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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
予想外の災厄編

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ハーヴィスにて

 ――ハーヴィス・王の執務室にて


「これは一体、どういうことだ!」


 顔面蒼白のまま、王は怒鳴る。その震える手に持っているのは、イルフェナからの抗議だった。

 そこに書かれている内容も、内々に収めることができるようなものではない。まさに怒り心頭としか言えない文章が綴られていることも含め、冷静さを欠くのも仕方がないと言えるだろう。


「アグノス……何故……」


 呟く王の声は悲壮さを滲ませている。いくら『血の淀み』を持って生まれた娘であろうと、王にとっては亡き最愛の女性との間にできた子。

 その命と引き換えに生まれたような娘だからこそ、王は何としても幸せな人生を送らせたかった。それが最愛の側室の望みであり、遺言でもあったのだから。


「アグノス様はその……御伽噺の世界と現実を揺蕩っていらっしゃる方。それを周囲にさえも求めていらした。イルフェナからの抗議を信じるならば、乳母は決して結ばれないどころか、会う機会さえない王子……エルシュオン殿下を王子役に仕立てていたのでしょう」

「あの魔王をか?」

「噂と才覚はともかく、非常に美しく優秀であり、悲劇的な要素を持つ方です。『御伽噺に出てくる王子様』とするには、とても都合が良かったのでしょう」


 溜息を吐きながら語る側仕えに、王も言葉をなくす。御伽噺に出てくる王子など、現実では中々いまい。だが、イルフェナの第二王子はかなり近い要素を持っていた。

『美しく』『優秀』で、『高い魔力を持って生まれたゆえに孤独』。確かに、それだけならば適役とも言えるのだろう。


 だが、彼はそのような――『御伽噺の王子様』と称されるような存在ではない。


 姫に愛を囁き、正義のためにどのような危険にも立ち向かうような『ありえないほど愚かな人物』には成り得ないのだ。寧ろ、そのような者が現実に居るかも怪しい。

 そもそも、王族の婚姻とは個人の幸せではなく、国の政の一環である。貴族達のパワーバランスを考慮したり、他国との結びつきのために行なわれるのが普通なのだ。

 そうやってできた夫婦に愛情がないとは言わないが、それらは婚姻後に培われていくものが大半であろう。それも激しい恋情ではなく、家族愛や背負う責任から生まれる共闘意識の方が圧倒的に強かった。

 ある意味、適度に冷めている関係だからこそ、互いを冷静な目で見ることができる。たった一つの過ちが家や国の存亡に関わる場合がある以上、頼りにならない伴侶など冗談ではない。

 王族や高位貴族は特に、こういった認識が強いだろう。それゆえに、己に課せられた役目を理解できない愚か者には『不幸な事故』や『悲劇的な未来』が待っているのだから。


「肖像画と先ほど申し上げた情報程度の認識ならば、魔王殿下と恐れられることさえも、その孤独を彩るものとなりましょう。金の髪に青い瞳という色彩もまた、アグノス様の理想に適っていたと思われます」

「……。そう、か……」


 側仕えの言葉に、王は何も返せない。本来ならば、もっと早くに気付かなければならなかった娘の狂気。それをまざまざと突き付けられ、王としてだけでなく、親としてもどうしていいか判らない。

 王の知るアグノスという娘は、優しく周囲に慕われる子であった。時折、癇癪を起こすと報告されてはいるものの、疎まれるような言動はなかったはずである。

 勿論、周囲の者達の尽力もあったろう。だが、『それで抑え込める程度の狂気』だったはずなのだ!


「逃げ出したシェイムにさえ優しさを向け、匿うような子であったのに……周囲の者達とて、アグノスの幸せを守るために尽力してくれていたはずなのに……何故……」


 王は嘆くが、側仕えはこっそりと冷めた目を主へと向けた。『周囲の者達の尽力によって保たれている』ならば、『いつ、何が起こっても不思議はない』のではないかと。

 この国の王は酷い人ではないのだろう。悪政を行なったとか、特権階級ゆえの傲慢さが過ぎるということもないのだから。

 ……が、『王という存在』として見た場合、どうにも頼りない印象を受けてしまう。それは我が子への特別扱いにも表れており、『血の淀み』を持つアグノスは本来、もっと厳重に管理されていなければならなかったはずなのだ。


 それを現状に留めたのは、王の独断ゆえ。


 ハーヴィスという国は閉鎖的であり、他国との付き合いも浅い。それゆえか王族、もっと言うなら王の言葉は絶対に近い。少なくとも、他国よりは重く受け取られてしまう。

 他国とて、国ができた当初はそうだったはず。だが、長い時間の果てに国が成長し、他国との付き合いもできてくると、王一人の独断に国を任せてしまうのはあまりにも危険だと気付いていく。

 国を興せるような人物が常に王として立つならばともかく、そのような才覚を持つ者はそうそう生まれまい。

 結果として、王一人に重責を担わせるのではなく、国の上層部に属する者達と意見を交し合い、王が最終的な決定を行なうという形になっていくのは自然の流れだった。

 ……が、ハーヴィスという国は他国との付き合いが希薄なせいか、王の持つ決定権が他国に比べて強いままだった。それで何とかなってしまったのも、一因であろう。

 だが、そのような状況を憂う者とて当然、居る。自国が時代の流れから取り残され、他国と差がつくことを恐れているのだ。

 閉鎖的な環境は情報取得や物流、人材の育成などに、じりじりと影響を及ぼしている。塞き止められた水が澱むしかないように、新たな風の吹かぬ国に未来はない。

 アグノスの『血の淀み』とて、自国内で婚姻を繰り返した結果なのだから、その危機感が杞憂であるはずもなかった。ハーヴィスは『血の淀み』を持つ者が生まれやすいのだ。


「陛下、嘆いている時間はございません。事実を確認し、状況次第でイルフェナに謝罪を」

「しかし……事実であれば、アグノスは……」

「それだけのことをしたのです。当然ですわ」

「「!?」」


 言いよどむ王の言葉を遮る声。驚いた二人が声の主を探れば、いつの間にか侍女を連れた王妃の姿があった。全く気付かないあたり、王達の余裕のなさが窺える。


「ノックもせず、失礼致します。イルフェナから書が届いたと聞き、慌ててこちらに来ましたが……宰相から聞いた話は事実だったようですわね」


 気の強さを窺わせる容姿と声音の持ち主は、王の情けない姿に僅かに目を眇める。そして、徐に二人の傍へとやって来た。


「王妃よ……」

「ですから。ですから、私はアグノスを甘やかすなと言ったのです! 王女であれば、『血の淀み』がもたらす影響は馬鹿にならないと、あれほど申し上げましたでしょう!? それを陛下は、亡き側室への嫉妬だのと……本当に情けない……!」


 頭が痛いとばかりに、王妃は頭を振った。それでも彼女の目に涙は見られず、今この時でさえ、少しでも良い方向に持って行けないかと考えを巡らせている。

 そもそも、国王夫妻の間に恋愛的な愛はない。王妃はこの閉鎖的な国には珍しく他国への留学経験を持つ才媛であり、その頭の良さと度胸を買われて王妃にと望まれたのだ。

 だが、そのような王妃だからこそ、疎む者も当然いた。寧ろ、疎む者達の方が多かった。変化を望む者ばかりではなく、変わらぬことを最良と考える者達とて存在する。

 その結果、声を上げようとも抑え込まれてしまうことが多々あるのだ。アグノス……精霊姫への対処もその一つ。


 だが、今回ばかりは王妃が正しかったと言わざるを得まい。

 よりにもよって、イルフェナの王子を襲撃したのだから。


「アグノスへの対処は、陛下がご自分でなされていたはず。あの子の思考、その願いを叶える手駒と成りえる者達、王女としての自覚……当然、陛下は把握されていたのでしょうね? 私へと『口を出すな』と言ったのですから」

「それ、は……」

「勿論、『御伽噺の姫に成りきっているから、問題ない』とは言いませんわよね? あの子の歳を考えれば、王女として最低限の教育を施すのが当然ですもの。御伽噺に出てくる姫ならば、他者を傷つけることはないでしょう。ですが、現実はそうもいきません。それ以前に、あの子は王女なのです。口から零れた『我儘』を叶えてしまう者達が傍にいるならば、言動に気を付けることを徹底的に身に付けさせるべきではありませんの?」


 王妃の言い分は正しい。だが、彼女はアグノスの生みの親ではなかった。その事実が他者の目を曇らせ、彼女の正しさを受け入れがたくしてしまっていた。


 王は『アグノスの父』としてしか、アグノスの件を判断せず。

 王妃は『国を守る者』としての自負の下、厳しい言葉を向ける。


 アグノスに対し、二人の意見が衝突するも当然と言えるだろう。二人の立ち位置は全く違うものであり、立場が違えば『最良の対処』は違ってきてしまう。

 また、アグノスが比較的普通に見えてしまうことも災いした。そこに母から受け継いだ美貌と、『血の淀み』を持つ者特有のカリスマ性が加わったことにより、アグノスが『血の淀み』を持っていようとも、同情する者が多いのである。


「優しい王女、美しい姫君……あの子を称賛する声は確かに多いでしょう。ですが! だからこそ、隠さねばならなかった。何らかの不都合が起き、あの子の狂気が知られる前に」


 言いながらも王妃は俯き、唇を噛む。『表面的なものとはいえ、アグノスの良い点を見せつける』という方法もあった、と。

 今回の一件で、民からのアグノスへの批判は免れまい。貴族達とて、危機感を募らせるだろう。その果てにあるのは……アグノスの今後は。

 そこに思い至る度、王妃には苦いものが込み上げる。誤魔化し、『優しいお姫様』や『精霊姫』という評価を落とさないまま表舞台から去れば、アグノスの名誉は守られたのだ。

 それを壊したのが……『娘に甘い父親』としての自分を取った王の愚策。本当に娘が可愛いのならば、その名誉を守ってやることを考えるべきだろうにと、王妃は王の過去の選択を忌々しく思った。

 それでも、何かしら打つ手を考えなければいけない。彼女は王妃であり、民や国を守ることを己が使命とする者なのだから。


「とりあえず、事実確認を。抗議してくる以上、証拠がないはずはないでしょう。アグノスの周囲の者達も当然、取り調べを受けてもらいます。状況によってはアグノスの愚行を黙認した罪を背負ってもらわねばなりませんもの」


 ――アグノスの身代わりとなれるならば、彼らも本望でしょう。


 王妃の言葉に、王と側仕えははっとなった。王妃はイルフェナの抗議に誠実に対応しつつ、主犯であるアグノスを庇おうとしていると気付いて。

 だが、王妃は二人の視線を受けて首を横に振った。


「誤解なさらないでくださいな。私はあの子のためにやろうとしているわけではございません。『王女が襲撃を画策した』という事実よりも、『王女の傍にいた者達の暴走』としてしまった方が、我が国が受ける傷は浅い。少なくとも、『画策した者を王が断罪する』ということにできますもの」


 要は、ハーヴィスに自浄が望めるというアピールである。イルフェナの追及に対し、アグノスがまともに受け答えができるか怪しいため、このような茶番を考えたのだ。

 何より、『周囲の者達の企みに気付かなかった』ということにして、アグノスを引き籠もらせることができる。

 民の持つイメージが『美しく優しいお姫様』ならば、『忠実に仕えてくれた者達の愚行に心を痛め、祈りの日々を送ることを選択した』としても不思議はない。事実がどのようなものであれ、そのような流れを作ってしまえばいい。

 問題はイルフェナが納得してくれる――騙されるとは思えない――かだが、王女であるアグノスを処罰できるほどの証拠がないなら、沈黙するしかない。相手が他国の王族である以上、いくらイルフェナであっても無茶はできないだろう。


「さあ、忙しくなりますわよ」


 一言告げて、王妃はその場を後にする。情けない男達に構っている暇はない。まずは宰相に相談し、状況の把握に努めなければならないのだから。

 そう決意し、王妃は今後やるべきことに想いを馳せる。彼女を動かすのは、王妃としての誇りのみ。その決意がどのような結果になるかは、イルフェナが握っているのだ。

『娘を想う優しい父親』が良い王とは限らず。

そして、イルフェナも彼らが思うような真っ当な国とは限りません。

黒猫と猟犬達は飼い主がいてこそ、良い子なのですから。

※活動報告に『魔導師は平凡を望む 24』のお知らせを載せました。

※『魔導師番外編置き場』も更新しております。IFなどは今後、こちら。

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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

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[一言] ルーちゃん、色々と言われてるよ~ww
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