魔王様の護りと教育方針
前回の続き。
唐突な婚約話の後。
魔王様に引き摺って来られた隣の部屋でお茶することになりました。
内部で繋がってる扉を通ったので、その異様な光景は誰にも見られることは無く。
魔王様……天使の顔して力技やらかす人でしたか。
まあ、ここからが本当に話が始まるんでしょうけどね?
執務室なんて誰が入ってくるかわからない場所ではできないんでしょう。
さて、何を言われるのやら?
「怒らないのかい?」
「へ?」
「君は怒っていいんだよ?」
……? 何かあったっけ?
怒られる覚えは有りまくりだけど魔王様を怒るって一体何故。
首を傾げる私に魔王様は溜息を吐き『仕方のない子だね』と呟いた。
ええ、何その可哀相な子を見る眼差しは!?
「君がゼブレストに行った理由だよ。付き纏っているアルを何とかしろ、という条件だったと思うけど」
「ああ……ありましたね、そんなの」
そういえばそうでした。
でも、あの時の城への連行ってアルさんの事がなくても強行されてたよね。
さっきの『婚約と言う名の守護役任命』が目的だった以上は私に拒否権なんてものはない。身分的に言っても民間人が貴族に楯突くなんて真似は無理だろう。
騎士sを正座させて説教しただけでも村長さんが卒倒したのだ、公爵家が出てきている以上は村人が私を庇うなんてことはできまい。
「あの時は自分の事しか見えてませんでしたからね。本来ならそんな『取引』を持ちかけることさえできないでしょう?」
事実なのだ。異世界人だろうと民間人、王族相手に取引なんて真似は出来ない。身分制度がよく理解できていない……と言うか身近に無かったからこその暴挙だろう。
逆にいえばこれを不敬罪にしてゼブレストに行かせる事もできた筈。
「次。ゼブレストの報酬は私に関するものだけだと聞きました。ならばあれは私だけに利益のあるものということになる」
「それは君が結果を出したからだろう?」
「そうですね、私が結果を出したから『私がゼブレストで味方を得ることができた』んじゃないでしょうか?」
「……」
報酬の内容を聞いて疑問に思ったのだ。私はイルフェナの駒だった筈である、なのにイルフェナが得るものは何も無い。
……『国』に大きな借りを作る機会なのに?
外交の一環というには明らかにおかしい。友好的な関係だろうと何らかの打算がなければ後見なんてことはないだろう。
だが、私の為という仮説を立てると全てが納得できるものとなる。いや、それ以外に説明がつかない。
ゼブレストで実力を認められたなら。
――『敵に回してはならない』という実績になる。戦の多い国でさえ恐れる存在を簡単に敵に回すだろうか。
後宮という隔離された、けれど権力争いの場で生き残れるなら。
――国や貴族の在り方を学びつつ、身分や力が全てではないと知ることが出来る。
協力者達と良好な関係を築くことが出来たなら。
――『私個人』の味方を得ることができる。王族・公爵といった人達への個人的な繋がりは間違いなく私を助けるものになるだろう。
「報酬以外に私が得たものは沢山あります。国の在り方なんて民間人が知るわけが無い。学ぶにしてもまずその必要性を疑うから、本当に理解するならゼブレストでの経験が必要だった」
ルドルフ達と接する機会が無ければ『王が命じればいいんじゃないの』と単純に考えていただろう。
だが、実際はそうではない。
ゼブレストとて明確な不正の証拠や王自ら法に基づく処罰の正当性を主張するだけでは貴族を追い込めなかったのだ。ルドルフ達が無能だなんて思わないし、私が彼ら以上だとも思えない。
『正義』と『最高権力者』が揃っても成し遂げられるとは限らない。
それがゼブレストで学んだことの一つ。王がよほどの暴君でない限り主張を貫くなんてことは無理。
だから私がこの国で何の功績も無く後見を受けられたとしても間違いなく庇いきれない。
魔王様とて王族なのだ、国か私ならば躊躇い無く国を選ぶ。そうでなければならない。
「……という感じで色々と推測してみました。だから謝るならば私の方ですね。ごめんなさい」
座ったまま私は深々と頭を下げる。ここまでしてもらって感謝も謝罪も出来なかったら人としてどうかと思う。
ついでに言うならアルさんが来た事も保護の一環だと推測。先生だって言ってたじゃないか……『お前が来たか』って。
お迎えだけなら白騎士を動かす必要なんてないだろう。だが、あれが護衛の意味だとしたら?
……他の貴族の介入を防ぐ為に彼らが来たんじゃないか?
王族直属で公爵家の人間が率いる部隊に喧嘩を売る馬鹿はいないだろう。ルドルフ達に散々言われたように拉致監禁の危険があったってことじゃね?
「君は賢過ぎて色々と苦労しそうだよね」
下げたままの頭を撫でる魔王様の声には感心と呆れが混じっているようだ。
訂正されないってことは正解でしたか。その為にかなり無茶をしたんじゃないですか、魔王様?
「だけど、そこまで見透かされると少し腹立たしくもあるかな」
「え……ちょ、押さえ付けないで下さいって!」
押さえつけたまま威圧しないでくださいってば……そんな照れ隠しは要りません!
あれ、照れて魔力制御が甘くなってるだけ?
※※※※※※
「君がそこまで理解しているところに悪いんだけどね、アルとクラウスの家族は守護役に就いた事を喜んでいるんだ」
「へ? 優秀な息子が結婚できないかもしれないのにですか?」
「うん。君を評価している事が半分、家庭の事情が半分って感じかな」
あの二人に何かマイナス要素なんてあるんだろうか。
家督争いでも起きかけているとか? 優秀だけど長男じゃないなら争いのタネになるものね。
「いや、そんなことはないから」
「声に出てましたか。あれ、じゃあ一体何故?」
と、その時。ノックが響き三人の人が部屋に入ってくる。返事を待たずに入ったってことは初めからここに来ることを指示されてでもいたのか。
「初めまして、異世界の方。私はシャルリーヌ・バシュレと申します。アルジェントの姉ですわ」
そう言ったのは弟と同じ色の髪と瞳をした美女。ただし、勝気そうな華やかな顔立ちなので印象は随分と違う。
「私はローラン・ブロンデル。こちらは妻のコレットだ。クラウスの親として是非会いたかった」
「初めまして。ああ、お会いしたかったわ……!」
コレットさんに抱きつかれながら見たローランさんは確かにクラウスさんに似ている。クラウスさんに優しさを足したらこうなるかもしれない。無表情なんだもんな、いつも。
そんなことよりも。
「あの、何故ここまで感激されてるんでしょう……?」
魔王様ー、説明ぷりーず!
「三人とも、とりあえず座ってくれないかな。隣の部屋で今までの話を聞いていたんだろう?」
「ええ、勿論ですわ」
「それって、何時ぞやの盗聴器……」
「クラウスが作った物に感激するのは何年ぶりだろうか」
「そうね、ローラン」
……クラウスさん? 貴方は御家族に一体何をなさったんですか?
いや、盗聴器に感激されても困るけど。
困惑を貼り付けたままの私に魔王様は何も言ってはくれない。御家族に事情説明させるってことだろうか。
そんな雰囲気を察したのか、話し始めたのはシャルリーヌさんだった。
「ごめんなさいね? 私達、本当に嬉しいのよ。だって弟を手懐ける事ができる人が現れるなんて思ってなかったもの」
「手懐ける……」
貴女の弟は猛獣か何かでしょうか。変態だとは思いますが。見た目と性格は良いだけに残念すぎるマイナス要素ですね。
「ええ! だってあの子は『自分を痛めつける強さを持った女性』が理想なのよ? 世の中に何人居るのよ、そんな人」
「ああ、厳しいでしょうね」
無理じゃねーの? としか思わんな、それ。身分を考えると女性騎士がギリギリだけど物凄く難しい。
そもそも女性騎士を認めてない国もあるだろう。ゼブレストには居なかったし。
「お母様や私の様に痛めつける事に愛情を感じる性質なら簡単でしたのに……本当に誰に似たのかしら?」
……。
今、何か物騒な言葉が聞こえた。
「えーと、シャルリーヌさん? 貴女のご家族の愛情表現って……」
「我が一族は元々武人の家系なのですわ。ですから命を賭けて向かい合う瞬間を最も尊び、敵と認めた者に最大の感謝を示すのです。力を向けることこそ愛ですわ!」
きっぱり言い切る美女は自信に満ち溢れ美しかった。内容はともかくとして。
その家族愛のなれの果てがアルさんじゃなかろうか? 本人の資質もあるだろうけど。
愛情を暴力で示す家庭にお育ちになられたんですねー、アルさん。しかも応戦すれば尚良し! ですか。
シャルリーヌさんの話が終わるとブロンデル夫妻が話し出す。奥方様、何故ハンカチを準備してるの!?
「我が家は魔力持ちが多く生まれる家系でしてね、クラウスは幼い頃から魔道具製作に興味を持ち実に将来が楽しみでした。しかし……」
「あの子は魔術にしか興味を持たなかったのですわ。それも我が一族の特徴と割り切ってもいました。ですが、妹の人形を直した時にこう言ったのです」
『そのうち勝手に動く人形でも作るか。ああ、愛玩動物でもいいな』
「私達は初めて恐怖したのです……この子なら確実にやる、と!」
「何故気付かなかったのか。魔術にしか興味が無いなら将来的に自分の妻さえ作りかねないと!」
……うっわぁ。そりゃ、引くわ。
迂闊に縁談勧めようものなら自主制作を開始しかねないもん、あの人。
魔術に対する興味と向学心と自己満足の為に遣り遂げるに違いない。
怖い。物凄く怖い。いい歳した男が人形遊び……という言葉が浮かびましたが飲み込みました。
涙を浮かべているこの御夫婦が気の毒過ぎる。追い討ちしては人として駄目な気がする。
「この際、性別は問わないから人でさえあればいい! と本気で考え出した時に貴女の話をクラウス本人から聞いたのです。あの子が人に興味を持つなんて……!」
「貴女の功績といい、先程の言葉といい十分な実力を持ち且つ聡明であるようだ。貴女を逃したら次は無いと思っているのだよ」
「あの、私の場合は婚約って言っても守護役の意味なんですが……」
「「十分です!」」
綺麗にハモった。そうか、そんなに深刻だったのか。
確かに『クラウスさんが興味を示す魔術(を使い魔術談議の出来る女性)』だと条件が厳しいどころか無理だろう。魔導師を探したところで年齢や性別以前に存在が確認できない可能性が高い。
「だからね? 君の事情と二人の事情を考えて丁度いいかなって。君に対しては二人の家族も実に好意的だし」
魔王様。事情は理解できましたが貴方が物凄く楽しそうなのが気になります。
本当に私達の為、ですよね? 一緒に居させれば楽しそうとか考えてませんよねぇ?
状況を理解すれば意見も変わってきます。
実力者の国なので自分で考え結果を出すことが当たり前。
魔王様は保護者だけど基本的に教師役。