番外編・ある騎士の後日談
※全て、サイラス君視点でお送りします。
――其の一・サイラス君の独白
各国からの営業報告――という名の暴露――に目を通した陛下は、それはそれは凶悪な笑顔を見せた。
「ふん、やはりか。まあ、奴らがまともに営業をこなすなど、無理があろう」
……。
陛下は最初から、アロガンシア公爵家一家が無事に営業を終えるとは思っていらっしゃらなかったらしい。
だが、それには俺も同意だ。商品を売り込み、相手に購買意欲を起こさせることが可能な頭があるならば、彼らはこんな事態に陥ってはいないだろうから。
ぶっちゃけ、『ざまぁ!』としか思わない。
今回ばかりは、魔導師殿の性格の悪さに拍手喝采だ。
こんなことを思うのは、俺ばかりではないだろう。ルーカス様のことでは元凶と言われても仕方がない行ないをした側近の皆様とて、アロガンシア公爵夫妻とリーリエ嬢には眉を顰めていたのだから。
そうは言っても、相手は公爵家。彼らがいくら陛下の側近という立場だったとしても、叱責なんて真似ができるはずがない。
しかも、公爵夫人の方は未だ、自分が王家の皆様にとっては『配下』――降嫁した時点で、身分的にはこの認識が正しい――になると理解できていないのか、王家の皆様に対し、随分と遠慮のない言動。
それでも、陛下の妹君であることは……王家の血を引いていることは事実であって。
陛下が出した結論は『自分の代はある程度見張るに留め、次代に移り変わる際にその勝手な行動を糾弾して、切り捨てる』というもの。
ある程度は好きにさせる代わり、その言動を逆手に取って『誰もが納得する隔離』という流れに持っていく。
少なからず影響を受けるだろう側室様も、そして第二王子殿下でさえも、その流れには納得されていた。どちらかと言えば、全く非のないお二人に傷を負わせることを、他の皆様方の方が憤っていたと思う。
――そんな中での、ルーカス様の騒動。
俺が必要以上にルーカス様に憤ったのは、あのアロガンシア公爵家の者達とルーカス様を、無自覚のままに重ねてしまったからだ。
だから、ヴァージルがルーカス様に付いて行くことが不満だった。ルーカス様にそこまでの価値があるのか、と。
……。
実際に愚かだったのは……目を曇らせていたのは、俺の方だったが。
魔導師殿の指摘は決して、感情優先のものではない。証拠と根拠をあげ、時にはそれらの当事者であったことを踏まえながら、ただ事実を提示しただけ。
側近の皆様達が反論できなかったのは、彼らにも心当たりがあったからだろう。そして、気付いたのだ……『魔導師殿の指摘を否定するものが、何もない』ことに!
一度認めてしまえば、仕出かしたことの恐ろしさに震えが止まらないだろう。
己が罪を自覚できるような方達だからこそ、平静ではいられまい。
まあ、そこを遠慮なく追い打ちしていったのが魔導師殿なのだが。あの人は優しいのか、酷いのか、本当に判断に困ることをする。
ルーカス様への攻撃に加わらなかった俺でさえ、ルーカス様の見方が劇的に変わったのだ。皆様の衝撃、そして後悔は、どれほどのものだったのか。
ルーカス様は次期王として、十分な能力を発揮されていた。
騎士であるヴァージルへの態度を見ても、貴族至上主義ではない。
何より、周囲に何を言われようとも、努力されていた。
……それらを認めずに陛下と比較しまくった挙句、訪れるはずだった未来を壊した。自分勝手な主張を、多くの同調者が居ることが正義の証とばかりに平然と口にする、多くの『愚か者達』が!
陛下への忠誠心がある者からすれば、後悔は半端ないことだろう。逆に、自分のしていることを軽く考えていた者達は今後、言い訳三昧になるのかもしれない。
そこまで考えて、溜息を吐く。……あの言いたい放題だった時間は、魔導師殿が気を使ってくれた可能性もあることに気が付いて。
魔導師殿の指摘は……罪を自覚させるように紡がれた数々の言葉は。『部外者』という視点から見た場合、とても当たり前のことだったのだろう。事実、ルーカス様は他国の皆様から同情されていたようだしな。
気づかないままならば、キヴェラは各国から陰で笑われていたかもしれない。
その思い込みに付け入って、国の崩壊を目論む輩が再び出たかもしれない。
何より、魔導師殿は『馬鹿は嫌い』と言い切っているじゃないか……気が済んだ途端、あっさりと態度を変えた魔導師殿は、ルーカス様の才を認めていたとしか思えない。
ならば、夜会やその前からの親しげな態度は……『今後のルーカス様に価値を付与するため』。
『魔導師と親しい』というのも十分な価値だが、それだけではない。これからルーカス様や弟様達に再び悪意を向けるならば、魔導師が参戦する可能性があるという、『キヴェラへの警告』。
つまり、魔導師殿はキヴェラの貴族達を『全く』信頼していないわけだ。
陛下はそれに気付いたからこそ、『次代へと魔導師殿を関わらせる手段』としてのルーカス様を『失えない』。
正直、いくら人材の後ろ盾となる公爵家が必要だろうとも、王家の皆様の温情だけで許可するには無理がある。事情があろうとも、ルーカス様の仕出かしたことによって、国は敗北したのだから。
だが、それを覆すのが『キヴェラを敗北させた魔導師が唯一、協力しそうな相手』という価値。
魔導師殿は本っ当〜に! 何を仕出かすか判らないので、緩和剤になりそうな人物を失うことは誰だって避ける。
陛下が退かれた後を案じる声とてあるのだ……今現在、唯一、魔導師殿の相手になりそうなのが陛下しかいらっしゃらないので、声ばかりが大きい臆病者達は挙って、ルーカス様が家を興すことに賛同するに違いない。
陛下、魔導師殿、そして……それに協力する各国の者達。今代は本当に、『化け物』が揃っていると痛感する。ルーカス様が劣っているとは思わない。単に、『常識人過ぎる』のだ。
魔導師殿ばかりが目立っているが、その協力者達も大概だ。与えられた情報と己が手腕を駆使して魔導師殿の思惑に辿り着いた挙句、自分ができることを探して動いているじゃないか。
黒猫の同類達は、各国で息を潜めているに過ぎないのである。何それ、超怖い。
俺は魔導師殿との接点となってくれたルーカス様に日々、感謝してやまない。
ああ……本当にあの魔導師はどこまで先を見据えているのか。ろくでなし(注:本人の自己申告)だが、味方に付ければ、彼女はとても頼もしかった。
あの人は自分が泥を被ることになろうとも、望んだ決着に必ず辿り着く。その才覚に拍手したらいいのか、執念深さに恐れ慄くべきかは、自分がどちらの陣営に居るかで決まるのだろう。
そして今、俺はとても清々しい気分だった。今なら、全開の好意で魔導師殿を迎える自信がある……!
そんな俺の手にあるのは、魔導師殿が『各国からの報告書。私への個人的なものだよ』という言葉を添えて送ってくれた紙束。その内容は当然、彼女の望む結末に属するもので。
ありがとう、魔導師殿! 今夜は美味い酒が飲めそうだ!
※※※※※※※※※
――其の二・弟王子達の場合
「……ですから……」
「ああ……それなら……」
微かに聞こえてくる声に、目的の人物達の在室を知る。彼らは政に参加するには未だ歳が足りず、今回も関わることを許されてはいなかった。
勿論、彼らは不満そうな顔をした――あからさまだったのは、第二王子殿下だ――が、陛下より『此度の功績こそ、ルーカスが家を興す際の決定打になる』と嗜められたのだ。
ルーカス様の今後には、此度の功績が必須――それはお二人にも理解できていたのだろう。渋々だが、引き下がっていた。
それでも、情報の共有や参加者達との顔合わせは成されたが。無関係ではいられない案件のため、こればかりは仕方がなかったのだろう。
……が、そこで予想外の事態が発生。
魔導師殿と接する機会を得たことにより、弟王子様方は彼女と交流し――何故か、尊敬に値する人物と認識してしまったのだ……!
ルーカス様への心ない言い掛かりを晴らしたことは勿論だが、頭脳労働職と言い切る魔導師殿の手腕に心底、感心したとのこと。
……。
まあ、弟王子様方からすれば、魔導師殿は『身分がなく、無力なはずの異世界人が、王族・貴族を相手に勝利してみせた』という実績を持つ逸材。興味を抱くのも仕方がない。
しかも、魔法を用いての実力行使ではなく、策を巡らせて追い込む場合が大半なのだ。お蔭で、『元の世界では善良な民間人でした。犯罪歴皆無』という魔導師殿の自己申告は、誰も信じていない模様。
当たり前だ。修羅の国の外道魔導師が、何をほざいてやがる。
寝言を言うのも大概にしやがれ、飼い主以外に懐かない珍獣が!
ただ、弟王子様方からすれば、魔導師殿は理想的な『相談相手』であった。……あのお二方、ルーカス様を追い落とすような真似をした輩達を一切、許す気がないようなのだ。
ルーカス様のみが未来を違えたような思われ方をされているが、弟王子様方にとってもそれは同様。お二人が兄上様を支え、第一の臣下となる気満々だったと知っている者達は、『お労しい』と目を伏せた。
それだけで済むはず、だった。
『私、裏工作は超得意♪』
こんなことを平気でのたまう大馬鹿者と知り合えば、胸に秘めた報復計画が現実味を帯びてくることは当然であって。
結果として、弟王子様方は魔導師殿に好意的なのだ。当の魔導師殿も嬉々として弟王子様方に協力しそうなので、俺は今から胃が痛かったりする。
「それでも、こんなものを見せてやろうと思う程度には、俺はあの方達の悔しさを目にしてるんだよなぁ……」
目を落とすのは、読み終わったばかりの『魔導師殿からの報告書』。個人的な報告であるため、書かれている内容は物凄く面白……い、いや、個人的な感情優先に書かれている。
――これを読めば、アロガンシア公爵家一家に怒りを覚えていたお二方とて、溜飲が下がるだろう。
そう考えた俺は陛下に相談し、めでたく許可を得たわけだ。……陛下も危機感を覚えたから、という理由ではないと思いたい。
「失礼します。お見せしたいものがあるのですが……」
「ああ、父上より聞いている! 早く見せてくれ! 待ちかねたぞ!」
ノックをして一声かければ、即座に聞こえてくる入室許可の声。っていうかですね、陛下? 先ぶれまで出しておられたんですか!?
先ほどの疑惑が思い出されて仕方ないが、俺は陛下に忠誠を誓う騎士。その采配、ご判断に疑問を抱く必要はない。……顔が引き攣っているのは気のせいだ。そう、全部気のせい!
必死に思い込みつつ、室内に足を踏み入れると、そこには期待に目を輝かせた弟王子様方が。無言の圧力に耐えきれず、腹を括って報告書を差し出した。
それは即座に俺の手から離れ、お二人が早速とばかりに目を通し出す。読み進める毎に、お二方の目が輝きを増していった。……もう、どうなっても知らん。
「あはははは! 随分と無様な姿を晒したじゃないか。成程、これでは一家揃って寝込んでも仕方ない!」
「ふふ、本当ですね。……あの人達は放っておいてもボロを出すでしょうから、僕達は他のことをしませんか?」
「そうだな。そもそも、あいつらは父上に譲ってやらなければ」
……。
おいおい、弟王子様方? 貴方達、俺の目の前で一体、何を言ってくれてるんですか……?
そう思えども、俺は一介の騎士。実行しかけているならともかく、今は『口にしているだけ』。陛下へと報告することが精々だ。
だが、弟王子様方はそんな事情などお見通しとばかりに、俺の前で言いたい放題してくださった。
「ルーカス兄上のことがあるから、俺は『今は』動かない。……やるならば、王太子の地位に就いてからだ。そうすれば、国にとって不要な者の排除とて、立派な義務と言い切れる。『第二王子』という肩書だけでは、兄上にまた庇われてしまうからな」
うん、報復する気、満々ですね! ところで、第二王子殿下? その回りくどい方法は一体、誰から伝授されました? どこぞの黒猫が考えそうなことに思えるのですが。
「だったら、僕はこれまで以上に情報を集めておきますね! 兄上達のお役に立てるなんて、僕、嬉しいです!」
性格・容姿共に大人しい印象の第三王子殿下は無邪気に笑って、兄上様の手助けを宣言する。だが、その言葉に、俺は妙な引っ掛かりを覚えた。
……ん? 『これまで以上』に?
……。
し ま っ た ! こ の 方 、 行 動 派 だ っ た か !
「あの、第三王子殿下。頼もしいお言葉ですが、あまり危険な真似はなさいませんように。第二王子殿下から敵視された者が、貴方様を取り込もうと画策してくるやもしれません。……ルーカス様も心配されますよ。無茶をなさいませんよう」
不敬に当たるかもしれないと思いつつも、諫める言葉を口にする。だが、ルーカス様が弟王子様方を可愛がっていると知っている以上、諫めずにはいられなかった。
第三王子殿下は諫める俺の言葉に、きょとんとした顔になり。
「大丈夫ですよ! だって、『情報収集は優位に立つためにも有効です』と教えてくれたのは、僕の教育係ですから」
にこにこしながら言い切った。確かにそれは事実だが、今回のことは所謂『キヴェラの内輪揉め』だ。言い方は悪いが、第三王子殿下では『子供の戯言』とされてしまう可能性があった。
はっきり言えば、彼らには政治的な経験がないため、その発言力が弱い。……様々な意味で『力がない』のだ。下手に悪目立ちすることは危険であろう。
「は……ですが」
更に言い募ろうとする俺を制し、第三王子殿下は微笑んだまま話し出した。
「僕の教育係はね、以前、ルーカス兄上のことを悪く言っていた人なんだ。それに、僕のことも内心では見下していた。まあ、母上の身分は王妃様やもう一人の側室様と比べて低いから、仕方ないけどね」
不快な内容のはずなのに、第三王子殿下どころか、第二王子殿下も楽しげな笑みを湛えたまま。対して俺は、その教育係のアホさ加減に呆れてしまう。
身分が劣ろうとも、王妃様やもう一人の側室様が対等に扱う意味。そして、側室にと望まれたということは、かの方が『認められている』という証。
どこに馬鹿にする要素があると言うのだろうか。寧ろ、容姿で選んだとか言い出した場合は、俺が抗議するだろう。側室の決定は陛下のご意思なので、遠回しに陛下を侮辱しているようなものなのに。
「陛下に報告を致します。随分と、愚かな教育係がいたものですね」
「うん、貴方なら母上のことを正しく評価していると思っていました。でもね、そんなことができない人であっても、『僕の教育係になれた』んですよ。だから、教え子として少し、利用させてもらおうと思って」
無邪気な笑みのはずなのに、どこか迫力を帯びたそれ。思わず目を見開けば、第三王子殿下は「内緒ですよ」とでも言うように、そっと立てた人差し指を口元へと押し付けた。
「あの人の教えに従って、僕は『僕にとっての正義のため』、情報を収集した。そして、僕は父上達の敵になる気はない。……きっとね、そのうち父上にバレて、僕はお叱りを受けると思うんです。そこで『色々と』話したら……どうなるでしょうね?」
「くく、兄上が色々と言われていた頃から随分と、情報を集めていたからな。なに、子供と侮って油断したのは奴ら、不敬どころか反逆と言われても仕方がないことを口にしていたのも奴ら……言い逃れはできまいよ」
「僕達、成人前の子供ですから。兄上を悪し様に言われたことが悔しくて、反論の材料を探していただけなんです。ただ、大人の父上からすれば、問題に思える情報もあるんじゃないかなぁ?」
成程、弟王子様方は『兄上が悪し様に言われるのが悔しくて、反論の材料を探した』と。ちょっと遣り過ぎて陛下に見つかり、叱られることまでが計画の内なのか。
そして、その『情報収集は優位に立つためにも有効』と教えたのは、ルーカス様と第三王子殿下を見下していた教育係。この情報も陛下からのお叱りの際、確実にばらされるだろう。
しかも、必要以上の悪意をもっての暴露。陛下がそれを不審に思わないはずはないから、その教育係は間違いなく、選定した者共々、徹底的に調べられる。……言い逃れはできまい。
決定を下し、調査を進めるのは大人の仕事というわけか。だからこそ、自分達は警戒されにくい立場を活かして情報収集に勤しむ、と。中々によく考えられている。
素直に感心していると、お二方はとんでもない暴露をしてくれた。
「もっと容赦なくしたかったら、魔導師殿がいつでも相談に乗ってくれるそうですよ? あ、『そのまま情報を提出するよりも一捻りして、教育係を追い落とそう。この程度で反論に困る教育係なら、要らないわ』と言って、助言をくれたのも魔導師殿です」
「兄上とも遠慮のない関係を築けているようだし、頼もしい方だな」
やっぱり、あの黒猫の入れ知恵じゃねぇか……!
後日談・キヴェラ編。一部の人達に暗雲が立ち込める模様。
なお、サイラスが弟王子達を名前で呼ばないのは、以前、嫉妬からヴァージルが
『気安く名を呼ぶな』と言われていたことが原因。
兄上大好きな弟は、常に一緒に居る騎士に嫉妬してました。羨ましかったのです。
※来週の更新はお休みさせていただきます。
※活動報告に合本版のお知らせと、特典の詳細を載せました。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。
現在、毎週水曜日更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。
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