その時、各国は ~キヴェラ編~
――『キヴェラの場合』
「……」
ミヅキからの手紙を、ルーカスは無言のまま睨み付ける。ヴァージルとサイラスは心配そうに見守りながら、ルーカスの言葉を待っていた。
手紙は元々、サイラスの所に届けられたものである。ルーカスと縁を築いた今となっては、彼の所に届いても不思議はないのだが……何故か、今回もサイラスの下に届いたのだ。
先の一件で、ミヅキがルーカスの評価向上を狙っていたことを知っているサイラスとしては、予想外の事態に訝しく思うのも当然だった。
ミヅキはそういったことに思い至らない性格ではないので、考えられる可能性は『あまり公にしたくない内容だから』。
サイラスとて、ミヅキとはそこそこ付き合いがある。彼女の性格を知る以上、そういった可能性を危惧し、警戒するのも当然と言えるだろう。
そして、その予想は正しかった。
書かれていたのは『エルシュオン殿下が襲撃され、負傷した』ということ。
その襲撃理由も、襲撃犯と目されているのも、考察と共に書かれていた。
サイラスが硬直し、キヴェラ王の下へと全力疾走したのも当然と言えるだろう。いくら何でも、近衛の領分ではない。
だが、キヴェラ王は手紙を読むと、再度その手紙をサイラスへと返すなり、こんなことを言い出したのだ――『ルーカスに対処を任せろ』と。
意味が判らず、戸惑いを見せたサイラスに、キヴェラ王はどこか楽しげに笑った。
『ルーカスとて、襲撃対象になりかねんのだろう? ならば、好都合ではないか』
『己の身を守るのは当然として、あちらを探る権利があろう。このような事件が起きているのだ、【個人的に】警戒しても不思議はない』
『儂が動けば警戒され、黒幕が尻尾を出さん可能性もある。この場合はルーカスが適任だ』
キヴェラ王はルーカスを過小評価しているわけではないし、この案件を軽んじているわけでもない。単純に『最適な人選』として、ルーカスに任せる判断を下していたのだ。
そこには『乗り越えてみせよ』という期待と、その手腕を見てみたいという願望が見え隠れしていた。自分とは異なるタイプの王族として認識し、キヴェラ王自身も興味を抱いている。
キヴェラ王は所謂『天才』という『強者』。ゆえに、誰も彼の代わりは務まらない。
その結果、次代へと移り変わることを、誰もが無意識に恐れている。
普通に考えれば、そう簡単に天才なんて産まれない。だが、キヴェラ王の治世が安定しているからこそ、それに慣れた人々は現状こそを当然のように思ってしまい、ルーカスの悲劇へと繋がったのだ。
弟王子達の反発も当然である……彼ら自身、継承権を持つ者として日々、学んでいるのだから。要は、自分自身もルーカスとほぼ同じ立場にあるため、現実が見えていた。
そんな彼らからすれば、無責任に失望の言葉を投げつける輩達の方こそが、現実を理解していないように見えたのだろう。子供だろうとも、王族。彼らの失望と怒りは、兄に懐いていることだけが原因ではない。
『お前らは何もしていないのに、努力し、申し分ない結果を出している兄上を蔑むとは何事だ!』
彼らの気持ちを表すならば、この言葉に尽きる。偉大な王の血を引いたお子様達は周囲の大人達以上に冷静で、容赦ない一面をお持ちなのだ。
こう言っては何だが、兄弟の中で一番真面目で、話が通じるのがルーカスなのである。やさぐれていた時期はともかくとして、言葉はキツイが、きちんと話に耳を傾けてくれるのだから。
弟王子達は未だにお子様ということもあり、感情的になりやすい。魔導師ミヅキとそれなりに話が合ってしまうことからも、それを察することができよう。
『サイラスよ、儂に忠誠を誓う騎士よ。その目で、ルーカスの手腕を見届けよ』
面白そうに笑い、キヴェラ王は己のみに忠誠を誓う騎士へと命じた。
『過去、ルーカスを曇った目で見ていた自覚があるお前ならば。……どのような評価を下すのであろうな?』
そんなことを思い出しながら、サイラスは再びルーカスへと視線を戻す。サイラスは手紙と共に王の言葉を伝えているので、今、ルーカスは必死に考えているのだろう。
試されているのは、サイラスだけではない。ルーカスとて、同じ。
望まれた役割を果たせなければ、向けられるのは今度こそ『ルーカスへの失望』だ。比較対象のない案件だからこそ、正しく能力が評価されてしまう。
そして、ルーカスはそのことを誰よりも理解できているのだろう。険しい表情は彼が真剣に考えている証だ。
「……サイラス、お前をイルフェナに送る許可は得られるだろうか?」
唐突な指名に、サイラスは暫し沈黙し。
「可能ではあると思います。ですが、その理由が必要ですね」
できる限り正確に答えを返す。ルーカスもそれは判っているのか、一つ頷いて納得しているようだった。
サイラスはミヅキとも面識がある――本人的には不本意だが、割と仲良しのように思われている――ため、ルーカスやヴァージルが赴くよりは自然に見える。
だが、サイラスの唯一の主が現キヴェラ王であることをミヅキは知っている。おそらくだが、ミヅキに近しい騎士達も。
ゆえに、『こんな状況において、主の命以外で動くことは不自然』なのだ。キヴェラが大国ということもあり、その動きが周辺諸国に知られれば、色々とくだらない憶測が湧くだろう。
そのための予防線というか、口実をサイラス自身は持っていない。考えるのはルーカスの仕事だ。
「サイラスには先の一件の状況報告という形で、イルフェナに行ってもらいたい。魔導師からの連絡待ちでは、どう考えても最新の情報は得られまい。今回のように『知らせておかなければならない情報』はともかく、それ以外の動きは知ることができん」
「そう、ですね。頼んだところで、魔導師殿もイルフェナの動き全てを知っているわけではありませんから……率先して続報を送るということはしないでしょう。何より、魔導師殿自身が動いた場合、情報は途絶えます」
「その可能性が高いだろうな。ヴァージルの予想通り、俺もあの女が大人しくしているとは思えん」
ミヅキを思い浮かべ、主従は揃って溜息を吐く。ミヅキ一人が情報提供者の場合、途中で連絡が途絶える可能性があるのだ。ルーカスが『誰かを送り込む』という選択をしたのは、これが原因だった。
何せ、ミヅキは身分がないので、戦闘・裏工作担当の実行要員にしかなれない。
頼まれた場合に限り、交渉の場には出てくるのかもしれないが……基本的にはイルフェナの報復に関われないのだ。イルフェナとて、国としての面子もある。よほどのことがない限り、保護している異世界人を巻き込むまい。
そもそも、ミヅキは割と義理堅い性格をしている上に、凶暴である。特に今回は飼い主が負傷しているので、頼まれずとも報復に向かうと思われていた。
その場合は『報復に行く』という最低限の言葉と共に、姿を消すのだろう。
協力者などなくとも、相手がどれほど大物だろうと、狩りに行く。
それが可能だからこそ、彼女は魔導師と名乗ることを許されているのだ。敵対や共闘をした経験があるルーカスだからこそ、気に食わない相手だろうとも、正しく能力評価ができていた。
「こう言っては何だが、我が国は南でも孤立しがちだ。これまでの行ないを顧みれば、仕方がない。だが、今回の件において重要なのは情報の共有だと俺は考える。だからこそ、サイラスをイルフェナに送り、俺はここからハーヴィスを見張ることが最善だと思う」
「ハーヴィスを見張る、ですか?」
「ああ。……俺も正直、この襲撃に疑いを抱いている。『血の淀み』を持つ者だから仕方がないと思う反面、監視の手薄さに疑問を抱く。もしも、王家や精霊姫とやらに全ての罪を押し付ける気ならば……今回だけで終わるまい」
「……」
ルーカスの言葉に、問い掛けていたヴァージルも黙ってしまう。ヴァージルから見ても、ルーカスの言い分を否定できないのだ。
何せ、ヴァージルは『王家の人間が下の者に傷つけられる』という状況を知っている。言うまでもなく、ルーカスのことだ。
だからこそ、その可能性を否定できなかった。血筋としては最上位に位置する王族であろうとも、疎まれ、引き摺り下ろされることはあるのだから。
「あの魔導師のことだ、他国にも同じような知らせを送っているだろう。ならば、ガニアとて他人事では済ませないはずだ。サイラスに俺からの書を持たせ、魔導師経由でガニアへと繋ぎを取る。ガニアとしても、キヴェラと情報の共有が可能になるなら、話に乗るだろう」
「ルーカス様は状況によって、ガニアと共闘なさるおつもりなのですか?」
「共闘? おかしなことを言うな、サイラス。俺はあの魔導師の被害を受けた国の者として、ガニアの王太子殿に同情している。労りの言葉をかけたとしても、不思議はあるまい? まあ……その『ついで』に、世間話くらいはするかもしれんな?」
「それ、魔導師殿への愚痴を建前にしているだけじゃ……」
「気のせいだ」
「え゛」
「気のせいだ。あの女は傍迷惑な存在だからな。俺は割と本気だ」
クク……と笑うルーカスの表情は、はっきり言って悪どい。だが、顔を引き攣らせるサイラスが次の言葉を発する前に、ヴァージルが肩に手を置いて首を横に振った。
「諦めろ、サイラス。こう言っては何だが、建前だろうとも、否定はできないだろう」
「いや、俺はイルフェナに送られるんだけど!? 文句を言われるのって、俺だよな!?」
「言い返せばいいじゃないか……言い返す気概と根性があるなら」
言いながら、ヴァージルは視線をそっと逸らす。そんな友の姿に、サイラスは『そういや、こいつはルーカス様至上主義だった』と、今更ながらに思い出した。よっぽどのことがない限り、基本的には主に忠実なのである。
ただ……サイラスとて直接、書を交わす危険性は理解できている。大国、それもあまり仲が良くない国同士が唐突に連絡を取り合うなど、不自然でしかない上に目立つのだから。
そう思わせない――主に、ハーヴィスに動きを悟らせない――ためにも、サイラスをイルフェナに送るのだ。魔導師と個人的に連絡を取り合っているサイラスならば、事情を話し、協力してもらうことも可能だろう、と。
「あまり考えたくはないが、ガニアやキヴェラにハーヴィスと通じる者がいないとも限らん。警戒は必要だが、最低限に留めておくべきだろう。勿論、情報の共有が成されていることも隠す」
「それを成すのが、魔導師殿の人脈なのですね?」
「そうだ。あの女、あちこちで騒動に関わっているからな。そもそも、自国の王子への襲撃なんて、普通は隠す案件だ。だが、魔導師が勝手に情報を撒くならば……」
「『国は』それを知らないということにできる。あくまでも魔導師殿の個人的な情報網であり、それを伝え聞いただけだと」
ヴァージルの補足に、ルーカスは無言で頷いた。そして、二人揃ってサイラスへと視線を向ける。期待の籠もった眼差しに、サイラスは溜息を吐くと頷いた。
「あ〜……判りました。俺がイルフェナに向かい、魔導師殿に話をつけますよ。ルーカス様の狙いを知れば、あの人は協力してくれるでしょう。さすがに、その後の説教までは責任が持てませんけど」
「いつものことだろう、保護者からの説教など。勝手な行動をするあの女が悪い」
「いや、それはそうなんですけどね……」
楽しげに笑うルーカスに、ミヅキに対する申し訳なさなど感じられない。苦笑を浮かべるヴァージルとて、あまり感じてはいないのだろう。
ミヅキとルーカスは良くも、悪くも、遠慮のない関係に落ち着いたようである。その間に立つサイラスが苦労人になりそうだと思うヴァージルではあったが、あえて口にしようとは思わない模様。彼とて、我が身が可愛いのだ。
「それでは、陛下に話を通して参ります」
「頼んだ。その間に、俺はイルフェナとガニアへの手紙を用意しておくとしよう。ヴァージルは……」
「俺は今一度、ルーカス様とその周囲における警備の見直しをして参ります。ルーカス様が将来的に担われる役目を理由にすれば、不審がられないでしょう」
「そうだな、俺は『魔導師との繋がりを持つ者』という認識をされている。失わせることはしないだろう」
「ルーカス様……」
「構わん。あくまでもそれは『今の』俺の価値だ。俺自身が惜しまれる存在となればいいだけだ。そうだろう? ヴァージル」
「っ……はい!」
微笑み合う主従の感動的な場面を視界の端に収めつつ、サイラスは自らの主の元へと足を進める。気が重い任務を命じられながらも、その表情はどこか明るい。
「あんな場面を見せられたら、この苦難も受け入れるしかないよな。……。良かったな、ヴァージル」
密かに親友を案じ続けていたサイラスが居たこともまた、この主従の幸運であった。
ハーヴィスを警戒しているキヴェラ勢。王族が絶対者ではないと知るからこそ、
精霊姫や王家への悪意を疑っています。
そして、安定のパシリ要員サイラス君。多分、今後も扱いは変わらない。
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