守護役連中と魔導師
婚約と言う名の守護役任命後。
ゼブレストから訪れたセイルを交えて当事者のみで顔合わせです。
四人が使うにしては広過ぎる部屋でお茶を飲みつつお話中。麗しい男性に憧れる御嬢様方からすれば大変羨ましがられる状況ですが、中身を知ってる私としては何も思うことはありません。
憧れ? 何それ美味しいの?
私は男どもより自作の紅茶シフォンケーキの味の方が気になります。本日の自信作。
卵と小麦粉、砂糖に油。基本的にこれで製作可能な貴重なスイーツですよ! バターを使わない庶民のケーキとしてどうだろう?
「ふふ、その様子ではルドルフ様から何も聞いていなかったようですね」
穏やかな笑みを浮かべたまま腹黒将軍セイルはそう言った。
すっごく楽しそうだな、おい。そういうキャラだったか? 猫はどうした?
「貴方がゼブレストの守護役なのですね。私はアルジェントと申します」
「ちなみに『自分より強い者に苦痛を与えられることに悦びを感じる』という特殊な人です」
「クラウスだ。ほう、『あの』将軍殿か」
「こっちは魔術一筋の職人です」
「……ミヅキ、詳しい解説ありがとうございます」
とりあえず自己紹介。既に顔を合わせたこととかあるだろうけど、同じ立場としては初の顔合わせです。
名前だけしか名乗らず普通で通そうとするんじゃない。どうせバレるんだから。
挨拶と自己紹介は基本ですね! ついでに変人振りを晒して友好を深めてはどうだろう。
ほら、類は友を呼ぶというし? 理解者になれるじゃん、お前ら。
「おや……クラウス殿は私の事を御存知で?」
「ああ。英雄に連なる者、だろう?」
へぇ、クラウスさんは紅の英雄の正体を知っているんだ?
まあ、クラウスさんが知ってるってことは魔王様もアルさんも知ってるだろう。十年前とはいえ魔術師の天敵みたいな働きをした紅の英雄は要注意人物ってことか。
「なるほど。さすがはイルフェナですね。……ミヅキも真実に自力で到達しましたが」
「あれだけ目の当たりにしたら誰だって気付くと思う」
「それでも恐れず池に放り込むあたりが貴女ですよね」
煩いぞ、セイル。やっぱり根に持ってたんだな!?
丸洗いされたくらいで男がネチネチと……。
あれ? 二人が沈黙してる??
「池に放り込んだ? 紅の英雄を?」
「うん、血濡れで近寄ってきたから『汚れを落として来い!』ってぽいっと」
「盛大に落としてくれましたよね」
「それは……何と言っていいのか」
正しいとも間違ってるとも言えず困惑するアルさん。
でしょうねー、こんなのでも一応他国にとっては英雄ですから。下手に馬鹿にするわけにもいかんよな。
「ミヅキ、報告はどうした? そんなことは書かれてなかったぞ?」
「誘拐騒動の最中だったことに加えてどこまで言っていいか判らないからルドルフの判断待ちです」
「それについてはゼブレストの内情も関わってきますので報告を待ってもらったのですよ。ミヅキの所為ではありませんし、エルシュオン殿下も納得されている筈です」
セイルの擁護にクラウスさんは一応納得したようだった。
彼等も騎士なのです、国のトップシークレットに関わるような報告は上部の指示を仰ぎます。この場合はルドルフが魔王様に話をつけたのだろう。最終的には報告されると思うけど。
記載してしまえば報告書という形で残ってしまうのです……
英雄を池に放り込んだなんて事実は記録として残せねーよな。
私がゼブレストに居たのも魔王様の独断っぽいし。
イルフェナ(魔王様)的にもゼブレスト的にも言葉のみで済ませたいことだろうよ。何より、本人がそれで納得してるのだから問題視しなくてよくね?
そこで『将軍が迎えに行ったことにすればいいじゃん』とは誰もが考えるだろうが、殺し方が英雄のやり方そのままなので絶対にバレるらしい。
宰相様もそれを考慮して『紅の英雄を向かわせる』ことをさり気なく広めたんだとか。リュカ君への口止めもクレスト家が後見になることで済んでいるそうな。
……それ、取り込まれたって言わない?
まあ、リュカなら憧れの英雄様からの『御願い』は無条件できくだろうけど。
「紅の英雄か……一度話を聞いてみたいと思っていたが」
「じゃ、どうぞ。今なら聞き放題でしょ」
「何?」
「え?」
「……もしや紅の英雄が誰かは特定できていないのでしょうか」
「さすがに我々も十代でしたから情報が完全ではないのですよ。ですが、今の話の流れですと……」
「……」
「……」
アルさんとクラウスさんの視線は自然とセイルへ注がれる。
あれ、本人だと思ってなかった? 私達がバラした!?
「まあ、二人には知っておいて貰った方が良さそうですしね」
「……いいの?」
「隠すにしても協力者は必要ですし」
セイルは苦笑を浮かべると紅の英雄の真実について話し出した。だいたい私が聞いた内容と同じ。
言っちゃっていいのかなー? いや、二人は信用できますけどね。
……その功績って強さ・時の運・顔の三つが揃っていたからだと思うんだ。
女に間違えられたことも暴露することになるけどいいのかーい?
※※※※※※※
「……というわけで私がその本人なんです」
「なるほど。確かに貴方達のやり方は当時としては最善だったでしょうね」
「時には英雄譚が必要とはよく言ったものだな」
「……」
結果として。
省いた。『女に間違われたから簡単に近づけた』事実は綺麗さっぱりシカトされた。ついでに言うなら『余計なことは言うんじゃない』と目が語っていた。おのれ、折角の笑いのネタを。
でも魔王様が現在でもあの状態なので、変人三人組も昔は似たようなものだったのかもしれない。中身は周囲を泣かせる勢いで美少女とはかけ離れていただろうけど。
「ところでね、皆にはこれに同意してもらいたいんだけど」
話が一段落したところで一枚の紙をテーブルに置く。そこには彼等を守護役にする上で守ってもらいたい事が箇条書きで書いてある。
・アルさんは『不用意に抱きつくな』
・クラウスさんは『生き物を模した魔道具の開発禁止』
・セイルは『基本的にゼブレスト在住』
この3つ。私にとっては重要です、これ。
「納得できません! これは毎日の癒しです!」
「私はその後必ず殴ってますが」
「そこがいいんじゃないですか!」
うん、そうだねー。君はそういう人ですね。だがな?
「女どもの視線が怖いです、抱きつかれて重いです、苦しいです」
「愛で乗り越えてください」
「人の話を聞けや。ついでに言うなら背後から抱きつかれる度に胸を触っている状態ですが?」
「え゛」
「ほう?」
「おや、それは……」
これには残りの二人も表情を変えた。
ええ、アルさんにそんな意図がないのはわかってますよ? でも背後から抱きつかれると胸のあたりに腕が来るのだ、正面からだと顔が押し付けられて苦しいです。
「お前、そういや『苦しいから離せ!』って怒鳴ってるよな」
「身長差って重要だと思う。あと、腕力。骨が軋む。仮にも白き翼の隊長が女に張り倒されるってどうよ?」
この世界の人達は基本的に背が高い。女性の平均は百七十くらいだろう。それにヒールの靴を履くから更に高くなる。これなら抱きつかれても肩から顔が出るだろう。
対して私は百六十五なので女性としては小柄な部類になるのだ、アルさんに抱きつかれると顔は完璧に埋まる。
色気のない話だが苦しいのだよ、実際。だから必然的に張り倒し。
……それを狙って抱きついてる気がしないでもないけどな。
「一日一回くらいは許してやれ」
「じゃあ、それで妥協する」
「わかり……ました」
不承不承ながらもアルさんが頷く。うん、それでいい。一回くらいならまだマシ。
男が落ち込んでも可愛くないぞ? まあ、ケーキでも食え。自信作だ。
シフォンケーキを切り分けてやると食べだしたので気にはなっていたらしい。
あら、子供の様に嬉しそうですねー。……貴族よ、庶民のおやつに感動してどうする。
「俺の場合も納得できる事情があるんだろうな?」
「勿論。二百年前の大戦紛いを引き起こさせない為だよ。……自分の意志で動く魔道具は十分兵器になるからね」
「何だと? 俺はそんなことにはさせないが」
「技術は製作者の意図を離れて誰かに利用されるものだよ? 大戦の兵器が魔道具の元になったようにね」
「……」
実際、技術がどういう形で活かされてくるかは予測不可能なのだ。製作者が生きているうちはいいだろうが、その後までは責任を持てまい。
「私は生み出した技術に対し責任を持つべきだと思う。一歩間違えれば『最悪の兵器』になる可能性がある以上は許すわけにはいかないよ。守護役を解除して徹底的に潰させてもらう」
「……確かに興味本位で作って良い物ではないな。わかった、了承する」
よっしゃあぁぁぁぁぁ! 動く等身大フィギュア製作断念!
ブロンデル夫妻ー、貴方方の憂いは晴らされましたよ! 魔道具の嫁が来ることはなさそうです!
「私の場合、この要望ですと守護役の意味がないと思うのですが」
「うん、個人的な判断。ルドルフの方を助けてもらいたいしね」
「ですが、他にも騎士はいますよ?」
「クレストの名を持つ騎士はいないでしょう。将軍という地位も付加価値があるしね」
ゼブレストは現在大規模な粛清後でかなり慌しい。狙われる可能性は十分にあるだろう。
内部の貴族にしても色々と言ってくる奴がいるかもしれない。
そういった奴を問答無用に叩き切れるのがセイルなのだ、家柄的にも不敬にはなるまい。
「貴女自身が介入することもできると思いますが」
「止めた方がいいね。私はイルフェナに連なる者だし、ルドルフが他国に縋る者として過小評価されかねない。自国のことは自国の者で。親友の政治手腕を疑ってはいないけど守りに関してはセイルが要でしょう?」
「貴女は本当にルドルフ様の味方なんですね」
「そうよ? だから自分に出来る範囲で協力する。最善と思われる環境を整える事と私との繋がりを明確にする事の二点がルドルフ達にとって助けになるでしょう?」
守護役であるセイルをルドルフの傍に置くことで情報は得られるのだ。それに必要ならばセイルは私を利用するくらいやってのけるだろう。
全面的に力を貸す必要などない、ほんの少し後ろ盾になっていると匂わせる程度で十分なのだ。だからこそ、小物連中は必要以上に怖がってくれる。
「望むのは最良の結果だと言い切る貴女らしい言い分ですね。本当に危ない時以外はルドルフ様達を信頼すると」
「私は守られるだけでは何の解決にもならないと知っているの。それに結果を出すのはこの世界の住人だよ」
「……。本当にルドルフ様とよく似ておられる。判りました、ですが数日に一回はこちらに来ますよ?」
「うん、その時は『噂話』や『世間話』をしましょうか」
「……はい」
溜息を吐きながらも満足げに頷くセイル。納得してくれたようで何よりだ。
『世間話』は別名情報交換という。大っぴらにはできないけれどイルフェナにとってもゼブレストにとっても重要です。
噂にしては信憑性のあるものばかりですがね?
それに私がそれらを聞き行動することによって事態が動くこともあるでしょう。
強制的に動かすこともあるかもしれないけどね? 魔王様やルドルフには無条件で味方するから。
アルさんとクラウスさんも無言で聞いてるってことは意味を理解できているのだろう。
「では、こちらからも一つ提案を。私とクラウスの名前も呼び捨ててください。言葉遣いも普通に御願いします。距離があるようで寂しいです!」
「そうだな、セイルリート将軍とは随分親しそうだが」
「そりゃ、ゼブレストで基本的に毎日一緒にいたからね。逆にイルフェナの城には数日しか居なかったし。呼び捨てか……公爵家の人間てことが問題なんだよね」
抱きつかれて怒鳴りつけてる私が言うのも何ですが。
異世界人だろうと公爵家の人間を呼び捨てることって許されてるんだろうか?
さすがに不敬罪とか言われるんじゃないのかなー? 公爵家ってこの二人の家だけじゃないだろうし。
「私達が望むので心配ありません」
「俺達がそうしろと言っている。だいたい、お前の立場はエルシュオン王子の客人だぞ?」
……。
え、そうなの? 初耳ですよ、魔王様!?
でも、婚約者って守護役の意味だから『王子の客』でも身分は平民じゃないのかね。
セイルは既にルドルフを呼び捨てにしてるから、そのまま呼んじゃってるけど。
てゆーか、気になる点ってそこ!? もしかして聞いてなかった!?
私は今堂々と『これからも情報交換して有益なお付き合いしましょうね』って言ったんだが?
色々考えてたと思った私が愚かなのだろうか。 顔で賢そうに見えるタイプですか、アンタ等。