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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
予想外の災厄編

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其々の想い

 ――アグノスの館にて(とある侍女視点)


「楽しそうですね、アグノス様」

「ふふ、そう見える?」

「ええ」


 機嫌良さげな主――アグノス様に声をかければ、優しく微笑んでくださいました。とてもお優しい方ですから、侍女如きと軽んじることはありません。

 お優しいだけではなく、アグノス様はとてもお美しい方ですので、忠誠を誓う者達が多くいるのです。

 ……と言っても、アグノス様は社交の場には殆どいらっしゃらないのですが。

 陛下が愛された亡きご側室様の一人娘にして、我が国の第三王女殿下であらせられるアグノス様は……『血の淀みを受けた方』なのですから。

 この事実はあまり知られておりません。国の上層部とアグノス様にお仕えする者達、そして何らかの形で関わる者達のみに知らされている情報なのです。

 ほぼ隔離されているような生活をしていらっしゃるせいか、アグノス様は少々、夢見がちなところがございます。無邪気と言うか、お歳よりも幼い言動をなさると言うか。

 ですが、それ以外は極々普通の生活をされていらっしゃいます。基本的に、王女としてのお務めは陛下より免除されておりますが、時々は養護施設などの慰問にも向かわれておりますしね。

 確かに、アグノス様は『ある特定の事柄』に執着し、思い通りにならなければ、激昂することはございます。これは『血の淀みを受けた方』の特徴の一つと、お傍にいる者達は聞かされておりました。

 ですが、それが一体、何だと言うのでしょうか?

 こう言っては何ですが、アグノス様以上に我儘なご令嬢など、珍しくはございません。よほどのものでない限り、特権階級にある方達にとっては普通のことなのでしょう。

 彼女達にはご令嬢としての義務もございますので、そういった我儘が許されるのも、政略結婚をされるまで。女主人ともなれば、家を守らなければなりません。

 貴族のご令嬢として生まれた以上、ご当主の命令に逆らうことはできませんし、婚姻の自由もないのですから、ささやかな反発ではないかと思えてしまうこともあるのです。少々、同情してしまいます。

 そのような気持ちでご令嬢達の我儘を見ている私からすれば、アグノス様は非常にお優しい方……という印象しかないのです。問題視される要素など些細なこと。

 ご令嬢の我儘の被害を被るのは、傍に控える侍女が大半です。侍女として働く友人達の話を聞く度、私は自分の幸運を感じずにはいられませんでした。


「ちょっと『お願いごと』をしたの。あの人達はきっと叶えてくれるわ」

「お願いごと……でございますか?」

「そうよ。とても重要なお願いなの」


 アグノス様が仰っているのは、アグノス様によって保護されているシェイム達のことでしょう。そう察した途端、胸に一抹の不安が過ぎりました。


 日頃はとてもお優しいアグノス様は。

 ご自分の世界を穢されることを酷く嫌う。


 アグノス様のお傍に仕える者達にとって、それは常識でした。アグノス様が健やかに過ごされることは私どもの望みでもありましたから、誰もが嬉々としてアグノス様の世界を守ろうとするのです。

 ……ですが。

 ですが、極稀に……本当に滅多にないことですが。アグノス様は酷く残酷な望みを口にされることがございました。

 アグノス様の世界の元となっているのは、乳母様より与えられた御伽噺。多くの『お姫様』が幸せを手にする、とても優しい世界の物語。

 ある程度の年齢になれば、それが『現実にはありえないもの』と気付くでしょう。『読み手が嫌な気分にならないように作られた、優しくも歪な世界』だと。

 侍女に過ぎない私が読んでさえ、そう思うのです。政に携わる方からすれば、現実と混同するなどありえない『主人公に都合のいい世界』でしかありますまい。

 政が御伽噺のように行なわれるのならば国は混乱し、間違っても『幸せな結末』などは迎えられませんもの。


『賢王』と謳われる方が、必ずしも『優しい王』ではないように。

『国にとっての正義』とは『正しきこと』ばかりではないのですから。


 国を富ませ、民に平穏をもたらすことこそ、『国にとっての正義』。守るべきは祖国であり、民であり、国が持つ富なのです。それは我が国だけでなく、どんな国でも同じでしょう。

 ですが、アグノス様はそれが判らない。アグノス様にとっての『正義』とは、『間違ったことをしない』というそのままの意味だけなのです。

 他にも、御伽噺と現実には多くの差異がございます。ですから余計に、アグノス様は現実を受け入れないのかもしれません。アグノス様の世界は……御伽噺そのものなのですから。


 まさに御伽噺の中に存在する『綺麗で優しいお姫様』。

 我らが姫はその役を演じることで、『幸せな人生』を保ってこられた。


 なのに――


「今度はどんな『お願い』なのでしょうね?」

「!」


 穏やかな笑みで問いかけてきたのは、アグノス様の護衛を任された騎士の一人。付かず、離れずの距離を保ったまま、アグノス様の傍に居るこの騎士に……私は厳しい目を向けました。

 この騎士のように、陛下より遣わされた者達がここにはいます。アグノス様を唯一の主と仰ぐ私達と違い、彼らは仕事としてアグノス様を守っているのです。


 ですが、私は――彼らを信頼しておりません。


『アグノス様を賊などから守る』という意味では、信頼できると思います。ですが、『アグノス様の幸せを守る』かと言えば、それは『否』としか思えませんでした。

 アグノス様に向ける彼らの目を見れば、それも仕方ないと思えます。嫌でも『私達の同志ではない』と、判ってしまうのです。


 だって、彼らの目はアグノス様を『監視』しているのですから。


 それなのに、彼らはアグノス様の言動を嗜めようとはいたしません。御伽噺の世界をご自分の周りにすら強いるアグノス様の言動……時として起こる癇癪を目にしながらも、彼らは一言も苦言を呈さないのです。

 時折、アグノス様のそういった言動を嗜めようとして、不興を買ってしまう者がいることも事実。ですが、彼らは不興を買うことを恐れ、距離を置いているようには見えませんでした。

 そもそも、自己保身に走る者達も一定数はおりますので、距離を置くこと自体を咎めようとは思いません。それも仕方がないことと、私どもは受け入れておりました。

 私達は常識も、正義も、どうでもよいのです。ただただ、アグノス様が幸せであればよいと考える忠臣。それが私達なのですから。

 その考えが危険であることも十分、承知しております。それを踏まえ、私は……私達は。最後までアグノス様の味方であると決めているのです。


 ですから、この男やその同僚達の態度は非常に気持ち悪い。


 目的が読めない、とでも言ったらいいのでしょうか……騎士として陛下の命に従っている、と言われればそれまでなのですけど。

 厄介なことに、今は彼らの排除に動くこともできなくなってしまいました。アグノス様の世界において、彼らはすでに『お姫様を守る騎士』として認識され、ここにいるのが当然の存在になっているのです。

 排除などすれば、アグノス様は再び癇癪を起こされ、彼らを連れ戻そうとなさるでしょう。その展開が予想できる以上、私達にできることは彼らが傍に居ることを受け入れることのみ。


「貴方は騎士としての役目を全うなされば宜しいのでは? 必要ならば、アグノス様からお願いされるでしょう。……任されるだけの信頼があれば、ですけれど」

「……。ごもっとも」


 厳しい目を向けながらも、表面的には笑みを浮かべて取り繕えば、男は軽く肩を竦めた後、ふらりとどこかへ行ってしまいました。そんな態度は益々、私を苛立たせます。

 そして。

 私は男の背を見送りながらも、よりいっそうの決意を固めるのです。あの者達を信用してはならない、と。

 私達の『敵』はどこに潜んでいるか判りません。ですが、一番の味方であった乳母様亡き後、アグノス様の幸せをお守りできるのは我らだけなのです。

 その自負こそ私を奮い立たせるものであり、自らに課した使命でありました。

 アグノス様。どのような未来が待っていようとも、私達は貴女様の味方です。破滅の未来であろうとも、最後までお供いたします。


※※※※※※※※※


 ――とある部屋にて(護衛の騎士視点)


「まったく、相変わらず現実を見ない奴らだな」


 自室に戻るなり、俺は溜息を吐いた。思い出すのは精霊姫と呼ばれる王女アグノス、そして彼女に心酔する者達だ。

 こう言っては何だが、俺は彼女達に同情してはいなかった。寧ろ、自業自得とさえ思ってしまう。


「確かに、生まれは本人の責任ではないだろう。だが、未来を狭めてしまうのは周囲の者達の罪じゃないのか」


 精霊姫の事情は知っている。それ自体は気の毒だと思うし、乳母が心配するのも頷ける。

 何せ、王に溺愛された側室は亡くなっているのだ。本来ならば無条件の守りとなる母の庇護がなく、その上、『血の淀み』を受けていたならば、残された王女の未来を案じても不思議はない。

 ……だが。


「あいつらは気付いているのか……妄信とも言える状況が、精霊姫の世界を狭めてしまったなんて」


 そう、精霊姫は悪くない。いや、全く非がないと言われれば首を傾げるが、彼女は己が世界やその認識が覆る機会を故意に潰されてきた被害者でもあるだろう。

 言い換えれば、変わる機会を『周囲の好意と過保護によって奪われてきた』のだ。彼女に同情する点はそこであろう。

 優しくて美しい、『御伽噺に出てくるようなお姫様』。そう在ることを決定付けられてしまった王女は、『本当にそう在りたかったのか』。そんな生き方を望んでいたのだろうか?


「……まあ、後悔しても時すでに遅しだが」


 王女自身がどう思っていようとも、彼女の存在やそう在ることを認めてしまった王への評価などお察しだ。今回の相手がイルフェナということもあり、無傷では済まされまい。

 それが判っていても見逃されたのは……『そうなる展開を期待されていたから』。

 精霊姫の周囲が思うよりも遥かに、この国は危ういのだ。優先すべきものが『国』ならば、王族でさえ利用してみせると決意する者が出るほどに。

 そう想う者達にとって今回の『お願い』は、実に都合のいいものだった。


 魔王ことエルシュオン殿下は、非常に容赦なく冷酷な策を取り。

 彼の配下たる猟犬達は、嬉々として報復に興じるであろう。


 しかも、今はそこに魔導師が加わっている。いくら特殊な事情があろうとも、同情だけで許すほど甘くはあるまい。間違いなく、相応の報復をされるだろう。

 だが、それこそを望む者達が居る。俺もそんな一人であった。

 閉鎖的な環境と気質は周囲の国から取り残される状況を招き、王の独断とも言える精霊姫への対処の甘さが許されてしまうほど。


 そんな状況に危機感を覚えないはずはない。

 反逆と言われようとも、これも国を案じる者達が掲げる『正義』なのだ。


 国が一枚岩でないからこそ、其々の信じる『最良の在り方』がある。ゆえに、改革を望んで足掻く者が出ることもまた『よくあること』であり、『どんな国でも繰り返されてきた歴史』だ。

 そもそも、今回の一件を『血の淀みの影響』で済ませることなどできはしない。すでに行動してしまっている以上、なかったことにはできないのだから。


「人の数だけ物語があるならば、イルフェナから見た貴女は間違いなく『悪役』なんですよ? アグノス様」


 その『悪役』がどんな扱いを受けるのかは判らない。けれど、幸福な道ではないことだけは確実だった。

 御伽噺であったとしても、『悪役』の末路は悲惨なものが多い。それでも『御伽噺のお姫様』でいることを選んだならば……御伽噺の登場人物と同様の役割を無関係な者にさえ求めたならば。

『誰か』の物語において、『悪役』として扱われることにも納得してくださいますよね?

精霊姫の味方であることを決めている侍女VS妄信していない騎士。

精霊姫に仕事でしか接することがない騎士から見ると、姫が幸せかは謎。

ハーヴィスも一枚岩でないからこそ、様々な思惑があります。

※『平和的ダンジョン生活。』のコミカライズが配信されております。

https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/190509/

一話は無料で読めるので、宜しければご覧くださいませ。

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