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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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番外編 亡き友が遺したもの

――キヴェラ王城・ルーカスの部屋にて

※時間軸は、主人公がイルフェナに帰る前です。


 テーブルの上には数々の料理が並び、三人の男達――ルーカス、ヴァージル、サイラス――が席に着いている。そんな彼らの表情は訝しげ・困惑・達観と様々だ。

 言うまでもなく、訝しそうにしているのはルーカスである。ヴァージル君はあからさまに困惑――今回の一件で、とりあえず警戒対象からは外れた模様――し、ルーカスと私を交互に見ていた。

 サイラス君はいい加減に慣れてきたのか、キヴェラ王の許可が出ていることもあって、静観を決め込んでいる。彼にとって予想外だったのは、自分もテーブルに着く破目になったことだろう。


「おい……父上の許可が出ていることは判ったが、これは一体、どういうことだ? 食事を共にしようとでも言うのか?」

「いやいや、そこまで疑いの眼差しで見なくても……」

「貴様、これまでの己が所業を思い浮かべてみろ。父上の許可が出た以上は拒絶しないが、仲良く食事をする性格でもあるまい」

「うっわ、疑り深い!」


 ジトッとした目を向けるも、即座に鼻で笑われた。なんだよー、お食事くらいいいじゃん、別にー。


「アンタ一体、何がしたいんです……?」

「んー……お食事?」


 馬鹿正直に答えると、サイラス君は顔を顰めた。


「何故、疑問形……。いえ、それは見れば判りますけど! ルーカス様と懇意という事実を作り出すためってのは、俺でも判りますけどね!? そこに俺達まで含まれるってのが、判りませんよ」

「魔導師殿、俺達は騎士だ。いくら親しくとも、主であるルーカス様とは主従の関係だよ。サイラスが疑問に思うのも、当然だと思う」


 サイラス君の意見に賛同しているのか、ヴァージル君も頷きながら援護射撃をしてきた。そんな姿に、この二人の騎士は本当に日頃から気を付けているのだと判る。

 些細なことだが、『主従関係の明確さ』ってのは、割と重要。アル達でさえ、極近しい人達の前でしか『魔王様の幼馴染』という姿を見せないもの。

 これを怠ると、『配下と慣れ合っている』『身分差より、個人の感情を優先する』的な嫌味を言われることもあるんだってさ。要は『配下に嘗められている』と邪推されるってこと。

 たかが嫌味と言うなかれ。お貴族様には一定数、身分差に拘る人達が存在するのだよ。

 そういった奴にとっては、無条件で眉を顰める事態なわけだ。ルーカスは今後のこともあるため、ヴァージル君達も余計な敵を作りたくはないのだろう。


 ……が。私としては、その状況こそを利用したいわけでして。


「別にいいのよ、今回はこれで正しいの。だって、『ルーカスと魔導師の食事の席に、二人と親しい騎士も同席した』んじゃなくて、『魔導師が三人を食事に誘った』んだから」

「「はぁ?」」


 騎士二人は揃って声を上げるが、ルーカスは何かに気付いたような表情になった。


「この二人も巻き込む……魔導師との繋がり、もしくは親しい間柄だと知らしめるつもりか?」

「ご名答! 伝手はどれだけあってもいいでしょ。ルーちゃんに手は出せなくても、ヴァージル君狙いできた場合、ルーちゃんが庇いきれるか怪しい。……ううん、『ルーちゃんがヴァージル君を庇うこと』を狙ってくるかもしれないじゃん」


 ルーカスに近いからこそ、狙われる。言い方は悪いが、ルーカスを直接狙うより、ヴァージル君を狙った方が成功率は高い。

 何せ、ヴァージル君には『出世を捨てて、ルーカスに付いて行くことを望んだ』という実績がある。……簡単に手放さないよね、ルーカスは庇うでしょ。


「ヴァージルはそれでいいとして、俺はどういうことです?」


 不思議そうな顔で、当然の疑問を口にするサイラス君。その問いには、勿論――


「今更じゃん。これまでサイラス君経由での『お伺い』が何回あったと思ってるの」


 事実を言った。いやいや、マジで今更ですよ?


「大丈夫! サイラス君がキヴェラ王大好きで、ルーちゃんも認めてるってことは皆が知ってるから! 特に今回、夜会でルーちゃんと一緒に居たから、悪意を向けてないってアピールできてるし!」

「ちょ、アンタそれが狙いで俺をルーカス様の護衛に推したんですか!?」

「勿論、他国にも告知済み。喜ぶがいい、今後も有効利用が決定だ。ぶっちゃけ、パシリだけど」

「嬉しくありません!」

「ちなみに、キヴェラ王は了承済み」

「え゛」


 驚愕の事実に、サイラス君がピシッと固まる。ヴァージル君も呆気に取られているけど、事実なんだな〜。


「多分、今後はルーちゃんへの連絡とかも担うことになるからさ。キヴェラ王に絶対の忠誠を誓っていて、ヴァージル君との繋がりも不自然じゃなくて、魔導師に喧嘩を売る根性もある! 喜べ、サイラス君。君はキヴェラ王に認められた」

「う……。陛下やヴァージルのことはともかく、『魔導師に喧嘩を売った』ってのは、忘れたい過去なんですが」

「無駄じゃね? あれだけあからさまな態度を取ったし、目撃者多数だもん」


 事実を言えば、サイラス君は頭を抱えて黙り込んだ。はは、黒歴史ってやつですな!

 でもね、それも重要な要素だと思うの。私に脅えて自己保身を取ったり、黙り込む奴なんて、信用できないでしょ?


「自分の側近達に対して、思うことがあるからこその采配だよ。自分に忠誠を誓っている奴が、自分の思い通りに動いてくれるとは限らないって、知っちゃったからね。特に、ルーちゃん関連では信頼ないでしょ、側近の皆様」

「あ〜……まあ、それは」


 あの場に居たせいか、サイラス君も私の言い分には納得できるようだ。ルーちゃんとヴァージル君は首を傾げているけど、『魔導師に突かれ、黙り込む側近達』をリアルタイムで目撃していたサイラス君には効果絶大な理由だろう。


 それに加え、サイラス君はあの場でキヴェラ王から意見を求められていた。

 『この一件に関わっていない部外者扱い』ってことじゃん?


「まあ、そんなわけでね。『魔導師と繋がりがある人物』を増やしておくのは、必須事項なのですよ。ルーちゃんの今後のこともあるし、キヴェラ王が魔導師と仲良しってのも、貴族達の反発を招きやすい。消去法でこの面子が適任だ」


 ――キヴェラって、生粋のキヴェラ人とそうでない人達の扱いに差があるからねぇ。


 そう続けると、弟君達や王妃様達も除外すべき対象ということに気付いたのだろう。三人は揃って思案顔になると、溜息を吐きつつ頷いた。


「確かに、な。今の状態で弟が魔導師と繋がりを持つと、貴族達の反発は免れまい。父上がそういった奴らを抑えつつ、俺が接点となる方がマシだな」


 さすがにルーカスは理解が早い。キヴェラという国の在り方や、貴族達の容赦ない声を知るからこそ、自分が弟達の盾となる方針には賛成のようだ。

 ヴァージル君達もそれを察したのか、ルーカスを労りながらも反対はしなかった。


「俺かサイラスが当主にでもなっていれば、ルーカス様の代わりになれたんですけど……」

「そこは『身軽な騎士で良かった』と思おうよ、ヴァージル君。背負うものなく単独行動できるのが、騎士の強みだ」

「その通りだ。俺の手駒として動いてもらうこともあるだろう。……お前が俺の騎士で良かったよ」

「ルーカス様……」


 権力はないけど、身軽。だからこそ、必要な時はルーカスの手駒として、秘密裏に動くことが可能だ。ヴァージル君もそれ自体は判っているものの、再びルーカスが色々と言われるのが嫌なのだろう。

 だが、宥めるようなルーカスの言葉と態度にこれまでとの違いを感じ取ったのか、軽く目を見開くと、覚悟を決めたように頷いてくれた。

 さて、残るは未だにお悩み中のサイラス君か。


「陛下が主導なさっている以上、ルーカス様を庇えますからね。俺やヴァージルが行動することも、状況によっては必要なことと判断してくださるでしょう。くぅ……アンタとの接点扱いには思うことがありますけど、代案が思い浮かばない……!」

「素直に受け入れろ、玩具。今更だ」

「喧しいわ! アンタが万年親猫の監視が必要な凶悪外道娘じゃなけりゃ、こんな風に思いませんよっ!」


 そ こ ま で  言 う か 、 玩  具 。


 いやいや、サイラス君? 私は魔導師、君の大好きなキヴェラ王はこの繋がりの賛同者。さくっと納得して、ご主人様の期待に応えんかい。

 ……まあ、あんたを散々、玩具扱いはしたけれど。とても使い勝手のいいキヴェラ王への繋がりとして、活用しまくっているけどね☆


「……と、いうことは。この食事会もエルシュオン殿下はご存知なのか」

「うん、知ってるよ。そもそも、食材は今回キヴェラに来てくれた人達に持って来てもらったからね」


 嘘ではない。『ある目的』も含めて話してあるので、私だけが後から単独で帰還予定だ。

 そこまで聞いて納得したのだろう。ルーカスは軽く驚きながらも、感心するような顔になった。


「ほう、事前に通達済みなのか。父上に協力することも含め、エルシュオン殿下もよくぞ許し……」

「食材を持って来てもらうことと一緒に、『ルーちゃん達とご飯食べてから帰る』って、言ってある」

「それは保護者に許可を貰っただけだろう! 貴様は子供か! 誰が、帰宅が遅くなる連絡と言った!? そこはリーリエ達のことを含めての報告をすべきだろうが!」


 怒鳴った。ははは、短気なのはよくないぞ、少しは落ち着け。ほら、騎士達は怒鳴りもせずに納得――


「エルシュオン殿下……もしや、毎回こんな感じなのか」

「多分な。エルシュオン殿下が全く動じないのは、単に慣れだと思うぞ? ヴァージル」

「お労しい……」

「そりゃ、『これ』のお守りしてたら、性格も変わるよな……」


 納得していないけど、色々と達観してた。しかも私をディスりつつ、魔王様が哀れまれている。チッ、否定できん。

 ジト目で三人を眺めるも、『事実だろうが』とばかりの表情を返される。

 ……。

 まあ、いいか。いつまでも馬鹿な遣り取りしてるわけにもいかないしね。

 そう思って、溜息を一つ。今回のことには『もう一つの意味』もあるのだから。


「実はこれ、エレーナ達が食べた最後の食事と同じメニュー。食材も同じ場所から提供してもらった」

「……っ」


 ネタばらしをすると、ルーカスの顔色が一瞬で変わった。

 ルーカスはあの当時、キヴェラで幽閉状態にあった。復讐者達の死も、人伝で後から聞かされたはずだ。


「ちなみに、私からはこれだよ」


 言いながら、瓶に入った液体をグラスに注ぐ。その液体は赤く、中では花弁が舞っている。


「あの事件の少し前に完成したリキュールだよ。エレーナも同じものを飲んでいる」


 女子会の時にお披露目したら、『魔王様に内緒で作った』ということに呆れつつも、エレーナは目を輝かせていた。甘くて綺麗なこのリキュールは楽しい思い出の名残であり、死に逝く友への餞別の品でもあった。

 ルーカスはグラスの中の液体を見つめたまま、無言になっている。ヴァージル君達が案じるような視線を向けているが、ルーカスはそれに気付いていないようだった。


「エレーナは……少しでも、俺を想っていてくれたのか……?」


 躊躇うように、それでもはっきりと問われた言葉に対し、私は――


「え、判んない」


 馬鹿正直に答えてみた。即座に、男達がジト目になる。


「ちょ、魔導師殿!? 君はエレーナ嬢の想いを聞いていたわけではないのか!?」

「だって、はっきり言われてないもん! って言うかね、ヴァージル君。エレーナは私達が『初の友人』って言ってたんだよ? このキヴェラで『裏切りの貴族』として認識されていた以上、そんな余裕なかったと思うよ?」


 何せ、ルーカスでさえあの扱いだ。エレーナは復讐者ということもあり、他のことを考えている余裕などなかったに違いない。

 ……が、一つだけ確実なことがある。


「嫌ってはいなかったかな。って言うか、ルーちゃんの状況には同情してたよ。エレーナがルーちゃんに憤っていたのは、『言われ放題なのに、そいつらを黙らせなかったから』っていう点もあったと思う」

「俺のために……憤っていた……?」

「エレーナは馬鹿じゃないよ。……まあ、素直でもないだろうけど。『私に騙された馬鹿な男』的なことを言ってたけど、それって裏を返せば『全部エレーナが悪い・悪女に騙された王太子』ってことでしょ。それが広まったから、一定数はルーちゃんに同情する人達がいる」

「な……」

「誰もエレーナ達のことに気付いてなかったからね。『騙された人』っていう括りなら、キヴェラ全体になるんだよ。同じ立場だからこそ、ルーちゃんだけを責められない」


 予想外だったのか、驚愕を露にするルーカス達。だが、これは私がずっと疑っていたことだった。


「勿論、遅くきた反抗期真っ只中のルーちゃんに対し、怒りを覚えていたことも事実だと思う。エレーナからすれば、『黙ってないで、さっさと報復しやがれ!』って心境だっただろうし」

「いや、アンタじゃないんですから」

「そう? エレーナって割と強かだし、滅茶苦茶気が強いけど」

「え゛」


 マジでーす! エレーナちゃんは慰めるよりも、胸倉掴んで『報復して来い!』とか言っちゃうタイプでーす!


「物凄く判りにくいけど、自分が泥を被る気だったんだろうね。エレーナからすれば、ルーちゃんは数少ない味方みたいなものだし」

「利用したのに、か?」

「逆に聞くけど、『裏切りの貴族』を庇うような人っていた?」

「……」


 黙った。いなかっただろうな〜、当時のキヴェラには。ルーカスは正真正銘、エレーナにとっては『御伽噺の王子様に匹敵する存在』だったんじゃないのか。


 そこで全面的に縋るのではなく、利用し、自分の手で復讐を試みるあたりがエレーナだけどな……!


 エレーナは絶対、今際の際に『私に相応しくなってから、いらしてください』なんて言っちゃう母親似だろう。ルーカスに憤っていたことも事実だけど、案じてもいた。

 その気持ちもあって、わざわざ私達へと『愚かな王太子の舞台裏』的なことを話していたと推測。後から考えると、ルーカスの酷い態度がエレーナの仕業だったようにも聞こえるよね。

 同時に、ルーカスが反省して何らかの功績を出した場合、無条件に認められる可能性もある。最低より下は存在しないだろうし、魔導師に敗北したキヴェラとしても『それが事実のようにされる』だろう。

 結果的に、ルーカスの評価が見直され、都合の悪いことは若気の至りとエレーナのせいになる。エレーナはキヴェラの事情も考慮し、私達を誘導したんじゃあるまいか。


「まったく、素直じゃないなぁ、エレーナは! 心残りがあるなら、頼ってくれても良かったのに」


 エレーナを思い出し、つい苦笑が漏れる。私達に迷惑をかけないためだろうけど、それくらいは素直に言ってくれてもよかったろうに。

 だけど、彼女の性格や状況的に、言い出せないことも理解できる。自分が責任を取れないならば、誰かに託すことなどしないだろうから。

 そもそも、エレーナには『御伽噺に出てくるような、健気な娘』なんてキャラは無理だろう。泣き寝入りなんて絶対にしない。私同様に報復一択だ。

 だからこそ、とても気が合った。私も、エレーナも、『自分の勝利のためなら、使えるものは何でも使う』という性格をしているのだから。


「……。復讐者だったエレーナ嬢の方が、ルーカス様のことを見ていたなんて……」


 ヴァージル君は落ち込んでいるらしく、声には覇気がない。サイラス君も気まずげに視線を泳がせている。

 ……が、ルーカスの一言が、そんな空気をぶち壊した。


「手紙に恨み言でも書いてくれればよかったのにな」

「は!? 手紙って……エレーナから!?」

「あ、ああ。簡単なものだが、俺に届けられた」

「何でそんなものがあるのよ!?」


 私の剣幕にルーカス達は驚いているけど、私にとっては衝撃の事実である。だって、『エレーナがそんなものを残すはずはない』のだから。


「見せてもらってもいい?」

「何故、そんなに驚くのかは判らんが……構わんぞ」


 言うなり、ルーカスは席を立ち、執務机の引き出しを漁った。そして、すぐに白い封筒を取り出す。


「これだが」


 差し出された封筒を受け取り、中の便箋を開く。そこには確かにエレーナの文字でこう書かれていた。




『少しは、私を悔しがらせてごらんなさいな。貴方にできまして?』




「ぶっ……あはははは! うん、間違いなくエレーナの手紙だわ」

「……? どういうことだ?」


 爆笑する私に、怪訝そうな顔でルーカスが尋ねてくる。私は笑い過ぎて滲んだ涙を拭いつつ、手紙を本来の持ち主たるルーカスへと返した。


「それ、『貴方ならできるって判ってるから、泣き寝入りするんじゃない』って意味でしょ。お母さんの『私に相応しくなってから、いらしてください』と同レベルじゃん!」


 馬鹿にしているように聞こえるけど、絶対に激励だ。エレーナは本当に素直じゃない。

 ルーカスの性格を知るからこそ、煽って憤らせ、背中を押したんだろう。


「何だと?」

「だって、『エレーナを悔しがらせる』って、『言いなりにする以上の価値があったと見せつける』とか『優良物件なのに、手放した』的な後悔でしょ。出来る子だって判っているから、煽って行動させようとしてるじゃない!」


 私の解釈に、ルーカスは呆然となる。そこへサイラス君が素朴な疑問を投げかけてきた。


「『私に相応しくなってから、いらしてください』ってのは、どういうことです?」

「それ、エレーナのお母さんが今際の際に旦那様……アディンセル伯爵に言ったんだってさ。遠回しな応援だね。ちなみに、お母さんは全てを知った上で味方になったそうだよ。教えてくれた時、エレーナは呆れていたけど……さすが、母子! 同じことをするなんてね」

「ええ……何て判りにくい愛情」


 顔を引き攣らせたサイラス君に同意しつつ、未だに呆然としているルーカスが手にしている手紙を指差す。


「それ、エレーナが残した唯一のものだから。復讐者達は後々、自分達の功績や想いが都合よく解釈されて利用されることを防ぐため、そういった品を一切残さなかった。勿論、友人である私達にも。名前やそれと判るようなものがないのは、そのためだよ。それでもルーちゃんに一言、残したかったんだね」

「……」

「ちょっと、見てみたかったかな。エレーナに叱られつつも努力するルーちゃんとか」

「ふん、そう思うか」

「中々に良いコンビだったと思うよ? あの子も相当、気が強いから」


 言いながらも、誰もが判っている。『そんな未来はあり得なかった』と。

 ルーカスの現状とて、キヴェラが変わりつつあるからこそのもの。以前のようなキヴェラでは絶対に、二人がそんな夫婦になることは認められなかっただろう。最悪、不敬罪でエレーナは消されてしまう。

 ルーカスは複雑そうに手紙の文字を見つめ、それでも大事そうに、元の場所に仕舞いこんだ。胸中は複雑だろうが、納得できる部分もあったのだろう。

 そして私に向き直ると、徐に腕を組んで宣言する。


「おい、魔導師。貴様は気に食わないが、この国とエレーナのためだ。今後も話を聞いてやろう。それからな……」


 そこで一度、言葉を切り。


「俺の妻はエレーナだけだ。今後、妻を娶ることも、血を残すこともない。子を残せば、弟達やその子供達と争わされるかもしれん。何より、俺がこれから興す家は、優秀な人材の後ろ盾のようなもの。お前の策だが、乗ってやろう」


 ふてぶてしい態度と表情で言い切った。

 偉そうだ。とても、とても偉そうだ。だけど……ほんの少し、嬉しいと思ってしまう。わざわざ『俺の妻はエレーナだけだ』と私に宣言した以上、ルーカスはそれを守るだろうしね。

 呆れたように苦笑する騎士達とて、ルーカスを支えることだろう。敵であったはずのエレーナにここまでやられた以上、意地でもルーカスを守り切るに違いない。


 だって、彼らは『魔導師』というジョーカーを手に入れた。


 以前と違い、理不尽な扱いに対する『対抗手段』があるのだ。それを使うと宣言する意味で、『お前の策』という言い方をしてもいる。

 勿論、私とて協力しますよ。……エレーナの願いでもあるみたいだしね。


「偉そうなことは、結果を出してから言いなよ、ルーちゃん」

「その通りだが、貴様に言われると腹立たしい!」


 とりあえず、人から向けられる言葉に強くなろうな、ルーちゃん。大丈夫! 煩い貴族達を物理的・精神的に黙らせる手段なんて、腐るほど考えてあげるから!


「程々にな、魔導師殿」

「頼みますから、真面目にやってください」


 煩いぞ、騎士ども。その、揃って不安そうな顔はどういう意味かな?

懐かしのエレーナが遺したもの。主人公は友人の願いを叶えました。

優しいからこそ、何も残さなかったエレーナですが、

自分と同じく、理不尽に虐げられていたルーカスのことだけは案じていたり。

多分、母子は冥府で『あいつら、ざまぁ!』と高笑い中。

※来週の更新はお休みさせていただきます。

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 現在、毎週水曜日更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。

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[一言] エレーナ嬢、強い人でしたね……良い……
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