牙を剥くのは人か、世界か
――バラクシン・教会にて(聖人視点)
「……そのようなことがあったのですか。いやはや、傲慢な方もいらっしゃるものですね。王族との繋がりさえ、ご自分に都合よく利用されるとは」
「まあ、次の王太子となる方の最大の後ろ盾であり、その家の跡取りは殿下の側近候補だからね。だが、キヴェラ王も色々と考えていらっしゃったようだよ。今回、随分と手際が良かったから」
呆れる私に、ライナス様は苦笑を返すのみ。詳しいことを語らないのは、私が聖職者という『政とは無縁であるべき者』だからだろう。『知らなければ、関与することもない』……それもまた、我らにとっての守りとなる。
そもそも今回の一件の部外者であり、かの魔導師に呼ばれただけのライナス様でさえも得ることができた『情報』だ。キヴェラが意図して他国の者達にその情報を得させた可能性も否定できまい。
キヴェラ王は本当に、問題のある者達をただ野放しにしていたわけではないのだろう。予想外の騒動を起こされはしたが、そのお蔭……とあの魔導師の介入によって、ほんの少しその時期が早まっただけではなかろうか。
と、言うか。今回の元凶達は少々、情報収集能力に難ありではあるまいか?
何故、あの凶悪な生き物に喧嘩を売って勝てると思うのだ。
あの魔導師は正真正銘の災厄……自己中極まりない外道だぞ?
そもそも、そのご令嬢は一つ勘違いをしている。彼女が虐げて来た人々は基本的に、常識を持っている『一般人』。間違っても『化け物』やら、『外道』、『非道』といった単語とは無縁のはずだ。
貴族ゆえに、多少の傲慢さを民間人へと見せつけることはあるだろう。だが、それはあくまでも『貴族としては黙認される程度』という域に止まっていたに違いない。罪に問われてはいないのだから。
……だが、今回彼女が相手にしたのは『あの』魔導師を筆頭に、『化け物』呼ばわりされる者ばかり。一国の王、それも先代と争って今の地位を築いた者が自国を含めて二人もいるじゃないか。彼らが無能など、あるはずはない。
他国としても、キヴェラの出方が判らないから腫れ物に触るような扱いをしていただけであり、間違っても『令嬢やその実家を恐れたわけではない』のだ。
政に疎く、基本的には情報を得ているだけの私ですら、これくらいのことは判る。問題のご令嬢は相当甘やかされたか、頭の出来に問題があったかの、どちらかにしか思えなかった。
ただ……私達にはその原因とも言える要素に、非常に心当たりがあった。
「令嬢のご両親……特に母親は元王女、ですか。その、こう言っては何ですが、私は彼女が全ての元凶のように思えてしまいます。子にとって母親はある意味、絶対の存在。幼い頃より、母親が溺愛という名の檻で囲い、常識を歪め、無自覚のままに娘を自分の同類に仕立てたならば……と。そう思えてならないのです」
「……」
俯きながら本音を零せば、ライナス様も苦い顔になった。私達が共に思い出しているのは、フェリクス様のこと。
「フェリクスのことは我々の罪だ。あの子をカトリーナから引き剥がし、守ってやるべきだった。母と共にいるのが幸せと思い、選択を誤った」
「民間人であれば、それは正しい認識ですよ。いえ、一般的にはそう考える方が普通でしょう。貴方様方の派閥から見れば、望まれない側室から生まれた、正当な血筋と敵対しかねない王子……母が我が子を守るならば、そちらで守られていた方が安全です」
フェリクス様の状況は、陛下より包み隠さず教えられた。勿論、その後悔さえ。
今は和解したと言っても、結果的に彼らは道を違えてしまった。教会預かりとなったフェリクス様が穏やかに過ごされているのが救いだが、ご家族と距離ができたのは否めない。
その原因となったのが、フェリクス様の母であるカトリーナ嬢。
愚かな母親は自分の都合のいいように息子を育て、絶対の味方としたのだ。
「土台となる認識が歪めば、全てが違って見えてしまう……。フェリクス様は伴侶を得、権力争いから外れたことにより、漸く母親による刷り込みから逃れることができました。そこまでして漸く、気付けるものなのです。周囲に賛同者ばかりでは、そのご令嬢も気付くことなどできないでしょう」
もっとも、フェリクス様の場合はご自身の善良さや一途さがあってこそ、そのような状況になっていたのであって、性悪にしか思えない問題のご令嬢が変わるかは怪しいが。
問題のご令嬢は自分の意志で己が立場を利用し、相手を貶めていたという。ならば、気付いたとしても、それは『喧嘩を売ってはいけない相手が誰か』という程度であり、精々がキヴェラ王を怒らせないようにするだけだろう。反省など、望めるはずはない。
私が口にしなかったことを察したのか、ライナス様は苦笑しながら頷かれた。
「まあ、な。だが、身内贔屓というわけではないが、彼女ではフェリクスのように反省はしなかったと思う。今は各国での絵本の営業を終え、震えながら家に引き籠もっていることだろう。『キヴェラ王の庇護下にない』……それを各国で嫌と言うほど突き付けられただろうからね」
「ああ、やはり見世物にする以外にもそのような理由が?」
「ああ。『キヴェラ王の姪姫だから恐れた』のではなく、『キヴェラ王が姪姫の味方をする可能性があったから、迂闊な態度を取れなかっただけ』だと、彼女達に自覚させる意味もあったそうだよ。……魔導師殿の提案だそうだ」
「ああ……それは」
やはり、あの魔導師が原因か。相変わらず、陰険な。
「あと、夜会に来られなかった友人達が待ち構えていたらしい」
「友人……守護役達以外にも、彼女に付き合える奇特な人がいるのですか?」
「さ、さあ? 彼らの性格はよく知らないが、守護役以外にも友人はいると思うぞ? わが国では、ヒルダと仲が良いようだ。ヒルダは非常に真面目な性格でね、彼女達の営業態度を見かね、厳しく指導していたな」
「営業指導? 他国の方は何を?」
「……」
「……」
気まずげに、ライナス殿下は視線を逸らす。そんな姿は『言わずとも察してくれ』と言われているようで……嫌でも、営業先の彼女達がどんな目に遭ったか判ってしまう。
そもそも、待ち構えているのが『魔導師の友人』だ。あいつと友情を築けるような輩なら、此度の一件とて似たような感情を抱いているはず。性格も良いとは言えまい。
しかも、魔導師という特殊な立場ゆえか、ミヅキは妙〜に高位貴族やら王族といった者達と繋がりがある。ならば、元凶達に『お小言』(意訳)を言える立場である可能性が高い。
と、言うか。
同類どもが遊んでたのかよ!? お友達(=同類)が増殖してるじゃねーか!
……などと思っても、顔にも口も出さずに沈黙を。私は聖職者であり、目の前の人物は王族。お互い、醜態を晒すわけにはいくまい。
先ほどまではただ呆れていた元凶達を想い、密かに同情する。そりゃ、どんなに強気な奴らだろうと反省するだろう。性格矯正とまではいかないだろうが、最低限『上には上がいる』ということを学んだはずだ。
そして、今更ながらにそこに気付いたとして、キヴェラ王の庇護はない……いや、寧ろ、キヴェラ王から疎まれている可能性の方が高いと思い至れば、今後に不安しか覚えまい。
「ま、まあ、今となっては過ぎたことだ」
「そ、そうですか」
咳払いをして、無理矢理この話題を終わらせるライナス殿下。私とて空気の読める大人なので、野暮な追及などしない。人間、触れてはならないことが多々あるのだから。
そして、ふと……気になっていたことを思い出した。それもまた、異世界人関連のことなのだが。
「ライナス殿下。教会の歴史は古く、様々な記録が残っていることをご存知ですか? 先日の『大掃除』の際、少々、気になる内容のものを見つけたのですが」
唐突な話題の変更に、ライナス殿下は訝しげな顔になった。だが、『気になる内容のもの』という言葉から何かを察したのか、表情を改める。
「ああ、知っている。こう言っては何だが、修道院預かりとなる者達もいるからね」
それは『問題を起こした者』というだけではない。『表に出せぬ者』という意味も含まれる。言い方は悪いが、王族とは『そういったことが起こり得る階級』なのだ。
王族や高位貴族はそれなりに数が限られてくる。婚姻には当然、一定以上の身分が必要になってくるので、選択の余地があまりない場合も多い。
政略結婚の駒として他国との繋ぎとなるか、自国で相手を見つけることになるのが当然とはいえ、大陸が荒れていれば王家の血を他国にもたらすことが危険視される場合もあった。
必然的に、自国内で身分の釣り合う相手を見つけることになるのだが……そういった相手はどこかで王家と血が繋がっているのが普通。結果として、生まれながら何らかの不都合を抱えているか、先祖返りが生まれる確率が高かった。
「血の淀み、とも言いますね。仕方がないこととはいえ、お労しい」
「それ以外にも、先祖返りの場合もあるだろう。どちらかと言えば、こちらの方が問題だ」
愁いを帯びた顔で語るも、ライナス殿下の危惧するものは『もう一つの場合』。確かに、と頷く私とて判っている。実際、そちらの方が遥かに問題を起こす場合が多いのだから。
「エルシュオン殿下のように魔力が高いだけならば、まだいい。だが、先祖返り達は特出した才覚を持つ者も多く、問題を起こすまで優秀な人物として認識されることが大半だ。信奉者のような者もいる場合が多く、排除も、隔離も、一苦労だと聞いている」
才能ある高位の者に惹かれる者は多く、彼らにとっては素晴らしい主なのだ。問題点は配下達が補えばいいと言い出されてしまうと、元からその才能を惜しむ声もあり、現状維持に落ち着いてしまう。
……が、そう上手くはいかないのが世の中であって。
なまじ優秀な者が『自分だけの価値観』に生きていると、どうしたって問題は起こってしまうのだ。
「善悪の区別がつかない者、特定の物事に異常な拘りを持つ者、自分だけの価値観を重要視する者……状況は様々だが、共通するのは『他者の言葉を受け入れにくい』ということだな。納得させられればいいが、それ自体が一苦労だ」
「確か、加減が判らない方とかもいたそうですね」
「ああ、『鉄の正義を持つ者』とか言われていた人物だな。罪は償うべきだが、状況に応じた慈悲をかけることもある。彼にはそれが判らず、いかなる事情があろうとも処罰を徹底した。結果として、冷徹さばかりが浮き彫りになって恨みを買い、殺されたな」
確かに、正義を貫くのは良いことだろう。だが、その対象が人である以上、已むに已まれぬ事情という場合もある。
かの人物にはそれが判らず、罪を犯した者は等しく罪人として扱った。少しは慈悲を見せるべきだという周囲の声に全く耳を貸さず……いや、『理解できなかった』のだ。
『優秀だが、扱い辛い』。それが先祖返りが危険視される傾向にある理由。だが、上手く利用した成功例も当然、存在した。
「教会の記録に、かつて『聖女』となった方がいたとありました。彼女は非常に高い魔力を持ち、癒しの術に優れていたそうですが、人のために使うことをしなかったそうです。正確には『そんなことをする必要性を感じない方だった』そうですよ」
他者のために神より与えられた能力を使え……と言われたところで、理解できるはずはない。まず、神の存在を証明してみせろと言われるのがオチだろう。
……だが、誘導次第である程度は何とかなってしまうのだ。
「ですから、当時の教会上層部は『聖女』という存在に仕立て上げたそうです。『その類稀な癒しの術は、貴女が聖女である証』と。実際、彼女の癒しの術は他者より遥かに優れていました。……これは魔力の高さが原因でしょうね。それもあって、徐々に信じるようになったそうです」
「それは上手くいったのかい? それだけで信じるとは思えないが……」
半信半疑といった感じのライナス殿下に一つ頷き、私は更に話を続けた。
「信者達の存在ですよ。癒しの術を受けた信者達は挙って、彼女を聖女と称えました。神からの啓示とされた言い分、才能、そしてそれを後押しするような人々の存在……それらが相まって、彼女は自身を聖女と思いこんだのです」
一度思い込ませてしまえば簡単だったろう。何せ、『神の啓示』とやらを彼女は直接聞くことができないのだから。
ある意味、誘導と洗脳を行なったようなものだ。当時の教会としては、『引き取った厄介者に居場所を作ってやった』というところだろうか。まあ、それも間違いではないのだが。
「成る程、特に問題にならないわけだ。人々を癒す存在になったのなら、余計な問題は起こすまい。……で? それの何が気になるんだ?」
本題を促すライナス殿下に、私は目を眇めた。懸念で終わればそれでいい。だが、その情報を持つ者として、ライナス殿下の耳には入れておくべきと判断した案件を。
「ハーヴィスの第三王女殿下のことはご存知ですか?」
「ハーヴィス? 確か、サロヴァーラの隣国だったか。いや……バラクシンとは交流がないし、私自身がこれまで外交にろくに携わって来なかったからな。正直に言えば、聞いたことがない」
困惑気味に記憶をたどるライナス殿下は、それでも首を横に振った。……やはり、隠された情報だったか。
「かの王女殿下は『血の淀み』を受けた者、もしくは先祖返りです。彼女は非常に美しいため、『精霊姫』と称されているとか」
「……? その割には名を聞かないな?」
「重要なのは『健康な体であること』、『美しい容姿をしていること』、そして『政に一切携わっていない』ということですから。見た目だけは噂通りですし、子を産めれば問題ないと判断され、生かされているのでしょう」
酷い言い方だが、『血を残せればいい』という判断が下されたと考えるべきだ。つまり、『何らかの問題を抱えているため、表に出ない』。
「先ほどの聖女への誘導の話。王女の乳母は誰かからそれを聞いたらしく、教会へと教えを乞うたのですよ。彼女の現状はその賜……欲深いかつての教会上層部ならば、他国の王女との繋がりができることを喜び、隠されるべき自国の恥だろうとも、情報を提供したでしょうね。私が見つけたのは乳母からの感謝の手紙とやらですよ」
これです、と一通の手紙を差し出す。時間の経過を匂わせる封筒を受け取ったライナス殿下は、訝りながらも手紙へと目を通した。
「『御伽噺に依存させた』? どういうことだ?」
「御伽噺には心優しい姫君が沢山登場するでしょう? ですから、彼女達に準えたのでしょうね。『貴女はお姫様なのですから、優しくなければいけません』、『お淑やかで、皆の憧れとなるような存在なのですから』……このあたりのことを言って聞かせたのではないかと」
「ああ、確かに本物の王女だからね。御伽噺の中の王女と彼女の立場を混同させ、そう演じるように仕向けたのか」
乳母としては、美しい王女にまともな人生を歩ませたかっただけだろう。物語に登場する王女――所謂『お姫様』――に成り切らせてしまえば、問題行動をとることもない気がする。
「ですが、その手紙にはこうも書かれているでしょう? 『王女は自分の世界が壊れることを酷く嫌がる』と。王女が割り振った配役にある人が『相応しくない行動』を取ると、排除しようとするようです」
その『排除』がどの程度のものなのかは判らないが、王女の目に入る範囲にはいないだろう。彼女の周囲には理解者のみが集められ、彼女のための世界を作り出しているのだから。その世界を壊すような存在など、要らないのだ。
「だが、上手くいっているのだろう? 教会としては責任を感じるのかもしれないが、所詮は他国の事……」
「関係があるかもしれないのです!」
ダン! と力一杯、拳をテーブルに叩き付ける。驚くライナス殿下には悪いが、そうなってしまった場合、教会……もっと言うなら、バラクシンが責任を問われる可能性もある。いや、それ以上に拙い事態になるかもしれないのだ。
切っ掛けは……教会に暮らす幼い孤児達の無邪気な一言。
『お姫様には王子様がいるんだよね』
丁度、乳母からの手紙を発見した直後だったことが災いした。無邪気な幼子の言葉に、私は血の気が引いて行くのを感じたのだ。
……。
何故、乳母は気付かなかったのだ……『物語のお姫様』という立場に混同させるならば、将来的には『物語に出てくるような王子様が必要』ということに……!
「確かに、婚姻相手という意味では間違っていません。ですが、王女の婚姻相手、もしくは想い人ということは、他国の王族になるはず。何故、高位貴族にしておかなかったのか!」
「いや、御伽噺にそこまで現実味を持たせる必要はないだろう」
冷静に突っ込むライナス殿下が憎い。
「それに問題のある王女ならば、王家で飼い殺さないかね? 力のある大国ではないのだから、他国に迷惑をかけるようなことにはならないと思うが」
「王女にその判断ができればいいですね? 悲恋を前提にして、他国の王子を『決して結ばれない、恋い焦がれる相手』とやらに当て嵌めていたらどうします?」
「……思うだけなら、自由ではないかと」
さすがに否定できなかったらしく、視線を泳がせるライナス殿下。実のところ、私とて、王女が他国の王族と結ばれるなんて思ってはいない。寧ろ、『勝手に想い人認定された人物がいること』が問題だと思っていた。
「……。彼女は自分の世界にそぐわない存在を許しません。当然、勝手に自分の王子様に認定した人物もこれに該当するでしょう。『王子と結ばれないこと』が問題ではないのです。『王子が自分のイメージから外れること』が問題だと言ったら?」
「!?」
さすがにヤバさが理解できたのか、ライナス殿下が顔色を変えた。だが、問題はそれだけではない。あの幼子達はそれはもう容赦なく、私の心を抉ってくれたのだから。
『王子様って皆、金髪に青い瞳なの?』
そう、何故かはよく判らないが、物語の王子様は割と『金髪に青い瞳』である。高貴な色というか、煌びやかなイメージを持たせる色だからなのか、とにかくやたらとその配色が多い。
……で? その場合、狙われる王子様って誰だ?
「金髪に青い瞳……物語に登場する王子は大抵、この配色です。顔を合わせる可能性があるガニアは周囲が全力で外すとして、キヴェラも同様でしょう」
「ふむ、意外と両方が揃う王子は多くないな。キヴェラもまず、ありえないだろう」
そもそも、現実的に考えたら『物語に登場する王子様』なんているはずがない。御伽噺もそのあたりはかなり大雑把なので、王女は見た目で選んでいる可能性が高かった。
「いらっしゃるじゃないですか。金髪に青い瞳、配下達に慕われ、優秀で、美しい王子が」
「は?」
「しかも、ここ一年ほどでイメージが劇的に変わりましたよね」
――エルシュオン殿下、条件にピッタリじゃないですか。
「魔王殿下と呼ばれていた頃は、『美しく有能だが、恐ろしい王子』とか言われていたはずです。国同士の距離もありますし、魔力による威圧とて、肖像画では判らないでしょう」
孤独な美しい王子、なんて、いかにも物語に登場しそうなキャラではないか。本人はともかくとして、肖像画は喋らないのだ……威圧も、厳しい言葉もないなら、まさに理想的な配役だ。
ライナス殿下も私の懸念が理解できてしまったのか、非常に顔色が悪い。間接的とはいえ、教会が関わっているのだから当然か。
「理想的な配役だったのに、今や、親猫扱いされてるんですよ? イメージが崩れるどころではないでしょう。しかも、魔導師殿がじゃれる姿が目撃されてるんです……誰が『恐ろしい力を持つゆえに孤独な、美しい王子』と思うと?」
「う……」
私が知るのは、自己中外道娘の保護者だ。御伽噺の王子様は説教したり、頭を叩いたり、人を引き摺ったりしないだろう。
威圧があろうとも、きゃんきゃんと喚くミヅキの相手をする姿を見れば、誰だって生温かい笑みが浮かぶ。『馬鹿猫の躾、お疲れ様です』という想いと共に。
「まだ何かあると決まったわけではないが……」
「警戒するに越したことはないでしょうね。いっそ、王女が死んでくれればいいのですが」
「おおい、君は聖職者だろう!? いくら特大の負の遺産が見つかったからといって、極論に走ることはない! 落ち着け!」
「エルシュオン殿下に何かあった場合、あの魔導師と騎士達が怒り狂うんですよ!? すっぱり原因を殺ってしまいたいと思っても、許していただきたい!」
「それは怖いが、君の行動力も私は恐ろしい! 彼らに情報を流す程度なら、私がやっておく……いや、だから何故、本を手にしてるんだ? 君はそれであの男を殴り倒してなかったか!?」
証拠が何もない以上、他国の姫君を疑うことなんてできないのだろう。だが、どうにも私は嫌な予感がして仕方なかった。その理由の一つが……『異世界人の味方をしたこの世界の者は、長生きできない』という噂。
これは『異世界人を利用しようとする輩に邪魔者認定されるため』だ。ミヅキの場合、エルシュオン殿下は最後の良心にしてストッパー扱いをされているため、大丈夫だと思う。
だが、私はグレン殿から聞いたことがあるのだ……『陛下は儂を庇護したことで、より敵を作る破目にもなった』と。悪いことも間違いなく起こるのだ。しかも、それは異世界人が功績を得れば得るほど、最も身近な存在を危険に晒す。
『世界に影響を与える異世界人』という括りなら、ミヅキもグレン殿と同じはず。エルシュオン殿下にも同じことが言えるのならば、無事である保証はない。
何より、私は聖職者としてこうも考えていた。
『神は異世界人がこの世界に影響を与えることを、お許しになっていないのではないのか』と。
神の御心を知ることはできないが、異世界人はこの世界の部外者たる存在。謂わば、土足で世界の流れを踏み荒らしている――良い結果になったことは問題でなく、異世界人が勝手に介入したことに対するもの――ようなもの。
その存在に怒り、この世界の住人を使って排除を試みたとしても不思議はない。異世界人は――本来、この世界に存在するはずのない『異物』なのだから。
異世界人がこの世界に影響を与えることを可能にした人物達、その最たる者は其々の庇護者。
彼らを、神がお許しになっていなかったのならば――
ライナス殿下に羽交い絞めにされながら、私はあの猫親子と称される二人を案じた。もしも神の試練が二人を襲うならば、どうか誰も失うことなく乗り越えるように、と。
グレン殿とウィルフレッド王という前例があるのだ、不可能ではないのだろう。何より、私自身が――聖職者にあるまじきことだが――二人の勝利を望んでいる。
どうか、この予感がただの考え過ぎであるように。今はただ、そう願った。
何だかんだ言って、主人公を気にかけていた聖人様。
散々なことを言っていますが、基本的に猫親子の味方です。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。
現在、毎週火・水曜日の週二更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。
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