各地からの営業の感想 其の一
リーリエ嬢達がイルフェナに絵本の営業に来た後。
彼女達は本当にキヴェラ王から『諸国営業の旅』を命じられていたらしく、次々と私の元に友人達からの報告が舞い込んだ。
なお、意外なことにアルベルダは最後に回る予定らしい。
これはアルベルダで処罰が言い渡される可能性も踏まえての処置らしく、リーリエ嬢達は最後の最後に恐怖の一時を過ごす模様。……どうりで、リーリエ嬢達が怯えていたわけだ。
シャル姉様達のイビリ兼助言も怖かっただろうけど、そんなものが目じゃないほどの恐怖タイム――ウィル様がどういった処罰を望むのか、私も聞かされていない――が待ち構えていること『だけ』は、聞かされていたわけですね!
と言っても、処刑とかにはならないだろうというのが、大半の予想だ。グレンからリュゼの今後を聞かされていなくとも、そう思う人が大半だった。
だって、一度でイビリが終わっちゃいますからね!
つまらないじゃないか……反省も、悪足掻きもないなんて!
これを馬鹿正直に口にしたら、魔王様には呆れた眼差しと共に一撃を見舞われた。
曰く、『思っても、口にするんじゃない! グレン殿あたりに【ミヅキが期待していたので】とか言われて、君の期待に応えたような扱いにされたくはないだろう!?』とのこと。
……。
いや、別にそれも間違ってないじゃん?
それを口にしたら、問答無用に叩かれた。魔王様的にはアウトだったらしい。
ええ〜! いいじゃん、別に。最低よりも悪い評価にはなりようがないんだからさ!
親猫様が私を案じてくれているのは判るけれど、私はその悪評を利用しまくっているので問題なし。
寧ろ、権力がない分、お貴族様達への脅迫……じゃなかった、私の『お話』(意訳)を聞いてもらうための判断材料となっているので、マジで問題なしですがな。
「そうは言っても、保護者としては良い気分ではないのですよ」
「そういうもん?」
「エルは自分が散々、言われてきましたからねぇ……やはり、自分を基準に考えてしまうのでしょう」
以上、アルとの会話である。
ただ、アルも魔王様の過保護っぷりに苦笑していた上、私を諫める様子は欠片もなかったので、アルも私と同じように考えているのだろう。
……。
口にしないだけで。本音を隠す気は皆無だもん、アル達。
魔王様の側近としては、『主の言い分を理解しながらも、魔導師を諫める気なし(寧ろ、もっとやれ!)』とは、言いにくいのだろう。建前って重要だもんね。
もっとも、魔王様は私達の遣り取りをジト目で眺めていた――魔王様在住の、執務室での会話だった――ので、私が全く反省していないこともバレてるが。
「君達……せめて、私のいない場所で会話しようとは思わないのかい?」
「おや、エルのことですから、私達がどう思っているかくらい察しているのでしょう?」
「無駄なことはしません。丁度ここにいるんだから、いいじゃないですか」
「君達、ねぇ……!」
「「言うだけ無駄、と思っているくせに」」
「こんな時だけ、意気投合しないでくれないかな!?」
いいじゃないか、魔王様。異世界人と守護役の仲が良好であることは、喜ばしいことでしょうに。
これ、魔王様が『幼馴染と保護したアホ猫が仲良しだから、嬉しい』と思っているだけではない。私の凶暴っぷりに脅える人達からしても、安堵できる事態なのだよ。
『自国を絶対に裏切らない騎士と仲良しならば、魔導師は敵対しない』
私の噂って、基本的に『個人的な報復云々』といったものが大半。だから、国に絶対の忠誠を誓っている魔王様だけでなく、監視要員である守護役と仲がいいなら、イルフェナという『国』に牙を剥くことはないと思われている節がある。
特に親しくない人達からすれば、一種の保険のようなものなのですよ。まあ、昔から言い伝えられている魔導師の話を知っていたら、好き勝手する魔導師が自国に居るのは怖いわな。
……しかし、そういった人々は忘れている。
私はあくまでも『国』というものに対して牙を剥くことはないけど、魔王様の敵は滅殺上等主義であることを。
そもそも、魔王様からの『お願い』や『お仕事』は、基本的に断らない。衣食住を保障されていることへの見返りとも言える、『個人的な感情を多大に含めた労働』なのだから。
それを忘れていると、グランキン子爵家みたいなことになるのだろう。愚かである。
飼い猫だって、『家』に懐くわけじゃない。『家』を住処と認識し、『飼い主』に懐くじゃないか。
まあ、いつまでも馬鹿なことを言っているのは時間の無駄か。そろそろ、本題に移ろう。
私は数枚の紙を取り出し、魔王様へと手渡した。それは正式な書類ではなく、私が『各国の友人達』との会話を纏めたものである。
「個人的な遣り取りですから、参考までにどうぞ」
「これって……」
「どこぞの国から絵本の営業に来たらしく、それについての話題です」
「……」
いや、魔王様? そんなに疑いの眼差しを向けられても、事実ですぜ?
「君の友人達って、誰」
「友人というか、親しくしてくれている人も含みます。立場上、私以上に親しい人がいても暴露できないことってありますし」
言うまでもなく、それはカルロッサの宰相補佐様だ。クラレンスさんは近衛なので、こういった裏話を暴露し合っていると思われるのは宜しくない。
そこで『私は良いんですか?』と聞いたところ、『アンタ、どこにでも首を突っ込んでるし、今回も当事者になってるじゃないの』というお言葉が返って来た。勿論、呆れた視線付きで。
思わず、胸に手を当てて考え……『それもそうですね』と返したら、『少しは大人しくしていなさい!』と怒られたけど。
「いやぁ、私が大爆笑しつつアルベルダの一件を教えてあったせいか、絵本の営業では『いかにして追い詰めるか』が、重要なポイントになったみたいです」
「は……?」
「娯楽のない世界ですし、仕方ないですよね」
唖然としていた魔王様は、私の言葉がじわじわと染み渡ると。
「こ……この、馬鹿猫! 一体、何をしてるんだ!」
怒った。あはははは! うん、こうなる気がしてた! 超予想通り。
「大丈夫ですよ、魔王様。何の問題もありません」
「いや、あるだろう!?」
「だって、グレンがノリノリで許可くれましたから!」
「え゛」
さらっと暴露すると、魔王様は固まった。をや? 魔王様って、グレンが私の同類だと知っているはずだけど。
魔王様の様子に首を傾げていると、アルが苦笑しながら理由を教えてくれる。
「ミヅキ、グレン殿が貴女の同類と判明したのは、ここ一年ほどなのですよ? 以前のグレン殿は、どちらかと言えば警戒すべき人物でした。それこそ、十年以上です。すぐにその認識は変わりませんよ」
「あ〜……真面目で有能な人と思ってる時間が長かったから、まだ慣れてないのか」
「そういうことです。特に、エルは基本的にイルフェナを離れません。親しく遣り取りをしている貴女達に比べ、グレン殿の本性に触れる機会も少ないのです」
「グレンの本性……」
「貴女と同類という時点で、これまでのイメージは崩れ落ちますね」
アルも中々に酷いことを言っているように聞こえるのは、気のせいか。
ま、まあ、それも仕方がないのかな? ウィル様やアルベルダの身内と言える人達ならばともかく、外に対してはか〜な〜り猫を被っていたみたいだし。
当たり前だが、グレンは大人しくはない。
赤猫は私同様、興味のないことには無関心なだけである。
アルベルダ……というか、ウィル様が色々と大変だったみたいだし、私のように『遊ぶ』(意訳)機会に恵まれなかっただけだろうな、多分。
もしくは『真面目人間・厳しいグレン氏』というキャラ設定でいった方が、グレンの立場的に良かったか。
「魔王様、魔王様、グレンは基本的に私と似てますって! 真面目な振りをしていても、腹の中では大笑いしてる子ですよ、グレン」
「それは君だろう! というか、君は腹の中どころか、指差して笑うよね!?」
「うん、それは否定しない。でも、表面上取り繕っているか、自分の心に素直になっているかの差です。今回だって、私と一緒に『おまじない』に興じちゃうくらい、はっちゃけてましたし」
……ただし、その『おまじない』は、『藁人形に想いを込めて、釘を打ち付ける』という代物だが。
爪や髪は入れてないから雰囲気のみだけど、私と並んで釘打ちしてたぞ、グレン。
「おまじない、ね……。グレン殿もそういったものに頼りたくなってしまうほど、憤っていたのか」
「……エエ、ソウデスネ」
そう返しつつも、そっと魔王様から視線を逸らす。
はは、そっかー……、魔王様って基本的に善良な性格してるから、『おまじない』って聞くと、『気休め的な、微笑ましい類のもの』を連想するわけですね? うん、判ってた!
でもね、魔王様? 多分、貴方が想像しているものと私の言う『おまじない』は別物だ。
だって、超有名・異世界発のお呪い『藁人形の儀式』だもん。
グレンは私が『お土産のお人形』を差し出しつつ『おまじない』に誘ったら、速攻で乗ってくれた。勿論、効果はない。あくまでも気晴らし程度。
それでも付き合ってくれるのがグレン。微笑ましそうに見守ってくれる使用人さん達も含め、大変ノリの良い人達です……!
ただ、アルは何かを察したらしく、興味深そうな目を向けてきた。……絶対、普通の『おまじない』と思ってないな、こいつ。
「まあ、そんなわけで。私が個人的に遣り取りする分なら、問題なしなのです。寧ろ、『面白い話が聞けたら、こっちにも教えろ』って言われてます。陰で笑う気、満々ですよ!」
「……。君の居た世界……いや、君の友人達って……」
魔王様は頭を抱えているけど、暗く考えるよりいいじゃないか。
そもそも、絵本は大陸中にばらまかれる予定だ。『貴族の娯楽・噂話』ならば、柵や階級もあってそれほど広まらないだろうけど、今回は『架空の人物の物語』。どれほど噂しようと、何の問題もない。
寧ろ、キヴェラ王やグレンが大いに喜ぶ。
愛妻家と忠臣を怒らせているのだ、簡単には許してくれまい。
「ちなみに、これは私が盛大に暴露したゼブレスト……ルドルフの感想ですが」
「え゛」
セイル経由でしか今回の件を知らないはずのルドルフの名に、魔王様がぎょっとする。そんな魔王様を綺麗にスルーし、私は笑いながらルドルフの感想を教えてあげた。
「『馬鹿に付ける薬はないと言うが、本当だな。どう考えても、リーリエ嬢とやらは教育からして間違っているだろ。そうでなければ、身内だからキヴェラ王が庇うなんて思わん。そもそも、第二王子のことを持ち出す時点で、王家を利用し、脅迫しているようなものじゃないか。……というか、アロガンシア公爵家なんて家、あったんだな。俺は初めて聞いたぞ? 普通、婚姻適齢期の王家筋の令嬢なんて、情報が出回るだろうに』」
「あ〜……ま、まあ、ルドルフから見たら、そうなるだろうね」
言いたい放題、というよりも、これが素直な感想なのだろう。魔王様もそれは判っているのか、特に呆れた様子は見せなかった。
「王族だからこそ、婚約や婚姻の相手になる可能性がある令嬢の情報なんてものは、入手するだろうからね。ルドルフは事情が特殊だけど、それを抜きにしても、リーリエ嬢の情報は出回らなかった。今思うと、キヴェラ王が抑えていたんだろうね」
「ルドルフが引き籠もって、自国の立て直しに必死だったせいじゃないんですか」
「多分。情報を得ていたとしても、『王妹が降嫁した公爵家に、令嬢がいる』程度じゃないかな。だけど、ルドルフは公爵夫妻の方を害悪と捉えているようだね?」
「まあ、ルドルフは父親がアレでしたし。本人も『冷遇されたから、同類にならなかったと思う』とか言ってましたから、幼い頃からの環境の重要さが判っているかと」
ルドルフの場合、リーリエ嬢のことは他人事ではないのかもしれない。もしも、ルドルフが先代に溺愛され、リーリエ嬢のように親の価値観を植え付けられていたら……と思うと、ぞっとする。
……。
いや、ぞっとするとか言うレベルじゃないか。
速攻で、喧嘩になる未来しかねぇな! 下手すりゃ、殺し合いだ。
そもそも、私と出会う以前に、セイルあたりに狩られているかもしれないし。
教育と周囲の状況、大事。超大事! 過剰な甘やかし、絶対によくない! ルドルフがまともに育って、本当に良かった……!
「ルドルフはこんな感じですね。続きまして、他の国の友人達の感想です」
「ミヅキ……娯楽じゃないんだから」
「似たようなものですよ」
さあ、気を取り直して次にいきますか。
完全に遊んでいる主人公と友人達。リーリエ嬢達、哀れなり。
グレンはそれを主人公から聞いて、大笑いするでしょう。
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