番外・幸せな人生とは
――コルベラ・とある一室にて(セレスティナ視点)
キヴェラでの夜会より帰国し、その後に来た絵本の営業の一団を次の目的地へと送り出した後。
私は父上――コルベラ王より呼び出され、此度の報告を行なっていた。
勿論、帰国した直後にある程度のことは報告済みだ。今回の呼び出しはそれ以上のこと……要は、一連の流れを通して再度の報告と私自身の見解を求められている。
私は未だ、政に携わっていない。だが、将来的にそういった立場を望むならば、日々の成長を求められるのは当然のこと。
この報告とて、その一環だ。状況・情報を正しく認識できるか、その根拠となるものを説明できるか。『父』ではなく『王』への『報告』なのだ、疑問点などは容赦なく突かれる。……それもまた、父上の優しさではあるのだが。
自分が聞く側だった時はその難しさ、責任の重さが判らなかったが、今では難なく報告をしていた者達の有能さに頭が下がるばかり。個人の感情を抜きにしての報告とは中々に難しい。
だが、同時にやりがいを感じてもいる。此度のこととて、兄を派遣するという手もあったのだ。政に関わっていない私よりも、兄上の方が遥かに判りやすく、的確な報告ができたはず。
それでも私に任せたのは、私が守護役の一人であることと……私自身が成長を望んでいるからだろう。『魔導師を含めた者達の遣り方を間近で見るだけでなく、学び取って来い』と、父は私を送り出してくれたのだから。
「何度聞いても信じられなかったが……かの『営業の一団』を知った今ならば、納得だ。戦狂いの傷は根深く、今代においても自浄を行なわねばならない状態であったのか」
「それもできるだけ自然に見えるように……ですね。リーリエ嬢は勿論のこと、アロガンシア公爵家は誰一人として断罪される展開を危惧しておりませんでした。これは別行動をとっていたご子息が距離を置いたためと思われます」
報告を受けた父上は怪訝そうな表情になるも、即座にその理由に思い至ったらしい。
「子息達は揃って王家寄りであったな。なるほど、彼ら自身の意志で見限ったか」
「おそらくは」
肯定すれば、父上は深々と溜息を吐いた。
「キヴェラ王とて、このような結末は望んでいなかっただろうな。子供達には次代を支えてもらい、公爵家は正しい在り方を取り戻す。ある意味、その願いは叶ったが」
「どうにもならなかったのが、リーリエ嬢でしょう。愚かな両親に囲い込まれてしまえば、他者は中々手が出せません。こう言っては何ですが、自分の立場を利用することはできていたのです。教育次第で、キヴェラの次代を支えられるような逸材になったかと」
もし、リーリエ嬢が兄達と同じ教育を受けていたら?
傲慢さはあれど、立場を活かして立ち回れるような存在だったなら?
ルーカス殿はリーリエ嬢のことを『狡賢い』と言っていた。ろくな教育を受けていないのに、その評価なのである。無能ならば、そんなことは言われまい。
そもそも、彼女は泣きもしなかった。方向性はともかく、最後まで足掻く気概だけは持っていたのだろう。
だが、そう思っていようとも、私は先ほど思い浮かんだ可能性を口にしない。それは勿論、リーリエ嬢に対する憐みからではなかった。
「リーリエ嬢とて、自分の居場所がなくなるのは困るのです。他国への歩み寄りを公言した王に従い、王の姪という立場を活かして政略結婚の駒となっていたならば……」
「脅威、であろうな。此度のようなことがなければ、迂闊な真似はできん。いくら嫁いでいようとも、キヴェラ王の後ろ盾を持つ令嬢。その影響力、発言力が皆無とは言いがたい」
思わず、父上と共に黙り込む。今回の一件は完全に予想外のことではあったが、他国はとんでもない『厄介者』を抱え込む未来を回避したと痛感して。
何せ、此度の決着は『リーリエ嬢が愚かだった』、『キヴェラ王が覚悟を決めた』という二点が多大に影響している。
そこに国を問わず人脈のあるミヅキが加わったことにより、他国には『キヴェラ王の側に付く』という選択肢が提示された。キヴェラ王とて、傷が最小限で済むならばとばかりに、ミヅキと手を組むことを選んだじゃないか。
もしもアルベルダでの一件が隠されたままだったならば……今後も被害は拡大し、『キヴェラはやはり何も変わらない』と、他国から認識されたであろう。そもそも、無関係の国はアルベルダの一件を知る権利などない。
「魔導師殿がどう思っているかは判らんが、先のキヴェラの敗北と連動する形で、我らは『災難』を回避したな。キヴェラが変わる切っ掛けとなったのも、此度の決着を導いたのも、魔導師殿だ。……魔導師を名乗る者は侮れん、ということか」
「ミヅキはそこまで考えていないような気がしますが……」
「ああ、魔導師殿が全てを画策したという意味ではない。魔導師殿の成したことを『利用する』のは我らだからな。だが、魔導師殿が関わることで、選べる道が間違いなく増えている。それを『侮れん』と言っているのだ。存在自体がこの世界に影響を及ぼす、と」
「……」
確かに、と父上の言葉に同意する。そもそも、ミヅキがキヴェラを敗北させていなければ、キヴェラ王がその考えを変えることなどなかったのだから。
キヴェラ王が『他国に歩み寄る』という決断を下していなければ、他国を混乱させる目的でリーリエ嬢を送り出す可能性とてあっただろう。
リーリエ嬢が賢く、野心を抱いていれば、王の意志に添う形で他国を混乱させたかもしれない。
政略結婚の駒にしろ、王家に忠誠を誓う悪役にしろ、彼女に何らかの役目が与えられる可能性はあったのだ。偶然が重なった結果とはいえ、よくぞそんな未来を潰してくれたものである。
ならば、『良き未来』から零れたリーリエ嬢は何が悪かったのだろう?
「サロヴァーラのリリアン王女はやり直す未来を掴めました。ですが、リーリエ嬢に『そんな未来はやって来ない』。この違いは……」
「それは勿論、魔導師殿の敵か否かということであろうよ。『世界の災厄』に牙を剥いて、無事で済むと思う方がおかしい。それにな……セレスよ、お前とてそれは同じなのだよ。お前もまた、『魔導師殿がもたらす選択肢を選び取った者』ではないか」
「!」
「その未来を選んだのは……もっと言うなら、お前が魔導師殿と知り合うことになったのは『何』が原因だ? あの魔導師殿は恐ろしいが、情がないわけではない。お前が国のためにキヴェラに嫁いだからこそ、魔導師殿の友となる今があるのであろう?」
「それは……。ですが、私が王女である以上、それは当然のことでしょう。あの時、皆は私のために抗うと言ってくれました。その言葉があったからこそ、私は絶対に皆を失えないと思ったのです」
コルベラは皆が助け合って生きているせいか結束が強く、『見限る』ということはあまりない。距離を置いたり、対峙するにしても、そうしなければならない理由がある場合が大半なのだ。
というか、内部で争っていては存続さえも難しくなってしまう。苦難の時を共に過ごしてきたからこそ、仲間意識が強いということもあるのだろう。
だからこそ、『縁談を拒否してもいい』と言われた時、覚悟が決まった。
私の未来がどれほど苦難に満ちようが、祖国を守ったという自負があれば生きていけると。
皆が選ぼうとした道は本来、決して選んではいけないものだった。それを敢えて口にし、私を守ろうとしてくれた。
そこまでしてもらえる王女がどれほどいるというのだろう? 世間では『悲劇の王女』であろうとも、私は間違いなく『幸せな王女』だったのだ。
ルーカス殿の置かれた状況を聞いたからこそ、余計にそう思うのかもしれない。ミヅキと仲良さげな姿には唖然としたが、それでも随分と印象が変わったと思った。
それは今回の一件でキヴェラを訪れた際、ルーカス殿から謝罪されたことからも窺える。
『今更だとは思うが、あの時はすまなかった。貴女を父が寄越した従順な駒と思うあまりに嫌悪し、辛い目に遭わせてしまった』
『王族の誇りを踏み躙る数々の行ないが許されるはずはないと承知しているが、けじめとして謝罪させてほしい。……すまなかった』
そう言って頭を下げるルーカス殿に、私もまた、彼を『祖国を脅したキヴェラの王族』としてしか見ていなかったと思い出した。
エレーナやルーカス殿に気に入られようとした者達の所業はともかく、ルーカス殿自身が私にしたのは『嫌悪の視線と冷たい言葉』のみ。
言葉では何と言おうとも、実害は皆無だった。そもそも、稀に姿を見せていた騎士の目的は様子見であって、何かをされた覚えもない。力では絶対に勝てないにも拘らず、だ。
『謝罪を受け取ります。……そして、私にも謝らせていただきたい。貴方を曇った目で見ていたこと、本当に申し訳なかった。コルベラに王女を要求したのはキヴェラ王であって、貴方ではない。私に嫌がらせをしていたのも、愚か者達の独断だ。その全てを貴方のせいにするなど、できようはずはない。こちらこそ、話し合いの一つもせずに申し訳なかった』
ルーカス殿は驚いていたが、私にも切っ掛けは必要だった。思い込んだまま目を曇らせれば、いつかは此度のアルベルダの貴族達――キヴェラを恐れ、リーリエ嬢の我儘を通すことになった原因――と同じことをする。
こんな風に思えるのも全てが過去になったからであり、何より私自身が成長したからだと思った。被害者意識を持ったままでは、私はいつまでも『お可哀想なセレスティナ様』なのだ。そんなことでは、『友人達』と対等に付き合えるはずもない。
ルーカス殿からの謝罪も、その時の私の対応も、父上には伝えている。それを踏まえて、父上は『お前も魔導師殿がもたらす選択肢を選び取った者だ』と言ったのだろう。
……だからこそ。
「父上。私はかつての決断が間違っているとは思っていません。この国に帰って来た時は安堵しました。キヴェラと争う可能性が遠ざかったことを喜びました。ですが……今は少し退屈なのです」
「ほう?」
どこか面白そうに、父上が先を促す。そんな父上に対し、私は晴れやかに笑った。
「『可哀想な王女』などどこにもいないのに、私はそれに甘んじていなければならないのです。……ですが、ただ無駄に時を過ごす気はありません。私は『魔導師の友人』として、表舞台に立ちたいのですから」
今は多くのものを学ぶ時。『セシル』ならば、王女にはできない様々な経験ができるだろう。
何より、努力をしているのは私だけではない。サロヴァーラの未来の女王に、バラクシンの公爵令嬢といった面々もまた、ミヅキやティルシア姫と対等になりたい人々なのだ。
そして……もう一人、目標にすべき友人がいる。
強くて、綺麗で、ほんの少し素直ではない自慢の友人……エレーナ。
孤独や醜聞、身分による嘲りでさえ、彼女の歩みを止める枷にはなりえなかった。
それはミヅキやティルシア姫も同じだった。彼女達に比べれば、私は知識や経験以前に、その覚悟ができていない。
これではミヅキや守護役達とて、同列に扱うことなどしないだろう。それを私は不満に思っていたけれど、思い返せば、単なる子供の我儘にすぎなかったのだ。
だから……私は今度こそ、彼らに認めてもらえる存在を目指そうと思う。
王女である以上、自己犠牲を強いられる時が来るかもしれない。だが、そんな状況であろうともエレーナのように全てに勝利し、高笑いしながら冥府へ下りたい。
足掻けるだけ足掻いて、使えるものは何でも使って。これ以上はないほどに頑張ったならば、私はどんな結果であろうとも受け入れることができる気がする。
……。
まあ、そこまでの間にミヅキが何かしそうな気がしなくもないが。
私が晴れやかな気持ちで終わりを覚悟するほんの一瞬の間に、全ての結果を引っ繰り返す。それがミヅキという人間であり、世間に恐れられる所以なのだ。
……常識の通じない自己中娘は不可能をあっさり可能にして、人の心をへし折るのだから。
「私が最も優先するのはコルベラです。それが私の誇り。そのためならば王女という身分や人脈……魔導師の友人であることさえも利用しましょう。悪女と呼ばれても、構いはしません。この国の者に悪し様に言われようとも、私自身がそれを判っていればいい」
「それは魔導師殿から学んだのかね?」
「他にはティルシア姫とエレーナですね。私は本当に、友人に恵まれました!」
笑って頷けば、父上は満足そうに微笑む。その笑みに、私は自分の選択が間違っていないことを悟った。
あの時、キヴェラに抗う力を持ち得なかったことを呪い、悔しさに嘆いた者達が居ることを知っている。私はそれを嬉しく思うと同時に、彼らに消えない傷をつけてしまったことが悲しかった。
だが、その果てに私の成長があるならば。……幸せがあるならば、いつかは笑って話せる思い出になるかもしれない。
そんな未来が来ることを、どこか確信している自分がいる。『幸せな王女』はこれからも、幸せな人生を歩むのだから!
セレスティナ姫も成長しています。今回、めでたくルーカスと和解。
なお、ティルシアやエレーナはともかく、主人公は『苦難は乗り越えるもの!』
『這い上がるところからが本番よ!』と本気で力説するお馬鹿さん。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
四月一日に新たな話を追加しました。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。
現在、毎週火・水曜日の週二更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。
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