考察と暴露は午後の一時に 其の三
あれからすぐ、グレンがやって来た。忙しそうなのを心配したら、『将来有望な人材の育成なので、問題ない』と、いい笑顔で返される。
……。
誰 だ よ 、 そ の 気 の 毒 な 奴 は 。
私も『頑張り屋さん』だけど、グレンとて相当だ。しかも、グレンは基本的に真面目である。
その『将来有望な人物』とやらは間違いなく、スパルタ教育を施されるだろう。将来的には安泰かもしれないが、それは同時に『【できない】では済まされない』ということ。
つまり、泣き言が言えない。
ぶっちゃけ、逃亡なんて許されない。
私はどちらかと言えば、『やる気がない奴は止めとけ!(※私が面倒だから)』という方向なので、本人の努力次第。ある意味、グレンは面倒見の良い子なのです。
「あ〜……ま、まあ、本人も納得してるから」
「ほう」
「……」
「……」
「こ、今回のグレンの教育方針は知らないけどな! 大丈夫! 俺も耐えきった! 耐えきれば、未来が開ける!」
「経験者かい、ウィル様!」
突っ込めば、ふいっと視線を逸らされる。……どうやら、グレンのスパルタ教育を思い出したくない模様。なるほど、経験者としては複雑なのか。
「ところで、お前達は何を話していたんだ? 人払いをしたということは、他の奴に聞かれたくないということだろう?」
席に着きながら、グレンが尋ねて来る。私とウィル様は顔を見合わせ――
「異世界人についての考察だな」
「もっと言うなら、異世界人がこの世界に与える影響って感じのこと」
其々、馬鹿正直に答えてみた。その途端、グレンが訝しげな顔になる。
「はぁ? 一体、何を今更」
「いや、ほらな? お前と魔導師殿って、これまで存在した異世界人とは毛色が違うだろ? まあ、俺やエルシュオン殿下にも言えるんだけどさ。その違いは何なのか、気になってな」
「そうそう! 他の異世界人って、『知識を伝えて、それだけ!』って感じじゃない? どうしてなのかなって」
「ああ、そういうことですか」
私達の言いたいことを悟ったのか、グレンは頷いた。そして暫し、考えるように目を伏せる。
「こう言っては何ですが……やはり、周囲の者達が一番、その違いに影響を及ぼしているような気がします」
「ほう? グレンはそう思うのか」
「『異世界人が与える知識』とは、『本来、この世界にはないもの』。それがどれほど有益であろうとも、『知らないものに耳を傾け、理解を示す』ということは、簡単ではありません」
「あ〜なるほど。『それがこの世界でも適用されるか』ってことがまず証明されないと、戯言を言っているようにしか聞こえないんだね」
ポン、と手を打って納得すれば、グレンは同意するように頷いた。
「ミヅキの場合、理解があり過ぎる者達に囲まれて生活しているから気付きにくいだろうが、普通はそこまで耳を傾けてもらえんよ。かなり特殊というか、ありえないほど過ごしやすいんじゃないか?」
「……。他をあまり知らないけれど、周囲と壁を感じたことはないかな。常識の差とか、どうしようもないものはあるけど、距離を置かれたことはないね」
寧ろ、騎士寮面子……特に魔術師である黒騎士達に至っては、私が壁を作ろうものなら、それをぶち壊して距離を詰めてくる。それはもう、縋りつく勢いで!
勿論、これは私への配慮……なんてはずはなく。
奴らにとって、私は最高の共同研究者だからです。自分に素直なんだよ、物凄く。
彼らにとっての私は魔導師で、この世界の魔術師とは違った考え方をしていて、アイデアが豊富な逸材。しかも、言葉や意思の疎通も問題なしとくれば、『新たなる魔法と、未知なる知識の世界へいざ!』とばかりに、大盛り上がり。
孤独を感じたことなどありませんが、何か?
キャッキャウフフ♪ とばかりに、色々と作り出していますけど?
騎士寮面子は基本的に好奇心旺盛な上に勤勉なので、興味を持った事柄に関しては、互いに『多分、こういうことだと思う』程度の理解ができるまで話し合う。
しかも、魔法の相互理解という点では、クラウスが非常に頼りになるのだ。そのクラウスが『何となく理解したもの』を更に具体的にし、この世界流に変換……ということが稀にあったり。
黒騎士達の凄いところは、それを形にできることだろう。私のように『特殊な状況ゆえ、魔導師になるしかなかった』のではなく、彼らは正真正銘、本物の天才だと思う。
ちなみに、逆は無理。一発芸に等しい異世界人の魔導師なんて、そんなものさ。
このことからも、私と彼らの違いが判るだろう。偏に、周りが頑張ってくれているだけである。
グレンは魔法が使えないから、完全に元の世界の知識――勿論、魔法などない――のみ。
対して、私は『異世界人の知識を何となく理解できる』という人々に囲まれて生活している。
そりゃ、他の異世界人との違いになんて、気付かないはずですね! 私とグレン、どちらも知識の共有に困ってなかったんだもん。
「ってことは〜、これまでの異世界人って……」
「周りの者達に、異世界人がもたらす知識を理解する気がなかったか、できなかったんだろう」
「うわ、凄く納得した! それなら、アリサの状況にも納得だわ」
アリサの場合、周囲は最初から彼女を見下し、その言葉を聞く気なんて皆無。つまり、『何事かを成すならば、異世界人自身』という認識だったはず。
対して、アリサにはこの世界の知識なんて皆無だから、どんな知識が役立つか不明……というか、何をしていいかすら判らなかったに違いない。
アリサがどんな知識を持っているかは判らないが、戦闘方面とかの特殊タイプではないだろう。『役立たず』という彼女への評価は、アリサと周囲の人々、双方に下されるべきものだったわけだ。
ただ、異世界人がこういった状況に陥ることも珍しくないに違いない。私達の方が幸運と言うか、特殊なのだ。
「ウィル様、この見解を残しておけば後々、役に立つんじゃないの?」
ちょいちょいと突きながら聞けば、ウィル様は暫し、考えるように沈黙し。
「……残すことはできても、実行できるかは別問題だな」
「無理かぁ」
「まあ、『異世界人の知識は役に立つ』と考える奴への牽制にはなりそうだが。精々、『知識を欲するなら、こちら側も理解するよう努めろ』くらいだな」
惜しそうにしながらも、溜息を吐いて否定した。やはり、難しいと判断せざるを得ない模様。
だが、グレンはもっと踏み込んだところまで考えていたらしい。難しい顔をしながらも、「止めた方がいい」と呟いた。
「何で?」
「教育次第で使いものになってしまった場合、捨て駒扱いされる可能性があるからだ」
「捨て駒って……。使いものになったなら、大事にするんじゃない?」
普通はそうする気がする。だが、グレンは首を横に振った。
「あくまでも、『使いものになる程度』ということだ。異世界人自身に責任が取れないことも踏まえると、こちらの可能性の方が危惧される。『互いに理解し合う』とは、対等な関係を望んだ場合のみ成り立つ。あまり言いたくはないが、そう考えてくれる者は多くないだろう」
それは長く政に携わってきたゆえの言葉なのか。これにはグレンだけでなく、ウィル様も否定の言葉が浮かばないらしい。
「保護者が動くだけでなく、魔導師殿は強いからな。そして、物事の先を考えることができる。……だが、それができる異世界人ばかりではない」
「異世界人そのものを利用する……という方向ならば、可能だがな。異世界人自身に善悪の判断がつかない状態であれば、手懐け、駒として使える。単純に戦力という形ならば、相互理解など必要ない。ミヅキ、お前のように反発できる者は殆どいないと思った方がいいぞ」
「おい、グレン!」
「例えばの話、ですよ。陛下はそのようなことはなさらないでしょうが、異世界人でなくとも、戦闘能力の秀でた者を英雄に仕立て上げ、使い潰すのは国の常套手段。そうなるくらいなら、『役立たず』という評価でいることは守りとなるでしょう」
「……」
どうやら、色々と弊害が出てきてしまうみたい。うーん……異世界人の立場向上って、難しい。
「もしかしたら、そういった懸念があるからこそ、最低限のことしか伝わっていないのかもね。気付いた人だけ、努力した人だけがその恩恵に肖れるというか」
「「それだ!」」
溜息を吐きつつそう締め括れば、即座に主従は揃って反応した。
「それならば、バラクシンのことも不思議ではない! 前例があれば、意図して、異世界人の扱いを伝えないかもしれん。特に、教会派などというものが存在する以上、使い潰される可能性を否定できん!」
「お、おう。さすがに私もそれは否定できないわ。……ん?」
あれ、もしかしなくてもバラクシン的には、アリサは当初の扱いが正解だったのか……?
言い方は悪いけれど、優先順位は異世界人よりもこの世界の住人の方が上だもの。そもそも、中途半端に政に関わる破目になったのは、エドワードさんと結婚して貴族になったことが大きいだろう。
教会派が祭り上げようとしても、今ではその選択肢も選ぶまい。恋人とか夫がいたら、聖職者になろうとは思わないし、聖人様がいらっしゃる。精々が孤児院のお手伝い程度しかできん。
――ただし、こうなったのは私が暴れたから。
私が暴れる前のバラクシンだったら、王家派・教会派共に異世界人を取り込もうとした可能性・大。
今ではエドワードさんが覚醒し、ヒルダんやらライナス殿下達が庇護者となっているから、取り込むことが無理になっただけだ。勢力図が大きく変わったことも影響している。
あの子だけなら一部の馬鹿どもに利用される可能性も否定できないけど、エドワードさんはアリサの庇護者であり、夫であり、教会派を嫌っている。彼の賛同なしに、アリサが教会につくことはあり得ない。
今でこそ平穏に暮らせているけど、アリサの扱いはあまり良くなかった。それが、捨て駒として使い潰される可能性を潰すための手段だったなら――
「……。何もできない子に、期待はしないよね。好意を抱く人がいなければ、自発的に異世界人が動くこともなさそう」
「「……」」
「え、ええと、私が暴れまくったから、バラクシンも今後は大丈夫だと思う! 脅しまくったからアリサには手が出せないし、教会もまともになった! え、もしかして私、グッジョブ!? バラクシンとこれから訪れるだろう異世界人に貢献してた!? 不安の芽を摘んでた!?」
「あ〜……意図したわけではないだろうが、多分、貢献したと思う。これはバラクシン王にも伝えておくか」
「ですよね!」
頼むぜ、聖人様とお兄ちゃ……バラクシン王! 私の恐怖伝説の改変・捏造も構わないから、今度は上手く伝えてね!
『役に立たないこと』が、利用されることを回避する手段の場合もあります。
主人公は保護者の守りと、『やられる前に殺れ』の精神で回避。
騎士寮隔離生活と『親猫の腹の下の子猫』という喩えは、これらのことも原因だったり。
※来週の更新はお休みさせていただきます。
※5月に『魔導師は平凡を望む 23』が刊行予定です。詳細は活動報告に。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
https://ncode.syosetu.com/n4359ff/
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。
現在、毎週火・水曜日の週二更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。
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