優しさは巡る
聖人様に同行してもらって、イルフェナへ帰還。
……が。
いくら何でも、襲撃直後の魔王様――しかも、負傷した――に、異世界人や他国の人間が会えるはずもなく。
「……。で、結局ここに来たと」
「うん。事情説明もできるから、最適でしょ」
「まあ、な。俺達も一応は、謹慎しなければならない身だ。話し合いが可能な場所に、今回の一件の発端を知る人物が来てくれるのはありがたい」
僅かに呆れを見せるも、頷いて私の選択を受け入れるクラウス。その視線の先には聖人様が居る。
ここは騎士寮。名目上は『お友達の聖人様と偶然会えたから、お家に誘っちゃった♪ 皆にもお世話になったお礼が言いたいと言っているから、良いよね? って言うか、私の部屋が騎士寮にある以上、どうしようもない』というもの。
聖人様が教会派の件や、その後の支援物資のことを感謝しているのは本当なので、建前としては十分だ。場所が騎士寮である以上、自動的に監視の役目も果たせてしまうので、文句もなかろう。
なお、支援物資とは食料や薬といった『生きるために必須な物』。癇癪玉実用化に向けた実験に黒づくめを使ったので、副産物として得た金でそれらを買い、教会へと送ってみたのだ。
勿論、魔王様も許可済み。ただ、『騎士達が嬉々として、対人間用小道具の実験をしました。その副産物を有効活用です』というのは聞こえが宜しくないので、こちらにとって都合の良い建前に改変されている。
『上層部が取り調べを受けたことで一時的に財が凍結され、教会は財政難に陥っている。一連の事件に携わった魔導師は彼らを案じ、非番の騎士達と共にお尋ね者を狩って得た報酬で援助物資を買い、教会へ送った』。……これでいいんだよ、建前なんだから。
前者はろくでなし感が半端ない上、ヤバい奴らが盛り上がっているだけにしか聞こえない。
後者は善良であり続けようと足掻く人々を案じ、助けようとする優しさが光る。
どちらが採用されるかなんて、火を見るよりも明らかですね! つーか、片方は他人に聞かれちゃいけないレベルです。
現実が前者なのは言うまでもないが、事情を知るイルフェナの上層部の人達は『騎士団の利になる』という餌に釣られ、見て見ぬ振りをしてくれた模様。魔王様の裏取引は完璧です。
そんなわけで。
対外的には、聖人様が騎士寮面子を訪ねてもおかしくはないのだ。ライナス殿下も話を合わせてくれるだろうし、ある意味、最高の人選とタイミングだったわけですな!
「こちらとしても、バラクシンと協力関係を築けるのは好都合だ。それに、今回の訪問は『魔導師の友人である聖人殿』という扱いなんだろう?」
「勿論!」
ちらりと聖人様に視線を向け、頷いたのを確認する。その上で問い掛けに頷けば、クラウスは漸く警戒を解いたようだっだ。
「ならば、バラクシンという『国』は関係ない。あくまでも、お前の友人という扱いをしよう。お前の友人が教会関係者であるというだけだ」
「はい。私もそのように扱っていただきたいのです。この手紙を発見し、魔導師殿へと懸念を伝えたのは、私の独断ですから」
「ほう? 恩を売る気はないと?」
「これまで十分なことをしていただきました。この程度、ご恩返しにもなりません。何より、『現在の教会の善良さ』を知っていただくという意味では、私の行動も無駄になりませんよ? 友の憂いとなるやも知れないのです、どうして知らぬ振りが出来ましょうか」
「……」
クラウスは僅かに目を眇めた。彼は間違いなく、聖人様の求める『見返り』に気付いている。その上で、どこまで関わらせるべきかを考えているのだろう。
魔王様は負傷、ゴードン先生は医師として魔王様に付き添い、そして相棒のような存在のアルは魔王様の護衛。今現在、騎士寮での決定権を持っているのはクラウスただ一人なのだ。悩むのも仕方ない。
やがて、クラウスは溜息を吐いて頷いた。
「こういった会話ができる以上、警戒はすべきだと思うが……逆に言えば、『裏がある話にも理解がある』ということだろう。まして、バラクシンならばミヅキが牽制として使える。これ以上、疑うべきではないな」
「こういった状況ですから、警戒を強めるのは当然ですよ。まあ、魔導師殿は牽制どころか、恐怖の代名詞のような扱いだとは思いますが」
「だろうな。次は確実に仕留めにかかるだろうさ」
「おや、怖いですね」
言い合いをしながらも、聖人様の穏やかな笑みは崩れない。そんな姿に、クラウスは聖人様の評価を更に上げたようだった。これは二人の会話を聞いていた騎士寮面子も同じだろう。
うん、その気持ちもよく判る。だって、一番困るのが『聖職者らしく、慈愛と博愛の精神を説く』ということだもの。それがない聖人様はさぞ、皆にとっては話しやすい相手だろう。
皆、安心して? 聖人様は教会のためなら修羅にも、悪魔にもなれる人だから。
『やられる前に殺ろう』という私の発案に、理解を示しちゃう人なのですよ……!
間違っても『精霊姫が哀れ』とか『罪を憎んで、人を憎まず』なんて綺麗事は言わない。精霊姫の状況には同情するかもしれないが、今回の主犯と確定すれば、即座に敵認定をするだろう。
彼は以前のバラクシンの一件で、『結果を出せぬ綺麗事など、弱者の言い訳』と知ってしまったのだから。人の上に立つ以上、理想だけでやっていけるわけがない。聖人様は私と共闘することで、それを痛感したはず。
そんな人にとって、騎士寮面子との繋がりは嬉しい誤算。精霊姫の情報を売ることでその繋がりを得られるならば、喜んで差し出すだろう。イルフェナからの感謝も得られて、教会にはメリットしかないもんね。
聖人様が受け入れられたことに安堵しつつ、私は『部屋の片隅に纏まっている人達』へと視線を向ける。さて、今度はこっちが聞く番だ。
「……話が纏まったのはいいんだけど。何で、ジーク達もここに居るの?」
そこに居たのは、ジークの部隊御一行。聖人様とクラウスの会話に割り込むことこそなかったが、彼らはバッチリ話を聞いていたはずだ。
そもそも、クラウス達がそれを許すこと自体がおかしい。軽傷とはいえ、自国の王族が襲撃されたはずだからね。無関係な人達は巻き込むまい。
しかし、そこは脳筋なジークであって。
「いつもの鍛錬に来ていたからだぞ?」
馬鹿正直に答えつつ、「久しぶりだな」と手を振って来た。途端に、これまでの緊張感が薄れる。
「……。うん、それは判ってるから。私が聞きたいのは、『どうして部外者が平然と話を聞いているのか?』ってこと。一応、国の一大事です。普通は別室に居てもらうでしょ」
「ああ、そんなことか!」
私の問いに、ジークはポン!と手を打った。
「俺達も関係者だからだ。エルシュオン殿下を襲った奴らは、魔法で空間を隔離? していたとかでな。いきなり、エルシュオン殿下達の声が聞こえなくなったんだ。姿は見えてるのにな。クラウス殿達が気付かなければ、危なかったかもしれない」
「へぇ……」
「俺達は、俺達とエルシュオン殿下達を隔てていた壁みたいなものを壊したんだ」
黒騎士達が悔しそうな表情になるあたり、襲撃者達はかなり魔力が高かったようだ。この世界に現存する術式を使ったならば、その強度などは術者の持つ魔力次第。しかも魔力が高いだけではなく、黒騎士達が出し抜かれるほどの手練れだったのだろう。
しかし、だからこそ不思議に思う。魔法関連なら、彼ら……特にジークに出番はないはず。
「あ〜……俺が話すから、ジークはちょっと黙っててくれ」
「判った」
首を傾げた私を見かねたのか、お世話係ことキースさんがジークの話を引き継いでくれるらしい。ジークもこっくりと頷き、素直に口を噤む。
どうやら、自分でも上手く説明できる自信がなかったらしい。後は任せたとばかりに、お世話係に丸投げです。
「まず、俺達が関わったこと。さっきジークが言った『空間の壁』みたいなやつの破壊だ。ただ、これはお嬢ちゃんの功績である部分が大半なんだ。実行したのが俺達、みたいな感じだな」
「へ? 私は居なかったでしょ?」
「居なかったな。だが、お嬢ちゃんがジークのために作った剣が破壊の要になった。あとは結界の破壊方法や、結界を駆使して戦う相手の攻略法なんかも教えてくれただろ。それに加え、俺達がここに住む黒騎士達から試作品として譲られた『魔法を撃てる剣』。これらが必須だったんだよ」
意味が判らん。とりあえず『キーアイテムが全部揃ってました』くらいしか言ってないような。
そんな気持ちを読み取ったのか、キースさんは「順を追って話すな」と言ってくれた。うむ、解説お願いします。
「ジークが言ったように、クラウス殿達が速攻で異変に気付いたんだが……その壁が強固な結界みたいな感じだったんだよ。だから、ぶち破るだけの威力がなかった。そこでジークが言ったんだ。『俺が身体強化を使った上で、この剣を使えばいいんじゃないか?』ってな。確かに、一撃の威力としては最強だ」
「まあ、それはそうでしょうね」
ジークとあの剣が組み合わされば、大蜘蛛をスパッと切断する威力がある。それに加え、今回は動かないものが標的。ジークが力一杯切り付ければ、破壊することは可能な気がする。
「だが、それでも駄目だった。いや、こんな言い方は正しくないな。亀裂は入るんだが、すぐに元に戻っちまう。だからと言って威力のある魔法を撃てば、エルシュオン殿下達も巻き添えになる可能性があった。そこでジークがお嬢ちゃんとの手合わせを思い出したんだ……『そういえば、ミヅキも結界を幾重にも張っていた。あれも即座に再生していたな』って」
「え、よく覚えていたね!?」
「俺は毎回、それが原因でミヅキに敗北してるんだ。いくら俺でも、自分の敗因と教えてもらった対策くらいは覚えているぞ」
「お嬢ちゃん、ジークは戦闘関連のこと『だけ』は頼りになるぞ。その分、普段がアレだが」
「他は全く自信がない!」
「威張るな! お前はもう少し、頭に栄養を回せ!」
キースさんのフォローにならないフォローを受け、ジークは大きく頷いた。その途端、顔を引き攣らせたキースさんの突っ込みが飛ぶ。
それでもジークは全く悪びれていないので、きっとこの遣り取りも記憶に留まることはないのだろう。
生温かい目で二人を眺めていると、今度はジークが話し出す。
「ミヅキは『結界は力業でぶち破れる! 壊した隙に攻撃しろ!』って教えてくれたじゃないか。それから『再生にはほんの少しだけ時差が生じるから、壊した箇所に攻撃を畳みかけていけば穴は開くよ』とも」
「確かに言ったね。実際、魔法に疎くて結界の解除ができないなら、壊すしか方法がないもの。結界を壊すほど威力のある攻撃を連続できるのはジークくらいだけど、あの速さと威力があるなら、武器が術者に届くでしょうよ」
可能か、不可能かで聞かれれば、間違いなく可能だ。ただし、『一つの結界を一撃でぶち破れる威力があること』と『結界の再生速度を上回る連続攻撃』が必須条件。要は、ジークだからこそ可能な攻略方法とも言える。
事実、アル達もこれはできない。私の体は吹っ飛ばされるが、私自身に剣が届いたことはない。『早さが不足しているのでしょう。結界の再生速度の方が早く、次の攻撃が間に合いません』とは、アルの言葉だ。
「だから、黒騎士達に提案したんだ。『俺がこの壁に皹を入れ続けるから、そこにキース達に剣の魔法を撃ちこんでもらったらどうか?』と。壁に魔法を撃つなら内部の人間の巻き添えが怖いが、俺が付けた傷を広げるようにするなら大丈夫じゃないかと思ったんだ」
「ああ、私発案の魔法剣か。キースさん達が使っている魔法剣は黒騎士製だし、元々、対個人用だから、ジークが作った亀裂だけを狙うことも可能だからね」
剣に付加されている魔法は確か、衝撃波だったはず。結界をぶち破る威力はないけど、そこそこの威力はあるだろう。
ジーク主体の攻撃+αって感じになると予想される以上、試す価値はある。元からジークとの共闘目的で作られていることもあって、彼らはこんな方法を思いついたのかもしれない。
これ、『遠距離攻撃が可能』ということも重要。一箇所に攻撃を続けるジークは動けないだろうから、別の場所から一斉に壁の破損個所を狙うしかない。今回はそれが可能だった、と。
納得しつつも、キースさん達に視線を向ける。彼らの半数はその剣を所持していないので、魔王様襲撃時の無茶な使い方で壊れたと予想。
……この魔法剣、未だに強度の問題が解決できていないのよね。だから、ここでの鍛錬にしか使わせていない。勿論、彼らも納得済み。
無茶をすれば使い手の方も危ないはず――先に本体である剣が壊れると、その場で衝撃波が暴走する可能性あり――なんだけど、キースさん達は危険を承知で頑張ってくれたのだろう。
彼らがここに居ることを許されたのは、そういった姿が評価されたからなのかもしれない。騎士寮面子との共闘があってこそ、魔王様は無事(?)だったのだから。
余談だが、某灰色猫の仕込み杖も衝撃波が撃てる。ただし、こちらは護身用なので安全性が重視され、威力はかなり落ちる。杖としての役目が重要なので、こちらはこれでいいのだろう。
そう、多少の差はあれど、灰色猫の仕込み杖とキースさん達の剣は同じ仕様なのだ。……そのはずなんだけど、奴は鈍器&杖という認識しかしていないようなので、こんな風に使われる日が来るかは怪しい。
……。
おかしいな、アレな性格でも灰色猫は本物の王子様。
それなのに何故、『皆の憧れ・魔法を撃てる剣』ではなく、『鈍器』としての使い方を気に入るのだろうか……。嬉々として杖を磨いていたので、この認識は間違っていまい。
「ジークの読みは当たって、はっきりと向こう側が見えたんだ。そこを黒騎士達が更に広げて……って感じで、壁を壊した。だから、俺達は労働力って感じなんだよ。自分に不利になることであっても、お嬢ちゃんはジークの問いに答えてくれた。だから、こんな方法を思いつけたんだ」
「あとは黒騎士達から譲られた剣の存在だな。勿論、ミヅキからもらった剣も重要だが」
「ああ。どれが欠けても、術を破るにはもっと時間がかかっただろうな。そもそも、俺達ができることはなかった」
襲撃時を思い出したのか、しみじみと頷き合うジークの部隊。そんな彼らの姿に、黒騎士達はどこか誇らしげな苦笑を浮かべている。
なるほど、確かに彼らも当事者だ。魔王様が軽傷で済んだのは魔道具の効果もあるけど、ジーク達の奮闘も一因だったらしい。
「多くの人達の助けがあってこそ、エルシュオン殿下はご無事だったのですね」
感心したような声で呟く聖人様の方を向くと、彼は驚きを露にしていた。
「魔術師が己の研究成果を他者に託すなど、他では考えられないことです。まして、他国の者達。しかも、鍛錬とは……」
「ああ……聞いた通り、うちのジークは少々、特殊なんだ。俺達はずっと、いつかジークに付いていけなくなることを恐れていた。エルシュオン殿下はそんな俺達に、努力する機会と場所をくれたんだ。それを受けて、ここに居る騎士達が力を貸してくれている」
キースさんが言っているのは、サロヴァーラでのことだろう。私は当初、ジークに剣を譲渡する許可だけを得るつもりでいた。キースさん達の強化まで考えてくれたのは魔王様だ。
おそらくは、ジークと自分を重ねたのだと思う。魔王様にはアル達を筆頭に、騎士寮面子が傍に居る。その心強さを知っているからこそ、ジークが一人になった場合の危うさにも気が付いた気がする。
それは多分、アル達も同様。寧ろ、魔王様をずっと見て来たからこそ、そういった気持ちは魔王様以上なのかもしれない。
「おや、賑やかですね。ミヅキ、お帰りなさい」
そんなことを思っていると、アルがやって来た。クラウス達が平然としているので『何かがあった』というわけではなく、定期報告のようなものなのだろう。
そして、密かに安堵する。アルが魔王様の傍を離れる以上、特に問題は起きていないのだと悟って。
「ただいま、アル。アルベルダで聖人様と会ってね、気になることを言っていたから、一緒に来てもらったんだよ」
「ほう……この状況で連れて来るような『気になること』ですか」
「うん。今は聖人様に、ジーク達がここに居る理由を説明してるんだよ。魔王様はともかく、ここの騎士寮面子がジーク達の成長に一役買っていることが不思議みたい」
そう言ってクラウスに視線を向けると、クラウスは僅かに笑みを浮かべた。
「俺達とて、エルの傍に居たくて努力した。かつての自分を見ている気になる以上、手助けはしてやりたいさ」
「ですよねぇ。状況こそ違いますが、中核となる人物を孤独にしたくないという想いは同じですから。こう言っては何ですが、キースさん達が居ない場合のジークは……今のように在れたとは思えません。同じ守護役という立場ではありますが、仲間意識というものも確かにあるのですよ」
自分達も応援してやりたかったのだと、クラウスとアルは語る。騎士寮面子も先輩としての自覚があるのか、キースさん達の成長ぶりを喜んでいるようだった。
基本的に、騎士寮面子は面倒見が良い人達ばかり。元々、魔王様を支えようと集った人達だからこそ、キースさん達の願いや努力を笑わないし、『仕方ないこと』と諦めもしない。
だって、それは彼らも通った道なのだから。
『最悪の剣』と言われるだけの努力を、彼らはきっとしてきたはず。
「貴女も彼らと同じですか? 自分の弱点になりかねないことを教えるなど、愚かと思わないのでしょうか?」
いつの間にか、聖人様の視線は私に向けられている。その問い掛けに、私は笑って胸を張った。
「私が今教えるか、いつか彼らが気付くかの差でしかないじゃない。それにね、たとえそれが弱点のように思われたとしても、私が彼ら以上に強くなればいいのよ」
「ほう? 随分と強気ですね?」
からかうような聖人様に、私は肩を竦めた。
「私の世界ってね、魔法はないけど、技術はとても発達してるの。誰かが成したことを元にして、別の誰かがそれ以上のものを作り出す。それが常なのよ。料理だって、同じ。だからね、私にとっては大したことじゃない。私があげたヒントを元に強くなるのは、彼ら自身の努力が必須。教えた程度でどうにかなるものじゃない」
この世界の魔術師としては異端かもしれないが、私は異世界人。この世界の『当たり前』は当て嵌まらない。
だから……ジーク達へのアドバイスも『その程度のこと』なのだ。
「そもそも、この国で魔導師と名乗っている以上、脅威と認識される存在でいなければならないのよ。私はそれを利用している。だから、日々の努力は強者であり続けるためにも必須。魔王様が私に功績を持たせようとするのは、異世界人が自由に暮らすための必須項目だからでしょうね。いつまでも保護者に守られていたならば、いつか『誰か』に利用されただろうから」
「……」
「黙らないの、聖人様! 私はそれを当然のことだと思っているし、今はそんな状況にないんだからさ!」
聖人様は微妙な顔をしているけど、哀れむ要素じゃあるまいよ。というか、元の世界でも同じかそれ以上に厳しい状況になるだろうことがたやすく予想できる。
ただ、アリサのように『普通のお嬢さん』だと、また違った捉え方になるのだろう。私は成人しているからこそ、そういったことが当然と思える部分もあるのだから。
「だからね、私が強者であり続けるのは私自身のため。魔王様への恩返しも、無条件の信頼も、当たり前のこと。その上で、私は自分を『超できる子』と称しているのだから、結果を出すのは当然でしょう?」
笑って言い切れば、聖人様は暫し、唖然とした表情になり。
「まったく……! 貴女を善良などとは思えないが、そうなった経緯に納得してしまいたくなるじゃないか!」
「ちょ、聖人様、強く撫で過ぎ!」
一瞬だけ顔を泣きそうに歪めると、がしがしと強く頭を撫でてきた。
……。
そういや、教会には色々な悩みを持った人達も来ていたっけ。貧しい人達は勿論、貴族さえも神へと祈りを捧げに来ていた。
そういった人達の悩みを、聖人様や教会関係者が語ることはないだろう。だが、私達のような状況にあって、救いの手が差し伸べられなかった人達の嘆きを思い出してしまったならば……『どうにもならない状況』というものを目にする機会があったなら。
私に対する認識も、少しは変わるのかもしれないね。少なくとも、努力家には見えるのかもしれない。
「どうにもならないことを嘆くより、今後のことを考えましょ。ああ、でも、魔王様の評価を良い方向に傾けてくれると、私が喜びます」
「あの方が善良なことなど、とっくの昔に知っている! 我らは受けた恩恵がどれほどのものか、察することができないほど愚かではない! 今回の一件とて、主犯特定に全力で協力する所存だ」
「ふふ、そっかぁ」
こんな時だけど、聖人様の『エルシュオン殿下が善良? 今更だろ!』という言葉がちょっと嬉しい。そんな言葉なんて、魔王様は言われ慣れていなかっただろうから。
――魔王様。貴方を案じている人が、今では他国にもいるんですよ?
誰もが『魔王』という悪評に踊らされるほど、愚かではないんです。救い手となった貴方に恩を感じると同時にかつての自分を恥じ、今度は自分が役に立とうと考える。
その光景をぜひとも見せたいので、さっさと目覚めてくださいね。アル達も待ってますから。
魔王殿下襲撃の舞台裏。襲撃時、外ではジーク達も奮闘してました。
魔王殿下や騎士寮面子に助けられているからこそ、彼らにとっては当然の行動。
伏線だったもの:サロヴァーラ編での報酬、その後の鍛錬、黒騎士達の特異性。
魔王殿下の優しさが、被害を最小限に抑える一因となりました。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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