襲撃者達はどこの人? 其の二
『襲撃者達がシェイムだったし、忠誠心も高いみたいだから、襲撃を依頼したのは精霊姫の可能性が高いよ!』という結論に至った私達だが、それでもどう行動すべきかを考えあぐねていた。
ぶっちゃけて言うと、精霊姫の状況が大問題。
問題行動を起こしていなければ、マジで『優しい王女様』でしかない。
いくら何でも、イルフェナに迷惑がかかることだけは避けたい。私個人なら、どう言われようとも全く構わないけれど、魔王様に再び悪評を被せてくる可能性がある以上、慎重に行動すべきだろう。
そうは言っても、泣き寝入りをするつもりは欠片もなかった。魔王様が害された以上、私と騎士寮面子は報復一択なのだから。
それにさ……ちょっと気になることもあるんだよね。
「あのさぁ、ちょっと聞いてもいい? その『血の淀みを受けた人』ってさ、基本的に他国の目から隠されるんだよね? そういった認識はどの国でも同じ?」
「多少の差はあれど、大差ないはずだ。まあ、これは程度にもよるんだが……明らかに異常というか、異様さが判る場合は幽閉されるのが普通だな。後から問題を起こして気付いた場合は、病などの理由によって徐々に表舞台から遠ざかる」
「基本的には幽閉・隔離コースってこと?」
「そうだ。気の毒だとは思うが、野放しにして問題を起こされた場合、処罰は免れん。これは本人のためと言った方がいいだろうな。異世界人が飼い殺されるのと同じく、自由を持つことばかりが良いとは限らない」
「あ〜……何となく判った」
クラウスの説明に、素直に納得する。『異世界人と似たようなもの』と考えた場合、幽閉や隔離は必ずしも不幸ではないからだ。
異世界人はその知識が『この世界において、どのような事態をもたらすか』ということまで考えなければならない。
何せ、レシピ一つでさえ『生産量と民間も含めた食材の消費量、それらの市場を考慮し、拡散可能かを見極める』という状態じゃないか。安易に『私の世界のレシピです!』で済まないのよね、実際。
料理のレシピ一つでここまで考えなければならないのなら、それ以外――特に技術系――は更に難易度が高いはず。
その失敗例が大戦の発端となった魔道具なのだろう。伝えた異世界人は『皆が魔法を使えたら便利だよね』程度の考えだったろうが、実際は『誰でも魔法の使用が可能になる危険性』や『その場合、どんな被害がもたらされるか』という二点は絶対に考えねばなるまい。
そこに思い至らない無知さを利用したのが、大戦の発端となった国。滅びたのは完全に自業自得だ。
その異世界人は便利さのみに着目し、あくまでも好意でこの世界に伝えたのだろう。その結果、悪用する者が出た。こうなると悪意こそなかったろうが、発端となった異世界人にも責任がないとは言い切れまい。
今回の主犯と目されている精霊姫。彼女もこれに該当する……というか、近いものがあるだろう。
彼女はあくまでも『自分にとって正しい世界』を守ろうとしただけであり、魔王様個人が憎かったわけではない。一番悪いのは彼女にそう思い込ませた周囲じゃないか。
それでも行動してしまった以上、何らかの処罰は必要になってくる。彼女は自分で、自分の世界を壊す手助けをしてしまった。
ただ、『血の淀み』に対する認識が各国共通だからこそ。
精霊姫の状況に、誰も危機感を抱かなかったとは思えない。
「なーんか嫌な感じよねぇ……」
「ミヅキ?」
訝しむクラウスの声に釣られて、私に視線が集中する。それに構わず、私は更に言葉を続けた。
「魔王様への襲撃が精霊姫の仕業ってのは、間違っていないと思う。勿論、これはあくまでも私個人の考えね。だけど、襲撃者達の一途さ……こう言っては何だけど、あんまり賢くないよね? クラウスの話を聞く限り、黙っていれば誤魔化せると思っているみたいだし」
言い方は悪いが、襲撃者達は『忠誠心は高いが、お馬鹿』という評価だ。これまで私に仕掛けてきた連中は『身分差による圧倒的優位』を確信していたからこそ、割とお粗末な誤魔化しだったに過ぎない。
……が、今回はターゲットの格が違う。
実力者の国と言われるイルフェナの第二王子であり、少し前まで『魔王殿下』と恐れられていたエルシュオン殿下がターゲット。こんな怖い人や国を相手に、『黙っていれば依頼主はばれない』なんて思うかねぇ?
そもそも、今は良くも、悪くも、各国で噂になっている魔導師が、魔王殿下の配下を明言してもいる。恨みを買うことは確実――これまでの私の所業を調べていれば、絶対に思い至る――なので、最低限、主へと辿られないような配慮が必要なはず。
もしも、バレないようにするならば……もっと隠蔽工作を頑張る気がする。任務の遂行は当然であろうとも、その後に報復されては全く旨みがないじゃないか。
「それは俺達も考えた。だが、精霊姫が『血の淀み』を受けているなら、そういった考えに思い至れるかは怪しい。その子飼いとて、彼女に救われたシェイム達ならば……まあ、大した教育は受けていないだろうな。イディオとて、シェイム達に知恵をつけられても困るだろう」
「そうだよね、普通はそう思う。だからこそ、今回の襲撃が実行されたことに疑問を覚えるよ。精霊姫の監視がゼロでない限り、絶対にバレるでしょ?」
クラウスの意見に賛同しつつ、疑問点を口にする。私が気になっているのはそこだった。
「何で、襲撃が可能だったんだろうね? 信奉者はともかくとして、彼女とその周囲を含む全てが監視されていても不思議じゃないのに」
「……」
さすがにクラウス達も疑問に思うのか、難しい顔をしたまま黙り込む。だが、これは私から見て当然の疑問だった。
「異世界人である私はこの騎士寮に暮らしているけど、言い換えれば、常に誰かの監視があるということ。異世界人の迂闊さや危険性を考えれば、それは当然のことだと思う。だから余計に、精霊姫『達』の行動を見逃されていることが不思議で仕方ない」
クラウス達の話を聞く限り、『血の淀みを受けた人』も『シェイム』と呼ばれる人達も、十分に監視対象のはず。精霊姫の周囲の人間が揃って彼女を妄信する信者状態だったとしても、監視している人がいたはずだ。
だって、下手をすれば『国』がヤバいじゃん?
いくら何でも、国が丸ごと精霊姫の信奉者であるはずはない。民間人はともかく、外交に携わる貴族あたりは、こういった危機感を持っているはずだ。
それなのに、今回の襲撃は行なわれた。意図的に見逃されてないだろうか?
「そうなってくると、迂闊に報復に出るのは拙いな。襲撃の依頼主が判明し、抗議するにしても……正規の手順を踏んだ方が、相手の出方を見れるな」
「こちらが動くことを期待しているかもしれませんしね」
クラウスの言葉に、アルも同意する。どうやら、彼らから見ても今回の襲撃には裏があるように思えるらしい。
「どのように動くにしても、まずは襲撃の依頼主を確定せねばなりませんね」
「そうだな。ここは適任者に頼もうか」
アル達の言葉に、皆が一斉に私へと視線を向けた。言葉はなくとも、彼らは視線で『頑張って、襲撃者に吐かせて来い』と言っている。
でしょうねー! こういった状況である以上、柵のない私が動くのが最適だ。隠された本音はともかく、ちょっと乱暴な手段に出てしまったとしても、他国の理解が得られる点も重要。
『親猫様を襲撃しやがった馬鹿を〆たら、依頼主を吐きました』
こんな理由で十分なんだもの。私が魔王様の敵を許さないことは、各国でも有名だ。勿論、魔導師であることも知られている。
ゆえに、『ついうっかり、尋問に熱が入りました』という言い分も、非常に納得してもらえるだろう。私は権力皆無なので、自分の持てる術(意訳)を駆使したところで、『仕掛ける奴が悪い』で終わる。
大丈夫、精神的・肉体的な『話し合い』なら、慣れている。
各国で見せた手腕(意訳)を駆使し、口を割らせてみせようではないか。
「私も同行いたしましょう。この手紙と、精霊姫への疑惑に繋がった経緯を知れば、逃げられないと悟るやもしれません」
「あら、聖人様。イルフェナの王族を狙った罪人相手に、私との関わりを暴露してもいいの? 最悪の場合、報復されるかもしれないけど」
やる気の聖人様へと尋ねるも、彼は微笑んだまま頷いた。
「下手に部外者でいるより、貴女達の味方と思われた方がいいのですよ。こう言っては何ですが、今回のようなことが今後も起きないとは限りません。それに、イルフェナは隣国です。……どちらに味方した方が得かなど、判りきったことでしょう?」
「……」
聖人様の言葉を意訳するなら、『自分達の潔白を証明するためであると同時に、今後も仲良く付き合いたいのはイルフェナだから』ということだろう。襲撃が行なわれた以上、精霊姫の味方と思われても困る、と。
そんな彼の態度に、私を含めた騎士寮面子は素直に感心していた。聖人様は本当に、教会の守護者としての覚悟を決めたのだと悟って。
「貴方はそれでいいんだな?」
「はい。我ら、恩知らずではございません。そもそも……このようなことを引き起こす身勝手な輩に、正しさなどございましょうか? やむに已まれぬ事情における犯罪ならば多少の同情も致しましょうが、今回のことは『ただの我儘』でしょう? 世界はただ一人のために存在するのではないのですから」
「同情はしないと?」
「あの腐りきった教会上層部と繋がりがあった者達ですよ? 自分達のことしか考えず、信仰さえも利用していた者達の同類に、同情の余地などありますまい」
クラウスの問い掛けにも、聖人様は微笑んだまま頷く。その上で、彼は『全ての罪人を悪と批難するのではない』としつつも、『今回の襲撃に対して、同情の余地はない』と言い切った。
これは結構、重要なことだろう。何せ、これまでの聖人様の行動は教会に属する善良な信者のためのもの――所謂、『善』に該当する。
その聖人様にここまで言い切られた以上、信者達はまず精霊姫に同情しない。それだけでなく、精霊姫の乳母にいらん知恵を授けたのは元教会上層部なので、この『身勝手な襲撃を行なった者達』も奴らの同類のように思われても不思議はない。
それどころか、聖人様は『奴らの同類だ』と言い切っている。これにより、精霊姫一派は格段に印象が悪くなるだろう。
そして、それらの言葉の裏に隠されたものに気付いた者達は、『味方』を得た確信に小さな笑みを浮かべる。
――聖人様は精霊姫に同情する者達への牽制として、教会を使うつもりなのだ。
イルフェナというか、騎士寮面子が下手に動けば、ハーヴィスへの抗議こそが狙いだったと思う輩とて出るだろう。襲撃のターゲットが魔王様ということもあり、魔王様に反感を抱く者達が煩いことを言いかねない。
……が、事の発端――御伽噺に依存させる、ということにおける発端という意味――である教会が、『精霊姫の乳母は腐りきった教会上層部と繋がりがあった。ゆえに、その身勝手さにも納得できる』と批難した場合は事情が違ってくる。
元教会上層部の腐敗は有名なので、たやすく否定できないのだよ。何せ、『元教会上層部を含む教会派は、自国の王家すら見下していた連中』だからね!
「頼もしい友人がいて心強いわ。じゃあ、襲撃者との面会に同席してもらってもいい?」
「勿論です。教会にこれ以上の醜聞は不要……ですが、無責任な真似はいたしません。それが過去のものであろうとも」
頷き合って、クラウスに視線を向ける。クラウスは暫く考え込んでいたが、やがて呆れたように頷いた。
「いいだろう。さすがにお前達二人だけで会わせるわけにはいかないが、手配する」
「ありがとー!」
さあ、襲撃者さん? 深い、深ぁい後悔に苛まれながら、色々喋ってもらいましょうか?
聖人様『元教会上層部の同類扱いすれば、いーじゃん?』
色々あった結果、聖人様も逞しくなりました。別名、黒猫の悪影響。
※コミカライズ版『平和的ダンジョン生活』が配信されました。
一話は無料ですので、宜しければご覧くださいませ。




