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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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番外編 灰色猫は幸せな日々を手に入れた

 ――ガニア王城・シュアンゼの部屋にて(シュアンゼ視点)


 ラフィークが入れてくれたお茶を前に、三人組はジトッとした目で私を眺めている。そんな三人に対し、私は――


「くく……っ、君達、最高だったよ!」


 上機嫌だった。

 思い出すのは、先ほど次の営業場所へと旅立って行ったキヴェラの営業一行。穏やかな日差しの中、旅立っていく彼らは全員……顔色が悪かった。

 まあ、それも当然だろうね。王弟夫妻の罪、その末路を聞かされた以上、嫌でも自分達の今後に重ねてしまうだろうから。


 それを見越して、わざと聞かせてみた。

 当事者である私が聞かせたので、何の問題もない。


 ……。

 いや、多少は問題になるのだろうか。王弟夫妻の一件は我が国の不祥事であり、本来ならば隠すべきことなのだから。

 だけど、今回ばかりは大丈夫だろう。あれは絵本の営業に来た一行を脅えさせるのにぴったりの話題であったし、ファクル公爵も『よくやった』とばかりに、いい笑顔を見せていたのだから。

 寧ろ、焦っていたのはラフィークやテゼルトの方だろう。と言っても、二人が慌てていた理由は『王弟夫妻の実子である私がどう思われるか』であり、キヴェラからの一行を案じたわけではない。

 私自身は何を言われても今更だし、親を追い落としたことも事実なので構わないのだが、二人はそれが原因で私が悪く言われるのが嫌なようだった。

 気遣ってくれる彼らの態度は嬉しいが、私の胸中は複雑だ。私は今後、テゼルトや両陛下のための『悪役』……ファクル公爵のような立ち位置を目指そうと思っているのに。

 そんなことを考えているからだろうか? キヴェラから絵本の営業にやって来た一行に対し、私やファクル公爵が嫌悪感を覚えるのは。


 キヴェラから来た公爵夫妻と、その令嬢がこれまで犯してきた『罪』。

 それはファクル公爵の黒歴史を彷彿とさせるものだった。


 いくら王弟夫妻の件が片付いたとはいえ、完全に過去のものにするには時間がかかる。そこに古傷を抉るような営業の者達――特に、公爵夫妻――が現れれば、厳しい対応にもなるだろう。

 割とキツイことを言っていたファクル公爵の態度とて、当然というもの。時期が悪かったと言えばそれまでだが、私を始めとしたガニア側の人間は誰もファクル公爵を諫めなかった。

 そもそも、ファクル公爵が厳しい態度を取ったのは、八つ当たりにも等しい感情ばかりが原因ではない。キヴェラに隣接するガニアの守護者としても、この営業面子は迷惑な存在だったからだ。

 王家に連なる者、しかも極近い血を持つ者達が王家を侮り、利用しようとする――当然、王の顔に泥を塗ることになる上、外敵に付け込まれる要素となる案件だ。

『貴族』という枠に収まる程度の傲慢さならば、ある程度は許されるだろうが……かの公爵家の傲慢さ・身勝手さは、キヴェラ王家にまで及んだらしい。

 そうなった背景に、『キヴェラ王の妹姫の降嫁』が挙げられる。愚かな姫は公爵夫人となった後も『キヴェラ王の妹姫』『キヴェラの王女』という認識が抜けなかったのだろう。

 ゆえに……公爵夫人にとって王家は『家族』や『身内』という認識だったのだ。降嫁と共に、『配下』という立場になっていたはずなのに、彼女はそれを理解しなかった。

 公爵夫人の歪んだ認識と、大国の王族出身という事実からくる傲慢さ、そして可愛く甘える娘への溺愛。こんな要素が揃っていたら、娘はまともに育つまい。

 キヴェラが内部で揉めるのは自業自得だろうが、その余波は間違いなく周辺国にも現れるだろう。ファクル公爵の怒りの原因はこういった面もあり、それを察した面々は誰一人、彼を諫めなかったのだ。


『こいつらを十分に脅しておかなければ、利用しようとする馬鹿が我が国に出るかもしれない……!』


 そんな声が聞こえたような気がした。公爵夫人とリーリエ嬢は『大国キヴェラの王家に連なる者』ということを非常に誇っていると聞いていたので、警戒しないはずがない。

 キヴェラに居場所がなくなったからと言って、他国に生活の場を移されても困る。というか、王家との繋がりは本物なので、無下にはできまい。

 いくらキヴェラ王が苦々しく思ったとしても、他国にまでは口を出せないだろう。そんな嫌な未来を避けるため、ファクル公爵は先手を打ったのだ。


 ファクル公爵は、彼らがそのことに気付く前に動いた。

『こっちに来るな!』とばかりに、必要以上に怖がらせた。


 その結果、キヴェラからの営業一行は逃げるようにガニアから去って行った。かの愚王直々の嫌がらせに耐えきった老公爵相手では、身分や血筋など意味がない。

 ……。

 まあ、ファクル公爵が脅さずとも、その可能性は低いような気がするけど。

 ちらり、と目の前の三人に視線を向ける。傭兵上がりの彼らはミヅキ……『魔導師』の教え子達だ。言葉や態度こそ粗いが、その性格は善良と言ってしまってもいい。

 しかし、世間の評価はどうしても『魔導師に連なる者』という方向になってしまう。ミヅキがかなりの自己中であることに加え、各地で恐怖伝説を築いているため、その教え子は必然的に同類扱いだ。

 事実、三人がさらっと口にした言葉――絵本に対する素直な感想――に憤りかけたリーリエ嬢は、私の『彼らは魔導師殿の教え子達だよ』という言葉で無条件降伏だった。

 あまりにもあからさまな変わりように、全員がこの場にいない魔導師を……その所業を思い浮かべたことだろう。


 ミヅキ……君は一体、リーリエ嬢に何をしたのかな?

 彼女、物凄く脅えている気がするんだけど。


 血の気の引いた顔で三人を凝視した挙句、涙目になって黙り込む様は、とても傲慢な令嬢には見えなかった。ミヅキがリーリエ嬢に何をしたのか、聞いてみたくなったのは仕方がないことだと思う。


「あんたも、あの公爵の爺さんも、教官に負けず劣らず性質が悪ぃぜ」


 楽しげな私の様子に、イクスが呆れながらも呟いた。カルドもイクスと同意見なのか、しきりに頷いている。ロイは……少々違うようだけど。


「ロイはそう思わないのかい?」

「ええ。僕達の発言は無自覚でしたけど、公爵様やシュアンゼ殿下の場合は牽制でしょう? あの人達をガニアに関わらせないため、わざと脅していませんでしたか?」


 的確なロイの指摘に、思わず軽く目を見開いた。そんな私の様子に正解を悟ったのか、ロイは照れたように苦笑する。


「教官から言われていたんです。『恐怖伝説を築いておけば牽制になるだけではなく、身分を持たない私を【無視できない存在】として印象付けることになる』って。あの方達がキヴェラを逃れた場合、他国で傲慢に振る舞う可能性があるでしょう? ですから、予防線を張ったのかと」

「なるほど、ミヅキの遣り方と照らし合わせた発想なのか」

「はい。お二人とも、見事に教官が言葉で脅す時とそっくりでした。『忠誠心ある悪役』の発言ですから、批難されても、王が諫めることができる。陛下に拒絶させるのではなく、お二人がその役目を担ったんですよね」


 的確な分析に、内心舌を巻く。そして、改めてロイが魔術師であることを痛感した。

 魔術師は賢い者が多い。術式を組み立てたり、魔法の使いどころを見極めたりすることが必要なので、必然的にそうなってしまうらしい。

 単純に幾つかの魔法を使えるだけでは、魔術師とは言えないと聞いた。ロイは魔術師と名乗っていたはずだから、ミヅキに教わるまでもない彼自身の才覚なのだろう。

 イクスとカルドもロイの言葉に感心しているようだ。一見、ロイが二人に引き連れられているように見える三人組だが、彼らは其々が得意な分野を担う『対等な関係』に違いない。

 ミヅキ曰く、ロイは魔法と頭脳労働担当らしい。控えめな性格ながら、時折、妙に強気な面が覗くのは、仲間達から寄せられる信頼を知るゆえか。状況に応じて意見を求められ、任されるならば、自信もつくというもの。

 勿論、イクスとカルドも優秀だ。彼らはミヅキの教育についていくどころか、それ以上の結果を出せないことを悔しがり、更なる努力をする人間なので、まだまだ伸び幅はあるだろう。


 ――どうやら、私は随分と良い拾い物をしたらしい。


 思わぬ幸運に、ついつい口元が緩む。彼らを拾ったのは偶然だが、未だに手駒不足の私としては嬉しい誤算だ。

 今後、テゼルトを支えていく過程で、私が『悪役』を担うことになったとしても、彼らは呆れながらも従ってくれそうな気がする。

 そんな想いと共に、改めて三人組へと視線を戻せば――


「……。君達、その態度は何?」


 私を見て、怯えていた。

 訝しく思っていると、最も素直――ミヅキ曰く、『隠し事ができないタイプ』――なカルドが、引きながらも答えをくれた。


「あんたの何か企んでそうな笑みが怖ぇんだよ!」

「……それ、かなり失礼だと思わないかな? 君達、私をどう思っているんだい?」


 そう言いつつも、三人の勘の良さに冷や汗が滲む。まさか『使い勝手の良さそうな手駒ができたことを喜んでいました』とは言えず、平静を装ってそう返す。

 だが、そこはミヅキの教育を受けた三人組。当然、上手く取り繕うなんて真似をするはずもなく。


「腹黒殿下だな」

「教官の同類だろ」

「ええと、灰色猫、でしょうか」


 馬鹿正直に答えてきた。なお、回答はイクス、カルド、ロイの順である。

 ……。


 ミヅキ? 君、教え子達に何を言ったのかな?


 頭痛を覚えて、つい、額に手を当てる。どうやら、今度会ったら聞かなければならないことができたようだ。ただ……『再び、ミヅキに会う理由ができたこと』自体は素直に嬉しい。

 これまで私の世界は狭く、接する人達もかなり限られていた。そんな中で出会った共犯者にして、頼もしい友人。それがミヅキ。

 彼女と過ごした日々はとても楽しく、充実していたと思う。世間的には『私がミヅキに助けられた』のだろうが、私達の中では『手を取り合って、共に抗った結果』。だからこそ、大切な思い出となっている。


 私が諦めたままだったり、ミヅキがガニアに来なかったら、この穏やかな時間はあり得ない。

 どちらかが欠けても、この決着は不可能だった。一人では無理だった!


 各国に存在するというミヅキの共犯者達もきっと、私と似たようなものだろう。もう少し歩けるようになったら、彼らとも話してみたい。楽しい話ができそうじゃないか。

 そこまで考えて、苦笑する。……何だ、私はまた新たな『願い』を見出したじゃないか。少し前まで、『全てを諦めていた王子』だったくせに!

 込み上げる笑いを隠して平静を装い、私は三人へと微笑んだ。とりあえず、今は……目の前にいる三人との友好を深めることにしようか。


「君達の考えはよく判った。……ふふっ、今日は一緒に食事を取ろうか。酒でも飲みながら、色々と話してもいい。私達にはきっと、互いをよく知る時間が必要だよ」

「ちょ、あんた何か企んでねぇか!? 教官が悪巧みする時みてぇだぞ!?」

「失礼だな。君達の教官よりは、善良だよ」

「嘘を吐けぇっ!」


 こんな軽口を叩き合える存在がいる。それはとても幸せで、嬉しいことなのだから。私が楽しそうだからこそ、ラフィークも三人を諫めない。そうさせたのは、私の態度。

 ――温かい時間を過ごせる未来をくれた魔導師……いや、『友人』に心からの感謝を。

 君が味方をしてくれたように、私だって君の味方になってみせるよ。どんなに不利な状況だろうと、また二人……いや、『皆』で騒ぎながら知恵を出し合えば、最上の策が浮かぶはず。

 親猫の傍に帰っていった友人へと、密かに誓いを立てる。その誓いを口にする気はないけれど、君が困った時は必ず味方をするからね。

主人公が去った後、灰色猫は幸せな日々を満喫中。

何もできなかった時間があるからこそ、余計に今が楽しい模様。

そして主人公は、女狐に続いて頼もしい味方をゲットしました。

※アリアンローズ5周年企画が開催中です。詳細は公式HPをご確認ください。

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 現在、毎週水曜日更新となっております。宜しければ、お付き合いくださいね。

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