考察と暴露は午後の一時に 其の二
衝撃の事実をウィル様から聞いた後。
……私はウィル様による『俺の弟分自慢』をひたすら聞いていた。何故だろう、話を聞いているだけなのに、ちょっと疲れてきた。
「……ってことがあってな。いやぁ、策を仕掛けたのがグレンだって知った時、奴らは凄い顔をしていたぞ!」
「……。さいですか」
多分、これまで語る相手に恵まれなかったのだろう。グレンは異世界人ということを隠していた――隠さなくなったのは、私が来てからだ――ので、こればかりは仕方ない。
と、いうか。
グレンは覚悟を決めた後、本当〜に容赦なくやらかしたみたい。これは加減が判らなかったというより、冗談抜きにタイムリミットが迫っていたせいだと思われる。
そもそも、ウィル様とて『情けない話だが、王女を守ってやる余裕がなかった』と言っていたじゃないか……これ、ウィル様自身も命の危機と隣り合わせだったということじゃね?
そこに投下されたのが、異世界産の赤猫。
拾ってもらった恩返しとばかりに、飼い主の敵に盛大に祟ったのだろう。
ウィル様から『魔導師殿達の教育の賜だと言っていたぞ』という証言があったので、グレンは私達の教えを忠実に実行したらしい。
仲間どころか、時にはウィル様さえもビビらせる策の数々は間違いなく、私を筆頭に『保護者を自称する駄目な大人達』の影響だ。
だって、『中途半端な情を見せるな、敵に容赦をするんじゃない。綺麗事を言わず、邪魔者は排除し、最後に笑うのは自分だけと知れ!』って教えたの、うちのギルドだもん。
全員が成人済みだからこそ、『重要なのは正義よりも、人生を勝ち抜く賢い立ち回り』という方向で一致していた。善意やら、正義といった綺麗事だけで幸せになれるなら、犯罪者なんて存在しない。
ウィル様に生温かい目を向けつつ、『当時の私達、グッジョブ……!』と感慨に浸っていると、ウィル様は穏やかに微笑んだ。
「まあ、魔導師殿達がグレンに色々と教えておいてくれて助かったよ。異世界人の中には『自分の世界とこの世界の常識の差を理解できない』って奴も、一定数は存在するしな」
「ああ……貴族の考え方と、民間人としての考え方に差があるようなものですか」
「まあ、な。仕方ないとは思うし、ある程度は周囲の理解もある。だが、声高に主張するようでは反感を買う。もしもグレンがそんな奴だったら、俺とて庇えなかったと思う」
なるほど。グレンはそういったことが殆どなかったから、『得体の知れない子供』と思われはしても、異世界人であることを疑われなかったのか。子供にそんな判断などできるはずがない、と。
グレン自身も周囲を冷静に観察できる子だろうし、擬態は完璧だったわけね。
「もっと褒めてくれてもいいですよ? 『よくぞ、あの状態に仕立てた!』って!」
今迄のお返しとばかりに胸を張れば。
「あ、うん。それは凄いと思うが、常識的な部分を残しつつ自分のものにしたのは、グレン自身の努力の成果だと思う」
「何故」
「グレンは魔導師殿ほど破天荒じゃないからな。そっくりだったら、別の意味で目立つだろうが」
さらりと私をディスりつつ、『うちの子はまともですので』とばかりに否定された。……おのれ、あくまでも弟自慢に拘るか。
ジトッとした目を向ける私に明るく笑うと、ウィル様は穏やかな表情で続けた。
「感謝しているのは本当だ。あの当時、俺が願っていたことは全て叶った。正直なところ、犠牲者を出さずに代替わりするなんて無理だと思ってたんだ。……これは他の側近達も覚悟していたんだけどな」
「……」
力業での代替わりがどれほど大変かなんて、私には判らない。ウィル様とて、自国の恥とも言うべき内容をわざわざ口にしないだろう。
今こうして私に話しているのは……本当に、グレンのことを感謝しているからだと思う。ウィル様は私を、元の世界での保護者代表のような感じに捉えている節があるから、誠意を見せてくれたと言ってもいい。
「俺達とて足掻いた。グレンだって、泥を被らなかったわけじゃない。だが、俺達ならば命を落とすような事態を、グレンが肩代わりしてくれたからこそ、『全員が生き残った』」
「グレンだからこそ、生き残る術があったと?」
「ああ。グレンの情報はほぼ知られていない上、完全にノーマークだったからな。地位もない、自分を守る強さもない、だけど他者の裏をかく賢さを持っていた。……庇護される立場でありながら、俺達にとって重要な戦力になってくれたんだ。今の魔導師殿のようにな」
懐かしそうに語るウィル様の目に宿るのは『信頼』。そこに後悔が見られないのは、現在の状況に満足しているからだろう。
魔王様は未だ、私に仕事を任せることを悩んでいる時があるっぽいので、こればかりは共に過ごした時間が物を言うのかもしれない。
「だからこそ、こう思う。……『異世界人とは、【何】なのか』と」
「……え?」
聞き返せば、ウィル様は感情の読めない笑みを浮かべていた。
「俺もな、グレンのことがあったから色々と異世界人について調べたんだ。まあ、基本的には魔導師殿も知っている通りだよ。この世界の住人に知識を与える存在……という感じだな」
「まあ、基本的にはそれしかできませんからねぇ」
物凄く戦闘能力が高いとかなら、国に戦力という形で貢献することができるかもしれない。だが、これは本当にレアケースだ。
だって、各国が騎士団を抱えているじゃん? この世界、魔法だって存在するよね? そもそも、いくら戦闘能力が高かろうとも、信頼がなければ警戒されるだけですぞ。
ただ、高い戦闘能力を脅威に感じて処刑……という事態は、明らかな反意を見せない限りないだろう。こう言っては何だが、討伐はそれほど難しくはない。
生きている以上、疲労するし、空腹にだってなる。
数で押されれば、絶対に負けるもの。
つまり『戦闘能力が高かろうと、個人である以上、危険視される可能性が低い』のだ。戦闘経験のある騎士や魔術師だったら、これらのことに気付くだろう。
これは戦闘スタイルを問わずに該当する。個人が化け物並みに強かったとしても、それで無双出来るのはゲーム内くらいです。
魔法で抑え込みつつ、体力をじりじりと削って長期戦に持ち込めば、間違いなく勝てるぞ? 異世界の武器があったとしても、弾切れやメンテナンスといったものに対応できなければ、すぐにガラクタと化すだろう。
あのジークだって『魔物を傷つけることが可能な武器がなければ、逃げ回るしかない』という事態に陥っているじゃないか。『個人の戦闘能力が高かろうとも、どうにもならない』んだよ。
無理無理、絶〜対に異世界人に勝ち目はない。唯一勝てそうなのは細菌などを使う生物兵器――この世界は医学があまり発達していないため――だが、それをばら撒いた日には土地が汚染されるだろうし、自分だって感染する可能性・大。
そもそも、研究設備が整わない。基本的に、異世界人の最大の武器って、元の世界の知識だろうよ。知識があったとしても、それを活かせるだけの環境とか、この世界の協力者が必須。
「私やグレンが強いのって、元の世界の知識を活かすだけじゃなく、この世界の協力者がいるからですよ? 単独だった場合、大したことはできないかと」
「お、随分と謙虚だな?」
「単なる事実ですよ。それを判っているからこそ、ウィル様も、魔王様も、私やグレンをサポートしてくれているのでは?」
ウィル様は面白そうな顔をしているが、私の答えが判っていたようだった。楽しそうに笑うと、雰囲気を和らげる。
「ははっ! 魔導師殿なら、そう言うだろうな。寧ろ、その判断が出来なければ、これまでの功績はあり得ない」
「『魔導師の功績』とか言われてますけど、実際は『猫親子と仲間達の功績』ですからね。異世界人に情報収集とか、何かの許可を取ったりなんて、できるはずがない」
「その通りだ。最低限、後見人が動いているだろうさ。だからこそ、『猫親子』という呼び方をされるし、エルシュオン殿下に話が行くんだ。まあ、後見人に話を通すのは必須だから、気付かない奴は気付かないのかもな」
ですよねー! 魔王様達もそれを狙って、裏方に徹している節があるもの。
グレンが隠されていたというなら、私はその逆……魔導師ということを強調し、強者として吹聴されている。あれです、『魔導師だから、できて当然』みたいな感じ。
実際、過去に存在した魔導師達は『世界の災厄』とか呼ばれちゃうことをやらかしているようなので、素直に騙されてくれる人達がいても不思議はない。
……が、彼らと私はか〜な〜り違う。はっきり言って、別物です。
過去に存在した魔導師達は魔王様並みに高い魔力があったか、広範囲で威力が激高の魔法を考案したかの、どちらかだと思う。もしくは、術式の開発が天才的だったとか。
それに加えて、『魔導師個人VS国』という状況だったので、上手く姿を隠してしまえば、敵はターゲットの捕捉に一苦労。そこを不意打ちして、前述した魔法を撃てば勝てるんじゃないか? 私同様、『予想外の行動の勝利』ってやつですよ。
「私のことに関しては、気付く人は気付いていますしね。だから皆、魔王様がストッパーでいることに安心できるんですよ。魔王様が私の抑えに回ったら、個人の魔法しかないわけですし」
「それに加えて、エルシュオン殿下の敵になる気がないからだろ?」
「勿論。だから、『魔王様の配下』って自己申告してるじゃないですか」
即答すれば、ウィル様も満足そうに頷いた。やはり、確認の意味でも私から直接聞いておきたかった模様。
「すまんな。是非一度、魔導師殿自身の口から聞いておきたかったんだ。……俺が言いたいことも、これに関係しているからな」
「へ? さっきの『異世界人とは【何】なのか』ってやつですか?」
「ああ」
首を傾げて尋ねるも、ウィル様は肯定する。
「これまでこの世界に来た異世界人はな、ほぼ『知識を授けるだけ』なんだよ。そうだな……魔導師殿の料理のレシピ。あれを伝えるだけ、みたいな感じだと言えば判りやすいか?」
「ええと、『知識だけ伝えて、それ以外は行動しない』ってことでしょうか? 伝えられた知識をどうするかはこの世界の住人次第、と」
「そんな感じだな。魔道具も組み込む術式はともかく、基本的な構造は異世界人が伝えている。リヤン殿を召喚した術とて、異世界人が開発した当初のままのようだ」
「でも、それって異世界人だけのせいではないような。常識さえ違う世界なら、互いに歩み寄りは必要ですよ。難易度高いけど」
常識さえ違うことが当然である以上、異世界人に『自分達に合わせろ』なんて言えまい。異世界人が持つ知識を利用するのは、あくまでも『この世界の住人』なのだから。
「そうだ、それが『当たり前のこと』だった。だが、魔導師殿とグレンはこの『当たり前のこと』に該当しない。詳しく言うなら、『自分自身が動く上、この世界の住人を動かして、結果を出している』んだ。共同作業に近いな」
「ん〜……それって、私達の状況も影響してませんか? 特にグレンは、保護者であるウィル様が大変だったわけですし」
「それもあるとは思う。だが、これはエルシュオン殿下も同じだぞ? 命の危機ではない、というだけだ」
「あ〜……確かに」
ただ、それでも『異世界産の猫二匹が特殊です』と言い切る理由にはならないような。
だって、ねぇ?
「こう言っては何ですが、後見人……保護者になってくれた人の対応次第、という気がします。グレンにしろ、私にしろ、最初に守ってくれたのは保護者達の方ですよ?」
これに尽きる。グレンはウィル様が弟扱いをして可愛がっていたようだし、私はずっと魔王様の庇護下にあった。この世界の知識や人脈といったものとて、私自身が得ることができるよう、魔王様が取り計らってくれたからだ。
ウィル様もそれが判っているのか、あえて私の言い分を否定する気はないみたい。
「これはどちらが先、というより、『互いに寄り添い合った結果』だと思っている。グレンが行動してくれたから、俺は側近達を失うことなく王位に就けた。魔導師殿が上手く立ち回ったから、エルシュオン殿下は周囲に受け入れられるようになった。どちらか片方だけじゃなく、互いに連動する形で良い方向にいっている」
「でも、保護者達も、私達も、見返りなんて求めてませんよね?」
「ああ。だからこその結果だと、俺は考える。こう言っては何だが、これまで俺達のように過ごした者達が皆無だったんじゃないか? 『異世界人は庇護されるべき』という認識と、『異世界の知識は価値がある』という常識。これらがあると、同列の存在に見ることはできなかったんじゃないかと」
「なるほど」
確かに、この世界の住人からすれば『自分達とは違う』という認識が強いかも。
友好的な関係を築いていようとも、『庇護対象』とか『異世界からの客』みたいな扱いをしていたら、異世界人の方もそれに倣った態度になるだろう。
そもそも、異世界人は民間人扱いの上、この世界の知識がない。意図して教育を施さない限り、使いものになる可能性は低い。
結果として、異世界人が自分から行動したり、この世界の住人から仕事を任されるといったことがなかったんじゃないか? それが私やグレンとの違いに繋がっている、と。
だが、ウィル様は何か思うことがあるらしく、首を傾げている。
「実に不思議なんだよな。言語の自動翻訳がある以上、俺達のような関係を築けていてもおかしくはないんだが……何故か、異世界人を教育しようとした奴がいないんだよなぁ」
「面倒だったんでしょうかねぇ?」
「そりゃ、時間は取られるけど、俺は結構楽しかったぞ? まあ、時にはどうしても理解し合えないものとか出てくるが」
「ああ、アレルギーとかですねー」
本当に、何でだろうね? やっぱり成功例がないと、そこまでする価値を見出せないのかな?
そこで『自分達が普通じゃないだけ』という答えに行き当たらないあたり……。
これまでと違ったのは異世界産猫二匹だけでなく、保護者の方も同じ。
遣り方は真逆でも、保護者の方が最初に動いたのはどちらも一緒。
ある意味、保護者達の功績とも言えます。規格外は主人公達だけに非ず。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。
現在、毎週火・水曜日の週二更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。
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