年末年始 IN ゼブレスト 其の二
ルドルフに『カエル達の保護者に謝って来い! いや、土下座しとけ!』という感じのことを言われ――弁明の余地を与えられず、『絶対に、お前達が悪い』と言い切られた――た後。
私とセイルは強制的に、カエル達の産まれた沼へと赴かされた。
いや、タマちゃん達の生まれ故郷に行くのはいいんだ。そこには多くのカエル達が居るだろうし、あの子達の様子を見に行くのは大歓迎なのだから。
……が。
「『土下座して来い!』ってのは、穏やかじゃないわね」
「まあ、保護者からすれば、我々はカエル達を危険な目に遭わせた元凶ですから」
「それにしたってさぁ……」
若干、涙目だったのはどういうことだろうねぇ、ルドルフ?
当たり前だが、私達とてカエル達を都合よく利用した自覚がある。セイルの言い分ではないが、あの子達に保護者が居たなら、素直に『ごめんなさい』しますとも。
ゼブレストのクズどもがどんな未来を辿ろうとも、『全く』罪悪感などないが、カエル達なら話は別だ。
私はあの子達が可愛い。あの当時、大活躍しただけでなく、今なお、私達を慕ってくれる良い子達だもの。
牙も爪もない最弱種族だというのに、体を張って私達を守り、現在もルドルフの守りを担ってくれている善良な緑色の守護者。それがカエル達への認識だ。
平穏な生活を奪った自覚もあるので、いくら『沼に居たままだったら獣や魔物の餌確定だったので、気にすんな!』と言われたところで、謝罪すべきだろう。
だって、今後は貴族達から敵認定される可能性・大。
ルドルフに手を出せない代わりとばかりに、狙われる可能性があるのだ……私が常に傍に居ないこともあり、危険が伴う生活を強いてしまっているんだよね。
勿論、お父さんやお兄さん達がカエル達を守ってくれていることは知っている。それでも、彼らの本業は騎士なので、その守りは完璧じゃない。
結果として、現在は沼に居る子達の方が格段に安全で自由な生活が送れているのだ。後宮の池に残ってくれているタマちゃん達は、群れの中でも知力・体力・運動能力に秀でた『選ばれしカエル達』なのである……!
そりゃ、書類仕事オンリーの貴族共より強いわな。タマちゃんという司令塔――タマちゃんは群れの中でも特に賢い長個体である――が居る以上、身体能力さえ勝れば十分、勝てるだろう。
なお、ルーシーはお父さんの傍に居たい一心で残った子なので、ちょっとおっとりしている。一番狙われるのは多分、この子。ただし、一番皆が気にかけている子でもあるので、狙っただけで殺気を向けられる。
私は一度、襲撃者(未遂)を池に叩き落し、ずぶ濡れのまま正座させて説教したことがあるくらいだ。勿論、頭を踏み付けたまま。
その時も、襲撃者は勝手な言い分を並べてくれた。お貴族様は無条件に自分に価値があると思っているので、相手がカエルでは罪悪感も抱かない。
『カエル如きに、この仕打ちはあまりではありませんか!』
『喧しいわ! この子達は私のカエルで、王であるルドルフもそれを認めてるって言ってるでしょ!』
『く……! 国に尽くす我らよりもカエル如きの方が重要など、認められん!』
『文句があるなら、結果を出してから言いやがれ! だいたい、カエル達に襲われる時点で、ルドルフの敵確定だっつーに! ろくなことをしない国のゴミより、忠誠心に満ちたカエル達の方が百倍可愛いし、価値があるに決まってるでしょ!』
『部外者が勝手なことを! いくら我が国の恩人とはいえ、勝手が過ぎますぞ。だいたい、愛玩動物の管理は飼い主である貴女の役目……法にも触れておりません。私のどこに罪があると?』
『この子達に手を出した時点で、私に喧嘩を売ったも同然。異議は認めない。そもそも、王がそれを許可している。頭悪いわね! 罪にはならなくても、魔導師の怒りを買う行ないだ。私の敵だ。覚悟はいいか、お貴族様? 私、ルドルフを筆頭に仲が良い人達だけが大事であって、この国自体に価値は感じていないから』
『え゛』
以上、私と襲撃者達の遣り取りである。カエル達を殺そうとする連中は『魔導師の愛玩動物を殺したところで、罪には問えない』という発想なのだよ。これまで好き勝手してきただけあって、嫌がらせ程度にしか思っていない。
ルドルフの傍にタマちゃんが居ることもあり、カエルを殺すことで、ルドルフ達に精神的なダメージを与えようとしていたのだろう。姑息である。
そこを偶然、遊びに来ていた私に見つかり、お説教タイムへと発展……というわけだ。
ルドルフとしても、個人の一存で法を作るような真似はできない――一度前例を作ると、後々、独裁じみた法が制定されてしまう可能性があるため――ので、こればかりはどうしようもないらしい。
……が、そこは我が親友。しっかりと抜け道を作ってくれていた。
一緒に居たセイルには『私は何も見てませんから、それ以上のことをしても大丈夫ですよ』と笑顔で言われ、ルドルフからのお咎めもなし。曰く、『馬鹿一人のために、我が国が魔導師との繋がりを失う選択をするとでも?』。
その結果、『周囲に訴えれば己が所業がバレ、家単位で排除される可能性があるため、被害を訴える奴が皆無』だそうですよー、今のゼブレスト。勿論、前述したことだけが原因ではない。
私の所業が知られまくっているため、『魔導師を敵にすること=家の没落』とも思われているんだってさ。『被害者ぶって訴えれば周囲から距離を置かれ、自分の首を絞めることになる』っていう状況ですな。
魔王様へのチクリもなかったので、ルドルフ達は本当に『何もなかった』で片付けたのだろう。……もう少し厳しく『お説教』しなかったことが悔やまれる。
まあ、ともかく。
そんな状況なので、カエル達の保護者に対し、ルドルフが罪悪感を抱いても仕方がない状況なのだ。だから、私やセイルを謝罪に向かわせることも納得できるのだけど。
「折角だから、沼に居る子達用に大きめのクッキー焼いてきたんだけど……草食の蛇には、果物でいいのかな?」
「大丈夫だと思います。大人しい種ですし、貴女が植えた木に生る実も食べているようですよ。カエル達とて、今は沼近辺で餌を取るようになっていますが、元は我々が育てた子。たまには懐かしいおやつがあってもいいかと」
「そっか、なら良かった」
セイルの言葉に安堵し、しっかりと荷物を抱え直す。あの子達への貢ぎ物……もとい、おやつですもの。自作するのも、自分で運ぶのも当然さ。
謝罪云々はともかく、私が沼に居る子達に会うのは久しぶり。たっぷり愛でておこう。忘れられたら切ないし。
……。
本当に、私を忘れてないよね……? 忘れてたら、泣いちゃうぞ!?
※※※※※※※※※
そんなわけで、沼に到☆着!
新たに植えられた木によって、穏やかな日が差し込む沼とその周辺は少々、周囲から隠されたような状態になっている。
これもカエル達を狙う肉食の獣への対策の一環です。常に守護者が目を光らせているわけじゃないので、少しでも危険が遠ざかるような配慮が色々とされているのだ。
そんな環境の中、カエル達はのんびりと暮らしている。元々の性格も温厚なので、身の危険がなければ、こちらが本来の生活スタイルなのだろう。
「やっぱり、後宮の池に居る時よりものんびりしてるわねー」
思わず、呟けば。
「まあ、あの当時は仕方ないのかもしれません。我々も気を張っていましたし、この子達もそういった気配を感じ取っていたと思いますよ? 事実、この子達は本当に手がかからなかった。本能的に、危険な存在を理解していたのかもしれません」
納得とばかりに、セイルが頷き返す。ですよねー!
あの当時、私は絶賛、側室達とその実家に敵認定をされていた。ルドルフに至っては、側室達の獲物扱いに等しかったろう。
そんな中で育てば、危機意識バリバリの賢い子に育つに違いない。『生きる』という本能がある以上、敵意や悪意を向けてくる輩には近づくまい。
ただ、成体になった途端、カエル達は攻撃を仕掛けるようになったけど。
やはり『追い駆けられたら敵の顔に張り付いて、鼻と口を塞ぎなさいね。生き物は呼吸できなければ死ぬから、絶対に慌てるよ』などと教えたのが、拙かったのだろうか。
私としては、護身術みたいな感じで教えただけなんだけどなぁ……間違っても、殺害方法などではない。よく疑われているが、違うぞ。私は爪も牙もない最弱種族が生き残る術を伝授しただけだ。
ちらりと、セイルに視線を向ける。カエル達が後宮騒動後に妙に攻撃的になった原因は……多分、隣に居るこいつだろう。
忠誠心厚い殺伐思考者は、優しげな微笑みを浮かべてルドルフの敵を殺す。
本人がその状態を恥じていないので、柵のないカエル達もガンガンその遣り方に染まっていくに違いない。
そうでなければ、わざわざルドルフが『お前も謝罪して来い』とは言わないと思うんだよねぇ……見た目『だけ』は優しげなお兄さんの教えに従い、カエル達は攻撃的になっていったのではあるまいか。
そんなことを考えていると、沼の方に行っていたタマちゃんが戻って来た。その後ろには一匹の蛇――ルドルフが言っていたのは、この蛇のことだろう。
「タマちゃん、私達に会わせたいのはその蛇さん?」
くーぇっ!
抱き上げつつ尋ねれば、タマちゃんは嬉しそうに鳴く。成る程、確かに懐いているみたい。タマちゃんからすれば、ここに住んでいる家族を紹介するようなものなのか。
『貴女が魔導師様ですか。わざわざお越しくださり、ありがとうございます』
頭の中に優しげな声が響き、白い蛇は頭を下げる。
……。
ねぇ、めっちゃ礼儀正しくない? この蛇さん。
人間を見下す姿勢なんて皆無ですよ。いくらタマちゃん達から話を聞いていたとしても、野生生物にしては穏やか過ぎないか?
こう言っては何だが、本当に争いごとに向かない性格をしているみたい。そりゃ、カエル達を守れないわけですね! 野生に生きる者として必須の闘争本能、どこに置いてきたの、君。
「何と言うか……非常に穏やかな方のようですね」
セイルもそれなりに驚いたらしく、それ以外に言葉がない模様。ですよね、やっぱりそう思うよね。
「う、うん。穏やか過ぎて、ちょっと心配になるくらい」
「ミヅキ、正直過ぎです」
「いや、マジでそう思うって! 基本的に、私達は殺るか、殺られるかの状況になることが多いもん」
物騒と言うなかれ。我ら、魔導師になった異世界人&後がない状態だった王の護衛筆頭です。殺伐思考でなくとも、様々な意味での自衛は必須だったのだ。勿論、今もそれは継続中。
そんな私達に比べると、この蛇は随分とおっとりしているような。あれだ、カエル達とのんびり日向ぼっこしているような、そんなイメージ。
『そちらは殺伐となさっていらっしゃいますからねぇ……緊張感がない、と思われても仕方ないと思いますよ』
「いやいや、最低限の闘争本能は持ちましょうよ。人間以上に、危険と隣り合わせな環境でしょ!?」
『そう仰いましても、攻撃方法がないもので』
「ええー……」
マジで、どうやって生きてきたの? 君の種って。冗談抜きに、全てを許し受け入れるカエル様達と同じ考えの持ち主ですか!?
セイルに至っては若干、遠い目になっている。まさか、そんな平和ボケした生き物が生息しているとは思わなかったんだろう。彼の人生の方がよっぽど、ハードモードなのかもしれない。
『ところで、魔導師様は私が会話することに驚かれないのですね?』
「へ? あ、ああ、サロヴァーラでタマちゃん達の上位種らしい、大型のカエルが同じように会話してましたから。知能も随分高いようなので、私はカエル様って呼んでますね」
蛇からの問い掛けに素直に答えると、白い蛇はぱちくりと瞬き――瞼があるよ、この蛇!――をした後、嬉しそうに目を細めた。
『何と……まだ生き残っていたのですね。あの種も以前は、この辺りにも生息していたのですが……』
「生息していたのです、が?」
怪我や病気で全滅した? それとも戦が連発し過ぎて危機感を覚え、住む場所を変えちゃった?
『この国を攻める者達の食料として、大半が狩られてしまいまして。すっかり、姿を見なくなってしまったのですよ』
「え゛」
残念そうに語る白い蛇。思わず、私の脳裏にカエル様の姿が思い浮かぶ。
……。
確かに、肉厚な体してますね。生息していないんじゃなく、食い尽くされたんかい。
そういや、セシル達もカエルを食料扱いしていたっけね。あれか、進軍した際に現地調達できる食料みたいな扱いなのか、カエル達。
ゼブレストは食料が豊富でも、そこに攻め込む者達の食料は自国からの持ち出し&現地調達が基本。毒もなく、危険も少ないカエル達――特に、大型の種――は格好の獲物だったことだろう。
その結果、ゼブレストの大型カエル達は姿を消してしまった、と。おおぅ……あまり知りたくなかった戦争の弊害です!
『そういった事情もあり、この子達が逞しく育ったことは良いことだと思っているのです。私達には人の柵など、関係ありません。私はこの子達が可愛いのですよ』
「な、成る程。そういった理由もあって、カエル達が逞しくなることは大歓迎だったと」
『はい。魔導師様やそちらの騎士様には、大変よくご指導いただいたと聞いております』
「「……」」
セイル共々、無言になる。これか。これが原因なのか、ルドルフが私とセイルに『土下座して来い! 善良なカエルはもういない』って言ったのは!
つまり、カエル達が逞しく(好意的に意訳)なったのは私とセイルのせい。
保護者な蛇からすれば感謝すべきことであっても、その代償は『善良で無垢なカエル』。可愛がっている大人達からすれば、私とセイルの悪影響を受けたようにしか思えまい。
ルドルフや大半の騎士達は『無邪気で、純粋で、健気なカエル』と思っているので、『何を邪悪な性格に育成してるんだ、お前らぁぁぁっ!?』となったのだろう。
「ええと……その、個人的には良いことだと思いますけど、この子達の善良さを愛している大人達からすれば、黒く染まったように思えるようです」
『おや、そうなのですか?』
「……。否定できませんね」
セイルもどことなく歯切れが悪い。おそらく……『ある可能性』に気付いてしまったのだ。
この沼のカエル達が自発的に人を襲うことはないだろうけど、今後は大人しく狩られることもないだろう。少なくとも、人間相手では。
当然、カエル達を食料扱いすることは激減し、それどころか、更なる噂が流れだす可能性がある……『ゼブレストのカエルは凶暴だ』と!
カエル達が凶暴化した時期を考えると、その原因は魔導師&ゼブレストの後宮騒動。ある程度情報収集していれば、この二つを関連付ける者とているはず。
ヤバい。これ、間違いなく魔王様からの説教案件だ。
『可愛いカエル達』を愛する蛇にも申し訳ないが、私も別の意味でヤバい。
思わず、蒼褪める。隣のセイルも悪化させた自覚があるらしく、何となく顔色が悪かった。
私達は顔を見合わせると、徐に土下座の姿勢を取る。ええ、これは間違いなく土下座案件です。今後、カエル達のイメージが変わることも含め、この善良な保護者には詫びておくべきだろう。
そう判断し、下げかけた私達の頭へと伸びたのは……背後の人物の手。その手は私とセイルの頭を其々掴み、無理矢理に頭を下げさせる。
「ちょ、痛いって!」
「……っ、いきなりはどうかと……思いますよ?」
「喧しい。お前達の罪を自覚できたようで何よりだ。さっさと詫びろ」
問答無用に私達の頭を押さえつけるのは、おかん……宰相アーヴィレン。ルドルフから私達のお目付け役を命じられ、本人も納得の上で同行しております。
っていうか、私達、信用ねぇな!? ちょっと酷くね? ルドルフよ。
「この二人の保護者代表として、私からも謝罪させていただく。カエル達の働きは素晴らしく、実に我々を助けてくれたが、その後に影響を及ぼすことまでは想定していなかった。大変、申し訳ない」
『これは、ご丁寧に。本当に怒っておりませんので、お気になさらず』
「いや、問題児を抱える苦労を知るからこそ、貴方の今後を憂えずにはいられないのだ……!」
そういって、私達の頭を更に押さえつける宰相様。その声には苦悩が滲み、同じ立場となった蛇への深い同情が感じられる。手が空いていれば、目頭を押さえていただろう。
……。
おかんよ、そこまで言うか。って言うか、私は前から問題児だけど、今はセイルもそこに入ってるのね?
「アーヴィにも色々と心境の変化があったのですよ。まあ、以前よりはいいと思いますけどね」
「……」
どこか安堵を滲ませた声で呟かれたセイルの言葉は、聞かなかったことにしてあげようじゃないか。呆れ、叱り、愚痴をこぼす日々であっても、そうするだけの余裕ができたってことだもの。
王の盾であった姿は変わらないけど、以前のような悲壮さは感じられない。それも貴方の変化ってことでしょ? 宰相様。
蛇が平和ボケしていたからこそ気付く、主人公達の罪。
『可愛いカエル』は存在しても、『無垢なカエル』は……。
※『魔導師番外編置き場』ができております。IFなどは今後、こちら。
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※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。
現在、毎週水曜日更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。
なお、書籍の二巻が二月に発売される模様。
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