小話集4
主人公が来る前のゼブレストと大戦の原因な過去話。
小話其の一 『究極の選択』
世の中には個人の努力だけではどうにもならないこともある。
叶えたくば誰かの助力を乞え!
ただし。
その相手を間違えれば待つのは破滅。
さあ、誰の手を取る?
その日。
ゼブレスト国ルドルフ王の執務室には宰相アーヴィレンを始めとする、ルドルフ王の側近達が集っていた。
はっきり言ってしまえばその人数は少ない。口外できぬ内容の為、信用できる者しか集めていないからだ。
「やはりイルフェナが最有力ですか…」
「かの国ほど確かな実力を持った協力者を期待できる国があるか?」
「確かに。特に我が国と友好的な上、おかしな工作もしてこないだろうしな」
協力者と言っても簡単ではないのだ。様々な意味で条件が厳し過ぎる。
前提として側室扱いになる以上は年齢、外見は勿論、欲を出さない人物でなければならない。
まず、国が不利益を被ることがない人物。
側室どころか王妃になる野心がある者は論外、あくまで協力者だ。前提条件に組み込んであるので大丈夫だとは思うが、嫁いでも問題の無い身分であれば実家が押し切る可能性がある。
スパイを送り込まれても困る。その場合は国交に皹が入るだろう。
貴族の手先であって国の与り知らぬ事だろうと責任は国が背負うのだ、外交問題に発展する。
次に能力。
はっきり言って馬鹿では困る。
側室としてある程度相応しい行動が出来、尚且つ側室どもと殺り合える人物。
実家の権力に縋ってどうにかなるものではないのだ、本人の実力がものを言う。
最後にルドルフの信頼を得ることができるか。
ルドルフはかのエルシュオン殿下と友人関係を築けるくらい優秀なのだ。下心や打算は容易く見抜き、一度信頼を失えば二度と懐に入れることは無い。
そうしてしまったのはこの国の現状が原因なのだが。
「ところで……今更ですがイルフェナには該当する人物がいるのでしょうか?」
あまりにも厳しい条件におずおずと一人が声を上げる。
周囲も頷いていることからそれは誰もが考えていることなのだろう。
ルドルフは軽く頷くとエルシュオンからの手紙を手に取る。
「エルシュオン殿下が推薦する人物がいる。ゴードン医師の保護下にある異世界の魔導師だそうだ」
「異世界の魔導師!?」
「ゴードン医師と言えば名高い名医ですね。大変博識で人格者だと聞いています」
送られてきた魔道具を起動させると一人の女性が浮かび上がった。黒髪・黒い瞳……この女性が魔導師なのだろう。
だが。
「あの、何故熊らしき生物を狩っているのでしょうか……?」
映像は女性が熊モドキを狩っているところだった。タイトルに『狩りにも慣れました』とあることから成長記録か何かなのだろうか?
しかも楽々と狩りを終え皮を剥ぎかかっている。大変頼もしい。
「なんでも先日は『カーマイン』をマジ泣きさせたらしいんだが」
「「は?」」
何人かの声がハモった。ちなみに『カーマイン』はそれなりの勢力を誇る暗殺者集団である。その姿は全身黒尽くめ。
「あの……? それは、一体、どのようにして?」
「何でも逃げられないよう捕縛した挙句、結界を張って強化したロープで簀巻きにして森に一晩吊るしたそうだ」
「何ともまあ容赦のない」
「しかも獣の血を塗った状態で」
「……。それは本当に人の所業ですか?」
一般的にそれは鬼畜と言う。普通では思いつかない報復である。
「敵と認識したら容赦無いってことらしい。あと魔法は一ヶ月程度で魔導師レベルだとさ」
「どんな天才ですか、それは!?」
この世界でそれは天才である。ただし、異世界の知識を持っていて活かす事ができれば可能だ。
女性は間違いなく知識を活かすことに関して天才ということだろう。度胸もあるようだ。
「どうする? イルフェナを信じてみるか?」
ルドルフの探るような視線に皆は顔を見合わせ頷く。それは了承の証。
「最後の判断はルドルフ様にお任せします。ご自分で見極めてくださいね」
アーヴィレンの言葉に皆は深く頷き、国の命運を賭けた計画に向けて動き出したのだった。
※※※※※※
「……と、いうことがあったんだよ」
「嘘ぉ!?」
そして現在。イルフェナの協力者ことミヅキとルドルフは呑気にお茶していたりする。
緊張感など欠片もなく、計画も順調だ。
「あんた最初から好意的だったじゃない!」
「ん? その場で判断したんだぞ?」
「え〜……それでいいのか、この国」
ルドルフから協力者要請までの道のりを聞かされたミヅキは盛大に呆れた。
判断材料が熊殺しに暗殺者イジメ、果ては魔王様自身の推薦とくれば当然か。
なお、唖然としたのはミヅキだけではない。
帰ってくるなりルドルフが『今度来る協力者は俺の親友だ!』と言い出し軽いパニックになったほどだ。
アーヴィレンなどは魅了されていないか調べ出す始末である。
「貴方達は警戒心の強いところがそっくりですしね」
警護にあたっていたセイルがくすくす笑いながら二人を見る。
揃って首を傾げる様も大変微笑ましい、と思いながら更に口を開く。
「お二人とも互いを無条件に受け入れていらっしゃるからこそ初めから友人となれたのだと思いますよ」
立場は違っても二人の状況はとてもよく似ていただろう。
周囲を常に警戒し知識を得ることで自身を守っているのだ、同類だからこそ受け入れ易い。
「食べ物で釣られたぞ、こいつ」
「容赦の無さを絶賛されたんだけど、私」
「……え?」
その後、『物事を本能で判断する二人だからです』というアーヴィレンの一言が正解とされたのだった。
ゼブレストは宰相様の気苦労と引き換えに『正しい選択』をしたようである。
※※※※※※
小話其の二 『魔導師というもの』
この世界において『婚約』は非常に厄介なものだと認識されている。
それは偏にある魔導師が原因であった。
二百年前の大戦前後に存在した彼を人々はこう呼ぶ。
『優しき魔導師』、『世界の守護者』――と。
男は手元の紙に目を落とし口元を歪ませる。面白いほど自分の筋書きどおりに事が運んだのだ、無理も無い。
「本当に愚かな者ばかりで助かりましたよ。こんなに上手くいくとは」
大陸全土を巻き込んだ大戦は終結したばかりである。その原因ともいうべき『ある出来事』を二度と繰り返させないようにしなければ人はまた繰り返すだろう。
『彼ら』は何も悪くなかった。
この最悪の事態を引き起こしたのは扱えもしない力を望み無理に手に入れた連中だ。
表に出せないからこそ、事実を知る者達は一層罪の意識を抱く。
『彼ら』――異世界人は時折この世界にやってくる『旅人』だ。
別の世界からやってくる彼らのもたらす知識は実に興味深く、また素晴らしいものだった。
慣れぬ世界で生きることに必死になりながらも、知識を授けてくれる彼らとこの世界の住人達の関係は良好なものだったろう。
だが。
それを利用しようとする者達が居た。ある国の権力者達は彼等の知識を侵略に利用しようとしたのだ。
これが国を守る為だったならばそこで終わったかもしれない。けれど愚か者達が望んだのは大陸の統一だった。
魔術の様に人が使うならば強力なものほど多くの魔力を消費し魔力切れを起こすだろう。では、それを道具で成し遂げられるようになってしまったらどうなるのだろうか?
自分達以外は死ぬべきとも受け取れる発想である。だが、運の悪いことにそれを実現できてしまう者が居たのだ。
その異世界人も初めからそんなことは考えていなかっただろう。ただ、魔術を誰でも使えるようにと研究を重ねていたらしい。そこに目をつけられたのだ。
この世界で家族を得ていた彼は、家族の命には代えられぬと国に言われるまま研究を成し遂げた。民間人でしかない彼に助け手などあるはずはない。そうするしかなかったのだ。
アンシェスの技術を元にしたというその兵器によって多くの国が被害を受け、その火種は大陸全土にまで広がっていった。争いは争いを生む、それは当然のことだろう。
『製造方法が判ればどの国も使い出す』――何故、そんな簡単なことに思い至らなかったのか。
唯一の救いは己が罪の重さに耐え切れなくなった彼が兵器の対策を他国に流し、自分と共に国を滅ぼしたことだろう。散々使ってきた兵器による自滅は他国に恐怖を抱かせ、武器を捨てることを選択させたのだから。
だが、傷跡は深すぎた。大戦が終結しようとも滅ぶ国が出るほどに。
だからこそ自分は異世界人と世界を守る為の『手段』を提案した。今ならば賛同を得られる確信があったのだ。疲労している権力者達は原因を知っているからこそ頷かせることができるだろうと。
それは異世界人に守護役を与えることだ、しかも複数の。
『二国以上からそれなりに身分の高い守護役を選出し婚約関係とする。これならば争うことなく正当な言い分の下、知識の共有はされる。一つの国が利用しようとするなら別の国が牽制すればいい。守護役なので性別は問わない。
異世界人にしても生活する上で最低限の保護は必要だろう。婚姻ではないのだ、悪い話ではあるまい』
尤もこれは建前で意図するところは別にある。『婚約』という罠が権力者達の思惑を覆すのだ。
この世界において婚約は大した意味を持たない。貴族や王族は幼い頃から婚約者が変わることなど珍しくはないのだ、一々気にしていたらきりが無い。政治的意味合いを持つからこそ当たり前なのである。
だからこそ、互いに『破棄する権利』が認められている。一方的なものでも成り立つように。
もう一つは『婚約は互いが了承した上のもの』ということ。今回は複数の婚約者全てが頷かねば成り立たないということである。
そこが前提となっていることに愚か者達は気付かない。
まず、守護役に該当する婚約者。利用するようなら異世界人本人が任を解いてしてしまえばいいのだ、煩い事を言うならば他の守護役を頼ればいい。これで束縛されることはない。
守護役全員が信用できなければ他国へ赴き破棄した上で新たに婚約を結ぶ。新しい契約が優先されるので完全に手が出せなくなるだろう。
次に責任において。力を得ようとする者の中には弱みを握って脅迫――守護役に収まり知識の共有を強制してくる者も居るかもしれないのだ。
見知らぬ世界に放り出された彼等が、命の恩人とも言うべき手を差し伸べてくれた人々を見捨てるとは考え難い。
だが、世界が平穏である為には切り捨ててもらわねばならない時もある。
その場合、異世界人『個人』が決断すれば槍玉に挙げられてしまうが、守護役ならば『国の判断』になるのだ。個人ならば許せぬ人々も国の方針ならば納得せざるをえない。責任は国にある。
この制度はあくまで『異世界人を護り、それ以上に世界を守る為のもの』なのだ。
異世界人に対し高い評価をしながら放置していた国の対応が大戦に繋がっている。この世界の事を背負うのはこの世界の者でなければならない、そして異世界人も己が価値を知らなければならない。
それを認識させるための措置なのだ、だからこそ騙すような手を使ってでも認めさせた。
一見、取り巻きが多く居るように見えて実は守護と監視を担っているだけなので、できるなら友人関係を築ける者を選んでくれればと思う。
「後は……これより訪れる異世界人達が我らの良き友人であるよう、我らの子孫が愚か者でないよう願うしかありませんね」
ひっそりと男は呟き、本当の意味で大戦の傷跡を忘れてしまうだろう後世に思いを馳せた。
彼の提案した制度は多くの国に認められ、その実態が露見した後も反故にされることはなかった。
自らも守護役に就いたとされる彼は友も世界も守ってみせたのだ。
主人公が存在する時代では大変美化されている魔導師の話。
実際は世界と友人の為に詐欺紛いの制度を認めさせた、賢いけど発想がアレな人。(=普通は婚約制度を利用しようとは考えない)
他にも色々やったので魔導師が厄介だと言われているのはこの人が原因。勿論、イルフェナ産。
この世界に来ても本当の意味でのハーレムは無理という、『お姫様扱い』や『主人公扱い』に憧れる人々の夢を砕いた元凶。(現実を知らされますからね)
白騎士が主人公を城に呼ぶ為の餌に使った『気に入った奴を云々~』はこれのこと。