迫る刃と信頼と
――イルフェナ王城・中庭にて(エルシュオン視点)
城の中庭の一角、そこに設けられたテーブルを挟んで向かい合わせに座りながら、私は友人とちょっとした休息を楽しんでいた。
ルドルフが我が国に来るなんて、本当に久しぶりのこと。その余裕ができたことを喜びつつも、日々の仕事に疲れていることも察せてしまい、屋外での一時を提案してみたのだ。
内密に……というか、私が知らないうちに一度、イルフェナに来たらしいが、私自身はそれを知らなかったため、数にいれていない。いくらレックバリ侯爵への対策と言っても、『囮兼ミヅキの共犯として来た!』なんて、許せるはずないじゃないか……!
うちの馬鹿猫は本当に、容赦がない。一国の王を切り札に使うんじゃない!
ああ、子犬と子猫がじゃれ合って戯れる姿が目に浮かぶ……。
――そう、ルドルフは『ゼブレストの王』なのだ。
友人同士の一時と言っても、私達は互いに王族、しかもルドルフは替えの利かない『王』。あからさまではないとはいえ、私達の周囲には護衛の者達が姿を見せている。……勿論、姿を見せない者達も。
ミヅキと接している時は騎士寮の騎士達が周囲に居るため、あまりこういった状況にはならない。必然的に、護衛の者達が私を囲むことになる上、ミヅキ自身も私の護衛として動くからだ。アル達とて、それを当然と思っている節がある。
それを証明するかのように、ガニアの一件の際、ミヅキは躊躇わず私の身代わりとなってガニアへと飛ばされた。
あの時、あからさまに動揺していたのは私だけであり、他の騎士達はある意味、納得していた。今にして思えば、アル達は本当にミヅキを自分達の仲間として認め、その働きを当然のことと受け止めていたように思う。
勿論、彼らには騎士としての矜持もあるので、ミヅキを騎士扱いしたいわけではない。よくミヅキが口にする『魔王様の配下』という言葉を、口先だけのものではないと信じていたのだ。
ゆえに……あの出来事も彼らやミヅキからすれば『当然の行動』。
『よくやった』と褒めることはあれど、『危険な真似はするな』と諫めるものではない。
その後の彼らの行動を見れば、そう確信することも難くない。『ミヅキ一人に報復を任せることになった』というより、『頼もしい仲間の一人が送り込まれている』という認識だったはず。
こんな発想に至る騎士達が変わっているのか、そこまでの信頼を短期間の内に得たミヅキが凄いのか……。
つい口にした際、呆れる私をよそにミヅキはこうのたまった。『【私達の飼い主が魔王様だから】ってだけだと思います』と。
……。
ど う い う 意 味 だ 。
ア ル 達 も 頷 く ん じゃ な い !
私としては規格外の飼い主扱いされた気がしてならないが、ミヅキに言わせると『飼い主が魔王様だから、私は懐いたんですよ』とのこと。
アルとクラウスも『主がエルだからでしょうね』『そうだな、それが最大の理由であり、これ以上ない理由だと思う』とか言い出したので、彼ら的にはとても納得のできる理由なのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、ルドルフは一つ伸びをした。……こういった気の抜けた姿を見せるのも、極限られた者達だけだった。
今は……。
……。
いや、今もまだ、限られた者達限定か。ルドルフが父親によって付けられた心の傷は未だ、完全に癒えてはいないのだから。
「ミヅキも居たら良かったのにな」
「はは、残念だったね」
そう言いながらも、目の前の友人――ルドルフはそれほど落胆してはいないようだった。
それも当然か。ルドルフとて、忙しい身である。ミヅキが毎回ルドルフと会えているのは、彼が王という立場であることが大きい。
はっきり言ってしまえば、ルドルフにしかできない仕事が多過ぎるため、城の執務室に閉じ籠もりがちになってしまっているだけ。
先代――間違っても、ルドルフの父なんて言いたくはない――を発端とする問題が片付いたとはいえ、今度はその事後処理その他が待っている。そこに通常業務が加わるので、数年は多忙になるだろうという見解だ。
ミヅキは毎回、そこに突撃をかましているため、ルドルフと確実に会えているのだろう。傍に宰相であるアーヴィレン殿がいることが大半と聞いているので、間違いなく執務中のはず。
この時点で馬鹿猫扱いは決定だ。
友人とはいえ、よその国で何をしているんだ。
ルドルフ達が暇を持て余していたり、偶然休憩時間になっていたなんてことはなく、まさに文字通り『執務中に突撃』なのだ。いくらルドルフ達が歓迎してくれるとしても、普通は許されることではない。
……が、ミヅキに関しては事情が少々異なる。
ミヅキはあくまでも『友人の所に遊びに行く』という姿勢を貫いており、『そのついでに世間話(=情報交換)をしてくる』とか、『玩具を用意してもらって、遊んで来る(=密かに仕事を頼まれる)』という状況になっていることが多々あるのだから。
一応、ミヅキはイルフェナの所属になるため、大っぴらにそれらを行なうのは宜しくない。それを正当化するための手段が『唐突に魔導師が遊びに来る』という事実。
日頃の突撃を知っている者達からすれば、『また遊びに来たのか』程度の認識。裏を勘繰ったところで、そういった場合はゼブレストの利になっていることが大半なので、文句も言えまい。
稀に、ルドルフと対立しがちな者から小言を言われるようだが、即座に『それじゃ、あんたが代わりに実行すればいいだけじゃん』と言い返した挙句、ルドルフの元へと引き摺って行き、『お仕事欲しいんだって! 私に取られたのが気に食わないみたい』と暴露。
勿論、そんな能力がない人物であることはルドルフも判っており――ミヅキに依頼するのは、自国ではどうしようもない場合が大半だ――、その上で悪乗りして仕事を任せ、無能さを自覚させている。
仲の良い友人同士のじゃれ合い……もとい、『お遊び』であった。
仲良く玩具を甚振る子犬と子猫に、有能な宰相殿が溜息を吐くこともあるという。
そんなことを繰り返す内、ミヅキの唐突な訪問は周囲に認められることとなった。ルドルフが気軽に出かけられない立場だからこそ、アーヴィレン殿もある程度は見逃していたと思われる。
ただ、ミヅキへの依頼には『お馬鹿さんの駆除への協力』も含まれていると聞いていたので、ミヅキが喧嘩を吹っ掛けられても、私が抗議することはなかった。
くだらないことを言い出した者達は私からの抗議がないことに安堵し、行動を起こしたのだろう。……なお、『最近、一緒に遊べなくて寂しい』とは、ルドルフの言葉である。
……。
何 を 狙 っ て い た の か な ? 君 達 。
本 来 の 目 的 、 忘 れ て な い か い ?
仲が良いのは良いことだけど、その方向性には少々、問題ありだと思う。嬉々としてミヅキに付き合えるあたり、ルドルフも普通の思考回路をしていないのだろう。
あれか、単にこれまで周囲の状況が悪過ぎて、本性が抑圧されまくってきたことの弊害か。
「別に気にしてないさ。あいつも忙しい奴だからな。それにさ、俺はエルシュオンにも会いたかったんだぞ。顔を合わせる機会が増えたとはいえ、殆どが魔道具越しだもんな」
「まあ、ねぇ……」
「その顔を合わせた機会も、ミヅキが呼びつけていたけどな」
「……」
言うまでもなく、最近、ルドルフと顔を合わせたのは、ガニアの一件の時である。キヴェラの一件はアルベルダ……グレン殿から依頼されたということもあり、私達は情報の共有程度で十分だった。
その代わり、派遣されたセイルリート将軍が相当はっちゃけたようだが、私達は無関係である。そんなことなど命じていないし、『敵を煽れ』なんて命じるはずはないのだから。
つまり、完全に本人の意思。セイルリート将軍もミヅキの影響を受け、色々と楽しむ方向になってきた模様。
「でもな、俺は感謝してるんだぞ? ミヅキに誘われなければ、ゼブレストは孤立しがちだったと思う。先代が愚かなこともあって、距離を置かれていたからな……何て言うか、俺には切っ掛けが必要だった」
「ああ、そうだろうね。イルフェナはともかく、他の国はゼブレストと距離を置いていたから」
それは事実なのだ。関係が変わるのは『ルドルフが王に即位し、先代の負の遺産を処理してから』だったろう。
「俺も王である以上、他国の判断も理解できる。火種を自国に持ち込むわけにはいかないもんな。だからさ、俺は……俺達はエルシュオンやミヅキに感謝してるんだ。誰も味方にならない状況で、味方する……この重さが判らないはずはない」
「ルドルフ……」
「お前は俺を憐れんだわけじゃないし、ミヅキに至っては何も考えていない。だからこそ……俺達はお前達に感謝できるんだよ。だって、『利を得ることを望まず、俺個人に味方してくれた』ってことだろ?」
「ミヅキはともかく、私は君から何かを得る気はなかったね」
「ミヅキだって似たようなものだろ? あいつ、極度の自己中だもん。自分が望んだことしかやらないだろ。俺さ、ミヅキに言われたんだ。『国の為なら嫌だけど、親友の為なら一緒に血を被ってあげるよ?』ってさ。ミヅキは本当に、俺達に嘘を吐かなかったんだ」
それはミヅキなりの決意であり、覚悟であり、ルドルフに対する誠意だろう。何も持たないからこそ結果をもたらしてみせるという、とても傲慢で、それ以上に無条件の愛情を感じる宣言。
実際、ミヅキはその言葉通りに結果を出してみせた。勿論、その後もそれは続いている。あの子は自分の言葉通り、親友を害するものを決して許さない。血塗られるならば、友と共に。
「だからさ、俺はミヅキの言動の根底にある理由がエルシュオンでも納得する。あいつ、怖いものなんてないじゃないか。そんな奴が最上と公言してるのがエルシュオンだろ? どんなことでも遣り遂げるって!」
「私はあの子を子飼いにしたことはないんだけど」
そう告げると、ルドルフは困った顔をしながらも首を横に振る。
「あ〜、違う違う、そういう意味じゃない。えっとな、人間の常識に当て嵌めるんじゃないんだ。野良猫が甲斐甲斐しく面倒を見てくれた奴にだけ懐くというか……自分勝手な忠誠なんだよ。『認められることや評価されることなんてどうでもいい、自分の絶対者にだけ褒めてもらえばいい』みたいな?」
「それは……」
「エルシュオンがどう思っているとか、世間の評価なんて無視してるんだ。あいつ、本当〜に! 自分の遣りたいことをやっているだけだからさ。まあ、エルシュオン達が色々守ってくれているのを察しているから、自分も勝手に動いてるんだろうな。結果として、それは自分への恩恵になって返って来る。それで十分なんだよ」
――あいつにそこまで懐かれたのなんて、エルシュオンくらいだろう?
「それはそう、だけど……」
続いた言葉には肯定を。自意識過剰ではなく、本心からそう思う。いや、これは確信だった。
そうでなければアル達はミヅキを仲間と認めはしないだろうし、私もあの子を懐に抱え込もうとは思えないだろうから。
「ミヅキは馬鹿じゃない。損得関係なしに守ってくれたのが誰かなんて、絶対に判ってる。そもそも、視野が広がって他国のことを知った時、最も突き付けられるのが『自分の守られ具合』だろ。貴族や王族でさえ柵から身動きが取れず、時に追い落とされるんだ……『好き勝手する異世界人の魔導師』が自由で在れた理由なんて、嫌でも思い至るだろうさ」
なるほど、ルドルフはミヅキが多くの国に関わったからこそ、自分の状況に気付いたというのか。
そして、ミヅキは恩知らずな性質ではなかった。恩恵に見合ったものだけでなく、それ以上の利をもたらして私に報いたのだと。
「私は……気付かないうちに傲慢になっていたようだね。私が常に守る側であるなど……」
「お前にも余裕がなかったってことだろ。今は……少しは気付いたってところか?」
にやりと、どことなく意地悪に笑うルドルフ。そんな彼の態度と言葉に頷きかけ――
「……?」
違和感に気付いた。
おかしい。いくら私達だけの個人的な場とはいえ、あまりにも静か過ぎる。いや……『周囲の音が聞こえない』!
「ルドルフ、気を付けて。何かおかしい……周囲の音が聞こえない」
「……。襲撃か?」
どこまでも冷静に対処する友人の言葉が悲しい。それほどに、彼は襲撃といったものに慣れているということなのだから。
だが、今はそれが幸いした。
「いいかい、ルドルフ。何かあっても、私が君の盾となる。招待したのは我が国だし、君は私以上に守られなければならない存在……『王』なんだ。優先順位は判っているだろう?」
「おい!」
「聞き分けるんだ。……ここだけの話、『私は怪我では死なない』。ミヅキの所業、と言えば判るだろう?」
小声で交わされる会話に苦い顔をしていたルドルフが、はっとした顔になる。……ああ、そうだ。君の親友はとても性格が悪くて破天荒だけど、私達に嘘は吐かない。特に、その身を守ることならば。
「ミヅキとゴードンの合作にして、この世界に残せないもの。稀代の魔導師と最高峰と言われる医師が、己の矜持をかけて作り出した物を私は『知っている』。だから……絶対に大丈夫だ」
「何だよ、それ……そんなもの、どうやって……」
「君の分もあるらしいよ? 私とアルベルダ王、そして君を含めた三人しか所持させる気はないと言い切った。勿論、ミヅキ達も持たない」
そこで効果に対する疑問の声を上げないあたり、ルドルフも二人のことを信じているのだろう。ただ……私は一つだけ言っていないことがあった。
それは私用の魔道具のみ、私自身の魔血石を使用しているということ。
言い換えれば、私が魔法を使うようなものなのだ。取り上げられるようなことにはならない分、どれほどの負担が体にかかるのかが判らない。
それだけが心配だった。死ぬことはないだろうけれど、絶対に皆には……特にミヅキには心配させてしまうだろうから。
だけど、少しだけ……本当に少しだけ、気分が高揚していることも確かなんだ。嫌な予感はじりじりと私を苛んでいくけれど、『それ』を襲撃者達に見せつけられる時が楽しみで仕方ない。
緩く口角が上がる。気付いたルドルフが僅かに片眉を上げるが、目配せをして沈黙を指示。
襲撃者よ、私の配下を名乗る者達の意地を見るがいい。
殺意の刃如きに、あの二人の守りは崩せはしない。
ほんの一瞬、ただ私の命を繋ぐ。それだけで十分だ。すぐ傍に居る私の配下達が速攻でこの空間を打ち破り、貴様達の首を落とす。
それは確実に訪れる未来であり、私達の絆の証明でもあった。……ああ、今ならミヅキが無条件に守護役達を信じる理由が判る気がする。
守護役達の最上位はすでに決まっている。それは決して揺らぐことなく、ミヅキはそれを当然のことと受け入れていた。
対して、私は己に忠実である配下達を信じている。それは彼らが配下である以上に、同じ時を過ごしてきた『友』だから。
要は、『決してブレないもの』なのだ。それが判っている以上、どうして彼らの『仕事』を疑うことがあろうか。そもそも、私は王族……幼い頃からそれなりに命の危機というものに遭っている。
今更なのだ。魔王だ、化け物だと言い掛かりの悪意を向けられるより、よほど納得できるじゃないか。
「ルドルフ。いいかい、相手を挑発しないように。私が攻撃を受ければ即座に、周囲の護衛達が動くから」
「おい、エルシュオン!」
「聞き分けなよ、王様。……。本音を言うとね、弟のように思っている君を守るのは、私のささやかな意地なんだ。恥をかかせないでおくれ」
「……っ」
ルドルフの顔が僅かに歪む。ここで感情的に怒鳴らないあたり、彼も大人になったということだろうか。
そんな友人の成長に満足していると、不意に空間が揺らいだ。……まさにそうとしか言えない状況だった。なるほど、この異様な状況も、魔法によるものだということか。
「魔王よ、貴様の命を貰い受ける」
「お断りする。そもそも、君は招かれざる客だ」
言いながらも立ち上がり。その人物とルドルフの間に立つ。黒づくめの人物……いや、影そのものと言うべきだろうか? おそらくは幻術の類であり、本人の姿ではないだろう。
「ならば、ゼブレスト王を巻き添えにしよう。いや、先に殺そうか。その方が絶望が深そうだな」
「随分とお喋りなんだね、君。私の威圧もあまり効かないようだし、魔力が高いのかな?」
「煩い」
少し呆れながらそう言えば、不快に思ったのか、黒い人型が揺らいだ。
なるほど、狙いは私なのか。ミヅキは割とその利用価値を認められているから、どちらかと言えば、ミヅキの庇護者である私が邪魔になったとでも言うのだろうか。
だが、どちらにせよ都合がいい。狙いが私ならば、ルドルフが最初に狙われることはない。私に仕える黒騎士達が魔術特化ということは割と知られているから、この襲撃者は最初で最後の一撃に賭けるつもりなのだろう。
「まず、魔道具を外してもらおうか。気配は……三つだな」
「へぇ……」
この空間を維持しつつ、魔道具の数も特定してみせた襲撃者に、素直に感心する。中々に優秀じゃないか。
ちらりとルドルフに視線を走らせつつ、素直に魔道具を外す。如何にも『ルドルフの安全を考慮した』と言わんばかりの態度に、襲撃者は私の行動を不審に思わなかったようだった。
だが、甘い。私の持つ最高にして最強の魔道具は私の魔血石を使っていることもあり、特定できていないのだから。
ルドルフが無条件にミヅキを信じているように、私もミヅキ達を信じているのだ。あの二人があそこまで限定した魔道具、その効果が普通であるはずはない。
そもそも、この襲撃者は情報不足か、あの二人を嘗めている。特に、ミヅキは知力特化型の魔導師……魔道具に魔血石を使うことを考え付いたのは、こういった事態を予想していたからではないのかな?
ゴードンはともかく、ミヅキはありとあらゆる可能性に思い至ることができる逸材なのだ……先読みなど、お手の物。各国の王達でさえ手を焼く思考回路の前には、いくら優秀な襲撃者だろうと先手を打たれていると思った方がいい。
……勿論、そんなことをわざわざ教えてやる気はないのだけれど。
「ふん。友好国の王に怪我をさせるくらいなら、大人しく従うことを選ぶか。随分とお優しい魔王だな」
「私はこの国の王族として、優先順位を見誤ることはない。己が命を失うことになろうとも、優先すべきはルドルフだ」
言い切った時、僅かに空間が歪んだ気がした。その途端、襲撃者が顔を顰める。
どうやら、彼の術が破られつつあるらしい。微かだが、人の声らしきものも聞こえた気がする。
「時間がないな。だが、一撃で仕留めれば、問題ない」
「ルドルフが無事なら、君は逃げられないよ」
「構わん。元より、生きて帰れるなんて思っていない」
なるほど。捨て身だからこそ、この襲撃者はここまでできたのか。彼自身の能力が高いことは勿論だが、撤退自体を考えていないからこそ、無茶もできたらしい。
――しかし、この襲撃者には大きな誤算がある。
それは、『私達は最初から襲撃者自身を【敵】として捉えているのではなく、彼の依頼者にして主たる存在こそを【敵】として認識している』ということ。
王族ゆえの考えなのかもしれないが、直接害を成した者よりもそちらを重要視する傾向になるのだ。そのための役割分担はもうできている。
証言者という意味では、ルドルフに勝る存在は居ない。彼独自の素晴らしい能力は『一度見たり、聞いたりしたことは忘れない』というものだし、その身分も王……加害者や依頼者の身分が高かろうとも退けることが可能だ。
ルドルフが襲撃者に警戒を示しながらも私の指示に従ってくれたのは、自分の立場だけではなく、己の役割を的確に判断したからだろう。
この状況を切り抜けることは勿論、『敵』に罪を問う一手を私が。
その後の証言、そして『敵』を確実に追い込む一手をルドルフが。
まさに『共闘』。私達は其々の役割を理解し、この目の前の『敵』に対峙しているのだ。ミヅキではないが、こういった時の意思の疎通は本当に嬉しく思う……私達にも確かな繋がりが存在するのだと、妙に実感できてしまって。
私が親しくできる者は限られていた。遠い日に、私を恐れずに受け入れてくれた『友』の存在が救いだったのは、私とて同じ。
「我が主のため、死ぬがいい!」
「ルドルフ! 後は頼んだ!」
それだけをルドルフに告げると同時に、腹に激痛が走る。襲撃者が首を狙わなかった……いや、狙えなかったのは、やはり私と直接視線を合わせられなかったせいだろう。
だって、ほら……刺した瞬間に目を合わせただけで、襲撃者は脅えを見せたじゃないか。
そうだ、これが今まで当たり前だった。『誰からも恐れられる魔王の眼差し』……恐怖を感じずにはいられない、その威圧。
それが全く言われなくなったのは、ミヅキが来てからである。私に懐いた黒猫は非常に騒々しくて破天荒なので、私の態度も自然と砕けたものになっていった。
そんな嬉しくも騒々しい、楽しい日々。私は命以上に、これを手放す気などないのだから。
「殿下!」
「奴を拘束しろ! 治癒魔法を急げ!」
声と共に何かが割れるような音が響き、騎士達の声が聞こえて来た。……いや、『全ての音が戻った』。そのことに安堵しつつ、私は傷があるだろう部分に手を当てる。
ぬめる感触と濡れた衣服……そして傷が一気に癒えていくことを感じ取れる熱。体の奥から感じるそれに安堵すると同時に、酷い眠気が私を襲った。
「エル! ……!?」
私を支えるクラウスの声が聞こえるが、あまりの疲労感に言葉を返すことができない。だが、傷を見た彼が浮かべた驚愕の表情に、私はミヅキ達の勝利を知った。そして、どこか泣きそうなルドルフへ微笑もうと足掻いてみる。
『ほらね、大丈夫だったろう? 襲撃者の刃よりも、あの二人の本気の方が勝るんだよ』……そんな意味を込めながら。
毒が塗ってあろうとも、致命傷だろうとも。
あの二人にかかれば、死神など返り討ちだ。
うっかり冥府に行きかけようとも、ミヅキが何かしそうな気がしてならない。あの子が居た世界の知識は凄まじいので、これは本当に馬鹿にできない可能性だった。
それがあるからこそ、私はあの魔道具の黙秘を了承したのだ。功績を望まぬ魔導師と医師が揃って隠す術など、後世に伝えるべきではない。……残してはいけない。
そこまで思考を巡らせた時、一つの致命的なミスに思い至った。その途端、急速に意識が覚醒し、眠気が一気に吹き飛ぶ。
拙い。報復上等な思考をしているミヅキが、暫く野放しになる。
咄嗟にすぐ傍に居たクラウスの腕を掴み、必死に口を動かす。ルドルフの安全が確保された以上、これは最重要事項なのだから。
「エル……?」
「ミヅキに……私は大丈夫だと伝えてくれ。決して……早まった真似、は……しないように……」
「……。こんな時にまで、子猫の心配か」
クラウスは呆れ顔になる――彼がこんな顔をする以上、すでに傷は塞がっているのだろう。もう痛みもない――と、そっと私の手を外しながら微笑んだ。
その労わりに満ちた笑みとは裏腹な感情を察し、思わず背筋を凍らせる。
「今はゆっくり休め」
休めるものか……! 君、ミヅキを止める気なんてないだろ!?
「言葉は伝える。……が、それだけだ」
――ミヅキが心配なら、できるだけ早く回復することだ。
暗にそう伝えられ、顔を引き攣らせる。最後の頼みであるルドルフへと視線を向ければ、私達の会話が聞こえていたらしく、そっと目を逸らされた。賛同が得られない状況に、私は一人決意する。
死ねない……死ぬ気もないけど、あの馬鹿猫を置いて死んでは駄目だ……!
そんな決意を最後に、私の意識は闇へと落ちていった。不機嫌そうに尻尾を揺らす黒猫の幻覚が見えた気がするけど、気のせい……かな。
一言で言えば『相手が悪かった』。しかも、猫は祟る生き物です。
なお、襲撃者が妙に喋っているのは、魔王殿下の威圧が原因。慣れない人にはキツイのです。
忠誠心で誤魔化しつつ任務を遂行するも、本来の実力は発揮されず。
ルドルフが平気そうにしていたので、甘く見ていました。
※5月に『魔導師は平凡を望む 23』が刊行予定です。詳細は活動報告に。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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