アルベルダ主従の考察
――その知らせがもたらされた時、アルベルダ(の一部の者達)には激震が走った。
……が。
それは必ずしも、『国同士の争いが起こる』ということに対してではなかった。
「……」
「……」
何とも言えない表情で黙り込む、グレンとウィルフレッド。そして、執務机には一枚の手紙が置かれていた。
言うまでもなく、ミヅキからの『状況報告』である。それを見た二人が黙り込むのも、当然だろう。
「まあ、な。その、俺はグレンから報告を受けていたし、ある程度のことは予想していた。予想していたんだが」
深々と溜息を吐き、ウィルフレッドは遠い目になった。
「……これ、ゼブレストとカルロッサも参戦してくる可能性がないか……?」
「まあ、そうでしょうね」
さらりと無情な答えを返すグレン。だが、こればかりは他に言いようがないとも言う。
「ミヅキからの手紙を読む限り、ジークフリート殿達が居たからこそ、被害が最小限で済んだと思います。エルシュオン殿下は負傷されましたが、それでも現在は『魔力を使ったことによる極度の疲労』で済んでいる」
「それは判る。エルシュオン殿下がその状態だからこそ、ハーヴィスには話し合いというか、弁明の余地が残されているんだ。逆に言えば、魔導師殿達が作った魔道具がなければヤバかった」
状況を整理するように、更に掘り下げた話をするウィルフレッド。これはグレンに聞かせる意味もあるが、自身の解釈に対する確認でもあった。
この二人、『互いの認識を確認し合う』ということをしながらも、最良の対応を模索中なのである。
個人的にはイルフェナ、そして魔導師であるミヅキに味方してやりたい。だが、ハーヴィスの事情が今一つ判らないため、迂闊に動くわけにはいかなかった。
そもそも、この手紙自体、ミヅキが個人的に寄越した物。ハーヴィスの対応次第ではどうなるか判らないため、『とりあえず状況説明。現時点ではこんな感じ』とばかりに、情報を流してくれたのだ。
下手をすれば、イルフェナとハーヴィスの一大バトルが開始される。そこには当然、魔導師とエルシュオンの騎士達が参戦してくるだろう。寧ろ、開戦が決まった途端、某黒猫が勝手に『お出かけ』(意訳)しかねない。
この一件に関係のない国であろうとも、そこまでくれば無視はできない。今回の手紙は『どうなるか判らないから、心構えだけはしておけ』と言わんばかりの、ミヅキの優しさなのである。
そこで『優しいなら、参戦しなければいいんじゃ?』などと言ってはいけない。
親猫が襲撃された以上、黒い子猫にとって報復は決定事項なのだ。
被害が拡大しようと、己が化け物扱いされようと、かの魔導師は止まるまい。ハーヴィスの対応によっては報復対象が『襲撃指示者』ではなく、『国』という状況になったとしてもだ。
それでも成し遂げる可能性が高いのが、ミヅキという魔導師だった。『嫌な方向に賢い』と評判の彼女は、それはそれは悪質な手段を用いて一国を滅ぼそうとするだろう。
親猫が止めようとも、嘆こうとも、間違いなく『災厄』と化す。自分の居場所がなくなろうとも、決してイルフェナに泥を被らせまい。
戦になれば、多少なりとも犠牲が出る。それだけでなく、様々な方面に影響を及ぼすだろう。その時、責任の一端を問われるのがイルフェナだ。報復だろうと、戦を始めた以上は責められても仕方ない。
それを回避する方法の一つが、『初めから魔導師VSハーヴィスという形にすること』。
この場合、イルフェナは魔導師を咎める立場となる。魔導師を野放しにした責任は追及されるかもしれないが、それを言ったら、守護役達が在籍する全ての国にも非があることになるため、大したことにはなるまい。そもそも、怒れる魔導師を止める術があるわけない。
エルシュオンに『自分のせいでイルフェナに迷惑が掛かった』などと思わせないため、ミヅキは個人的な報復に出るのだ。全ては敬愛する親猫のため……勿論、自身の手で報復したいという気持ちも嘘ではないのだが。
エルシュオン達が無事であれば良いとばかりに、ミヅキは一人で悪役を引き受けるだろう。自己中娘は自分勝手な忠誠のまま、自身が討伐される可能性も考慮した上で、平然とそんな道を選ぶ。
ウィルフレッドはグレンの……異世界人の自分勝手な守り方を知っている。ゆえに、たやすくその可能性に思い至っていた。異世界人達が守るのは恩人の命ばかりではない。己を駒とし、その心さえ守るのだ。
……が、それなりにミヅキ達と親しい主従からすれば、そんな状況は許せるものではなかった。
「今回は完全にハーヴィスが悪い。だが、そこで魔導師殿が『災厄』と化せば、魔導師殿の方が泥を被ることになる」
「危機感を抱かれるのは間違いないでしょうね。現在、ミヅキが比較的受け入れられているのは『民や国にとって、過去に存在した魔導師ほどの害がないから』です。それが崩れれば、排除対象になりかねません」
「イルフェナも庇いきれないだろうしなぁ……」
この会話を聞けば判るが、この二人が案じているのはイルフェナとミヅキのことだけであった。ハーヴィスが亡ぼうが、困窮しようが、全く気にしない。寧ろ、自業自得と思っている。
それでも『脅威』と認識されれば、一定数の者達は魔導師に危機感を抱く。そんな未来を想定し、この主従は『ミヅキが排除対象として認識されないよう、アルベルダはどう動くべきか』という方向で頭を悩ませているのであった。
誤解のないよう言っておくが、二人は個人的な感情のみで頭を悩ませているわけではない。ミヅキは非常に使い勝手の良い駒であるため、惜しむ気持ちが半分だ。
誘導役のエルシュオンさえいれば『仕事』として動いてくれるため、アルベルダという『国』としても、今回の一件で失うわけにはいかないのである。
『ミヅキ自身に価値を持たせる』という決断を下した、親猫の勝利であった。
猫親子は二人セットで、各国から愛される存在となっていたのである。
……まあ、その『愛される理由』が一般的ではないのだが。それでも『失えない』と判断される要素になるのだから、結果的には問題ないのだろう。
ハーヴィスはエルシュオンを狙った段階で、致命的なミスを犯していたのである。まさか、各国が『困った時の魔導師様』を手放したくないがため、敵に回るとは思うまい。
個人的な感情のみで魔導師の味方をすれば当然、配下達からの反発は必至。しかし、『国として失えないもの』という方向ならば理解は得られるのだ……そう判断するほどに、魔導師ミヅキは有能(意訳)だった。
これまでの功績があるからこそ、『今後も世話になる』という可能性を否定できないのだ。代わりを務められる者が居ない以上、確実に配下達の支持を得られるだろう。
「……。グレン、お前、暫く休暇を取る気はないか?」
「は?」
唐突な提案に、グレンは訝しげな目をウィルフレッドに向けた。そんな視線を弟分から受けたウィルフレッドは、にやりと笑って更なる提案を。
「俺達は『何も知らない』んだ。魔導師殿の手紙による情報が全てだからな。お前、魔導師殿と同郷じゃないか。たまにはゆっくり話して来い。まあ……そこで『偶然』情報を得たり、『新たな襲撃に巻き込まれる可能性もある』がな!」
「……巻き込まれるよう、こちらから動くおつもりですか? 確かに、他国の目があれば動きにくくなるでしょうし、更なる襲撃があった場合はアルベルダも抗議できますが」
実際、グレンはアルベルダに必要な人間なので、これは当然の対応だ。そもそも、王であるウィルフレッドが弟分と公言して憚らないので、王としても、個人としても、許しがたい事態なのである。
と言うか、グレンはミヅキと同郷というばかりでなく、中身もしっかりミヅキと同類なのだ……涼しい顔して報復当たり前、馬鹿には苦難をもって判らせればよいとばかりに、反撃してきた過去がある。
そんな生き物を送り込むあたり、ウィルフレッドの本気が窺える。
エルシュオンへの襲撃に対し、内心はか〜な〜り〜お怒りな模様。
「カルロッサとゼブレストばかり狡いよな? 祭りは俺達も混ぜてもらわなくちゃな!」
「陛下、目が笑っておりませんよ」
「ははは、何を言うんだグレン。漸く平穏になってきたのに、それを乱そうとする国が出たんだ。どう思うかなんて、誰でも判るだろう?」
「……」
「……」
「それもそうですね」
アルベルダは先代のこともあり、特に戦狂い――先代キヴェラ王――が王位に就いている間は、かなりの苦労を強いられた。現キヴェラ王とて、暫く前までは領土拡大を掲げていた。
ぶっちゃけると『殺るか、殺られるか』という状況だったのである。そんな時代を知る者からすれば、今は素晴らしく平穏なのだ。
少なくとも、他国から戦を仕掛けられることがない。ミヅキが来てからは各国との繋がりというか、仲間意識的なものが一部の者達にできているため、他国を過剰に警戒する必要もなくなった。
何せ、下手に争えば(個人的理由から)ミヅキが怒る。
食材の入手が困難になるとか、厄介事を押し付けられるといった事情で、あの魔導師は争っている国を許すまい。行動理由が平和を愛する気持ちからではないので、当然、その扱いも酷いものとなるだろう。
『戦を終結させる』とは、必ずしも平穏な終わり方を選ぶ必要はないのだ……『喧嘩を止めたんだから、いいじゃない!』という言い分の下、見せしめとばかりに交戦強硬派をボロッボロにするに違いない。元より、ミヅキは『手加減? 何それ美味い?』と、素で言う生き物だ。
ミヅキに関わった者からすれば、関係者達が一度は目にする地獄絵図(意訳)は効果絶大なのである。その光景を目の当たりにした者達は恐れ慄き、時には盛大なトラウマとなって『良い子』(意訳)になるほどなのだから。
「正直、ハーヴィスの狙いが何か判らない。それを知るためにも、お前を送り込む価値はあるのさ」
「……」
――精霊姫の暴走というには、あまりにも不自然。
それは二人揃って感じていることだった。そもそも、襲撃計画があっさり見逃されていることもおかしい。『血の淀み』を持つ以上、護衛という名の監視は絶対に居たはずだ。
目を眇めて、思考に沈む主従。だが、どれだけ考えても正解らしきものは見えてこなかった。あまりにもハーヴィス側の情報が不足しているのだ。
そう判断したグレンの行動は早かった。
「御意」
「頼んだ」
短く了承の返事をすると、グレンは足早に部屋を後にする。自らがイルフェナに向かう一方で、子飼い達に情報収集でも頼むつもりなのだろう。それを察しているウィルフレッドも、あえて命じることはない。
「さて、どうなるか」
どこか呑気に呟くウィルフレッドは……笑っていた。普段とは違う、獰猛さを感じさせる笑みは、彼が他の候補者を追い落として王位に就いたことを嫌でも思い起こさせる。
温厚で大らかな性格だろうとも、彼は『王』なのだ。当然、それなりに残酷な一面を持っているのである。
「国同士の喧嘩は武力勝負ばかりじゃない。『どれだけ味方を得られるか』ってことも、重要なんだぞ? ハーヴィス」
言い換えれば、世論誘導である。どれだけ正しいことであっても、周囲の賛同が得られなければ『悪』とされてしまうこともある。
今回は完全にハーヴィスが悪いが、それでも以前のエルシュオンの印象――悪意をもって魔王と称されていたもの――のままでは、イルフェナの裏工作を疑う声も上がっただろう。
ウィルフレッドが着目したのはそこだった。情報に疎いハーヴィスが古い情報を信じたまま、エルシュオンを悪役に仕立てようとしたのではないかと、疑っている部分もあるのだ。
基本的に、他国の優秀な王族というものは多かれ、少なかれ、悪意を向けられる。勝てない者の僻みと言えばそれまでだが、追い落とそうとする者がいるのも事実。エルシュオンとて、自分なりに自衛してきたはずだ。
なお、そういった輩があまりにも多かったせいで、某猟犬達の警戒心の強さ・凶暴さに拍車がかかったことは言うまでもない。
今ではほのぼのと過ごしている騎士寮面子だが、かつてはかなり殺伐とした雰囲気を持つ皆様だったのだ。中々に凶暴な性格をしているミヅキの所業に驚かないのは、彼らも同類だからであろう。
「この予想が当たっていたら、魔導師殿『達』は怒り狂うんだろうな」
そんな未来を想い、どこか遠い目になるウィルフレッドであった。ただ命を狙うよりも、エルシュオンを貶める方が彼女達を怒らせる。そう、確信するゆえに。
勿論、今となってはそんなデマに踊らされることはない。十分な証拠を提示し、疑惑を向けてくる者達を説得する自信がウィルフレッドにはあった。それは各国の王族達も同じだろう。
甲斐甲斐しく魔導師の面倒を見るエルシュオンに対し、多くの者が抱く印象は『親猫』だ。もしくは最後の良心・魔導師のストッパー、常識人の救世主。
だが、それらの事実がなかった場合、エルシュオンは確実に疑われただろう。それほどに、かつてエルシュオンに向けられていた悪意は大きかったのだ。魔力による威圧もそれを増長させていた。
それがなくなったのはエルシュオン自身の努力、そして――
「まったく、本当に似た者同士の猫親子だな。自分の利にならずとも守ってきた結果、それが最強の守りとなって返って来るなんて!」
仲の良い二人を思い出し、低く笑う。かつての自分達とあまりにも似た状況に、ウィルフレッドは笑うしかない。エルシュオンは恩返しなど期待してはいなかった。それはウィルフレッドも同じ。
それでもあの異世界人達は彼らに報いてみせた。気付かないうちに策を組み立て、必要な時に結果を出す。……それが自分達の役目と自負しているが如く、状況を覆してみせるのだ。
今回の件に関して言うなら、『エルシュオンに対する悪評』という個人にはどうしようもないものを、見事に否定させている。これでハーヴィスが被害者面をしようものなら、ウィルフレッドを始めとする多くの者達が否定の声を上げるだろう。
――『【あの】魔導師殿の面倒を見ているエルシュオンに限って、それはない』と。
世話になった者が多いからこそ、そして見返りを望まない姿勢を知っているからこそ、『エルシュオンがハーヴィスを陥れようとした』という嘘に踊らされることはないのだ。
そんなアルベルダはつい最近、二人に世話になったばかりである。
「目が覚めたら、驚くだろうなぁ……親猫殿?」
ほんの数年前まで魔王と恐れられ、悪の象徴のような言われ方をしていたイルフェナの第二王子……エルシュオン。
彼は今回の一件で、多くの味方がいることを知るのだろう。面と向かって言われずとも、嫌でも自覚する事態になるに違いない。
そんな近い未来を思い浮かべ、ウィルフレッドは笑みを深めた。これでイルフェナ王妃の憂いも完全に晴れるだろう――そう、期待しながら。
グレンという前例を知るからこそ、ウィルフレッドは主人公の保護者枠。
意外と味方が多い親猫様。子育ては無駄ではありませんでした。
※多忙のため、来週の更新はお休みさせていただきます。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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