意外な客人
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
――イルフェナ王城・ある一室にて
「「……」」
私は灰色猫……もとい、シュアンゼ殿下とラフィークさんから何とも言えない視線を向けられていた。無理矢理言葉にするならば『困惑』だろうか?
いやいや、私にそんな視線を向けられましても。
「……。君、サロヴァーラは『動かない』って言ってなかった?」
「言いましたよー。女狐様からのお手紙にもそう書かれてたし」
「じゃあ、何で君に『サロヴァーラからの客』が来るんだろうね?」
知らんがな、そんなこと。
ただ、シュアンゼ殿下達の困惑も当然だと思う。私だって、意味が判らないもの。
女狐様なティルシアは裏で動くことがあれど、連携が必要な場合はきちんと伝えるはず。サロヴァーラが動かない以上、情報の共有は私との遣り取りに限定されてしまうのだから。
今回のような場合は、それを匂わせる程度でも言って来るだろう。別の話題なり、世間話なりに偽造し、『お手紙の遣り取りがおかしくない状況』に仕立て上げてくるはずだ。
――よって、『私』に『サロヴァーラからの来客があった』となると、非常におかしい。
ティルシアの作戦外の行動であることは確実だし、下手をすれば、ティルシアさえも予想外の行動に出た奴が居たということになる。
おいおい……一体、どちらさんがそんな怖い真似をしでかしたんだ?
下手すると、アンタの首が(物理的な意味でも)危ないぞ?
女狐様は大変おっかない人である。それはもう、『殺ると決めたら容赦なし!』を地で行く人だ。
欲を出した手駒をあっさり毒殺したことといい、裏切者を始末する姿勢といい、情に縋ってどうにかなる人ではない。
まあ、これは大変甘い――情に厚いというか、ぶっちゃけて言うと頼りない――サロヴァーラ王がいるからこそ、バランスが取れているのだけど。
「まだ『サロヴァーラから客が来た』ってことしか聞いていないんだよ。こんな状況なので、イルフェナの方もそれなりに厳しく見るらしく」
「まあ、ねぇ……。君は民間人扱いだけど、魔導師だ。おかしな人物との接触を避ける意味でも、厳しく調べられると思うよ?」
「今まではほぼ、フリーパスだったのにぃ……面倒!」
ダン! と八つ当たり気味にテーブルを叩くと、シュアンゼ殿下が苦笑した。
「きっと、それもエルシュオン殿下の采配だったんだろうね。君に連絡が行くまでに、そういったことは全て終わらせていたんじゃないかな。君の護衛や監視を担う人だって、いつもより付けていただろうし」
「あ〜……確かに、会うのはほぼ騎士寮だった」
「やっぱり。相手は君の状況を知っているから何も思わなかっただろうけど、全く知らない人から見れば、それは相当に怖い状況だよ。『最悪の剣』と呼ばれる騎士達に囲まれて過ごすなんてね」
「そうでございますね……その、彼らが悪意ある噂通りの人物とは思いませんが、狂信じみた忠誠心を持つことは事実でございましょう。やはり、構えてしまうと思います」
「ええ〜……そんなことはないと思うけどなぁ」
シュアンゼ殿下とラフィークさんの言葉に、心底、首を傾げてしまう。そんなに怖いかね?
多分、彼らに関する噂とやらは『高い能力と狂信じみた忠誠心を持つ』ということ以外、合っていない。夢を見るのは勝手だが、騎士寮面子は地雷を踏まない限り、『好奇心と向学心が旺盛で努力家、面倒見が良い人々』なのだから。
『人の話を聞かない天才』ではなく、『割とフレンドリーな天才』なのよね、彼ら。魔王様のことがあって自分達が努力した過去があるので、頑張る子には優しい人達です。
……が、当然、良い面ばかりではない。
奴らは『天才と何とかは紙一重』を地で行く皆様であり、頭のネジが数本は外れている特殊性癖持ち。しかも、それを恥じていない。
私と親しく、騎士寮面子ともそれなりに面識がある人ならば、そういったことにも理解があるため、奴らを見る目は大変生温かい。
……残念な生き物認定をしていることは確実だ。事実、騎士寮面子の能力を褒めることはあれど、それ以外は聞いたことがない。シャル姉様に至っては、奴らを事故物件扱い。
本当に誰だよ、その『怖い噂』とやらを流した奴は。
現実とのギャップが凄くて、グレンなんかは固まってたんだぞ!?
「でも、君にもその客に心当たりがないんだろう?」
「うん、ない。証拠にティルシアからの手紙を見せて『何も書いてないから、知らん』で通した。って言うか、サロヴァーラで私が親しい人って殆どいない。基本的に貴族は敵だったから、国王一家とその側近……かな」
「ああ、話を聞く限りは確かにねぇ……だけど、その『国王一家の側近』っていう可能性はあるよね? 君に恩義を感じているかもしれないし」
「そこまでサロヴァーラのことを知らないんだよー! だいたい、ティルシアは自分の処罰に巻き込まれることを恐れて、私がサロヴァーラに居た期間、後を任せる予定の側近達を避難させていたからね。まあ、リリアンのサポートに残すためだったから納得できるけど」
私は頭を抱え、シュアンゼ殿下は首を傾げている。シュアンゼ殿下の反応を見る限り、彼の情報網にも引っ掛かっていないのだろう。
いやいや、マジで誰か判りませんてば。怖い笑顔のクラレンスさんに『隠しごとは駄目だと言ったでしょう……?』と言われながら、首根っこを掴まれて団長さんの所に連行されたしね。
そうは言っても、ティルシアからの手紙を見た団長さん達も困惑気味。
彼らとて、サロヴァーラでの一件の報告を受けているため、『ティルシアに逆らい、魔導師を訪ねて来そうな人物』という『気合いの入ったお友達(意訳)』の目星がつかないのである。
勿論、名乗りはしただろう。だが、私へと事前連絡がなく、ティルシアも動かないと言っていた以上、偽名を使っている可能性が高い。
結果として、いつもより念入りに調べられているらしい。当人もそれを当然と受け入れているので、危険人物ではなさそうなんだけどね。
「うーん……サロヴァーラからの客の素性が判らないし、ミヅキもサロヴァーラに詳しくない。かと言って、君の守護役を引っ張り出すのも酷だよね」
「うん。できるなら、今は魔王様やその他の人達の守りを固めておきたい」
騎士sも今回ばかりは魔王様の傍でスタンバイしております。時々、一人が王族の誰かの護衛に交ぜられるらしく、『恐れ多くて、精神的な疲労が半端ない』と愚痴っていた。
幸いなことに、彼らの推薦をしたのが団長さんだったため、近衛の皆さんは好意的に受け入れてくれている模様。
クラレンスさん曰く『【団長の剣を全て避ける能力の持ち主】ですからね、彼ら。十分、認められるだけの能力はあるのですよ』とのこと。
『奴らは避けるだけなんですが』と突っ込んだら、『それでも凄いのですよ。この国の騎士達の頂点に立つ人の剣ですから』と、どこか誇らしげに返された。
……。
あいつら、初対面時に『助けてくれ!』って縋り付いてきたのですが。
今でも平気で、私を盾にする連中なのですが……?
まあ、動くべき時には動いてくれる、頼もしい友人ではあるんだけどね。情けない姿を見まくったせいで、どうにも『へたれ』という印象しか抱かない。
本人達も同じ認識らしく、『俺達がここ(=騎士寮)に居るのって、激しく間違っている気がする』と日々言っていた。
でも、未だに退寮は叶っていない。
騎士sよ……多分、あんた達、騎士寮面子に囲い込まれる寸前だ。
得難い能力保持者を、彼らが手放すとは思えないもの。
実績を作るべく、今はまだ『魔王様に命じられた、魔導師の護衛任務の一環』ということにされているだけな気がしてならない、今日この頃。
魔王様に聞いてみたところ、思いっきり目を逸らされたので間違ってはいないっぽい。
「……私も同席していいかな」
「へ?」
全く関係ないことを考えていた私に、シュアンゼ殿下の声が届く。他国の王族が同席……牽制要員か何かだろうか?
「本当に知らない人だった場合を踏まえて、牽制要員として同席するってこと?」
「そういった意味もあるけど、私は君よりも北に詳しい。状況によっては、情報のなさが明暗を分ける場合もあるからね。それにさ、私は今、北の大国ガニアの第二王子だよ? 国王一家との関係も良好だ。北に属する国の者ならば、おかしな真似はしないと思う」
「それ、暗に『弱味を握られたくなければ、良い子にしてろ』っていう脅し……」
「受け取り方次第だね。まあ、私も折角、イルフェナを訪ねたんだ。どのようなものであれ、新たな展開は歓迎したいね」
「わぁ、超前向き! 『全てを諦めていた王子様』はどこに行った!」
茶化して言えば、シュアンゼ殿下はにこりと笑い。
「さあ? 王弟夫妻の妄想の中にでもいるんじゃないかな」
『知らねーな』と言わんばかりなお答えが返ってきた。
どうやら、灰色猫は順調に本性が出てきている模様。ラフィークさんも嬉しそうにしているので、今はガニアでもこういった姿が見られるようになったのかもしれない。
っていうか、元から大人しくはなかったけどな。今はまだ、『魔導師の悪影響』ってことにされているけど、濡れ衣は近い内に晴れるだろう。
私のせいじゃないやい、元からシュアンゼ殿下はこんな性格だ!
ただ……シュアンゼ殿下の提案は、かなり良い手に思われた。
確かに、ガニアに弱みを握られる事態は避けるだろう。シュアンゼ殿下に顔を知られていれば、偽名を使ったところで無駄だ。
結果として、私に用があるなら正直に話すしかない気がする。……部屋の周囲は、騎士達が護衛と称して固めているだろうしね。
「ん〜、じゃあ、お願いできる? 勿論、イルフェナの許可が得られれば、になるけど」
「大丈夫だよ? 反対されても、私がごり押しして押し切るから」
「ちょ、待て!」
さらっと告げられた言葉にぎょっとするも、シュアンゼ殿下は楽しそうに笑った。
「君に倣ったって言うから。ミヅキ、もっと凄いことを平然とやっているじゃないか」
「私のせいにする気かぁぁぁぁ!」
「うん。ほら、君の悪影響って言われているし、噂は利用しなきゃ」
「いやいやいや! それ、私が魔王様から説教されるからね!? お呼び出しが来ちゃうからね!?」
「はは、親猫に甘えておいで。何にせよ、私が同席することが最良だと思うよ?」
「事実なのに、素直に喜べん!」
微妙な敗北感と共にジトッとした目を向ければ、シュアンゼ殿下は声を上げて楽しそうに笑った。
「あはははは! やっぱり、ミヅキといると楽しいな」
「……そーですか」
その時、丁度ノックの音が響いた。ラフィークさんがシュアンゼ殿下の傍に居ることを確認しつつも許可を出せば、入ってきたのはクラレンスさん。
「ミヅキ、一応、確認が取れました。ですが……彼は目的を話さず、貴女に用があるとだけ告げています。それが必要以上に時間を取ることに繋がったのですが」
「まあ、この時期にそんな曖昧なことを言えば、当然かと」
素直な感想を漏らせば、クラレンスさんも大きく頷いた。
「彼もそのことは当然だと言っていましたよ。ですが、ティルシア姫の手紙を読む限り、サロヴァーラは動かないはず。やはり、何かあるのかと警戒してしまいます。殿下がこのような状況ですから、貴女を守るのは我々の仕事ですしね。ですが、貴女には彼に会ってもらいたい」
どうやら、クラレンスさんも困惑しているようだ。身元がはっきりしているのに目的を言わないとか、意味が判らないもんね。
それでも『会わせる』という選択をした以上、何らかの必要性を感じているのかもしれない。
……ああ、折角だから今、聞いちゃおうかな。
「クラレンスさん、クラレンスさん、シュアンゼ殿下が牽制要員として同席してくれるって言ってるんですが、可能ですかね?」
「はい? シュアンゼ殿下が……ですか」
「私からもお願いするよ。それにね、向こうが用件をミヅキに限定する以上、『ミヅキ経由でしか知らせられない情報』かもしれない。……北の情報は私の方が詳しい。選択を迫られるような事態になっても、何らかの力になれるだろう。ミヅキと私、そしてラフィークだけというのはどうかな?」
「……」
クラレンスさんは暫し考えているようだった。シュアンゼ殿下が言ったことも予想されるので、私一人に判断させるよりは情報を持つ人間が居た方がいい。
『イルフェナではなく、魔導師に用がある』――『イルフェナという【国】ではなく、個人的に【魔導師という個人】へと伝えたいことがある』。
まだ他国がイルフェナについたと明言することは拙いので、こんな遣り方をした可能性もあるな。あくまでも、個人的な遣り取りですよ、と。
クラレンスさん達とて、その可能性には気付いていると思う。だからこそ、『会ってもらいたい』なんて言ったんじゃないかな。
やがて、クラレンスさんは首を縦に振った。
「いいでしょう。それを貴女に会わせる条件として、彼に伝えます。このような状況ですから、ある程度の譲歩はしていただきませんとね」
「私はあまり顔が知られていないから、警戒されにくいだろうしね。ミヅキの友人、ということで頼む」
「承知しました」
嘘は言っていない。シュアンゼ殿下は現時点では権力も皆無なので、『どこかの国で知り合い、仲良くなった貴族子息』くらいには思ってくれそう。
「そういえば……彼の名を教えていませんでしたね。サロヴァーラ国、エヴィエニス公爵家のヴァイスと名乗っているのですが……聞き覚えはありますか?」
「は!? 訪ねて来たのって、ヴァイスなの!?」
おやぁ……? ヴァイス君、ティルシアからの秘密のお使いですか?
灰色猫は順調に主人公に馴染んできました。
今後は、互いに利用し合う関係を築いて行けると思います。
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