魔導師、息の合った人々の行動にビビる
「……」
各地から届いた『個人的なお手紙』を前に、私は唖然としていた。
ええ、こうなるかもしれないとは思ってましたよ? 情報収集は大事だもんね?
でもさぁ……
ほぼ全部の国が『イルフェナに行くね(はぁと)』なんて言い出すとは思わないでしょ!?
勿論、こちらを気遣ってくれたゆえの行動だとは判っている。特に、シュアンゼ殿下は自分が煩い輩達の餌になる気なのだから、魔王様が弱っている――かもしれない。一応、怪我人です――今、こちらとしてはありがたい。
王弟夫妻の一件を知る貴族達は挙って情報収集のために接触してくるだろうから、『貴族達の興味を引く』という意味ではシュアンゼ殿下が適任だ。
……が、当のシュアンゼ殿下は未だ、ろくに歩けないはず。
治癒魔法を併用したリハビリを行なっているとはいえ、そう簡単には歩けるようになるまい。絶対に、ラフィークさんの介助が必要だ。
シュアンゼ殿下はそれさえも利用し、見世物になることを納得の上で、イルフェナに来てくれるらしい。
……。
いやいや、いつの間にそこまで逞しくなったの、灰色猫。
貴方、初めて会った時は割と冷めた目をしてなかった!?
灰色猫が殺る気になっていたのは、その対象が自分の両親であり、『それしかできなかったから』だ。単に『唯一のこと』だったの。間違っても、悲壮な決意を固めていたとかではなく、本当〜に、それ以外にできることがなかっただけ。
身分を考えればおかしいのかもしれないけど、シュアンゼ殿下は生まれつき歩けなかった上に、実の両親である王弟夫妻から冷遇されていた。
こうなると周囲に人がいないだけでなく、まともに公務なんてこなせないだろう。男性王族にとって『歩けない』ということは、様々な方面に影響を及ぼす『超強力なバッドステータス』なのだ。
それでも私の共犯者として、できる限りのことはしてくれていた。だが、報告書を製作した場合、私だけが目立ってしまうので『魔導師はシュアンゼ殿下の手を借りて、断罪を行なった』という風に捉えられてしまう。
シュアンゼ殿下が未だ、軽く見られがちなのはそのせいだ。『魔導師が居なければ怖くない』――こんな風に思われたとしても、『現時点では』反論できないからね。
だが、実際には全く違う。
シュアンゼ殿下は立派に、魔導師の『共犯者』。嘘なんて、報告書に書くものか。
奴が大人しそうなのは見た目だけだ。数年後は、評価が真逆になる。
今回とて、ガニアへの連絡係兼テゼルト殿下の護衛として、私の教え子達を有効活用しているじゃないか。できることの幅が広がれば、『できる子』なのだよ、灰色猫は。
そう思うと同時に、ガニアに残した三人組の今後を想って生温かい気持ちになる。
あの三人、後々の出世は確実だろう。そのうち、『シュアンゼ殿下の懐刀』くらいの立場にはなれそうだ。
基本的に子飼いであることは変わらないけれど、魔王様にとっての騎士寮面子くらいの扱いにはなりそう。性格的にも、能力的にも、十分に大成が見込めそうだったもの。
頑張れ。超頑張れ! 激務を耐えきれば、君達の未来は明るい。
寧ろ、災厄予備軍としてガニア貴族達をビビらせるがいい……!
「ん〜……セシル達とグレンは『遊びに来る』、サイラス君は『絵本の事後報告』、宰相補佐様は……あ〜……『ジーク達のお守り』ね。一応は当事者だから、話し合いに割り込んでくれるつもりなのか。ルドルフ達も割り込むつもりみたいだから、ハーヴィスは最初から加害者扱い確定かな」
実のところ、これが一番嬉しかったりする。
魔王様の噂というか、これまで事実のように語られてきた『悪意』があると、『イルフェナが画策した』とか『イルフェナにも原因がある』と言い出す奴が、一定数はいるだろう。これは確信だった。
別に、魔王様に恨みがあるとか、酷い目に遭わされたわけではない。単純に『僻み』なのだよ。
魔王様は外交こそろくにできないが、それでも皆無だったわけじゃない。その場合、相手は魔王様の威圧こそが己の敗因――要は、脅しと受け取られる――と思うこともあるらしい。
実際には、そんなことはなかったらしいけど、自分の敗北理由を作り上げたい人は居るのだろう。『威圧を向けてくる魔王殿下のせいで、ろくなことができなかった』とかね。
なお、これはカルロッサの宰相補佐様から聞いたので、物凄く信憑性のある情報である。
宰相補佐様と宰相閣下のオルコット公爵親子は、魔王様を昔から認めてくれていたらしい。曰く『自分の実力を理解しているからこそ、あの方の才覚や努力がよく判るのよ。間違っても、威圧で脅したことが敗北理由じゃないわ。僻みと言うか、言い掛かりよ!』とのこと。
普通に考えれば、それは当たり前ですね。
誰だよ、小学生レベルの言い訳を事実のように使ったアホは。
思い出す限り、各国の王とか上層部の人達は『割と』魔王様を評価していた気がする。そこに恐れがなかったと言えば嘘になるが、良くも、悪くも、『エルシュオン殿下ならば』的な信頼が見え隠れしていた。
つまり、方向性はともかく、正しく才覚を評価している人達は居たってこと。魔王様は自己評価が低いのか、その可能性を『これっぽっちも考えなかった』(騎士寮面子・談)らしいので、アル達は随分と歯がゆい思いをしたのだろう。哀れである。
……そんなわけで。
魔王様の悪評に絡めて『イルフェナにも原因が〜』と言い出された場合、ちょっとばかりイルフェナが不利になる可能性があったのだ。部外者からすれば、事実なんて判らないもの。
それを覆す……いや、『ハーヴィスの非を証明する』のが、割り込んでくれる人の存在。
カルロッサはジーク達が当事者だし、ゼブレストだってルドルフが当事者だ。ルドルフだけで確実と言えないのは、ルドルフと魔王様が懇意にしていることが知れ渡っているから。つまり、『あえて味方をしている』と思われてしまう。
これには私も頭を抱えてしまった。魔王様や私との親しさをアピールしてきたことが、こういった弊害を招くとは思わなかったんだよねぇ……ごめんよ、ルドルフ。
「バラクシンからはフェリクスとサンドラかぁ。確かに、あの子達は『謝罪と感謝を告げたいです』とは言っていたから、嘘ではない。……。なるほど、『それが叶えられたのが、今』ってことにするのか。……あ? おいおい、『状況によってはエルシュオン殿下の身代わりを務めてもいいと言っている』って……。ちょ、やめれ! あんた達の家族……国王一家が物凄く煩いから!」
二人が善良であっても、手紙を寄越したのは聖人様。そこには自分の代わりに滞在させること、そして『フェリクスとサンドラがイルフェナに赴くことが決定する時の一幕』が書かれていた。
……。
どうしよう。この若夫婦、めっちゃ良い子になってやがる……!
彼らの言動を一言で言うなら、『献身』だ。滞在時を思い出す限り、あの二人は臆病と言うか、周囲を恐れる傾向にあったと思う。
だが、彼らも成長したのか、『魔王様への献身』を『謝罪と感謝を述べたいという我儘』に変換してみせた。建前だろうとも、前者(というか、本音)のままではさすがに拙いので、随分と機転が利くようになったと思う。これならば数年後に孤児院の経営者になったとしても、十分にやっていけるに違いない。
その後の聖人様の手紙は『うちの子達、良い子でしょ! 頑張ってるでしょ!?』(意訳)という、『教会の子自慢』のオンパレード。
聖人様は密かに自慢したかった模様。
フェリクスとサンドラ、皆に可愛がられているようで安堵した!
「んで、サロヴァーラは『動かない』。……。え、私の部屋をティルシア達の部屋の近くに作るって書いてあるけど、いいの? これ。しかも私の意思を聞かずに、決定事項として書いてあるんだけど!?」
女狐様の才覚は今回も冴え渡った模様。各国と言うか、私と親しい人達の行動を予想した上で、『サロヴァーラは魔導師のサポートに徹するね!』と言っているのだから。
『だって、他の国は誰かをイルフェナに送り込んで、守りの一環になろうとするでしょう?』
情報収集などしていないはずなのに、確信に満ちている。しかも合っている……!
恐ろしや、女狐様。私が今後取る行動を見越し、拠点となるような場所を与える方向に行くとは……マジで、私の思考を読んでないか?
そう考えると、ティルシアはかなり頼もしい存在に思える。場合によっては、私の報復を手助けしたことになってしまうが、サロヴァーラの王女としてはどうなんだろう。許可が出るってことは、王も了承済みなんだろうけど。
……。
まあ、いいや。次いこ、次。
「えーと……一応、これらを纏めて。提出先は騎士寮面子にゴードン先生、後は団長さんくらいかな?」
魔王様が寝込んでいるので、このあたりが妥当だろう。『各国より、イルフェナにお客様が来る』ということだもの。迎える側のイルフェナとて、事前の準備が必要だ。
……が、正しくイルフェナに来る人達を把握しているのは今現在、私オンリーの可能性が高い。
ガニアやキヴェラ、バラクシンから来る人達はともかく、コルベラのセシル達やアルベルダのグレン、カルロッサの宰相補佐様あたりは、『友人に会いに来た』『うちの子が巻き込まれたから派遣された』というもの。
身分や立場に相応しい対応を求めないならば、私の友人枠でも十分。寧ろ、騎士寮面子との情報交換を試みるならば、騎士寮で暮らす私の所に遊びに行くのは、最適だ。
だからって、挙って利用しないではくれまいか。
魔王様に事後報告して怒られるの、私よ!?
特にティルシア……サロヴァーラの行動は全くの予想外なので、イルフェナに察しろというのは酷だろう。誰だって、『王家の人間の部屋の近くに魔導師の部屋ができます』なんて、信じられんよね。
それを許可するサロヴァーラ王もどうかと思うが、問題なのはこのタイミング。……ハーヴィスの隣国に、拠点ができちまったよ。これ、私を知る誰が聞いても、『サロヴァーラは魔導師についた』としか思わん。
ただ、サロヴァーラは一言もそんなことは言っていないので、証拠と呼べるものはない。先の一件以降、出ていた話が確定したから……と言われてしまえばそれまでだ。
万が一のことを考え、逃げ道は用意されている。そう、用意されてはいるんだ……だけど、『報復するよね? ここまでお膳立てしてあげたんだから、頑張って来い!』と言われているような気になるのは何故だろう?
だって今回、妙に協力的なんだもん! 報復推奨とばかりに、背中を押されている気がするのですよ……!
過去、ハーヴィスの奴らはサロヴァーラに対し、何かやらかしたんだろうか?
そうでなければ、王が許可をするとは思えないんだけど。
そう思えども、手紙にはそんなことなど書かれていない。本当に『貴女のお部屋を作る許可が出ました! リリアンも楽しみにしてるので、近い内に見に来てね』(意訳)程度。
突っ込みどころは色々あるけど、サロヴァーラの国王一家の惨状(過去)を知る限り、『相談役兼番犬代わりにしたいのね』的な見方もできるため、他国は煩いことを言えないだろう。
でもね、これは間違いなく説教案件です。私は何も頼んでいないのに……!
無実を訴えたところで、魔王様は納得すまい。というか、目覚めた直後に各国から押し掛けたお客様達のことを聞き、再度、寝込む可能性とてあるだろう。
そして、寝込んだことを幸いとばかりに、其々が魔王様に好意的であることを印象付ける作業を開始すると思うんだ……勿論、各国の王公認で!
魔王様は私を疑うだろうけど、各国の上層部とて相当である。『使える』と判れば、自分達の都合のいいように印象付けるだろう。
だって、『悪の魔王殿下』よりも『常識人の救世主・親猫様』の方がお仕事の依頼をしやすいんだもの!
私とセット扱いされている、今日この頃。魔王様は気付いていないかもしれないが、明らかに周囲の認識が変わっている。
そりゃ、精霊姫もぶち切れますね! どう考えても、『御伽噺の王子様』にはほど遠いもの。
友好的な人達からの認識はすでに『猫親子』。私は保護者同伴でお仕事を頼まれる、働き者の黒猫ですぞ。……遊び過ぎて、よく保護者に叩かれるけどな。
「よし! 来る面子と訪問理由を纏めたら、さっさと渡しちゃおう!」
――やる気と共に、ペンを握った私は知らない。
その一覧を見た途端、団長さんは硬直し、傍で眺めていたクラレンスさんに問答無用で拘束されることを。
そして、微笑みを浮かべたクラレンスさんから『全部話してくれますよね』と脅迫……いやいや、『お願い』され、正座して全てを暴露することを。
その後、騎士寮面子もクラレンスさんからのお説教を受けることを、私達は気付いてすらいなかった。
そして、説教を受けた全員が悟るのだ――
『そういや、伝え忘れてた。つーか、騎士寮内だけで話が完結してた』と!
何も聞いてなきゃ、驚くわな。団長さんが固まったのも納得です!
……。
魔王様。早くも、貴方不在の影響が出始めた模様です。そのうち団長さん達が泣きつくかもしれませんが、私と騎士寮面子は元々がアレな性格なので、諦めてください。
皆に感謝しつつも、説教の気配を感じる主人公。
皆の行動の起点であることは事実なので、文句も言えません。
保護者不在の影響がじりじりと出始めております。
※多忙のため、来週の更新はお休みさせていただきます。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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