その時、各国は ~サロヴァーラ編~
――『サロヴァーラの場合』
「何ということだ……」
その知らせを受け取ったサロヴァーラ王は厳しい顔をしたまま、すぐ傍に控えていたティルシアへと手にしていた物を渡す。それはイルフェナに保護されている魔導師ことミヅキからの手紙だった。
本来、こういった物は友人であるティルシア、もしくは妹分と公言しているリリアンへと送るべきであろう。だが、サロヴァーラは少々、事情が異なるのだ。
ティルシアは己が画策した一件により、事実上、行動を制限されている立場にある。
……。
実際にはそうなっていなくとも、『建前上はそうでなければならない』。いくら国のためとはいえ、他国相手にやらかしたことは事実なので、実際の状況を公にしなければならないような事態は避けるべきであろう。
『魔導師と繋がりがあること』程度ならばセーフだが、国に影響を与えるような行動――今回のことで言うなら、国を動かす可能性がある情報の入手――はさすがに拙い。
ティルシアが情報を活かせる人物であることは知られているため、『魔導師からの情報を個人的な思惑に使わないか?』という疑惑を抱かれてしまう可能性があるのだ。ティルシアが力を得ることを警戒する者とて、一定数はいるのだから。
一言で言うなら、『女狐に玩具を与えるべからず』ということに他ならない。
ぶっちゃけて言うと、過去の所業のせい。完全に、女狐様の自業自得なのである。
先のキヴェラの一件は『キヴェラとイルフェナの共同事業であり、教訓になるような絵本の普及』というものだったため、友人同士の雑談程度の扱いであった。
事実、サロヴァーラはキヴェラの夜会に招待されていない。ヴァイスはミヅキの状況を察したティルシアが付けた護衛なので、発言その他の行動の許可を得る必要があったのである。『招待客』ではなく、『ミヅキの付属品』という扱いだったのだから。
ヴァイスもそれは十分心得ており、リーリエが愚かなことをしなければ抗議どころか、会話に加わることさえなかった。あの抗議の一幕を引き起こしたのは、リーリエ自身だったのだ。
今回の情報は『エルシュオン殿下が襲撃され云々』というものなので、個人的な遣り取りとするには無理がある。よって、手紙自体はティルシアへと送られたが、その宛先はサロヴァーラ王となっていた。
サロヴァーラには未だ、王家に不満を抱く貴族達が残っている。
エルシュオンの負傷に乗じ、おかしな動きをされても困る。
こういった気遣いは、ミヅキが動く場合、共犯に選ぶのがティルシアと目されているためだ。サロヴァーラの貴族達にとって、二人はリアルに災厄扱い。何の意図もなくても、『あの二人が揃うと何かある!』と認識されてしまう。
ミヅキもそれを知っているので、今回はティルシアを経由する形でサロヴァーラ王への情報伝達となったわけだ。
なお、『魔導師から王への伝達』であった場合、ミヅキに脅える貴族達の大半は『魔導師が王を通して警告(=脅迫)してきた』と解釈される。
サロヴァーラ王は長年のへたれ気質……じゃなかった、穏やかさが知られているので、間違ってもミヅキの共犯には成り得ないと思われている。そもそも、先のサロヴァーラの一件でも共闘さえしなかった。
そんな事情もあり、ミヅキは今回、安全策を取ったのだろう。たかが『お知らせ』如きで、勝手な想像を膨らまされても困るのだ。
サロヴァーラの貴族達を、ミヅキは『全く』信頼していない。それどころか、鬱陶しい外野のようにさえ思っていると知れる一コマである。
自己中外道な魔導師様は警戒心が強いのだ……自分が『要らない』と判断したものに対する扱いなんざ、お貴族様であろうともゴミに等しい。『邪魔になるか・ならないか』という程度の差でしかない。
「これは……」
「え……ご無事……なのですよね……?」
手紙を読んだティルシアは視線を鋭くし、リリアンに至っては顔面蒼白である。恩人であることも一因だが、二人の母親は間接的に殺されたようなもの。特に、リリアンは『死』を匂わせるものが苦手なのだ。
ティルシアもそれを判っているため、蒼褪めた妹の背を落ち着かせるように擦っている。ぎこちなく感謝を述べるリリアンへと、微笑み返すのも忘れない。
「お父様。これを読む限り、エルシュオン殿下はご無事だと思われます。ですが……魔導師であるミヅキや、あの騎士達が居てこそ、『その程度に留められた』と見るべきでは?」
「お前もそう思うか、ティルシア」
「ええ。ミヅキ達が守りを固めていたにも拘わらず、この結果なのです。ガニアとキヴェラは警戒を強めるでしょう」
サロヴァーラはミヅキやエルシュオンに世話になった過去がある。その際、エルシュオンの配下の騎士達の異様さ――庇護すべきミヅキを案じるどころか、頼もしき仲間として扱っている――を目にしているのだ。
まして、イルフェナは『実力者の国』と呼ばれるほど個人の能力が重要視され、身分や立場に相応しい才覚を求められる。
そんな彼らが、そう簡単に出し抜かれるとは思えなかった。襲撃者はその守りを突破するだけの実力があり、主たるエルシュオンを負傷させるだけの術を持っていたということに他ならない。
二つの大国、そこに居るミヅキの友人達は必ずこのことに気付くだろう。ティルシアはそれを確信し、警戒を強める意味を込めて、父王へと告げていた。
「それにしても、ハーヴィスか……かの国は閉鎖的とはいえ、一部の者達はそのような現状に危機感を抱き、極稀に交流を試みてきたものだが」
懐かしむように、かつてサロヴァーラへとやって来た者達を思い出すサロヴァーラ王。……が、そんな王の言葉に、ギラリと目を光らせた者がいた。ティルシアである。
「まあ、お父様。そのようなくだらない過去など、何の価値もございませんわ。あれは遠回しに、我がサロヴァーラを侮辱しに来ただけではありませんか」
「う……。ま、まあ、そう思われても仕方がないとは思うがな……」
ティルシアの変貌にビビり、即座にその原因に思い至ったサロヴァーラ王は顔を引き攣らせる。だが、時すでに遅しであった。
『女狐』ティルシア。彼女は今、ろくでもない過去(注:ティルシア談)を思い出し、非常にお怒りなのである。
「隣国ですから、我が国を交流相手に選ぶのは仕方がありませんわ。ええ、仕方がありませんもの。騒動を起こして、ガニアを怒らせたくはなかったでしょうし、見下している私達ならば怖くはありませんものねぇ」
実のところ、サロヴァーラの王女二人は問題の精霊姫と幼き頃に会ったことがある。ハーヴィスによる『同じ年頃の王女同士ならば仲良くなれるかも』という思惑と、次代での繋がりを欲したゆえの行動だ。
勿論、それだけならばティルシアとて怒るまい。隣国である以上、付き合っていかなければならない可能性が高く、個人的な感情を抜きにして接しなければならないのは、王族としての義務なのだから。
……が、ティルシアには二つの地雷が存在する。
一つは言うまでもなく、最愛の妹であるリリアン。もう一つは祖国サロヴァーラ。
リリアンへの溺愛はともかく、国を大事に思うのは、王女として間違ってはいまい。ティルシアは国のため、そして妹のために他国を巻き込んだ騒動を起こしたほどなので、その重さも察することができるだろう。
そんな彼女を激怒させたのが、幼き日の精霊姫。そして、ハーヴィスなのである。
『この国の王族って、価値が低いの? 随分、適当な扱いなのね』
『お茶は美味しいけれど、他には何もない国なんでしょう?』
アグノスは先祖返りを疑われる特殊な事情持ちのため、同じ年頃の子達の中では聡明だった。少なくとも、周囲の大人達にはそう見えてしまった。
そんなアグノスではあったが、幼いことは事実なのだ……幼いゆえに、遠慮というか、社交辞令的なものが皆無だったのである。
ティルシアに言ったならば、まだマシだったろう。だが、アグノスが話し相手にしていたのは、幼いリリアンであって。
当然、リリアンは泣いた。大好きな人達や国を馬鹿にされ、けれど反論するだけの言葉も持たなくて。
拙い言葉で反論しようとも、即座に否定されてしまう。それも、かなりきつい言葉と態度で。
それを見た周囲の大人達が、勝手な失望をリリアンに向けるのだ。妹が最愛と公言して憚らないティルシアが激怒するのも当然と言えよう。
そして、アグノスはティルシアにさえも特大の爆弾をかましていたのである。
『あの子と貴女、本当に姉妹? 妹は出来が悪いって言われていたし、全然似てないのね』
……一応言っておくが、当時のアグノスに悪意なんてものはない。彼女はただ、己が感じたことを素直に口にしてしまっただけなのだから。
だが、相手が悪かった。ティルシアは重度のシスコンであり、妹が大好きなのだ。
そんな奴に向かって『姉妹なのに、全然似てない』。
今のティルシアを知る者達からすれば、自殺願望でもあるようにしか聞こえまい。
この時、ティルシアの中でアグノスは敵認定されたのだった。しかも、リリアンを泣かせている上、謝罪なし。敵認定は一生外れないだろう。
さすがに拙いと察したハーヴィス側から、アグノスが『血の淀み』を持つことを聞かされはした。……が、その時のハーヴィスの態度も『うちの王女が言ったことは事実だろうに』と言わんばかり。
特に、アグノス付きの侍女達の態度は酷かった。それらを見て、ティルシアはハーヴィスを『自分達の価値観しか重視できぬ、取り残されていく者達。協力者となる未来はない』と判断したのだ。
「『血の淀み』を理由にする割に、何の対策も取らなかった愚かな国。他者を見下していると判っているから、情報をもたらしてくれる者もいなかったのでしょうね。長く続いてきたのは、引き籠もっていたからでしょうに」
「それもまた国としての在り方だぞ、ティルシア」
「ええ、判っておりますわ。ですが、その果てに情報不足が災いし、このような事態を引き起こしているのです。愚か者には似合いの末路が待っていることでしょう」
大嫌いな相手の破滅、そして気に食わない国の衰退を想い、ティルシアは高笑いせんばかりだった。サロヴァーラ王とて娘を窘めたいのだろうが、ティルシアが激怒している原因を知っているため、強くは言えないのだろう。
そもそも、かつてのアグノスの言葉を肯定するなら、ティルシアとて咎められる謂れはない。ティルシアの言っていることとて、紛れもない事実なのだから。
「お……お姉様? とりあえず、落ち着いてくださいませ。私があの子に関わることはありませんし、怒ってもいませんわ。あの時、泣くことしかできなかった私が呆れられても、当然と思えますもの」
ほんの少しの憂いを滲ませながら、リリアンは懸命に言葉を紡ぐ。リリアンとて、過去のことは嫌な記憶として覚えている。だが、己の不甲斐なさを突き付けられた今となっては、それも仕方がないと受け入れてしまえるのだ。
「かつての愚かさを覚えているからこそ、私は変わりたいと願うのです。……聡明と言われていたアグノス様とて、このような事件を起こしてしまいました。だからこそ、周囲の声に惑わされてはいけないと思うのです。ミヅキお姉様とて、随分と酷いことを言われていたのに、それをご自分の一手に変えてしまわれましたもの」
――だから、もう大丈夫です。
そう言い切って、微笑む。リリアンからの予想外の言葉に、サロヴァーラ王は軽い驚きを表情に乗せ。ティルシアは――
「良い子ね! リリアン!! こんなに立派になって、私はとても誇らしいわ! 貴女は私の自慢の妹であり、我が国の未来を担うに相応しい王女よ……!」
妹の成長ぶりを目にした感動のあまり涙を滲ませ、リリアンを抱きしめていた。対するリリアンも慣れているのか、姉に抱きしめられて嬉しそうである。
この場に突っ込む者はいなかった。寧ろ、サロヴァーラはこれが平常運転。
妹への溺愛を隠さなくなった女狐様は日々、敵認定した貴族達――リリアンを虐めていた者達――を恐怖のどん底に叩き落すべく、隙を窺っているのだった。そりゃ、家族もいい加減慣れるだろう。
「さて、話を戻すが。ティルシア、我が国はどう動くべきだと思うか?」
王の言葉に、ティルシアは妹への抱擁を解く。その表情はすでに王女としてのものに戻っており、リリアンもどこか緊張した面持ちで姉の言葉を待っているようであった。
「……『今は』何も」
「ほう?」
薄く笑みを浮かべて紡がれた言葉は『静観』を意味するもの。だが、他の二人はそれに驚いたりせず、続く言葉を待っている。
「ミヅキを起点にして、イルフェナの味方となるべく動く方達は多いと思います。ですから、イルフェナの守りはその方達にお任せしましょう。私達がすべきはハーヴィスの監視と……ミヅキが報復に向かう場合の手助けですわね」
「ふむ、魔導師殿は未だ、動いてはおらんようだが?」
「イルフェナに初手を譲っているのでしょう。イルフェナとて、話し合いをするだけの余地は残してあるはず。それが終わった時、ミヅキ達は行動に出ますわ。ならば、ハーヴィスの隣国であるサロヴァーラが拠点となればいい」
『拠点』という言葉に、サロヴァーラ王は片眉を上げた。思い当たることがあるらしい父の姿に、リリアンは首を傾げている。
「お姉様……ミヅキお姉様に合わせて、サロヴァーラもハーヴィスに宣戦布告するおつもりですか?」
「いいえ、そんなことはしないわ。ミヅキだって望まないもの。だけど……休める場所は必要でしょう? いくらあの子が強くても、報復するならば、相手は『国』なのよ」
いくら魔導師であろうとも、疲労ばかりはどうしようもない。長期化することも想定し、ミヅキには休める場所こそが必要だと、ティルシアは考えていた。
「実はね、少し前にお父様に相談したの。私達の部屋の近くに、ミヅキの部屋を作ったらどうかって。万が一の時に私達の逃げ場所になるなら、決して無駄ではないわ。遊びに来てもらっても、客室では遠いもの。『個人的なお話』をすることも含め、悪くはないでしょう?」
ティルシアがそんなことに思い至った理由として、サロヴァーラとイルフェナの距離が挙げられる。はっきり言って遠いので、何かがあった時、即座に頼れるとは限らない。
また、『助けてくれるような存在』という意味では、現時点でミヅキが最強である。他国の王女達とて頼もしいが、彼女達には柵も多い。『即座に動け、事態を好転させられる』という意味で助けを求めるならば、ミヅキ一択だ。
ミヅキとて、双方に利点のあることならば断るまい。何だかんだと気にかけてくれている上、大陸の北に『個人的な拠点』ができるのだ。それがサロヴァーラ王城内ならば、保護者も文句を言わないだろう。
「……確かに、北にご用があった時は拠点があると便利ですね」
「あの子、あちこちに行くもの。今回だって、私達が動かなければ『サロヴァーラは何も知らない、無関係な国』なのよ、リリアン。だからこそ、ハーヴィスがどうなろうとも『知らない』と言い切ってしまえるわ。ミヅキはガニアとも縁を築いているから、そちらにも疑いの目は向くでしょうけど……ガニアに強気な態度はとれないでしょうしね」
「なるほどな。動かぬのはそれが理由か」
「ええ、お父様。私はこの国の王女としても、個人としても、今回はミヅキの全面的な味方ですの。ハーヴィスにとっても良い機会ですわ。ここで愚かさを自覚し、変わらなければ、いつサロヴァーラに火の粉が飛ぶか判りません」
「……」
考え込むサロヴァーラ王。だが、ティルシアは己が提案が通ることを確信していた。
ハーヴィスが何らかの擦り寄りを見せる時、その足掛かりとして使うのはサロヴァーラ。ガニアに何らかの要求をする根性はないだろうし、イディオは論外。そうなると消去法でサロヴァーラが残ってしまう。
ティルシアが警戒しているのはそこだった。あまり言いたくはないが、サロヴァーラは立て直しの真っ最中なので、できる限り引っ掻き回されるような事態は避けたいのだ。
「……判った。あくまでも、お前の友人という扱いで許可しよう」
「ありがとうございます!」
「だが、魔導師殿にはお前から話をしなさい。単純に部屋を作るという意味では済まないのだからな」
「ふふ、ミヅキお姉様がこちらにいらっしゃる機会が増えるのは嬉しいです」
喜ぶ姉妹の姿に、王にも笑みが浮かぶ。
そんな平和な一時を過ごし、自室に戻ったティルシアは先ほどと同じく、目を爛々と光らせ拳を握った。
「徹底的にやっておしまいなさい、ミヅキ! あの女を野放しにしていた国になど、遠慮は要りませんわ! 寧ろ、殺ってしまっても構いません! 私は今回、貴女の全面的な味方よ……!」
狐も祟る生き物なのである。その恨みは深く、いくら幼少期の頃の出来事だろうとも、決して忘れない。
怒れる女狐は高笑いをしつつ、うっそりと笑う。……そして、思うのだ。
――『彼女は本当に、私の良き友である』と。
静観すると言っても、『今は何もしない』だけ。
ティルシアなりに、主人公の力になろうとしてくれています。
そして、幼少期の恨みは今でも忘れておらず。
狐もしっかり祟ります。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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