灰色猫の決意
――イルフェナ・王城の客室にて
私は目の前で微笑んでいる友人――友人という認識で良いらしい――へと、ジトッとした目を向けた。対して、『彼』は楽しそうにしながら茶を飲んでいる。
銀色の髪に青い目、成人男性にしては細い体――ガニアの第二王子に『なった』シュアンゼ殿下は、どうやって周囲を説得したのか、一番にイルフェナに乗り込んでくださった。
……。
うん、感謝はしてるよ? 魔王様が目覚めた時にゆっくりできるよう、囮役を買って出てくれたってことも理解できてる。
だけどさぁ……何故、人が説教されている場に乗り込んでくるのかな!? クラレンスさんでさえ、固まってたじゃん!
「ミヅキは相変わらず楽しいねぇ」
灰色猫は楽しそうに笑っている。その傍に控えているラフィークさんも苦笑している上、嗜める様子は見られない。
「いやいや、今回は私、被害者ですよ!?」
「あはは! まさか、サロヴァーラ以外が一気に動くとは思わなかった」
「笑い事じゃないでしょ!? って言うか、全員からの連絡が来たのが私の方って、絶対におかしい! イルフェナへのお伺いはどうした!?」
「まあ、いつもはそれで何とかなっていたみたいだからねぇ……」
「ぐ……!」
「親猫に甘やかされているねぇ、ミヅキ」
「腹の下に匿われている子猫、でしたか? エルシュオン殿下は本当に、お嬢様を大切に守られてきたのですね」
……そう、いつもはそれで大丈夫だった。というか、私が魔王様に伝えていたから。
『遊びに来たいみたいです。呼んでもいい?』
『判った。皆にも伝えておくんだよ』
『はーい』
以上、いつもの遣り取りであ〜る。私としては保護者に許可を取って、騎士寮面子に伝えているだけ。
だって、私が暮らしているのは騎士寮です。同じ場所で共同生活を送っている人達に知らせておくのは当たり前。一応、監視付きの隔離生活となっているので、保護者の許可も必要だ。
私はそこまでしか知らなかったけど、魔王様は国にも連絡を入れてくれていたんだろう。基本的に、私を訪ねてくる人達は高位貴族とか王族なので、いくらお忍びと言っても黙っていることはできなかったみたい。
って言うか、私は今回、魔王様のそういった行動を初めて知りました。
なんで、知っているはずの騎士寮面子まで忘れているのさー?
「仕方がないと思いますよ、お嬢様。彼らは今回、主を守り切れませんでした。屈辱、怒り、後悔……様々な感情が胸中を渦巻いていることでしょう。普段と変わらぬように見えても、内面までそうとは限りません。寧ろ、他者には悟らせまいとするかもしれません」
意外なところから、騎士寮面子への擁護の声が上がる。シュアンゼ殿下と揃ってそちらを見れば、ラフィークさんは苦笑しながらも、納得とばかりに頷いていた。
「ラフィークはそう思うんだ?」
「はい、主様。唯一の主を害された以上、いくら怪我が軽くとも、冷静でなどいられません。まして、己が力不足が原因なのです。襲撃者への怒りだけでなく、自分自身が情けないのではないでしょうか」
「ああ、納得。確かに、クラウス達のプライドは木っ端微塵になったもの」
……ただし、奴らの憤りはラフィークさんが口にしたことだけではない気がする。
勿論、ラフィークさんが言ったことも事実だろう。彼はシュアンゼ殿下を唯一の主と定め、忠誠を誓っている。『主様』という呼び方は、ラフィークさんがシュアンゼ殿下のみに忠誠を誓っているゆえ。
対して、騎士寮面子。彼らはその怒りを力に変え、元気一杯に復讐計画を練る生き物だ。
『この屈辱、忘れはしない。次は俺達の番だ』
『我らの主に牙を剥いて、明るい未来があると思うな』
『手加減? ……知らないな、そんなもの』
以上、リアルに聞いてしまった騎士達のお言葉だ。ついでに言うなら、薄らと笑ってはいたけど、目がマジだった。怒りのままに口から出てしまった言葉とかではなく、彼は限りなく本気だったのだ。
……。
ラフィークさん、貴方と騎士寮面子は絶対に別物です。
奴らはもっとドロドロというか、ギラギラしてます。間違っても、萎びてません。
彼らが優先するのは『報復』一択。ある程度終わったら、魔王様への謝罪と共に反省会。今回だったら、テーマはきっと『今後に活かせる迎撃手段』とか、無暗やたらと凶悪な『魔法による守護』(意訳)と予想。
出し抜かれたことは事実なので、その屈辱を力に変えて、同じ失敗を繰り返すまいと努力するだろう。勿論、襲撃者の安全など考えまい。『主の安全が最優先』という言葉で纏められ、意図的に無視する可能性すらある。
「今回のこと、皆は相当堪えたみたいだからね」
「ああ、やはり……」
「出し抜かれた形になったから、反省点も多いらしいよ」
ラフィークさんは騎士達に同情しているようだが、彼の予想とは違っている気がする。って言うか、絶対に同情する必要はない。
騎士寮面子、『唯一の主を害され、己が不甲斐なさを噛み締めつつ怒りに燃える騎士達』とか言えば聞こえはいいのかもしれないが、実際には『野郎ども、抜かるんじゃねぇぞ! 何が何でも、主犯を地面に這いつくばらせてやらぁっ!』という感じに近い。
これまでも私の言動を咎めるどころか、推奨してきた奴らだぞ? 真っ当な感性なんて、あるわけないって! 正直なところ、クラレンスさんのお説教がなければ、呪術の一つや二つ開発しかねなかった。
生温かい気持ちのまま、そんなことを思う私をよそに、シュアンゼ殿下とラフィークさんは痛ましそうに話している。……絶対に、真実は言うまいと心に誓った。言っても、信じてもらえない気がするけど!
あんなのでも、大半はお貴族様だったはず。イルフェナの教育が疑われてしまうじゃないか。
寧ろ、私だけでなく、そいつらの飼い主と化している魔王様が居た堪れまい。
「ああ、一つ言い忘れた。ミヅキ、今後は私への言葉遣いも普通でいいからね」
「へ?」
唐突な提案に付いて行けず、きょとんとなる。そんな私に微笑みかけると、ラフィークさんと視線を交わした後、シュアンゼ殿下は言葉を続けた。
「私達は共犯者にして友人じゃないか」
「待って、『共犯者』って何!?」
「王弟夫妻追い落としのことだよ」
さらりと返された答えに、ついつい首を傾げる。う、うん? 私としては魔王様からのお仕事&報復って感じだったけど。シュアンゼ殿下にとっては王族の一人としての矜持、また国王夫妻の憂いを晴らすためじゃなかったか?
「あの、わざわざ『共犯者』って言葉を使わなくても。報復オンリーでしたよね? 私達。あと、言葉遣いは身分的に拙いんじゃ?」
だって、今は第二王子のはず。さすがに北の大国の第二王子とタメ口ってのは拙くない?
「君、ルドルフ様とかティルシア姫とは普通に話しているじゃないか」
寂しいよ、と言いながら表情を曇らせるシュアンゼ殿下。だが、その本性を知る私から見れば、大変わざとらしい。そもそも、あれはこちらにも事情があるのだ。
「基本的に『魔導師と仲良しです!』っていう、アピールのためですからね。勿論、仲が良いことも事実ですけど。あの二人には『周囲に脅威として扱われる、個人的な味方がいる』っていうカードが必要ですから」
「勿論判っているよ。……そこに交ぜてもらえないかってことさ」
「シュアンゼ殿下の場合……っていうか、ガニアでは良い意味ばかりではないと思いますよ?」
本音の暴露に呆れつつも、警告を。他の国ならともかく、シュアンゼ殿下の場合は良いことばかりではない。
「実の親を追い落とした魔導師と懇意、しかも『共犯』扱い。……早くも『疑惑の王子様』にでもなるおつもりで?」
ぶっちゃけて言うと、『悪』のイメージが付いちゃうのだ。私達がやらかしたことが前提となるため、シュアンゼ殿下が黒い疑惑に満ちた存在に思われてしまう。
「私は王弟夫妻の『死』を望んだ。その選択に貴方の意向が含まれていないと判断されたのは、『シュアンゼ殿下も魔導師の被害者』という認識を持たれているからです。それがなくなれば、『両親さえも死に追いやった王子』とか言われますよ? しかも、国や国王一家のためではなく、個人的な復讐という意味で」
「覚悟してるよ」
シュアンゼ殿下は平然としているけれど、今後を考えた場合、多くの敵を作ることになるだろう。疑心暗鬼に陥った貴族達からの反発だけでなく、勝手な思い込みのままに『悪』という役割を押し付けられてしまう。
ちらりとラフィークさんを窺えば、彼はすでに納得している模様。ただ、私と同じような懸念は抱いているらしく、心配そうな雰囲気も窺えた。
「……私はね、ファクル公爵のような立場になりたいんだよ。もしくは、君のように『良き結果をもたらす悪役』にね」
私達の懸念に苦笑を浮かべると、シュアンゼ殿下は説得するかのように話し出した。
「ガニアは十年ほど荒れるだろう。君も知っているだろうけど、王弟の派閥はそれなりに大きかった。だけど、もはや王弟夫妻が表舞台に立つことはない。……一年後には、その命さえ失われる」
「荒れるでしょうね。まあ、私はそれを承知であの決着に導きましたが」
「判っている。……それが必要だということも。各国の王達の前で行なわれた断罪劇なんだ、決定を覆すことは不可能だ」
「……」
そう、私はそれを見越してあの状況に持ち込んだ。ガニアだけで断罪をした場合、私が去った途端に覆されてしまう可能性があったから。
「ミヅキを恨む気持ちはないよ。あるのは……ガニア王族としての不甲斐なさだね。そして、私は未だに足が不自由だ。ある程度歩けるようになった場合、テゼルトの対抗のように扱われる可能性がある。私はそれを回避したい」
「あ〜……継承権を剥奪されても、王太子以上に力を持つ存在にはなれると」
「うん。これまで陛下達に反発してきた者達にとって、私は都合のいい『主』になれるからね。王子同士の確執なんて、珍しくもない。だけど、私は素直に言いなりになる気はないよ」
そう言って、シュアンゼ殿下はうっそりと笑った。
「私は力をつけることを望んでいるけど、それはあくまでもテゼルトを支えるため。私自身が捨て去ろうとした未来を、君とエルシュオン殿下が拾い上げてくれた。だから、私は自分の思うままに生きようと思う」
「そのために私を利用すると」
「勿論、できる範囲で君の望みを叶えるよ。あの共闘はとても楽しかったけれど、私は単なる友人同士で終わりたくはない。利害関係の一致も伴った、対等な関係を望む。たまには敵対したっていいじゃないか。下手な喧嘩よりもずっと楽しそうだ」
楽しそうに笑うシュアンゼ殿下に、かつてのような暗い影は見られない。口にした未来は割と物騒なのに、彼は心底、そんな役割を欲しているのだろう。
それは、おそらく。
「テゼルト殿下のため、ですね。あの方、シュアンゼ殿下という『庇護対象』が傍に居たせいで、どうにも善良過ぎる性格になってますから」
王族としての教育がある以上、『切り捨てる』とか『国にとっての正義が【善】とは限らない』と教育されているはずだ。
ところが、テゼルト殿下にはシュアンゼ殿下という『様々な意味で自分が守らなければならない対象』が存在してしまった。
シュアンゼ殿下は王と王弟の権力争いの被害者であり、生まれながらに『歩けない』というハンデを持っている。当然、テゼルト殿下はこの従兄弟を守ろうとするだろう。
だが、本当にそれは『王太子として』正しいことだったのか?
「一度でも、テゼルト殿下がシュアンゼ殿下を切り捨てることをやむを得ないと言ったならば、私も安心したでしょうね。だけど、あの方は絶対にそんな選択をしなかった」
「その通り。言い方は悪いけれど、私達を襲撃した、あの見当違いな忠誠を見せた者達の方がよっぽど現実を見ていただろうね。いくら仲が良くても、あの時点での私は正真正銘、国王派にとっては最悪の邪魔者。魔導師という付加価値が付いた時点で、暗殺者を送られる覚悟はしていたよ」
テゼルト殿下が悪いわけではない。個人としてはとても善良で、民に信頼される王になるだろう。
だが、貴族達からはどう見えるか。……先代同様、切り捨てることができない王として見られはしないだろうか。
「テゼルトは今のままでいい。兄弟で長く争っていたという王家の醜聞があるからこそ、テゼルトのような『善良な王』が必要だ。だいたい、テゼルトだって必要とされる残酷さが理解できないわけじゃない。苦手、という程度だよ」
「それを肩代わりする従兄弟が傍に居るからこそ、テゼルト殿下は自らそれを選択をするようになる、と」
「それを狙ってもいる。私はその選択を支持しつつ、裏から動こう。あの時誓ったテゼルトへの忠誠を嘘にはしないよ」
本当に、シュアンゼ殿下はそれを望んでいるのだろう。傍から見れば、親のせいで輝かしい未来を失った王子様なのかもしれないが、本人にとっては天職扱い。
まあ、現実的に見た場合、私もシュアンゼ殿下の選択を支持するだろう。王の傍には一人、こんな人材が居ないと困る。
……賢いだけじゃなく、性格悪いもんな、灰色猫。大人しそうな顔してるくせに、腹の中身は真っ黒だ。
そうでなければ、私と同調した挙句、共闘を楽しんだりすまい。
私が言うのもなんだけど、人を束ねて頂点に立つという役職には不向きだ。絶対に、裏を疑われる。
「判りました……いや、判ったよ。今後は敬語はなし、態度も友人としての姿を通す、後は……」
「いつでも共闘可能、かな。情報だけでも十分なのだから、巻き込んでくれるとありがたいね」
「らじゃー!」
笑いあって、お互いが納得する。『魔導師の友人』――その肩書は今後、シュアンゼ殿下を守り、時に危険視される要素となる。それを活かせるかは、シュアンゼ殿下次第。
あ、そうだ。お土産があったんだった。
「シュアンゼ殿下、友好の証にこれをあげる」
にやりと笑って、ポケットに入れていた『とある物』を差し出す。是非、受け取って欲しいのよね。
「……え?」
「黒騎士製の魔道具ですよ〜。今度、着けて見せてね♪」
それを見るなり、シュアンゼ殿下はピシッと固まる。ラフィークさんは……ああ、こちらは困惑してるっぽい。
まあね、その気持ちも判る。だって、『灰色の毛の猫耳』だもの。勿論、私と魔王様が前に着けて居た奴と同じ。つまり、動くリアル猫耳だ。
「え……ええと? これ、どうしたの」
「私が居た世界の文化の一つとして教えたら、魔法大好き黒騎士達が勝手に盛り上がって製作した。ちなみに、私と魔王様の分もある。つーか、一日身に着けていたこともあったよ」
「え゛」
顔を引き攣らせ、信じられないとばかりに驚くシュアンゼ殿下。そんな彼に内心笑いつつ、私は追い打ちの言葉を贈った。
「ようこそ、猫仲間。黒猫、親猫に続き、灰色猫と呼ばれる日も近いわね」
『利用する』なんて言っていますが、基本的に主人公の味方をする気の灰色猫。
素直にそう言わないのは、現時点では『自分のことだけ考えてろ』と諭されるから。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n6895ei/




