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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
予想外の災厄編

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不安を煽る問い掛け

 襲撃者は私を睨み付けている。……が、私も聖人様も全然平気。寧ろ、襲撃者が感情的になる様を見て、都合がいいとさえ思っていた。

 今更、怖がるはずねーだろ。些細なことでビクつく貴族のお嬢様じゃあるまいし。繊細さ? 可愛げ? 知らんな、そんなもの。

 そもそも、その程度の睨みで黙るようなら、各国の王や上層部の人間と『お話し』(意訳)なんて真似ができるはずはない。

 だって、マジでああいった人達は怖いんだぜー。ほんの少し気を抜いただけで裏を探りに来るし、言質を取らんと誘導してくるんだもん。

 それに比べれば、檻の中で喚くしかない襲撃者なんざ、可愛いものだ。素直に感情を露にするところといい、情報不足なところといい、実にチョロい……いやいや、扱いやすいお客様ではないか。


 余談だが、この状況において最善の対応は『沈黙』である。

 黙っていれば私達を苛立たせ、情報を引き出させることもできないのだから。


 そういったことが判らない……いや、感情制御の訓練を受けていないあたり、イディオにおけるシェイムの扱いが知れる。本当に捨て駒と言うか、奴隷扱いなのだろう。絶対に、王家に飼われている『影』のような存在ではない。

 そう結論付けた私は、にんまりと笑みを浮かべた。


 よっしゃ、こいつの攻略は楽勝だ……!


 ちらりと視線を向けた聖人様とて、どこか不敵な笑みを浮かべている。聖人様も私と同じ判断を下したらしく、この襲撃者が非常に『扱いやすい』(意訳)ということが判ったのだろう。

 聖人様の場合、何としてでも教会との無関係を証明せねばならないという使命がある。賢い襲撃者の場合、教会の関与を匂わせるようなことを言って惑わせようとしてくる可能性があったので、聖人様はかなり警戒していたんだよね。

 勿論、その関与はすでに叩き出された元教会上層部の罪。だが、乳母に対する助言を『教会関係者』として行なってしまっているので、『今の教会は無関係です。知りません!』と言ったところで、お咎めなしはない。

 ……乳母への助言の元ネタになった聖女って、教会所属だったからね。『教会が成した【血の淀みを持った者】の成功例』という点では間違っていないのだ。

 実はこれ、かなり拙い。聖人様がわざわざ私を頼るに至った最大の理由がこれだろう。

 ハーヴィスが『バラクシンの教会に誑かされました』と言い出し、責任転嫁してくる可能性があったからねぇ……そりゃ、聖人様だけじゃなく、ライナス殿下も焦るわな。明確な証拠がなくとも、行動に出るわけですよ。


「貴様ら……何がおかしい!」


 襲撃者君は怒りを露にしたまま、私達を睨み付けてくる。対して、私と聖人様は顔を見合わせ――


「あまりの馬鹿正直さに驚いてる。寧ろ、指を指して笑いたい」

「ここまで粗末な頭の者を襲撃に使うなど、よほど人手不足なのですね。少々、命を下した方に同情しております」


 更 に 煽 っ て み た 。


 私は単純に煽るだけだが、聖人様は『馬鹿な手駒で大変ねー、ご主人様も苦労してるんだねー』といった内容で、襲撃者を煽りつつも精霊姫に同情してみせるという、凝った煽り方を展開中。

 こういった言い方をされると、主大好き(予想)な襲撃者はとっても困るわけでして。


「く……!」


 悔しそうにしながらも、反論の声は上がらなかった。やはり、上手い言葉が見つからない模様。


「忠誠心があるなら、主に不利にならない方法を取るのが当たり前でしょ。それができていない時点で、笑われても仕方ないじゃない」

「我々の予想が事実だと、証明してしまいましたからね。せめて、『精霊姫』という言葉に反応しなければ、誤魔化せたと思うのですが」

「無理でしょ、ろくに下調べもせず魔王様を襲撃するようなお馬鹿だもん」

「そうですねぇ……ええ、それは確かに」

「『最悪の剣』や魔導師を敵に回すなんてね。しかも、魔王様は掠り傷……目的すら果たしていない。状況の悪化を招いただけじゃない」


 呆れた口調で言い切って、肩を竦める。そんな私の態度に、襲撃者は声を挙げかけ……結局は言葉にならず、悔しそうに俯いた。


「ならば、どうすれば良かったのだ。俺達はそれが判るような、上等な教育など受けていない。命じられたことをこなす以外に、生き方なんて知らないんだ」

「知らなければ、学べばよかったじゃない」

「え……」


 ぴしゃりと言い切れば、襲撃者は酷く驚いたような顔になる。


「少なくとも、精霊姫の所では人らしく生きることができていたんじゃないの? 変わろうと思えば変われた、学ぶことだってできたかもしれないじゃない」

「……」

「そのままの自分で役に立てるとでも思ってた? シェイムだから許されないと思い込んでいた? 何もしなかったならば、『知らない』『学んでいない』なんて言い訳が通じるはずないじゃない。だって、保護されていたから恩義を感じて、今回の襲撃を実行したんだものね?」


 これは半ば、私の個人的な予想だ。だが、シェイムである襲撃者達が恩義を感じて精霊姫の手駒になったならば、『何もできない、どうしようもない状況』であったとは考えにくい。

 護衛を担当していたとしても、そのための知識を学ぶ必要はあるだろう。それなのに、保護された時から何も変わっていないというならば。


「思考を停止させたまま、無知であることを『選んだ』のは貴方達。誰かの言いなりになる生き方を『変えなかった』のも貴方達。そして、貴方達に『何もしなかった』のは精霊姫。……飼い殺すのと、何が違うの? 余計な知識を付けさせたくなかったと、邪推することもできるんだけど」


 ――それって、本当に貴方達を人として認めていたと言える?


 憐れみを含めながら問い掛ければ、襲撃者は呆然とし、それでも何かを振り払うかのように頭を振ると、必死に言い募ってきた。


「それでも! それでも俺達は救われたんだ! 手を差し伸べてくれたのは、あの方だけだった!」


 そう、彼らにはきっと『それが全て』。唯一、自分達に差し伸べられた手に恩義を感じ、その願いを叶えようと行動した。

 ……だけど。

 私は『別の遣り方』を知っている。本当に保護した者のことを考えた結果、自分が責任を取ることを前提で多くのことを学ばせ、『飼い殺すのではなく、できるだけ自由に生きられるように』とばかりに、心を砕いてくれた人を知っている。


「異世界人は無知。常識が違う、文化が違う、けれど、時に莫大な富をもたらす知識を有している存在。だけど、使い方を誤れば災厄と化す」

「は? お前、唐突に何を……」

「一番楽な方法は『箱庭で飼い殺す』。余計な知識を与えず、一人では生きていくことができないようにした上で、この世界の住人との接触は最低限。これならば抑え込むのはたやすいし、利用することも可能」

「……」

「だけど、魔王様はそれをしなかった。自分の負担になることが判っていても、利用することができなくなる可能性があっても、異世界人に知識を与え、個人的な味方を得る機会を作り、時には叱って庇護し続けた。甲斐甲斐しいその姿に多くの人が呆れようとも、『保護した異世界人がこの世界で人として生きていけるように』と願い、変わらぬ姿勢を貫いた」


 そこで言葉を切り、私は首を傾げて問いかけた。


「貴方達の扱いとは……精霊姫とは全然違うでしょう? だから、私はとても疑問に思う。『何故、貴方達が無知なままなのか』って。考えられる可能性は二つ。貴方達の怠慢か……」

「人ではなく、駒として認識していたか、ですね。余計な知識はない方がいいですから」

「もしくは、『貴方達への認識が【優しいお姫様】であるための小道具だった』か。精霊姫って、『自分の世界を大事にする』んじゃなかった?」

「……!」


 私の言葉を引き継いだ聖人様が、さらりと残酷なことを言った。その上でもっと残酷な可能性を口にすると、襲撃者の顔が盛大に引き攣る。

 だけど、これは事実。本当に保護したシェイムを人として扱うならば……その幸せを願うならば。民間人として生きていけるよう、必要なことを学ばせるはずだもの。

 その上で、彼らが精霊姫の手駒になることを望むならば、そのための教育を施せばいい。恩義を感じていることは事実なのだから、子飼いになることを望んでも不思議ではないのだから。


 だけど、彼らは『何もしてもらっていないように見える』。


 魔王様に教育された私からすると、保護されたシェイム達の扱いがあまりにも『精霊姫が【優しいお姫様】であるための小道具』にしか思えなかった。

 それならば、『保護しただけで、後は放置』という扱いにも納得だ。だって、重要なのは『精霊姫が虐げられていた人々を助けた』という事実であり、彼らじゃないんだもの。


「話を聞いただけだけど、シェイム達には同情するよ? だけど、『誰かの言いなりになるだけ』っていう楽な生き方に甘んじていた部分もあるんじゃない? それが今回の襲撃であり、貴方達が最も望まない未来への布石になった気がするけど」

「ただ従って生きる……そういった生き方は楽なのでしょう。ある意味、何の責任も負うことがないのですから。ですが、己の意志なき者とは対等な関係を築くことはできないでしょう。貴方は本当に、精霊姫から『個人』として認識されていましたか?」

「……」


 次々と不安を煽るようなことを言う私達に、襲撃者は無言だった。ただ、少しずつ考え始めているように見える。

 彼の中では絶対にぶれないものだった『はず』の、精霊姫への忠誠心。私達の指摘を受け、己の記憶と向かい合った結果……納得できる要素が出てきてしまったのだろう。だから、彼は迷っている。

 そんな姿を目にしながら、私は精霊姫へと想いを馳せた。


 優しい、優しい『お姫様』。彼女は本当に……襲撃者となった者達を、人として見ていたのか?


 普通ならば、即座に否定できる。シェイムが虐げられてきた歴史を踏まえたら、何かしら改善を促すような言葉を貰っているはずだもの。『何かやりたいことはない?』とかね。

 私と魔王様の関係を比較すれば、一目瞭然だろう。だって、魔王様の新たな渾名は『親猫』……『親』ですよ、お・や! 庇護者とか後見人を通り越して、すでに養父扱い。誰が見ても教育熱心で愛情深い、立派な保父。


 ……で? 精霊姫って、『優しいお姫様』の設定以外で、何か面倒みてくれた?


 親猫様を知る私から見ると、襲撃者達って明らかに『優しいお姫様』の設定の範囲内での救済なのよね。彼らを憐れんだとか気の毒に思ったとかではなく、『お姫様はそういうもの』という物語の設定の一部にしか思えん。


「少し考えてみればいいよ。どうせ、時間はあるだろうからね」


 そう言い置いて、聖人様を促す。最初の遣り取りが中々にアレだったせいか、こんな終わり方が意外だとばかりな表情をされたけど、それには答えないまま、この場を後にする。

 途中で合流したクラウスからも説明を求める視線を向けられたが、この場では華麗にスルー。説明はしてあげるけど、聞かれる可能性がある状況では駄目なのだ。他者にバレては、意味がないのだから。


※※※※※※※※※


「……で、説明はしてくれるんだろうな? 何故、あのような流れになった? 怒らせるんじゃなかったのか?」


 騎士寮の食堂に着くなり、クラウスはそう切り出した。謹慎扱いの騎士達も私達の帰りを待っていたらしく、興味深げに聞いている。

 では、解説といきましょうか。


「まず、最初の遣り取り。手紙と私が煽っただけだけど、あの反応で主犯の特定は十分でしょ? わざわざ国名、そして個人の渾名といったものを告げ、襲撃者の反応を見た。あれではどう取り繕っても、誤魔化しはできない。手紙の存在とさっきの遣り取りの記録で、ハーヴィスへの抗議は可能でしょう」

「そうですね、私もそれには賛同致します」


 同意するように、聖人様も頷く。クラウスもそれは同じらしく、とりあえずの目的は達成されたと思っているようだ。


「で、次。あのまま続けても反発されるだけだと思ったから、境遇への同情や理解を示した上で、不安を煽ってみた」

「それで話の流れが変わったのですか」

「そうだよー! 『お前ら、無能過ぎ!』って言い続けたところで、怒るだけでしょ。だから『精霊姫への忠誠』に皹を入れられないかと思って。精霊姫が『御伽噺の優しいお姫様』を演じているなら、絶対にボロが出るだろうからね。異世界人としての私の教育や環境を比較対象にすれば、気付くこともあるんじゃない?」


 あの襲撃者は『手を差し伸べてくれた唯一の存在だからこそ、尽くす』という姿勢だった。ならば、それを揺らがせたらどうなるか。


「最初に怒らせて、次に『自分達のせいで主が窮地に陥る』と不安がらせる……忠誠心ある愚か者だからこそ、精神は不安定になるでしょう。簡単に激高するような人だから、この予想は間違っていないと思う。そんな状況で、一方的に責めるのではなく『駄目な点』を教えた上で比較対象を出し、『貴方達を助けたというより、自分のためだったんじゃない?』っていう疑問をぶつけた」

「なるほど……人生を捧げたいと思わせた過去の出来事が、自分達に向けられた同情や哀れみではなく、『御伽噺のお姫様』であるためのイベントだったと知ったら、ショックは受けるかもしれん」

「それだけじゃないよ、クラウス。他を知らなければ、『それでも助けてくれたことは事実だ』って思えるだろうけど、私という比較対象があるんだよ? 教育の必要性を説明した上で、魔王様の遣り方とそれに伴う負担を伝えたら、自分達と比べるんじゃない? ……『本当に、我々のことを考えてくれていたのか?』ってね」


 これはある意味、賭けだった。感情制御ができないような人だからこそ、一度不安にさせて『第三者の考察』を聞かせれば、色々と考えるのではないかと。要は、誘導である。

 精霊姫の傍では、そういったことを口にする人などいないだろう。襲撃者達が『精霊姫に恩義を感じ、尽くす人々』という役割を与えられていたならば、絶対に黙っている。

 それならば、何も学んでいないことも納得だ。下手に賢くなられた日には、精霊姫のために色々と口出しするようになるかもしれないじゃないか。

 だけど、そんなことは誰も望まなかったんじゃないか? それこそ、役割からはずれてしまう。


「御伽噺ならば……彼らの役割は『お姫様に助けられる、虐げられていた人』でしょうか」

「その後は『愚かだけど、一途にお姫様へと忠誠を誓う人』でしょうね。余計なことは考えず、ただ精霊姫を慕っていれば、自動的にその役割りは果たせるんじゃない?」

「いかにも物語に存在しそうな役ですねぇ」

「……多分、あの襲撃者も聖人様と同じことを思ったでしょうね。即座に否定できなかったってことは、何か思い当たることでもあったのか。どちらにしろ、暫くは考え込んでいるでしょうよ。これで余計な裏工作を企む可能性が減ったかな」

「「おい!」」


 楽勝! とばかりに笑えば、即座に突っ込む騎士s。他の面々は呆れた目を私に向けている。聖人様は……いや、その、何で深々と溜息を吐いてるのさ!?


「……。やはり、裏があったな。自害や妙なことを考えないよう、気を逸らしたか」

「うん。あと、襲撃者が持つ綺麗な思い出に皹を入れたかった。魔王様に怪我をさせたことを許した覚えはねーよ。殴れないなら、せめてもの報復として、心に傷を残したい。死ぬほど悩め、不安に苛まれて胃に穴でも開けちまえ」


 クラウスは呆れるというより、納得しているようだ。だが、そうはいかないのが聖人様であって。

 頭痛を堪えるような表情になりながら、ガシッと肩を掴んで揺さ振ってきた。


「本当に、貴女という人は! 牢であの者にかけた言葉や、エルシュオン殿下との絆に感心したというのに……!」

「諦めた方がいいですよ、聖人殿。ミヅキはこれが平常運転です」

「そうそう、この鬼畜外道な生き物に期待するだけ無駄です」

「騎士s、煩い!」

「「お前が悪い」」


 何だよー、きちんとお仕事はしたんだから、これくらいの報復は可愛いものじゃん!

主人公「望まれた役目は果たすけど、何もしないとは言ってない」

襲撃時の魔王殿下にビビり、クラウスにいびられ、精神的に余裕がないのに、

主人公にとどめを刺される襲撃者。

境遇に同情するけど、報復は別物。祟らないとは言っていない。

※『平和的ダンジョン生活。』のコミカライズが配信されております。

https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/190509/

一話は無料で読めるので、宜しければご覧くださいませ。

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