その時、各国は ~コルベラ・バラクシン編~
『コルベラの場合』
――王城・セレスティナの私室にて
「……は?」
友人からの手紙を開いた途端、セレスティナは声を上げる。そのまま読み進めていくうちに、その表情は険しいものになっていった。
「どうかなさったのですか? セレス」
予想外のことに、傍に控えていたエメリナが声をかける。いつもならば、嬉しさを隠そうともせずに友人――ミヅキからの手紙を読むことを知っているため、さすがに心配になったのだろう。
なお、エメリナもミヅキと仲の良い友人の一人である。それでも彼女は自分の立ち位置を『セレスティナ姫の侍女であり護衛』と自負していた。
ゆえに、基本的にミヅキからの手紙は主であるセレスティナが受け取っている。優劣をつけるわけではないが、セレスティナと魔導師であるミヅキの仲の良さを知らしめる意味でも、こういった事実は有効なのだ。
「エルシュオン殿下が襲撃され、負傷したらしい」
「え!?」
舌打ちしながら、手紙の内容を告げるセレスティナ。驚きを露にしたエメリナの表情も、即座に厳しいものとなっていく。
「一体、誰が……」
「ハーヴィスの第三王女、らしい。ただ、彼女は『血の淀み』を持っている上、本来ならば監視されているはず。その行動を見逃した輩が居るのではないかと、ミヅキは疑っているようだ」
「それは……判断が難しいですわね。ですが、イルフェナの騎士達の守りを突破する以上、襲撃者の実力は本物だったということです。場合によっては、我が国も守りを固めませんと」
「いや、その必要はないようだ。我が国には『金髪に青い目を持った王子』は居ないからな」
「はぁ?」
今後のことを想い、難しい顔をしていたエメリナは、セレスティナの言葉にぽかんとした表情を浮かべた。そんな彼女に、セレスティナも同意するように大きく頷く。
「そうだろう。普通はそういった反応になるだろうな。だが。今回はそこが重要だったらしいぞ? なんでも、ハーヴィスの第三王女殿下の教育に『御伽噺と混同させ、自分を優しいお姫様と思わせる』という方針が取られていたらしいんだ」
「意味が判りませんわ、セレス」
困惑気味に、それでもはっきりとエメリナは口にする。エメリナは所謂『武闘派侍女』なので、曖昧なものを好まない。情報にしろ、証拠にしろ、己が行動できるだけの確実性を求めるのだ。
そんな彼女からすれば、『御伽噺と混同させる』なんて、意味不明な内容だろう。寧ろ、大半の者がエメリナと同じ反応になることは確実だ。
……そして。
彼女達は困惑しながらも、確信していた……『ミヅキが暴れるな』と。
エメリナが困惑する案件を『馬鹿じゃねーの?』で済ませるのがミヅキ。
異世界産の黒猫は保護者が絡むと、それはそれは凶暴だった。
そもそも身内が関わらなければ、彼女の優しさは発揮されないのだ……『同情? 憐れみ? 何それ食える?』とばかりにハーヴィス側の事情をシカトし、報復一択。
というか、ミヅキの思考回路は意外とシンプルにできている。『嫌な方向に賢い』と言われるミヅキではあるが、その方向性と行動理由だけは非常に判り易かった。
――『相手の意図が判らない』なんて、些細なこと。犯人が判っているなら報復上等。
冗談抜きに、こんな考えに至る場合がある『困ったさん』(意訳)なのである。そんな時は先手必勝とばかりに決断が早い上、全く悩まない。ミヅキは正真正銘、『ヤバい生き物』なのだ。親猫の苦労が知れる。
今回は親猫ことエルシュオンが被害者なので、騎士寮面子は抑止力になるどころか、最大の協力者と化していた。エルシュオンに関しては、彼らもミヅキと似たり寄ったり。その『ヤバい連中』の軌道修正を担っているのがエルシュオンなので、彼らが止まるはずもなかった。
そして『ヤバい生き物』代表のようなミヅキと非常に仲良くしているのが、セレスティナやエメリナ。この時点で、彼女達も普通でないことを察していただきたい。
……本人達にその自覚はないのだが。
「さて、私達はどう動くべきだろうか」
目を眇め、セレスティナは思考を巡らせる。彼女が望むのは、『友の助けとなりながらも、コルベラに情報をもたらす最良の一手』。
ミヅキはある程度の情報をくれるだろうが、それはあくまでもミヅキ自身の見解や考察に基づくもの。コルベラがこの一件の部外者である以上、それでもありがたくはあるのだが……どうせならもう一歩踏み込んでしまいたい。
セレスティナは自身の更なる成長のため、そんなことを考えていた。感情的にならず、即座にこういった思考の切り替えができるようになったこともまた、彼女自身が成長した証であろう。
無言のまま、暫しの時が流れる。エメリナも何かを察したのか、『配下』の顔となって、セレスティナの言葉を待っていた。
「……エメリナ」
「はい」
「休暇の申請を。私達は『イルフェナで起きたことなど、何も知らない』。だから、ミヅキの所に遊びに行った際、『偶然』、関わることができるだろう」
事前情報など知らぬとばかりに、ミヅキを訪ねればいい。それがセレスティナの下した決断だった。実際、遊びに行ってもおかしくないほど仲が良いので、『コルベラが正しい情報を持つ』ということをチラつかせるなら、煩いことは言われまい。
そもそも、ミヅキの元へ赴くのは『セシル』という名のコルベラの女騎士、そして『エマ』という侍女だ。二人揃って休暇を取り、友人の所に遊びに行った。それでいい。
「『セシル』と『エマ』ならば、ミヅキを訪ねても不思議じゃない。コルベラに属する、ミヅキの友人でしかないからな。勿論、更なる襲撃に巻き込まれようとも、コルベラは文句など言わないさ。事情こそ訊くだろうが、それ以上のことなどできまい。何せ、私達が空気を読まずに遊びに行ったことが原因なのだから」
「ふふっ。ええ、そうですわ。私、一緒に旅をした楽しい時間が忘れられませんもの。折角、友人となれたのですから、このまま疎遠になってしまいたくはありませんものね?」
どこか得意げに笑うセレスティナに対し、エメリナも心得たとばかりな笑みを返す。二人の言葉は事実でもあるので、思惑を察したイルフェナ側も否定はできまい。
『セシル』の本当の立場を知るからこそイルフェナは二人の訪問を拒みにくく、自国が有利になることを考えるならば、受け入れた方が得なのだ。
そのチャンスを逃すほど、イルフェナは愚かではない。セレスティナはそれを考慮し、『【セシル】と【エマ】がミヅキを訪ねる』という行動に出ることにしたのだから。
『正しい情報の共有』――ただし、イルフェナ寄り――は、今のイルフェナにとって最重要。外堀から埋めていくとばかりに、二人にそれなりの情報をもたらしてくれるだろう。
憂いと怒りに満ちていた先ほどまでとは違い、行動を定めた二人の表情は明るかった。かつてキヴェラの後宮に囚われていた頃からは考えられないほど、二人は逞しく成長したらしい。
そこで『ミヅキの悪影響』と言ってはいけない。二人の場合は自国公認で『成長』でいいのだから。
「楽しくなりそうだ」
そう言って笑うセレスティナの表情は、在りし日の亡き母にそっくりだったという。
※※※※※※※※※
『バラクシンの場合』
――教会・聖人の私室にて
「……さて、どうしたものか」
一旦、バラクシンへと戻ってきた部屋の主――聖人の報告を聞きつつ、ライナスは頭を悩ませていた。問題は『誰をイルフェナに滞在させるか』ということ。情報の共有はあった方がいい。
イルフェナに留まるのなら、聖人が適任と言える。だが、彼はこの教会の頂点に立つ存在であり、守護者でもあるのだ。長期不在を煩い輩に知られれば、そこを狙われる可能性も否定できない。
「やはり、私が滞在するのが一番ではないのでしょうか? 『教会の過去に関わること』という、大義名分もありますし」
「しかし……」
「私とて、この教会が心配です。ですが、この一件の発端をバラクシンにするわけにはいかないでしょう。言い方は悪いですが、精霊姫の現状に、全く責任がないわけではないのですよ」
乳母が生きていれば、まだ状況は違っただろう。『御伽噺と混同させ、依存させる』という教育方針をとったのは彼女であり、その物語を選んだのも乳母自身。
だが、当の乳母はすでに亡くなっている。ハーヴィスが『乳母を騙し、将来的に問題を起こすような対処法を押し付けた』などと言い出す可能性もゼロではない。
そういった事態を回避するための策がこれまでの聖人の行動であり、イルフェナの協力者としてのアピールであった。
ここで重要なのは『バラクシンが無視できない立場にある教会関係者』という点。ライナス経由で知っている彼の行動を黙認するなら、バラクシンという『国』も聖人……もとい教会の方針に賛同しているということになる。
要は、遠回しに『バラクシンはイルフェナの味方です』と言っているようなもの。これ以上エルシュオンを攻撃するならば敵に回る、という風にも受け取れる。
そうは言っても、聖人がいつまでもイルフェナに滞在はできないというのが現実であった。ただし、問題は前述した人選である。『国も重要とする教会関係者』という条件を達成できる人間がいないのだ。
暫し、考えに沈んでいたライナスは、静かに首を横に振った。
「いいや、貴方には教会を守ってもらいたい。情けない話だが、カトリーナ達が騒ぐ可能性がある以上、対抗できる存在が必要だろう」
「……。愚かな母親を利用しようとする輩は、まだおりますからね」
「本人が現状を自覚するのが一番だが、あの女には無理だろう。未だ、情に訴えればフェリクスが味方になると思っているようだからな」
「愚かな」
吐き捨てるように呟くと、聖人は苦々しい顔になった。ライナスとて、それは同じ。温厚なライナスにしては非常に珍しいことだが、彼はカトリーナが大嫌いなのである。それは勿論、家族を引き裂いた原因となったことが大きな理由だ。
国王夫妻に不敬を働き続けただけでなく、フェリクスという甥っ子まで道を違えることになってしまった。いくらフェリクスが穏やかに暮らしているとはいえ、王家の皆様は誤解が解けた途端の別離を深く恨んでいるのだ。
そもそも、フェリクスの母親であるカトリーナは、罪人として拘束されているわけではない。騒ぐだけ騒ぎ、王家を引っ掻き回した迷惑極まりない存在ではあるが、フェリクスの母親であることは事実なのだ。
この場合、厄介なのは『母の愛』というやつである。教会は基本的に様々な愛情を尊いものとして捉えており、カトリーナの訴えを無下にできないのだ。
また、自分のためとはいえ、カトリーナがフェリクスを可愛がっていたことは事実。反省した素振りを見せられれば、教会派貴族達が『教会は母と子を引き裂くのか!』と声を上げかねなかった。
聖人は唯一、そういったものに対抗できる存在なのである。聖人自身が敬虔な信者であり、魔導師の友人という立場を確立しているため、カトリーナ・教会派貴族共に苦手としている人物なのだった。
なお、たまに『神の愛』(物理)を食らう者が居ることも事実である。
聖人様は非常に慈悲深く、罪を自覚できない者も救おうとする(意訳)のだった。
……。
まあ、結果としてそれで済んでいるので、聖人からの慈悲であることは事実なのだろう。下手に騒げば国王どころか、魔導師が出てくるのだから。
未だに騒ぐ教会派貴族達は忘れているのだ……『魔導師は教会派貴族という派閥全体を敵認定した』ということを。
極一部の馬鹿がやらかしたとはいえ、彼らはエルシュオンを魔王扱いしているのである。その後も言い訳を重ねたため、ミヅキから徹底的に嫌われるのは当然のことと言えよう。
聖人の友人が『善』であるとは限らない。寧ろ、ミヅキは裏工作が大好きだ。
騎士寮面子提供の悪事の証拠を王に横流しした挙句、『奴らは悪』という印象操作に乗り出すだろう。
『バラクシンのクズ……もとい、アホな教会派貴族を葬るのはこの国の王でなければならない』。そんな主張をする傍ら、悪事を過剰に盛って陥れていく外道。それがミヅキという魔導師。
どう考えても悪質なのはミヅキの方だが、功績全てを王家サイドに持たせるので、結果的にお咎め『は』ないのである。
……その分、『魔導師外道説』やら『異世界人凶暴種』という渾名が広まっていくのだが、ミヅキ本人は全く気にしない。
だ っ て 、 嘘 偽 り な い 事 実 だ か ら 。
そんなわけで。
様々な意味で教会になくてはならない人となっている聖人は、自分の代理を任せる者の選定にライナス共々、頭を悩ませているのであった。
だが、その悩みは予想外の人物達の登場で解消されることとなる。
「……失礼します。叔父上! お久しぶりです!」
「失礼致します。ご無沙汰しておりますわ、ライナス殿下」
鳴り響いたノックに入室を許可すれば、入ってくるのは金髪の青年。そして、その後に続くのは彼の妻である女性。
「フェリクス!? サンドラも……聖人殿……」
「ふふ。折角こちらにいらしたのですから、甥っ子夫婦に会われてはと思いまして」
驚くライナスに、聖人は悪戯が成功したとばかりに笑った。フェリクスとサンドラは現在、教会預かりとなっている。しかも、罪を犯した者として。
ゆえに、こういった機会でもなければ、王族であるライナス達には滅多に会えないのだ。二人を案じる国王一家を知るからこその、聖人の気遣いであった。
当初、二人はライナスのことを『ライナス殿下』と呼んでいたのだが、そう呼ばれたライナスが判りやすく気落ちした表情になったため、現在でも叔父として接していることは余談である。
暫し、予想外の再会を喜んでいた二人だったが、やがてサンドラはライナス達の表情に僅かな陰りがあることに気が付いた。
「あの、叔父様? もしや、お疲れではないのですか?」
「いや? そんなことはないよ」
「ですが、その……少々、お元気がないように見受けられますわ」
「ああ……実は僕もそう思っていました。叔父上だけでなく、聖人様も。僕達のために時間を作っていただけるのは嬉しいのですが、無理をしてまでとは思いません。ご自愛ください」
「その通りです!」
自分達を気遣う甥夫婦に、二人は顔を見合わせる。彼らはあの一件の後、魔導師やエルシュオンにとても感謝していた。そんな姿を知るからこそ、襲撃の一件を伝えようかと悩んでしまう。
だが、フェリクス達は完全に自分達のせいで二人に無理をさせたと思ってしまっているようだ。その必死さを嬉しく思うと同時に申し訳なくなってしまい、聖人は重い口を開いた。
「二人とも。今から話すことは他言無用です。この場だけの話としてください」
「はい」
「判りました」
顔を見合わせて不思議がるも、フェリクス達は素直に頷く。こういった素直さは彼らの美徳であり、同時に危ういところでもあった。
「数日前、エルシュオン殿下が襲撃を受け、負傷しました。勿論、命に別状はありません。ですが……その襲撃理由に、かつての教会上層部の者が絡んでいるのです。ですから、私とライナス殿下は教会とバラクシンに火の粉が飛ばないよう、動いているのですよ」
「な……」
「ご無事なのですね!?」
「ええ、勿論。襲撃犯も拘束されていますよ」
驚いた二人だが、続いた聖人の言葉に安堵の息を吐く。だが、ふとフェリクスが疑問を口にした。
「ならば、叔父上達は何を悩んでいるのですか? その、僕はこういった時の対処法などを思いつけないような愚か者ですが、イルフェナ主導で対処に当たるということは判ります。……お二人の憂いとは、何なのでしょう?」
当然の疑問に、二人は再度顔を見合わせた。暈して理由を話したため、フェリクスの疑問も当然のことと言えるだろう。
そう判断すると、今度はライナスが口を開いた。
「聖人殿には暫し、イルフェナに滞在してもらっていたのだよ。我が国や教会がイルフェナの味方であると印象付けるためにな。だが、いつまでも教会を留守にはできない。その人選に困っていたんだ」
「もしも滞在中に襲撃に巻き込まれても、国と教会が抗議するような存在……という条件なのですよ。危険な目に遭うことが前提になってしまいますが、襲撃が一度で済むとは限りません。そうなった場合、何らかの形で介入し、イルフェナの味方となりたいのです」
悪い言い方をするなら『囮』、もしくは『生贄』。聖人の代わりにイルフェナに滞在する以上、どうしても危険が伴う。
何より、切っ掛けが教会であることは事実なのだ。イルフェナから向けられる目はそれなりに厳しいものとなるだろう。
そのような役目を引き受けてくれる者は滅多にいまい。何一つ自分の功績にならない上、批難の目を向けられた挙句、命の危険まであるのだから。
それもあり、聖人は自分が動いていた。言い方は悪いが、彼は教会という組織のトップなので、イルフェナと言えども下手なことができないのだ。
「「……」」
フェリクスとサンドラは黙り込む。だが、二人の間で交わされる視線は互いに何かを問うているようであった。
交わされる視線をそのままに、サンドラは励ますように微笑んでフェリクスの手を握った。そんな妻の姿に、フェリクスも一つ頷く。
やがてフェリクスは少し硬い表情のまま、それでも必死に訴えた。
「あの……それは僕達でも大丈夫でしょうか?」
「「な……!?」」
「私達の将来的な役割は、王家と教会が手を取り合うことの象徴となることだったはずです。ですから、私達ならば、その条件を満たせるのではないのでしょうか?」
続くサンドラとて、危険であることは判っているのだろう。何より、サンドラは気が強い方ではない。寧ろ、謂われなき非難の視線や言葉に、傷つくだろうことは確実だった。
それでも、二人で赴くという。そこまで覚悟させたものは一体、何なのか。
「条件としては満たしているが……正直、勧められない。そもそも、君達がイルフェナを訪ねる理由がないだろう。不審がられるだけだ」
厳しいライナスの言葉は事実であり、同時に二人を気遣ってのもの。それが判っている二人は頷き合うと、更に言葉を重ねた。
「聖人様の代わりというなら、不審がられるだけでしょう。ですが、僕達にはエルシュオン殿下を訪ねる理由があるのです。……僕達が今こうして暮らせているのは、あの方達のお蔭ですから」
「私達……あの時は自分のことだけで手一杯で。謝罪も、感謝も、何一つ満足に伝えていないのです。ですから、エルシュオン殿下の無事を神に祈り、許されるならば、言葉を伝える場を設けていただきたいのですわ」
「いつか叶えられたらと、二人でずっと思っていました。叔父上がいらっしゃる今だからこそ、僕達は願うのです。聖人様の代わりなどという、烏滸がましいことは言いません。ただ、その機会が今だっただけです」
「お前達……」
二人の言葉は事実であった。こんなことがなければ、いつか二人は聖人を通じてその機会を設けてくれるよう、願ったことだろう。
だが、今はそれがイルフェナに向かう理由となる。それは彼らなりの国への貢献であり、教会への感謝であった。
「いけません! ……フェリクス、貴方は金髪に青い目をしていますね。エルシュオン殿下が標的となった条件が、まさにそれなのですよ。イルフェナ、特に王城などに滞在すれば、標的となる可能性があるのです」
鋭い声で止める聖人の声、その条件に唖然とするも、フェリクスは首を横に振った。
「……それでも。それでも、構いません。求められる役目がある以上、簡単には死ねません。ですが、『エルシュオン殿下の身代わりとなり、お守りした』という事実があるなら、僕は納得できる気がするんです。ね、サンドラ」
「はい。私達にできることはあまりにも少なく、一生、ご恩返しなどできないと思っておりました。ですから、これは私達に与えられた幸運なのですわ。国に、教会に、そしてイルフェナの優しき隣人の皆様に報いることができる、良い機会だと思うのです」
二人の間では、その『いつか』を想定し、すでに話し合いが行われていたのだろう。そう感じるほど、二人の言葉には迷いがない。
その成長を嬉しく思うと同時に、ライナスは悔しく思う。元から、優しい子ではあった。母親に歪んだ価値観を植え付けられようとも憎み切れず、妻にと望んだ女性の手を決して離さなかったフェリクス。
『いつか恩返しをしたい』とは言っていたが、それがこんな形で叶うことなど、誰も望んではいなかったろう。
「叔父上も、聖人様も、王家の皆も……誰一人、バラクシンから失われてはなりません。それに、僕達はすでに夫婦なのです。たとえ命を落とそうとも、どちらか片方が生き残れば、亡き伴侶の想いを継ぐでしょう。ほんの少し、手を放すだけです。神の御許で再会できます」
「どうか……私達を行かせてくださいませ。私達は今度こそ、人に誇れる自分達でありたいのです」
二人揃って深々と頭を下げる。そんな姿に、その繋がれた手に、ライナスは溜息を吐くと頷いた。
「判った。だが! エルシュオン殿下への謝罪は王家より願うもの。護衛は付けるぞ、いいな!?」
「「はい!」」
「まったく……言い出したら聞かないところは、私や兄上にそっくりだ」
ライナスもかつて勝手に誓約を行なった経験があるため、フェリクス達が引かないことを薄々感じ取っていた。ヒルダを諦めなかったレヴィンズといい、王家の男達はどうにも共通点があるようだと苦笑する。
「判りました。では、私からは魔導師殿に頼んでおきましょう。彼女に頼んでおけば、貴方達の扱いも多少はマシになるはずですからね」
「いえ、そこまでご迷惑をおかけするわけにはっ」
「大丈夫です。……煩い輩は事前に脅迫しておいてもらった方が、彼女が暴れることもないでしょうし」
「「は?」」
「いえ、こちらのことです」
どこか達観した目をする聖人に、フェリクスとサンドラは首を傾げる。彼らは揃ってミヅキや騎士寮面子を『優しい隣人』と思っているので、夢を壊すまいとする聖人なりの配慮であった。
その後、ライナスが手配した護衛がやって来るのだが――
「レ……!? レヴィンズ……様」
「はは、『義兄上』だろう? サンドラ。久しぶりだな、フェリクス! サンドラも元気そうで何よりだ」
「え、あの、ちょっと、僕達の護衛って、もしかしなくても……」
「俺達の部隊だ! まあ、全員じゃないけどな。いやぁ、父上達から恨みがましい視線と共に、『何があっても守り抜け!』と厳命されたぞ。ああ、『帰国したら、二人揃って報告に来るように』とも言っていた。鬱陶しいかもしれないが、相手をしてやってくれ」
豪快に笑うバラクシンの第三王子レヴィンズ。彼はミヅキの友人であるヒルダを婚約者に持つことを主張し、今回の役目を勝ち取っていた。
「エルシュオン殿下は王族だ。今のお前達には身分がないから、その後見のような形で俺が行くんだ。妥当だと思うぞ?」
「……それは、建前だろうが」
「いいじゃないですか、叔父上! 俺、フェリクスが物凄く小さい頃しか懐いてもらってないんですよ!? ここで点数を稼いで、『兄上、凄い!』と言われたいじゃないですか!」
呆れた様子のライナスの言葉に、速攻で本音を暴露するレヴィンズ。なお、彼はフェリクスが距離を取り始めた時に最も悲しんだ一人である。どうやら、今も少々、拗らせているようであった。
「それにしても、言うようになったじゃないか。二人とも、良く言った! 感動したぞ」
そう言って笑いながら、二人の頭を撫でるレヴィンズ。その力強さと温かさに、驚いていたフェリクス達にも笑みが浮かぶ。
フェリクスは己が幸運を噛み締めていた。道を違えてなお、案じてくれている『家族』。彼らを信じられなかった過去が胸に痛いが、それでもいつかは何の憂いもなく笑い合ってみたいと願う。
それはサンドラとて、同じこと。疎まれていると思っていた『家族』は、当たり前のように自分を受け入れてくれていたのだ。嬉しく思わないはずがない。
「さて、イルフェナに話は通してある。暫くは会えないだろうから、祈りを捧げるだけの日々になるが……」
「はい。少しでも早い回復をお祈りしようと思っています」
「そうか。では、行っておいで。……気を付けて」
「「はい!」」
空は快晴、その蒼はどこぞの親猫の瞳を思い起こさせるような、暖かい色だった。
順調に主人公の影響を受けていくコルベラ勢。
ガンガン逞しくなっていくセシルに、泣くのは男性陣だけでしょう。
そして、久しぶりに登場したフェリクス&サンドラ。
国王一家はその成長を喜ぶと共に、元凶どもへの怒りを募らせています。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n6895ei/




