友との食事は和やか(?)に 其の一
ルドルフから謎の批難を受け――あの後、軽く頬を引っ張られた――た後、私はいそいそとテーブルに昼食を広げた。
なお、批難はマジで意味が判らなかったので、私も報復とばかりに同じことを遣り返している。その際、セイルとアルの目がとても生温かかったことは言うまでもない。
喩えるなら、子犬と子猫の喧嘩を眺める人間達。
ぶっちゃけ、アホの子達を見る目だった。
……。
いや、ルドルフが暗〜く落ち込んでいるよりはいいんだけど!
うじうじと後ろ向きに考え、自分のせいとか思ってないだけマシなんだけどね?
「ミヅキは本当に、落ち込むということをしませんね」
「何さ、セイル。落ち込む暇があったら、報復を考えるべきじゃない」
「……。報復という発想はともかく、非常に前向きですよね。そこは素直に感心していますよ? そこだけ、ですが」
「喧しい! あんたは立場上、動けないだけでしょ! 一人だけ理性的な良い子になるんじゃない!」
「良い子になる気のない貴女に言われましても。貴女は個人的な感情と本能のまま、行動しているだけでしょうが」
ビシッと指を突き付けるも、セイルの笑みは崩れない。その目は明らかに『感情と本能で生きるお馬鹿のくせに』と言っていた。
ちっ、否定できん。良い子のままじゃ私はろくなことができないんだから、『感情と本能で生きるお馬鹿』でいいんだよ!
「本能で行動することは否定しないのかよ、ミヅキぃ……」
「ルドルフ様、ミヅキは謎の思考回路で結果を出しますので……その、エルにも理解不能かと」
「ああ、そう。アルジェントだけじゃなく、エルシュオンも諦めているのか」
「はっきり言ってしまえば、そうなりますね。『立場の違い』というものもあるのでしょうが、基本的な知識や常識が異なっているだけでなく、何が何でも獲物を仕留めに行くミヅキの執念深さが、多大に影響していますので」
「ああ……『猫は祟る生き物』とか言ってるもんな。ミヅキを見てると、確かに祟りそうだ」
私達の遣り取りに呆れ顔のアルとルドルフも、かなり私に対して失礼な会話をしている。ジトッとした目で睨むも、「事実だろ」と返された。おのれ、ルドルフめ……!
こんなのでも隣国の王で、今となっては私が何をしてもビビらない親友だ。そして、もう一人は守護役という名の婚約者。
……。
ここは『理解者がいっぱい♪』と喜んでおくべきだろう。
泣くのも、苦労するのも、きっと魔王様オンリー。
そもそも、ルドルフは魔王様の威圧にビビらなかった――『これが魔力? 凄ぇ!』としか思わなかったらしい――稀有な人。その有り余る柔軟性の前には、威圧が起こるほどの魔力も、異世界人の魔導師の奇行も、『個性』という一言で片がつく。
……その分、宰相様が頭を抱える破目になっているらしいが。私の軌道修正を魔王様が行なっているように、ルドルフの軌道修正兼抑え役は宰相様なのだろう。哀れなり、真面目人間。
余談だが、これらの情報提供はセイルである。私と共に怒られる機会が増えてきているので、地味に意趣返しを試みている模様。やっぱり、セイルの性格は宜しくない。麗しいのは顔だけだ。
「まあ、馬鹿なことを言ってないで食べましょ」
促せば、ルドルフは大人しく席に着いた。興味はあるらしく、テーブルの上に並べられた料理を好奇心も露に眺めている。
「……見たことがない料理が多いな?」
「そりゃ、興味を引く目的があるからね。ほれほれ、今後のためにも試食は必要よね? 自国に活かせる可能性もあるから、『王として』食べなきゃならないわよね? お米で作ったおにぎりもあるよ♪」
『食欲がないなら、無理にでも食べる理由を作ればいいじゃない!』とばかりに、色々作りましたとも。イルフェナだからこそ、そして私が在籍する騎士寮だからこそ、各国の食材が揃っております。
主食は勿論、おにぎりですよ! すぐに流通はしないだろうけど、知っておいて損はあるまい。
「それは……っ、その、心配をかけて悪かったと思うが。それにしても、ちょっと多過ぎないか?」
ルドルフの疑問、ごもっとも。だが、それは『私とルドルフの二人分』という場合である。
「だって、アルとセイルの分も含まれるもの」
「は? 俺は国賓扱いだし、個人的に親しいと言っても、今回は立場を考慮しないと拙くないか?」
「大丈夫! 宰相様への報告も必要だし、自国に活かす場合を想定して、セイルはあんたが食べた物を知らなきゃならないでしょ? アルは毒見役。もっとも、これらは一度近衛騎士に預かってもらって、そこで解毒魔法をかけてあるんだけどね」
許可が出るだけの手順は踏んでいる。その際、セイルとアルが同じテーブルに着くことも説明してきたので、これらはイルフェナとしても許可が出ている。
……が、当然ながらそれだけが同席を許された理由ではない。
「……というのは建前で、本命は今回の事情説明というか、現時点で得ている情報の共有ね。アルとセイルは私の守護役だから、食事の場で『個人的な会話』をしていても不思議はない。それが『偶然』同席していた隣国の王の耳にも入るってだけ」
「普通に情報の共有をするのは拙いのか?」
「うーん……その、『イルフェナからもたらされる情報』とする以上、下手なことが言えないんだよ。聞けば納得してもらえるだろうけど、確実と言い切れないというか」
どれほど疑わしくとも、証拠がない以上、『疑惑』という域を出ない。イルフェナがいい加減な情報を伝えてしまえば、ゼブレスト側の目を曇らせることになってしまう。
最悪の場合、国同士の争いになる可能性もある以上、先入観を与えるわけにはいかないよね。それでも現時点の情報を伝えておきたいならば、私が適任だろう。
「曖昧な情報で、他国を疑わせるわけにはいきませんからね。疑惑という括りにしても、少々、今回の一件は難しいのです。よって、『ミヅキからの世間話』という形が取られています。ミヅキは我が国で爵位を得たり、役職についているわけではありません。あくまでも、個人的に収集した情報……という域でしかありませんので」
「それを信じるも、心に留め置くのも、俺達に委ねるということか」
「はい。あちらの出方が判らない以上、下手に動くことは悪手です。それでも知っておいた方がいい情報ではある……という感じですね。質問などがあった場合、セイルが我々に尋ねれば問題ないかと」
「基本的に『ミヅキからの世間話』扱いにするってことか。よっぽど特殊な事情が絡んでいるんだな」
アルの説明に、ルドルフ達は納得したようだ。明確な証拠があれば即抗議できるだろうが、今回はそれができない。とは言え、ルドルフ達も当事者。慎重にならざるを得ない状況であることも含め、情報の共有は必要だろう。
ルドルフ達もそれを察せないほどお馬鹿ではない。ここで情報を得ていれば、改めてイルフェナに情報提供を求めるということもしないだろう。
私達は仲間外れにしてるんじゃないぞ? ルドルフ。
だから拗ねるな、落ち込むな、今はイルフェナに情報共有を求めるな。
「どちらにしろ、ミヅキがこの場で話題にしてくれればいいんですよね? あくまでも食事の場での会話、と」
「そういうこと。回りくどい方法になるけど、イルフェナ側も困っているんじゃないかな? そのまま伝えたとしても、信じてもらえるか怪しいもん」
「ですよねぇ。あれは信じていただく方が難しいかと」
「ねー」
私とアルの遣り取りに、ルドルフとセイルは顔を見合わせる。やはり、『特殊な事情』とやらの想像がつかないのだろう。
うん、その気持ちも判る。私達だって、聖人様が居なかったら信じてないもん。辛うじて信じられたのは、聖人様が持ってきた乳母からの手紙があったからだ。あれがなければ、絶対に信じてない。
「まずは食べろ。話はそれからでもいい。やつれてゼブレストに帰ったりしたら、宰相様とエリザが心配する」
「う……否定できない」
「素直に食事を取りましょう、ルドルフ様。体力が落ちていては、いざという時に動けませんよ」
料理を盛った皿を押し付ける私と、苦笑しながら促すセイル、微笑みながらも妙な迫力を醸し出すアルの無言の脅迫がトドメとなり、ルドルフは大人しく皿を受け取った。
……セイルの顔に安堵が浮かんだのは、気のせいじゃないだろう。
――そんなわけで、暫しのお食事タイムの後。
「それでは、そろそろ話していただいても構いませんか?」
隙を見てルドルフの皿に料理を追加していく私へと、セイルが話を振ってきた。ちらりと視線を向けると、アルも頷く。……保護者代理の許可が出る程度には、ルドルフの食事が進んだ模様。
普通に考えたら、成人男子のルドルフの食事量はそれなりにあるはず。私の行ないをセイルが黙認していたところを見る限り、表面的には落ち込んでいないように見えても、やはり食事量はかなり落ちていたのだろう。この分だと、睡眠も怪しいな。
腹が膨れれば、眠くなる。私達が退散した後、仮眠でも取ってくれれば言うことなし。
……その前にちょっとだけ、頭が痛くなるお話をしなけばならないが。こればかりは仕方ないので、さっさと終わらせますか!
「了解。ちょっと信じられないような内容になるけど、最後まで聞いてほしい。って言うか、私達もどう反応していいか判らなかったんだわ」
「「え゛」」
「マジで! そのまま聞くと、話している奴の頭が心配されるレベル。だけど、事実だった場合、魔王様が狙われたことで最悪の事態を回避したとも言えるんだよねぇ」
「おい、それはどういうことだ!? まるで、エルシュオンが狙われて良かったとでも言っているようだが」
さすがに流せなかったのか、ルドルフが声を上げる。そんなルドルフへと、私は肩を竦めて頷いた。
「そういう意味に受け取ってくれていいよ。もしも魔王様以外の該当者が狙われた場合、確実に死んでいるか、国同士の争いが起きてた可能性が高いもの」
「……。ミヅキから見ても、今回の状態が最善だったのか?」
「うん。偶然もあるけど、この一件は私が持つ繋がりが犯人の特定に繋がったようなもの。それがない状態だと、問答無用に戦に突入……って可能性もあった。襲撃者達の特徴があり過ぎて、冤罪を引き起こす可能性もあったしね」
聖人様からの情報がないと、襲撃者達が情報の要になる。そんな襲撃者達は全員がシェイムなので、イディオが疑われる可能性・大。
しかも疑っているのが、ガニアかキヴェラ。狙われるのが第一王子である以上、大国としての面子をかけて報復に出ても不思議はない。
この大陸を混乱させるため、『誰か』が意図的に精霊姫の行動を見逃した可能性とてゼロではないのだ。単純に『精霊姫が悪い』で済まないかもしれない以上、あらゆる可能性を考慮しなければならない。
そして――私は襲撃の理由とされることを口にした。
「襲撃は精霊姫と呼ばれるハーヴィスの第三王女の指示である可能性が高い。彼女は『血の淀み』を受けているらしく、幼い頃から御伽噺に依存……『御伽噺のお姫様と混同させること』で、問題行動を抑えられていた……みたい」
「「は?」」
意味が判らなかったらしく、ルドルフ達が揃って訝しげな顔になる。そんな彼らの様子に、私も遠い目になった。アルもこの反応を予想済みだったのか、何と言っていいか判らない感じだ。
ですよねー! 意味判らんよね、『御伽噺に依存させる』なんて。
幼い子供が御伽噺や英雄譚に憧れ、将来の夢を口にすることは珍しくない。周囲の大人達とて、幼い子供……『現実をよく判っていない子供』が口にするからこそ、微笑ましく思うだけ。
それをいい年した大人、それも教育を施されているはずの王族が他国の王子を狙う襲撃理由にするなど、一体誰が信じると言うのか。
「ええと……『血の淀み』を受けている以上、奇行をしても不思議はないんだが。『御伽噺に依存』って、どういうことだ?」
「御伽噺のお姫様と自分の立場を混同し、『御伽噺のようなお姫様であろうとする』こと。ただし、それを周囲にも求めた結果、今回の襲撃が起こったみたい」
「その……それは第三王女の周囲、もしくはハーヴィス内でのことでは? エルシュオン殿下がどこに関わってくるのでしょう?」
「うん、そうだよね! セイルの疑問、ごもっとも! どうやら、御伽噺の登場人物……『お姫様が憧れる王子様』の役目を割り振られていたらしいんだよね、魔王様。『金髪に青い瞳、高い魔力を持つゆえに孤独な、悲劇の王子』って書くと、ある意味、間違ってないような気もするけど」
「「はぁ!?」」
乾いた笑いと共にセイルの質問に答えると、主従は揃って声を上げる。その表情は『何言ってるんだ、こいつ』と言わんばかり。
その反応を咎める気など、あるはずもない。寧ろ、私も二人の反応が普通と思っている。だが、これで二人は今回のイルフェナの対応を理解してくれただろう。
誰が信じるかってんだよ、こんな馬鹿な話。それが魔王様襲撃に繋がるなんて、普通は信じられないでしょ!?
ゼブレスト主従:「……」(何言ってるんだ、こいつ?と言わんばかりの反応)
主人公&アル:ですよねー!
ゼブレスト主従の反応に、遠い目になる主人公達。しかし、事情説明はまだまだ続く。
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