、固く握り締められている。そんな彼の姿に、私達三人は苦笑して顔を見合わせた。
ああ、本当に善良なんだな。間違いなく本心からの言葉だからこそ、私達は好ましく感じている。
私の周囲は魔王様が過保護を大いに発揮して押さえてくれたし、シュアンゼ殿下はテゼルト殿下達に守られていた。
……だけど、利用しようとする奴がいなかったかといえば、間違いなく『否』。
私達は『守られていたことを知っている』。彼らが見返りを求めようとはしなかったことも含めて。
だからこそ、彼らの『お願い』には弱い。その身に危険が迫れば、躊躇わず牙を剥く。
多くの人は勘違いをしているようだが、私達は『先に守られたから、力を得た後に守る側になった』というだけ。恩返しも何も、先に行動してくれた彼らがいなければ、現状はあり得ない。
「自分の家、立場、個人的な強さ……そういったものを利用すればいいのよ。公爵家の人間なら、何らかの証言をする時だって、無視はできない」
「私がサロヴァーラに行った際、護衛として指名することもあるだろうね。護衛役が果たせない人間を付けられても、意味はないだろう?」
「……」
「要は『状況に応じて、自分ができることを思いつくか・つかないか』ってだけなのよ。ヴァイスの欠点は真面目過ぎて視野が狭くなりがちなところだけど、その改善も兼ねて、良いことだと思うけど?」
そこまで言うと、ヴァイスも何かしら思うことがあったのだろう。表情を改めると、シュアンゼ殿下に向き直った。
「私は視野が狭く、面白味のない人間です。魔導師殿のように、特出した才があるわけでもありません。ですが、人と向き合う誠実さは持ち合わせているつもりでいます。それでも構わないのでしょうか」
「十分だよ。寧ろ、私にとってはその誠実さこそが好ましい」
「それではお願い致します。貴方に恥じぬよう、私もいっそうの努力をいたしますので」
ヴァイスは自分が劣っているかのように言っているが、それは絶対に違う。というか、彼の善良さが輝いて見えますね! シュアンゼ殿下は両親とその取り巻きを知っているから、私以上に尊く感じているかもしれない。
「うん、本当にそれで十分だよ。忠誠ある悪役も必要だけど、善良な人間も必要だよね」
「シュアンゼ殿下、親とその周囲がクズだったもんねぇ」
「はは……彼の誠実さが輝いて見える面子だったよ……!」
しみじみと呟くと、シュアンゼ殿下は遠い目になって頷いた。ラフィークさんも「お労しゅうございました」と、目頭を押さえている。
そんな中、ヴァイスは一人意味が判らず、不思議そうな顔。……うん、君はそれでいいんだ。ガニアでの詳細を知らないと、私達の達観した表情の意味は判るまい。
まあ、とにかく。
「とりあえず、情報の擦り合わせを行ないましょうか。ハーヴィスが内部分裂する可能性もある以上、精霊姫だけを追及するのは悪手だわ。大人しく利用されてやるものですか」
「そうだね、素直に踊ってやる義理はない。ミヅキが出てくることも想定しているかもしれないしね」
「エルシュオン殿下への襲撃も、魔導師殿を動かすためだったやもしれませんね。これまでの功績を見る限り、報復はほぼ『元凶』に限定していらっしゃるようですから」
「あはは! いつも私が最小限の被害に留めているのは、魔王様がいるからなのにね! 大丈夫! その時は期待に応えて……最悪の結末に導いてあげる」
――だって、魔導師は『世界の災厄』なんでしょう?
笑いながらそう続けると、残る三人も口元に笑みを浮かべた。ただし、誰の目も笑ってはいなかったが。
降りかかる火の粉を、徹底的に避けてきたのがハーヴィスなんだもの。……私達が同じことをしても納得してくれるでしょ?
ヴァイスが『個人的なこと』に拘ったのは、こんな理由です。
彼は自分だけが泥を被る覚悟で、主人公を訪ねて来ました。
その果てに、シュアンゼ殿下という頼もしい友人をゲット。
※多忙につき、次週はお休みさせていただきます。
※2月に魔導師25巻が発売予定です。詳細は活動報告にて。




