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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
予想外の災厄編

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魔王殿下負傷の弊害 其の二

 ――イルフェナ・王城にて(アルジェント視点)


 『この国で味方を作っておくことは、貴女にとっても有益だと思いますよ? それらは貴女だけでなく、エルシュオン殿下の力となるでしょうからな』


 アルスター侯爵の言葉を受け、ミヅキは――微妙に纏う雰囲気を変えました。そんな彼女の姿に、つい溜息を吐いてしまいます。『怒らせましたね』と。

 アルスター侯爵を悪い人だとは思いません。寧ろ、異世界人であるミヅキに交渉を持ちかけることこそ、一方的に見下してなどいない証。これは珍しいことでありました。

 その背景に、アルスター侯爵の生まれがイルフェナではないことが挙げられます。彼は政略結婚により侯爵家に婿入りしましたが、立派にこの国の貴族として務めているのです。

 偏に、彼自身の才覚と努力によるものでしょう。だからこそ、彼はミヅキの才覚を否定したりしません。いかに才能溢れる者であろうとも、努力が必要ということを己の経験から知っているのでしょう。

 ですが、その自負ゆえか……アルスター侯爵は少々、自信家で傲慢なところがあるのです。生まれ故郷に居る彼の親族からの賛辞もまた、そういった一面を育ててしまった一因のような気もします。

 そうは言っても、上には上がいるもの。異世界人であり、魔導師でもあるミヅキに興味を示そうとも、エルの守りを崩すまでには至りませんでした。その屈辱が今回の強引な接触に繋がったように思えてなりません。

 こう言っては何ですが、ミヅキには様々な意味での付加価値が発生しております。それ故か、繋がりを求めようとする方が多い。

 勿論、魔導師であるミヅキ自身にも価値があるのですが、どちらかと言えば、多くの方はその付加価値――人脈、功績による名声といったもの――の方に重きを置く傾向にありました。

 当然、このイルフェナの貴族達も例外ではありません。こちらは魔導師に好意的である姿を示し、エルに媚を売る……という意味も含まれていると思われます。

 と言いますか、同じ国に属する貴族だからこそ、ミヅキの功績が我々やエルによって底上げされていることに気付いている者達が居る。

 良くも、悪くも、『実力者の国』と称される我が国の貴族だからこそ、たやすく世間で言われているような『魔導師の功績』に騙されてはくれないのです。

 ――ですが。

 多くの者達は一つだけ勘違いをしていると、私は思っておりました。


 恐らくですが、ミヅキは単独でもそれなりの功績を出せたでしょう。

 エルの過保護は『それを正しく認識させないため』でもあった。


 勿論、エル本人に確かめたことなどありません。そもそも、懐いてくれたミヅキに対し、エルが過保護なのは事実ですので。

 ですが、そう思わせる要素はこれまでにも多々ありました。

 何だかんだ言って、エルはミヅキに仕事を任せているのです。日頃は我々守護役か双子が同行し、時にはエル自身も他国に赴くこともありました。ですが――『全てではない』。

 はっきり言えば、『時には部外者であるはずのミヅキに、仕事を任せてしまっている』。もしも過保護なだけだったならば、このようなことは起こらないでしょう。

 そもそも、ミヅキはガニアの一件では完全に我々と別行動だったはず。

 まあ、全くの助力なしとは言いませんが……それでも傍に居なかったことは事実なのです。それでも問題なかった以上、ミヅキは既に『単独で他者と遣り合える強さを有している』と見て間違いはないでしょう。

 あの当時のエルの心配とて、当初こそ自分を庇って飛ばされたことについてのものではありましたが……その後は『ミヅキの言動』(意訳)を案じてのもの。

 もしもただの過保護であったならば、何を置いても、絶対にミヅキをイルフェナへと帰還させるはず。間違っても、そのままガニアに留めることなど考えません。

 このあたりから、我々の予想は確信となりました。『エルが過保護であることは事実だが、そんな姿もまた、ミヅキの才覚を隠すためのものである』と。


 素晴らしい才能を有していようとも、身分のない者は『弱者』なのです。


 後ろ盾を得られれば良いのでしょうが、そういった存在が居ない場合、利用される未来しかありません。

 いえ、それでもまだ利用されるならばマシな方でしょうか。最悪、その才能を妬まれ、消されることもありえるのです。

 これは『実力者の国』と謳われ、功績次第では貴族籍さえも望める我が国でも同じこと。言い方は悪いですが、他者からの妨害や悪意を制することもまた、『実力でその地位を得た』と証明する手段ですので。

 そういったものが苦手な方は早々に誰かの庇護を求め、いずこかの派閥に属する道を選んでおります。派閥の頂点に立つ方とて、その才覚を惜しむならば何らかの手を打ち、守るでしょう。

 エルは王族ですが、王族だからこそ柵も多い。いくら理想の庇護者であろうとも、その守りが万全であるはずはないのです。


 ですから……アルスター侯爵は今回、行動に出たのだと思っております。


 今回のアルスター侯爵の行動は、こういったものの一環なのです。自分の利を得ることとて考えてはいるのでしょうが、同時にミヅキの才覚を惜しみ、庇護すべき存在と認めてもいる。

 エルとて、そういった者達が居ることは理解しているのでしょうが……それを許してしまえば、自動的にミヅキはどこかの派閥に取り込まれることになってしまいます。


 だからこそ、エルは『過保護な親猫』と認識されることを厭いませんし、隠そうともしない。


 あくまでも庇護対象――庇護対象として『うちの子』呼ばわりすることはあれど、『自身の派閥に属する者』とは一度も言ってはおりません――としながらも、『子猫』の自由を己が目の届く範囲に留めているのです。

 迂闊に手を出せば親猫たる己が牙を剥くと、そう認識させるために。『魔王殿下の配下』もミヅキが勝手に自称しているだけですしね。

 それらを知った者達は挙ってエルの過保護っぷりに呆れ、あまりの変わりように唖然としておりました。こういったことには興味なさそうな双子達でさえ『殿下は子猫を腹の下に仕舞いこむ勢いで守る親猫』と称するのですから、相当です。

 そこまで考えた後、改めてミヅキ達に意識を向けると――案の定、アルスター侯爵が顔を引きつらせておりました。


「魔王様の庇護下にある私に、何故、貴方との繋がりが必要だと? 暗に、魔王様に私を守る力がないと、馬鹿にしてます?」


「そもそも、魔王様の配下たる騎士寮面子の半数は貴族ですけど。筆頭は勿論、バシュレ公爵家とブロンデル公爵家ですね! ああ、アルやクラウスだけでなく、其々のご家族とも懇意にさせていただいておりますが……それ以上の繋がりって、この国で必要ですかね?」


「第一、魔王様の力になるなら、他国の王族に動いてもらった方が無視できないじゃないですか! ああ、取引材料は私個人の労働なので、イルフェナが借りを作ることにはなりません」


「と言いますか……そんな事態になったとしても、魔王様は私の助力を求めては来ないと思いますよ? 保護者としてのプライドもありますし、基本的に自分とその配下達だけで何とかするでしょう。動くとしたら、アル達ですね」


「お忘れのようですが、私は【庇護されている存在】です。この国の王族としてのプライドがあるなら、この世界に来て一年足らずの異世界人に縋る真似はしないかと。これ、他の方も同じですよ? あまりにも情けないでしょう」


「本当に必要ならば、仕事として依頼しますって。国のためなら、私如きに頭を下げることでも厭いませんもの、魔王様は」



「……で? 今更、貴方との繋がりが必要に思えます? 教えてくれませんかね? 無知で、常識すら違う異世界人なもので、私にはさっぱり! その必要性が判らないのですよ。それ以前に、魔王様が倒れている今が好機とばかりな態度が、殺意を抱くほど気に食わないので、機嫌の悪さも納得していただけると助かります」



 相手に反論の余地を与えず、一息に言い切ったミヅキは最後にそう締め括りました。表情こそ笑みを浮かべていますが、その目は明らかに笑っていません。

 ……。


 黒い子猫は大変、不機嫌なようです。完全に目が据わっています。


 だからと言って、私も助けようとは思いません。暴力沙汰はさすがに拙いですが、今回ばかりはアルスター侯爵に非があるでしょう。

 ミヅキが保護者に懐いていることは有名です。そして、もう一人の当事者であるルドルフ様とも姉弟のように仲が良いということも。

 その二人が襲撃を受けたことを好機と捉え、行動するなど、ミヅキに対して最悪の一手です。いくら悪意がなかろうと、好意的な対応などするはずがないじゃないですか。


「う……。し……しかしだね、君がこの国で暮らす以上、貴族との繋がりは大事ではないかね?」

「いえ、全く必要ありませんけど。そもそも、今とて基本的には騎士寮での隔離生活ですよ? 何の不満もありませんし、必要ならば、他国の友人達が国を通して正式に依頼してくるでしょう」

「だが! 君自身の安全のためには、いくら伝手があっても惜しくはないはずだ。知っているだろう……『異世界人の持つ知識は価値あるものと認識され、狙われる』と!」

「はっ! それを本気で言っているなら、大した侮辱ですね」


 言い募るアルスター侯爵の言い分を鼻で笑うと、ミヅキは不敵な笑みを浮かべました。


「私は『この国』で、『魔導師を名乗ることを認められている』のに? 返り討ちにできる強さがなければ、不可能でしょう? 第一、私自身もそういった輩を無傷で帰す気なんてありませんよ。生憎と、私は博愛主義者でも、慈悲深い性格でもないのでね」


 ――だから、もっともらしいことを言って私の枷になろうとする、貴方も嫌いです。


 仮にも、侯爵相手にこの言いよう。通常ならば不敬と言われても不思議はない状況ですが、今回ばかりはミヅキに軍配が上がるでしょう。

 アルスター侯爵の提案は『ミヅキを取り込もうとしている』とも、『【ミヅキ自身に自衛する力がない】と侮辱している』とも受け取れますが、それ以上に彼は傲慢過ぎるのです。……自身の価値を、過剰に捉えていると言いますか。

 それらは先ほど、ミヅキに嫌というほど突き付けられたはず。


 庇護者としてのエルが不十分と思っている、とか。


 騎士寮に暮らす我々の力を過小評価している、とか。


 魔導師に国への干渉を促すような言葉を向けた、とか。


 アルスター侯爵の言い分は、このような意味に捉えられても不思議はない。悪意を以て捉え過ぎと言われればそれまでですが、そういった見方もできてしまうのです。ミヅキが隔離されているのは、国の政への干渉を防ぐ意味もあるというのに。

 そもそも、ミヅキは『世界の災厄』と呼ばれる魔導師なのですが。大人しく(?)しているのは偏に、エルの存在が大きいと思いますよ?

 これはミヅキの所業を知る者達、共通の認識だと思います。エルが叱らなければどこまでも暴走し、完膚なきまでに『敵』を叩きのめそうとする、その姿――『狩り』と称されているのは、決して過剰な表現ではありません。


『狩られた獲物』に『次』なんて、ないでしょう? そういうことです。


 知らず、私は満足げな笑みを浮かべておりました。そのままアルスター侯爵に視線を向ければ、彼はじりっと一歩後退りします。

 私のような若造に対し、そのような態度を取ることは屈辱でしょう。ですが、今はミヅキとの会話もあったせいか、あまり精神的な余裕がないようでした。

 ちらりとミヅキに視線を向ければ、まだ不機嫌である様が見て取れます。ですが、それ以上に侯爵との会話に対する関心がないことも窺えました。そろそろ頃合いでしょう。


「アルスター侯爵。あまりミヅキや我らを侮らない方が宜しいですよ? 貴方とて、この国で侯爵という地位に相応しいと認められた方……それは当然、私達にも当て嵌まるのです。それをお忘れなく。……ミヅキ、そろそろ行きましょう。ルドルフ様も待っていますよ」

「……。そうね、アル。それでは失礼します。……ああ、そうだ。息子さんが私や黒騎士達と同列扱いできない理由ですけどね、『忠誠を誓う主が居ないから』ですよ」

「「は?」」


 意味が判らなかったのか、侯爵親子は揃って声を上げました。


「魔術師は研究職ゆえか、自分の研究……もっと言うなら、自分の意志を最優先にする人が多い。だけど、私は魔王様のお願いならきくし、黒騎士達は魔術師としての矜持よりも忠誠心を優先する。……判る? いくら素晴らしい成果だろうとも、主がその危険性を指摘したら、破棄しなければならないのよ。貴方は多分、それができないでしょう? だから『良くも、悪くも、魔術師らしい方だから』って言ったの」

「それ……は」


 ミヅキの指摘に、ご子息は言葉に詰まり……けれど、反論することもできないようでした。彼女の言い分は的を射ていると、自覚があるのでしょう。

 私自身は魔法が使えませんが、幼い頃より、クラウスの魔術好きを目にしております。時には魔術狂いと称されるそれは非情に根深く、騎士寮に暮らす黒騎士達も大半がその傾向にありました。

 ですが……魔導師であるはずのミヅキは、己が成した魔術が将来的に災厄とも呼べる事態を引き起こすならば、たやすく破棄してしまうのです。

 これはクラウス達にとっても衝撃的なことだったと思います。けれど、ミヅキが己が世界の失敗――素晴らしい技術であろうとも、時には最悪の事態を引き起こすといったもの――を踏まえて理由を話すと、其々が納得しておりました。

 黒騎士達は魔導師であるミヅキの選択を受け、好奇心と探求心に歯止めをかける重要さを知ったのでしょう。魔術師だからこそ、その選択の重さが理解できたのかもしれません。

 何より、彼らの主であるエルが止めれば、黒騎士達は絶対に従います。それはエルの憂いとならないためでもありますが、それ以上に己が立場を理解しているからでもありました。


 彼らは魔術師である以上に、『エルの騎士』なのです。

 どうして、主の言葉よりも己を優先させることができようか。


 必要な苦言ならばともかく、個人的な好奇心を優先すべきではない。彼らはきちんとその分別ができているのです。

 ですから、ミヅキは黒騎士達に相談を持ち掛けますし、共同で何かを作ったりすることもある。『黒騎士達は主たるエルの言葉に従う』――その確信がある以上、どんなものを作り出そうとも、『破棄』という選択肢があるのですから。

 ミヅキはエルの善良な性格を嫌というほど知っていますから、研究の破棄を望む理由を話せば、納得してくれると確信しているのでしょう。何だかんだ言って、ミヅキもエルに甘えているのです。


「貴方の好奇心は好ましい。だけど、自分が成したことに責任を持てないなら、破棄することも必要だよ。何かを成したとしても、それが世間に与える影響も考えた上で公表しなさい。魔法がたやすく悲劇を引き起こすことなんて、貴方も知ってるでしょ」


 ――忠告はしたからね?


 それだけ告げると、ミヅキは私を促しました。侯爵親子はその場に立ち竦んだまま、動こうともしません。その表情から察するに、ミヅキの本性を垣間見たことと突き付けられた言葉に脅えているのでしょう。

 そんな二人の姿に、私はミヅキ曰くの『素敵な騎士にあるまじき、黒い微笑み』を浮かべておりました。


 如何でしたか、我らの仲間たる黒猫は。我らの主が手を焼くほどのプライドの高さ、傲慢さ、自分勝手さを兼ね備えた頼もしき存在なればこそ、貴方の……貴方程度の手には負えないのですよ。

 これまでエルが貴方とミヅキを会わせなかったのは、貴方の心を圧し折る可能性も考慮されていたのです。それさえも察することができない貴方だからこそ、自己中心的なミヅキの手綱を取ることは不可能。

 理解できましたか? アルスター侯爵殿。

敗因:タイミングが悪かった。

そもそも、主人公は騎士寮面子と仲良しなので、わざわざ繋がりを作る必要がない。

それを判っていながら助けないのがアルジェント。

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