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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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397/706

番外編 傍に居るのは緑の守護者

 ――ゼブレスト・とある沼にて(ルドルフ視点)


「ほら、おたま。遊んで来ていいぞ」


 くーぇっ! くぇっ!


 促せば、おたまは一度こちらを見て返事をした後、沼へと飛び跳ねていく。目指す先の沼には、数多くのカエル達が戯れていた。

 ここは本来、おたま達が暮らしていくはずだった場所。そして今、沼で生活しているカエル達の大半は城で成体になったカエル達だった。

 今は離れて暮らしているとはいえ、元は同じ群れの同族達。通常のカエルよりも知能が高い――種としては、おたま達は魔物に該当する――彼らは仲間が判るらしく、再会を喜んでいるようだ。

 そんなカエル達の姿を微笑ましく思うと同時に、少し……ほんの少しだけ、羨ましいと思ってしまう。


「あれが本来の姿なんだろうなぁ……人間と違って、争うことなんてなさそうだ」


 俺にとって『家族』という言葉は、非常に縁の薄いものだった。

 王族、貴族というものは血縁同士で争うことが珍しくない。特に、『当主』や『王』という、『唯一の立場』が絡んだ場合は最悪だ。互いの勢力・関係者を巻き込んでの争いとなってしまう。

 ……。

 いや、それならばまだマシ……なのかもしれない。少なくとも、俺は納得できる。勝者となった者は、そうなるだけの力があるのだから。

 勿論、勝者が傲慢な野心家である場合とてあるだろう。だが、無能なままに多くの敵を作れば、その地位を引き摺り下ろされるだけ。それだけのこと、なのだ。

 俺の場合、父が自分の愚かさを恥じるのではなく、多くの優秀な者達に嫉妬したことが全ての発端だった。

 王である以上、幼少よりその周囲には優秀な者達が集められる。王を支えることは同時に、国を支えることと同じ意味を持つので、それはどんな国でも同じだろう。

 ……が。父は周囲の予想以上に卑屈であった、らしい。

 自分を助けてくれる者達の才覚と自身の力量を比較し、落ち込んで。彼らに唯一勝る『王』という地位に縋ったのだ。


 愚かとしか言いようがない。父は自分で自分の首を絞めたも同然。


 そうして個人的な感情のままに、疎ましく思う者達を排除していった結果。父の周囲にはご機嫌取りが溢れ返り、国は荒れた。

 まあ、それでも潰されなかったのが、クレスト家を筆頭とする一派なのだが。彼らの庇護があったからこそ、俺はまともに育ったと言えるだろう。

 ただ、父が付けた傷跡はそのクレスト一派にさえ、深く根付いている。年若いアーヴィが宰相の地位に就いているのは、俺と歳が近く、相談役になれることばかりが理由ではない。

 ……彼らは先代を諫めきれなかった責を感じ、進んで次代を支える立場へと移っていった。言い方は悪いが、華々しく活躍する場を捨て、次代の育成と国の維持に努めてくれたのだ。これらのことを見ても、父の愚かさが判るというもの。


 国を第一に考えなければならないはずの者が、自身のことしか考えず。

 国への貢献を期待された者達は華やかな未来を捨て、進んで裏方へと回った。


 俺が諦めなかったのは、王族としての意地や義務感、そして父への失望ばかりが原因ではない。そんな彼らを知るからこそ、諦めるわけにはいかなかったことも大きい。

 その弊害が……父に失望した者達からの、過剰な『期待』。

 父からすれば、俺は最大の裏切り者にも思えたことだろう。ある意味、自分が絶対者となれる『息子』という存在が、自身の脅威として立ちはだかる……父と敬うことをせずに。

 俺があの人に憎まれる要素は揃っていた。それでも、俺自身が屈することを選ばなかった……親子としての情を選ばなかったからこそ、『今』がある。


 父と敵対した時点で、覚悟はできていた。

 残念に思うことはあっても、後悔はない。


 それでも……アーヴィとセイル、エリザとその家族達の遣り取りを目にする度、寂しく思う気持ちが湧き上がっていたことも事実。彼らを困らせてしまうから、口にしたことは一度もないけれど。

 そこまで考えて、苦笑する。それらは全て過去のことだと……最近はそう思うこともなくなったと、思い出して。

 理由は簡単、ミヅキと知り合ったからである。

 異世界人であるミヅキは冗談抜きに、たった一人でこの世界に来たはずだ。いくら保護者や守護役がいようとも、その孤独は変わらないはず。


 しかし、そこは自己中娘。ミヅキは周囲を唖然とさせるほど逞しかった。


 最初にゼブレストに来た時は役目のこともあり、それはもう色々と言われたはずである。報告書にもそうあったので、これは間違いではないだろう。

 だが、ミヅキはそれで落ち込んだり、塞ぎ込むような性格をしていなかった。


『周りに敵しかいなけりゃ、遣り放題じゃない! 私は自分の身が可愛い』


 そこで何故、『自分の身が可愛い』=『敵は弄び、ボロボロにした挙句、踏み台として活用』になるのかは判らんが。『自分の身が可愛い』のではなく、『自分だけが可愛い』じゃないのか? と、当時は何度思ったことか。

 まあ、とにかく。ミヅキにとって『孤独』とは、自分の関係者に被害が及ばない状況であったわけだ。この時はエルシュオンともそれほど親しくなかったはずだから、エルシュオンへ抗議がなされようとも、気にすることはなかったと思われる。

 それで成功してしまったら……その後、いくら言っても改善されるはずはないだろう。


 親猫の教育は早くも、ここで躓いていたわけだ。

 黙っていた俺も大概だが、親友の味方をしてやりたかったので後悔はない。


 ……。

 いや、ちょっとは後悔してるけどな!? まさか、あのままガンガン己の道を突き進むとは思ってなかったんだよなぁ……エルシュオンには悪いことをした。

 そうは言っても、皆が慌てている姿を見るのはちょっと気分が良い。

 度々、アーヴィ達に唖然とされているが、俺はミヅキの思考がある程度判るのだ。これはエルシュオンも同様。俺達三人だけの繋がりのようで、かなり……嬉しい。

 というか、アーヴィあたりは俺達三人を兄弟のように捉えている節がある。位置付けはエルシュオンがしっかり者の保護者にして長兄、その下にミヅキと俺(=手のかかる妹&弟)だろう。

 他国の王族相手にその認識もどうなんだとは思うが、それだけ俺が頼ってきたということだ。これまでも問題が起きた際、黙っている方がエルシュオンに怒られたから、面倒見が良いのは事実なのだが。


 ――それでも俺とエルシュオンには立場があるから、ミヅキの『悪戯』に全て付き合えるわけじゃない。


 今回も俺、置いて行かれたし! ぶっちゃけ、セイルと代わりたい!


 おたま達の故郷に、護衛付きのお忍びで遊びに来ることを許されるくらいには、俺はやさぐれていた。毎回、毎回、楽しそうな事後報告をされる俺を、アーヴィは哀れんでくれたのだろう。

 だが――


「俺は……いや、『俺達』は変わったよなぁ」


 ミヅキが来る前は、こんなことを考えている余裕などなかった。勿論、お忍びなんて、以ての外!

 身動きが取れず、状況を好転させることもできず。まして、エルシュオン以外に頼る存在などなくて。

 それが今では、どうだ。

 ミヅキを通じて他国に顔見知りができただけでなく、俺の周囲は冗談を言い合う余裕ができて。あのアーヴィでさえ、お忍びを許してくれるまでになった。

 その切っ掛けと言うか、成し遂げてみせたのがミヅキ……異世界人の魔導師。

『世界の災厄』と呼ばれるはずの存在は、このゼブレストにおいて救世主に等しい働きをしてくれたのだ。

 まあ、それが善意ではなく、個人的な感情ゆえの行ないというあたりがミヅキだが。ミヅキに出会って、俺達は悟った……『突き抜けた自己中、最凶……!』と!

 欠点にしか思えない要素も、使い所によっては凄まじい長所と化すらしい。それに頭を抱えるのがエルシュオンだけなので、良い方面のみが評価されていく。

 哀れ、親猫。常識人にとって最後の砦であり、ミヅキの被害を受ける者達にとっての救世主は間違いなく、エルシュオンだ。

 魔王殿下という渾名を持つ王子も、ここ一年で周囲が劇的に変化したことだろう。……主に『親猫』とか『魔導師の保護者』といった方向に。

 今では、エルシュオンを悪し様に言う輩の方が少ないだろう。本物の外道(=ミヅキ)に接した者達にとって、エルシュオンは『慈悲深い王子様』(=魔導師のストッパー)。

 元からの面倒見の良さもあって、彼の評価はガンガン良い方向に上がっている。それがミヅキの策略のような気がしなくもないが、黙っているのが友情だろう。


 くーぇっ!


 そんなことを考えていると、おたまの鳴き声が。

 視線を向けると、おたまは座り込んでいる俺の元へと戻って来ており、そのすぐ近くには――


『貴方がルドルフ様ですね。この子達がお世話になっております』

「は……? あ、ああ、どうも」


 白い蛇……のような生き物がいた。頭に響いてくる中性的な声に、思わず返して会釈する。そうは言っても、俺は正直、混乱していた。

 いやいや……この蛇(?)は今、念話で喋ったよな? え、言葉が理解できてるのか!?


『ふふ、人が思うよりずっと、我々は理解できるものが多いのですよ』


 俺の混乱を察してか、蛇は目を細めて笑った。人を相手にしているような状況に、俺の頭も冷えてくる。

 ……。


 うん、こいつ普通の蛇じゃないわ。おたま達を餌として見てないし、瞼あるもんな。


「どうされました!」


 俺の異変を感じ取ったのか、距離を置いて護衛してくれていたユージンが駆けて来る。そして、目の前の二匹の姿に、軽く目を見開いた。


「これは……恵みの蛇?」

『そちらの騎士様は初めてお目にかかりますね』

「な!?」

「落ち着け、ユージン。こいつはおたまが連れて来たんだ。どうやら、知り合いらしい」


 蛇の名前を知っていたユージンでさえも、会話が可能ということは知らなかったようだ。落ち着かせるように近くにあった足を叩くと、困惑気味な表情のまま、俺の方を向く。


「正式名称は忘れてしまいましたが、通称『恵みの蛇』と呼ばれる魔物です。温厚で草食な種で、尻尾にかけて薄っすらと薄紫色になっているのが特徴です」

「へぇ……『恵みの蛇』って言うのか」


 確かに、尻尾にかけて薄紫色掛かっている。やはり、魔物らしい。


「ちなみに、肉が美味いと言われております」


 美味いのか。

 ……。

 おい、さりげに食料扱いされてなくね? さすがに『食用』とは言いにくいから、『恵みの蛇』って呼ばれている気がするんだが。


『そう言われているようですね』

「お前も知ってるのかよ!?」

『人以外にも、捕食されることが多い種ですから』


 思わず突っ込めば、恵みの蛇は何でもないことのように返す。……そういや、おたま達も食料扱いされる種だったな。そして、この恵みの蛇――もう『蛇』でいいだろう――にカエル達はとても懐いているようだ。

 なるほど、この蛇はカエル達の保護者のような存在であり、この沼に共存していたのか。今も、この蛇がおたまを見る眼差しはとても優しい。

 ……が。

 その微笑ましい光景を前にして、俺は不意に気付いてしまった。


 俺達……この蛇からお子さん達(=カエルの幼生達)を掻っ攫ったんじゃね?


 発案はミヅキだが、俺達も同罪だろう。ああ、幼生達が居なくなった沼で、寂しげに項垂れる白い蛇の姿が目に浮かぶ……。

 そこまで考えた俺の行動は早かった。


「申し訳なかった!」


 即座に姿勢を正して手を着き、深々と頭を下げる。ミヅキ直伝の『土下座』だ。相手への敬意や誠意を表す時に有効と聞いたので、間違ってはいないだろう。


『あの、どうされたのですか?』

「この沼の幼生達を攫ったことに対してだ! 貴方はカエル達の保護者のような存在なのだろう? 事情があったとはいえ、申し訳なかった! この場に居ない親友の分も謝罪する!」

「……! 騎士の代表として、私も謝罪致します。ルドルフ様の護衛を担当しておりますゆえ、このままの姿勢でいることはご容赦願いたい」


 俺の行動に、はっとした様子のユージンも謝罪を述べた。そんな俺達の姿に、蛇の困惑したような気配が伝わってくる。

 だが、蛇から発せられたのは、俺達への恨み言などではなく。


『頭を上げてください、お二方。確かに、あの時はとても寂しく、悲しく思いました。ですが、それは私自身の不甲斐なさゆえ。この子達を守ってやれない、脆弱な私自身に対する情けなさゆえなのですよ』


 驚いて顔を上げると、蛇は沼で戯れるカエル達の方を眺めていた。


『あの子達が帰って来た時は、本当に驚きました。立派な姿になって、痩せ衰えてもいなくて。そして、口々に言うのです……【恐ろしい思いをすることも、飢えることもなく、とても大切に育ててもらった】と』


 それも嘘ではない。俺達は無垢な目で見上げてくるカエル達が可愛かった。

 だが、利用したことも事実なのだ。


「利用するために育てたことは事実だ」

『それが何だと言うのです。ここはね、本当に危険な場所だったのですよ。牙も、爪も持たぬ種、そして全て狩り取られなければ、やがて増える……肉食の者達にとって、良い餌場だったのです。それでも、私にはどうすることもできなかった』

「……恵みの蛇に毒はありません。通称の由来も、飢餓に苦しんだ者達が口にし、助かったことからきています。好戦的な性格でもありませんから、肉食の獣や魔物が相手では、どうにもならなかったかと」


 ユージンの補足に、この蛇の悔しさを悟る。その無力感、悔しさは、まさしくかつての俺が抱いたものと同じ。


『それだけではありません。この子達を慈しんでくれた方達は沼の周囲に甘い実が成る木を植えてくださり、恐ろしい肉食の獣達を狩ってくれたのです。それらは簡単なことではありません。この子達が愛されているという、何よりの証でしょう』

「あ〜……うん、そう聞いている。木の実については俺の親友……ミヅキの提案だ。『最大の敵は飢餓だ! この子達にも日々のおやつを!』って言い出して、一年中実を付ける木に、何やら手を加えていたな」


 魔法で行なう品種改良モドキ……とか言っていたような。何でも、甘みが強いものと掛け合わせ、改良したとか。

 勿論、公にはできないので、『何か言われたら、【突然変異】で済ませろ』と言われている。まあ、見た目は従来のものと殆ど変わらないので、その言い分でも大丈夫だろう。


 ちなみに、エルシュオンには内緒である。多分、今も秘密にされている。


 ミヅキは本当に、カエル達が可愛かったのだろう。俺を筆頭に、エリザや騎士達、アーヴィでさえも、この件は黙認した。いつでも餌がある状況とは限らないので、ミヅキの提案は歓迎されたと言ってもいい。

 そして、もう一つの『カエル達を襲う可能性がある獣・魔物達の駆除』は、騎士達が定期的に行なっている。セイル曰く、この沼にカエル達の様子を見に行く者の恒例行事と化しているらしい。

 ……もっとも、その様子を魔道具で見た俺とアーヴィは唖然としたのだが。


『うちの子の敵はどこじゃぁぁぁ!』

『貴様らの方を肉塊に変えてやらぁっ!』


 物騒な台詞を吐きながら作業をこなす、返り血に濡れた騎士達。ちなみに、奴らの本職はセイルの直属……俺の護衛のはずである。だが、ここまで鬼気迫った様子の彼らは見たことがない。

 まあ、俺の護衛の時は悲壮感が漂っていたというか、『お労しい』という目で見られることが大半だったしな。サクッと害虫駆除(意訳)ができない分、悲痛さを醸し出すことしかできなかったのだろう。

 だが、カエル達の敵が相手ならば、何も躊躇うことはない。騎士達は思う存分、奮闘してしまったらしい。人間にとっても危険な生き物の駆除である以上、誰にも咎められないことも大きい。


 ――そんな彼らを、カエル達は尊敬の眼差しで見つめていた。


 物騒な血塗れ騎士だろうとも、カエル達にとっては『自分達を守ってくれる、大好きなお父さん&お兄さん』。保護者な蛇からすれば、そりゃ、頼もしく見えたことだろう。


 くーぇっ、くぇ!


『ふふ、そうですか。魔導師様も、皆様も、お前達を可愛がってくださっているのですね』


 くぇっ!


 俺が若干遠い目になっている間も、おたまは蛇と会話していた。……どうやら、カエル達はこれまでも色々と報告していたようだ。この蛇は抗議ではなく、感謝と挨拶を述べに来てくれたらしい。

 そんな仲睦まじい二匹の姿に、つい、俺は口を滑らせていた。


「……おたま。お前達、ここで暮らすか? ここには仲間も、親のような存在もいる。危険も多分、ないだろう。……あの池に居れば、いつか貴族達がお前達を害そうとしてくるかもしれないぞ?」


 俺達がカエルに望んだ役割はもう終わった。今、おたま達数匹が残ってくれているのは、偏に俺達を案じるゆえ。

『魔導師のカエル』という扱いが、カエル達を守っていることは事実。だが、それがいつまで続くかは判らない……カエル達は爪も牙もない、最弱種族なのだから。

 ミヅキの代わりとでも言うように、おたまが俺に寄り添ってくれていることは知っている。だが、だからこそ。俺はこいつらが殺されることが恐ろしい。


『良き絆を紡がれていらっしゃる』


 頭に響くのは、優しい蛇の穏やかな声。


『ルドルフ様。この子達は善良ですが、【知らないこと】はできないのですよ』

「え……?」

『この子達が貴方達を守ろうとするならば、それは貴方達に愛され、守られたゆえ。自分達がそうしてもらったからこそ、学んだのです。この子達には柵がないのですから、貴方の傍に居ることを選んだのも、この子達自身の選択なのですよ』


 ――誰だって、大切な方達を失いたくはないでしょう?


 優しく響く声に頷いてしまいそうになる。だが、それはできない……俺自身がしたくはない。


「俺の周囲はまだまだ危険なんだ。下手をすれば、こいつらは殺されてしまう。俺はそんな時が来るのが……怖い」


 俺の味方をして、死んでいった者達がいることを覚えている。彼ら自身に後悔はなくとも、俺にとっては彼らの死は『俺の罪』。

 カエル達がそこに加わってしまうことを、俺は恐れている。……そして、それ以上に。


「カエル達はミヅキのことを親のように、主のように慕っている。俺のせいでカエル達が殺され、ミヅキに責められたら……折角できた親友を失ってしまったら。そう考えると、俺はとても恐ろしい」


 柵のない異世界人であるせいか、ミヅキと俺の間に身分差というものは存在しない。ゼブレストの恩人でもあるから、それを許されているとも言う。

 身内のようなアーヴィ達でさえ、俺に対する『主』という線引きを忘れることはない中、ミヅキの立場は例外中の例外だった。家族の情に恵まれなかった俺にとって、姉のような、双子の兄弟のような、かけがえのない友人なのだ。


 そんな友人に批難され、去られることが怖い。

 王ではなく、『俺』に寄り添ってくれるカエル達を死なせたくはない。


 だが――


『魔導師様は貴方の悩みをとうにご存知だったようですけど』

「は!?」

『今日、私が話しかけたのは、この子に頼まれたのです。自分の言葉を伝えて欲しい、と』

「え……」


 俺の混乱をよそに、おたまは蛇に話しかけていた。それに頷き、蛇は俺の方を向く。


『魔導師様とて、この子達が可愛いのですよ。ですが、それ以上にこの子達の意思を尊重してくださる。ご自分が身勝手に生きているからこそ、この子達にも自由であれと、そう教えたそうです』

「まあ、ミヅキはなぁ……自己中だし」

『そして、こう仰ったそうです。【生きている以上、死ぬ時は死ぬ。人生ジェットコースター、何があるか判らない】』

「おぉい! あいつ、何をほざいてるんだ!?」


 これまでの雰囲気をぶち壊す言葉に、思わず突っ込む。ユージンもさすがにフォローできないのか、視線を泳がせていた。

 しかし、蛇が語るミヅキの迷言はまだまだ続く。


『【悩むのも、行動するのも、生きていればこそ! 眠るのは、死んでからでもできる! 譲れないものがあるなら、死ぬ直前まで頑張りなさい。助けが必要だったら、私を呼びなさい。逃げたかったら、逃げなさい。だけど、後悔だけはするんじゃない。私のカエルである以上、それだけは認めない。そんな育て方はしていない】』

「ミヅキはおたまに一体、何を言い聞かせて育てたんだ……?」

「あの……カエルにそこまで求めるというのも、どうかと思いますが……」


 さすがに気の毒になったのか、ユージンが口を挟む、だが、蛇は首を横に振った。


『違いますよ、騎士様。魔導師様はこの子達を認めているからこそ、そのようなことを仰ったのです。そこに含まれるのは信頼と期待です。……事実、この子は奮い立ったのですよ。愛玩動物ではなく、貴方達の助けとなれる存在だと、言ってもらったも同然なのですから』

「「……!」」


 蛇の言葉に、おたまは胸を張った。その得意げで、誇らしげな様は、どうしようもなくミヅキを思い起こさせる。

 そして唐突に、俺は理解した。



 カエル達はミヅキ同様、何の柵もない立場だったのだと。

 あの池に留まることを選んだ時、俺が抱くだろう不安を無視することに決めたのだと!



 ああ、何てミヅキにそっくりな……魔導師のカエル達。少なくとも、おたまは間違いなく、ミヅキの類似品と化している。

 自分勝手で、自己中で、残酷で。時にとんでもなく優しい魔導師は……自分が信頼できる『同志』を、ゼブレストに置いて行ったのだ。

 だからこそ、ミヅキはゼブレストに留まらない。俺を案じていようとも、自分に連なる者達が俺を……俺達を守ってくれているのだから。

『本当に必要な時だけ助ける』。魔導師の名が知られ始めている以上、俺を過小評価させないためにはそれが最善だ。

 それに、ミヅキはよく口にしているじゃないか……『自分ができるのは、切っ掛けを作ること』だと。

 おたま達は間違いなく、この役割を担える。『警戒されることなく、どこにでも潜伏でき』、『貴族相手に攻撃が可能』で、場合によっては『ミヅキが介入する切っ掛けになる』存在。それが『おたま達』。


「俺はおたま達を軽く見ていた……いや、無自覚のまま、見下していたんだな。こいつらは弱くないのに」

『仕方がないと思いますよ? この子達は言葉を伝える術を持ちません。そもそも、伝える必要を感じていたかどうか。随分と逞しく、頼もしく成長したようですからね』

「「……」」


 俺とユージンは無言になって、おたまへと視線を向けた。対して、おたまは口の端を吊り上げ……にやりと黒い笑いを見せる。

 そして、今度こそ俺とユージンは揃って蛇……いや、カエル達の保護者へと土下座した。


「申し訳ございません! 我らの力不足が全ての原因です!」

「無邪気で善良な生き物を、何か邪悪な思考の生き物にしてしまって申し訳ない! こいつの思考が完全にミヅキ寄りになったことは、全力で詫びる!」


 俺達にとっては『可愛くて善良なカエル』だが、それ以外の者達からの評価は別物だろう。これまでは『魔導師の忠実な使い魔』的な見方をされていたが、真実は違ったようだ。

 カエル達が俺の敵を襲うのは、『ミヅキに頼まれたから』ではない。『ミヅキの思考に染まっているから、自発的に襲っているだけ』なのだ……!

 だが、それらを理解しているはずの蛇は楽しそうにするばかり。


『おやおや、お気になさらず。沼の子達もすっかり逞しくなったようですから、私も安心です』

「「!?」」


 穏やかに告げる蛇に、悪意は欠片もないだろう。それが判っているからこそ、俺は更に頭を下げた。


 どうやら、善良なだけのカエルはもういない模様。ゼブレストにおいて、カエルの認識が変わるのも時間の問題だろう。保護者な蛇は喜んでいるようだが、俺としては非常に居た堪れない。

 すまない……マジですまなかった……!

報告だけをもたらされるルドルフ。やさぐれてお忍びに出かけたら、

とんでもない事実判明。

カエル達は善良ですが、その基準になっているのが主人公や育ててくれた人達。

よって、ルドルフの敵を攻撃するのは正しいこと。(多大に主人公の影響あり)

※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

※『平和的ダンジョン生活。』も続編がスタートしました。

 現在、毎週水曜日更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。

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