魔導師の帰る日
「……以上が今回の詳細です」
王座に居るルドルフに報告する宰相様。報告、という形は取っていても実際は全く事情を知らなかった貴族達に聞かせる為でもあった。
さて、ルドルフの評価はどうなるかなー?
※※※※※※※
後宮に誰も側室が居なくなってから十日、ルドルフは粛清王と呼ばれるほどに無能連中を家ごと潰していった。幾ら何でも早過ぎるんじゃ? と思ったけど、以前から不敬罪にはじまり不正の証拠だの一歩間違えば反逆に該当するものなど十分過ぎる罪状があったらしい。
何で今までそれが出来なかったかといえば偏に無能貴族どもが一大勢力となっていたからに他ならない。
どんな国も一枚岩じゃないのだ、反発されまくれば強硬手段に訴えることも出来ない。無駄に地位がある同類連中が擁護に回ってしまうとかなり軽い処罰で終わる可能性が高かったことから機会を窺っていたんだとさ。
そういえば側室も無理矢理取らされたとか言ってたね……まあ、今となってはそれがイルフェナの介入を許す切っ掛けになったわけですが。
国の後見を受けた側室が後宮破壊に勤しむなど予想外だったに違いない。女同士の戦いというより権力闘争だったもんな、実質。寵なんて競った記憶はありませんよ。
他にはルドルフを侮っていたことが原因だろう。先代が無能だと聞いているからルドルフも同じに見られてたんじゃなかろうか? 警戒対象は宰相様の方だったらしいし。
だからルドルフがイルフェナまで来れたのね、なんて納得した。普通は警戒するぞ? イルフェナだぞ? 変人と実力者の産地だぞ?
……実際は魔王様のお友達だったルドルフ、地味に凄いな。
なお、リュカは牢屋番に志願するなり大活躍したらしい。捕らえられた貴族相手に一歩も引かずに一喝で黙らせ恐怖に陥れ。尋問の際もリュカが出てくると震え上がってあっさり自供したというから凄いものである。
貴族よ、リュカの基準は私やセイルだ。だから死なない程度の手加減はするが貴族だからと畏まることはないのだよ。しかも取り立ててくれたルドルフに対し忠誠心は常にMAX。
本人の強面もあり、罪人に対して常に威圧が発動していたんじゃないかと推測。我ながら愉快な人を持ち帰ったものだ。
その頃、私が何をしていたかといえば。
ルドルフ達が大変楽しそうに仕事に追われる中、暇なのでエリザの嫁ぎ先に遊びに行ってました。領地の人達に『奥方様の友人』として混じり料理を何点か伝授、代わりに腸詰作りに参加させてもらってお土産を戴いてきましたよ!
お土産に貰った腸詰が状態保存の魔法が掛かった箱一杯、は貰い過ぎだと思いますが。家庭ごとに微妙に味が違うからと其々自慢の一品をくれたのだ、凄い量になるわな。
さすがに魔王様や白黒騎士連中の胃に確実に納まるだろうとは言えなかったけどね。家庭の味が王族・貴族の口に入るなどと言ったら卒倒されてしまう。
高貴な皆様にそんな物を食べさせていいのか? と思うのは当然なのですが。
……いいみたいです、手紙にも『御土産宜しく(意訳)』と書かれていたから。間違いなく狙いは食い物だ、正確に言うならそれを使った私の料理だが。
なお、腸詰は予想通り一種類しかなかったのでハーブを入れたものと胡椒を効かせたものを応用として紹介、ついでにホットドッグを広めてみた。
家庭料理として広まっておくれ。私がこの世界に残せる知識なんてその程度。それが自分の為である事など言うまでもない。
大規模な粛清に王宮が慌しく動く中、私は呑気に過ごしていたのだった。
――後にここで作られる腸詰がゼブレストの名物の一つになるのだがそれはまた別の話。
※※※※※※
「さて、これが今回の大規模な粛清の全容だ。証拠はいくらでも提示できるぞ? 異を唱えるならば当然それなりの覚悟はあるのだろうな?」
ルドルフの声にここ十日ばかりの出来事を思い浮かべていた私は我に返る。ああ、漸くこの台詞まで来ましたか。どんだけ罪状あったんだよ、馬鹿貴族ども。
裏方で待機中の私からすれば退屈極まりない時間ですよ。改めて聞く事なんて無いしね。
「ミヅキ様、あと少しの辛抱ですわ。……まったく、往生際が悪い奴等だこと」
「エリザ、本性出てる。あと握り拳はやめようね?」
「あ……あら、私としたことが。出来る限り優雅に振舞いませんと。ところで……」
私の服装に上から下まで視線を向け、残念そうに溜息を洩らす。
いや、そこまで残念がらんでも。この服装駄目ですか? 確かに男装寄りなんだけど。
「本当にその服装でいきますの? 折角、侍女として着飾らせることができると思いましたのに」
「いや、着飾ってもそれなりにしかならないから。ドレスって動き難いよ」
現在の私の服装はシャツにズボン、ケープの付いた裾の長い軍服モドキ、ベルトに編み上げのロングブーツ。
ゲーム内で私が着ていたギルドの制服だ。黒一色に艶消しの銀ボタンという生産職拘りの品のレプリカ。
この世界の女性は基本的に足をあまり出さないので一般的な服装でも動き難いのだよ。割とフレアになってるし、この服装なら通用するんじゃね? と思って製作。見慣れた物なので簡単だった。
……腕輪と同じ要領で作ったから製作過程を聞かれても困るけど。縫い目が無いしさ。
こんなものを作った切っ掛けはルドルフにあったりする。追加報酬として特殊素材を貰っちゃったのだ。
高価なんじゃ!? と慌てて返そうとしたけど
「ゼブレストにあっても魔術付加の技術が無いのにどうしろと?」
という御答えが返ってきた。そういや、宮廷魔術師もアレだったしなぁ。
なのでお返しとして万能結界付加のペンダントを宰相様以下今回の協力者全員分作ってみた。魔術に対抗する手段が少ないのだ、魔法は弾いてやるから特攻して魔術師を倒してくれ。
皆に大変感謝されたので十分対価にはなったのだろう。狙われる国って大変だね。
私の方も本物そのままの性能は無理でも万能結界・強化・重力軽減あたりは組み込めたので服というより防具に近い。
監禁フラグが付き纏うなら用意しておくに越したことは無い。大人しく言いなりになる気なんて欠片も無いぞ? 戦闘準備は万全にしなければ。
……個人的なことを言えばこの服装を知ってる人が居ないかな、と思ったり。その場合は同じ世界の同じ時代から来たってことだしね。
「お似合いだとは思いますが、それは男装では?」
「細かいことは気にしない! 今後を考えて動き易い服の方がいいでしょ」
「それはそうですけど……」
諦めたように溜息を吐くとエリザは私を抱き締める。
「私はルドルフ様に忠誠を誓った身ではありますが、ミヅキ様の味方でもありますわ。どうかそれを忘れないで下さいませ」
「ありがとエリザ」
「また領地の方に来て下さいね? 皆も楽しみにしていますから」
「うん」
笑いあって腕を離す。室内の声を窺うと貴族達の追及も終盤に差し掛かったようだ。後は私がルドルフが認められる『一押し』をすればいい。
「それじゃ行きましょうか!」
「はい。お供いたします」
そうして私達は扉を開け王座へと歩き出した。
ギィと微かな音を立てて開く扉に、ルドルフに意見していた男もざわめいていた貴族達も静まり返ってこちらを見た。エリザを連れているので無関係だとは思われないが見ない顔に戸惑いを隠せないらしい。
侍女として潜入した時は侍女や令嬢方中心に会ってたから顔まで覚えていないのだろう。
ルドルフに意見していた男の隣まで来るとにっこりと微笑んで。
「いつまで下らない事言ってるの? 失せろ!」
「なっ!?」
無礼な、とは言わせなかった。指を鳴らして腹に一発、後ろに吹き飛んだ男は何人かを巻き込んで不様に転がる。
……よし、誰も気を失ってないね? そのまま聞いてろ?
「ルドルフ何時まで付き合ってるの? 誰が聞いても反論のしようが無い罪状とその証拠なのに」
「すまんな。俺も何故反論できるのか理解に苦しむ」
「あの罪人どもの仲間なんじゃないの? 明日は我が身だからこそ庇いたいのかしら」
ざわり、と周囲の貴族達に波紋が広がる。誰もが思っても口にしなかった憶測は私から語られた。だから『気付かなかった』ことにはできない。
さあ、どうする?
これで後ろ暗いことが無い貴族はルドルフの味方をせざるをえなくなった。反論すれば処罰された者達と同類に見られるのだから! 飛ばされた男はゆっくりと起き上がり私を睨みつける。
「無礼な……っ」
「あら、私が無礼なら貴方は無礼な上にこの国の反逆者よね」
「何を!」
「だって」
魔力を込めた威圧を貴族達に送ってやる。
「罪人たちを庇う理由ってそれしかないでしょ? 王の独断ではなく明確な証拠と定められた法に基づく処罰なのに何故不満が出るのよ? ゼブレストという国の歴史を否定することって誰だろうと許されないでしょ?」
「歴史の否定だと!?」
「貴方の個人的な言い分を支持するなら今まで法によって処罰されてきた人達は、潰された家はどうなるのよ」
「ぐ……それは」
「それにね? 無礼というなら身分制度は理解できてる筈。なのに貴方は王に対して刃向かっている。処罰覚悟で意見しても、自分の言い分が聞き入れられないことを承知しているんでしょう?」
王が絶対者であるとは言わないが国の決定権と責任は王にあるのだ。意見を無視されても仕方が無いのに何故無駄なことをしているのか。
ルドルフとて言っていただろう……『それなりの覚悟はあるのだろうな』と。
「そのとおりだな。お前は自分の事ばかりで恥ずかしくは無いのか? 先程からの言葉は自分を見逃してくれと言っているようにしか聞こえなかったぞ?」
「黙らせちゃえば良かったのに。騎士だって王を軽んじられて怒り狂っていたでしょ? エリザも同じだったし?」
ねえ? とエリザを振り返れば「当然です」と力強く頷いた。……宰相様、溜息吐かないの!
「それと彼女のことだがな……」
「私はミヅキ。イルフェナの後見を受けた魔導師でルドルフの親友」
「親友!?」
「側室ではなかったのですか!?」
おお、予想通りのこの反応。で、王の言葉を遮ったことは無視ですか。人の事無礼だ何だと言うならまずそこを咎めろよ。
「遊びに来たら勝手に勘違いして嫌がらせをしてきた馬鹿が居てね? 私が個人的に報復するととんでもないことになるから一時的に側室ってことにしたの。側室なら王の意見が優先されるでしょ?」
「本当に頭の痛い出来事だったな。お前が咄嗟に『側室扱い』を言い出してくれなかったら今頃はお前とイルフェナの報復を受けていた」
「後見を受けている以上は報告の義務があるものね。私『個人』が女同士の喧嘩をやってみたいから、と『我侭』を言い出したのよね? それとも」
すい、と瞳を眇めて笑う。
「個人的な報復を望んでいたの? ああ、でもその場合って一族郎党が報復対象か。家名を誇るってそういうことですもの」
「その発想やめろ。そいつらは国の法で裁かねばならない罪状があるんだ」
「判ってるって。だから後宮の馬鹿女達は個人として扱ったじゃない! いくら親友でも王としての言葉なら尊重するわよ」
『遊びに来たら側室に勘違いされて嫌がらせされちゃった。個人的に報復すると色々面倒なことになるから「側室ごっこしたい! 泥沼展開やってみたい!」とイルフェナとルドルフに我侭言ってみました。だからその期間は側室扱いで御願いね』
簡単に言うとこんな感じ。側室扱いしてたのも理由があったのよ、みたいな? だからイルフェナの後見を受けた姫ってのも間違いじゃない。
これは事前に決まっていたことだ。私が祖国へ帰る理由が無いし、かと言って本当に側室をやる気も無い。後見を受ける意味でも仲の良さをアピールしておこうというものなのだ。今後も遊びに来る予定だしね。
ま、私に仕掛けるよう側室どもに仕向けたけど?
貴族どもよ、この国はルドルフによって報復を免れたんだぞ? 覚えておけ?
「別れの挨拶に来てみれば何時までもぐだぐだ言ってる奴は居るし……報復の片鱗を匂わせないと理解できないのかなあ?」
言葉と同時に室内を床から徐々に凍結させる。空気中に水を作り出す要素は十分あるのだ、凍結ならばとても容易い。そしてこれ……一見怖いのだよ。足元から徐々に凍り付いていくからさ。
ぴしぴしと微かな音を立てながら凍り付いていく貴族達にもう一度問い掛ける。
「ねえ、もう一度答えて? 貴方達は法による裁きを望むの? それとも私個人の報復?」
「ほ、法だ! 法による裁きを望むからっ……助け」
「煩い、聞かれたこと以外喋るんじゃない」
バキン、と音を立てて男の足元が砕けた。その光景に誰もが息を飲み沈黙する。
ふん、この程度の恐怖で固まる奴が王に意見しようなんて思うんじゃない。
側室連中を相手にした時に比べれば優し過ぎて不満が出るでしょうよ。
「ミヅキ? そろそろ戻せよ?」
「了解、王様。……もう黙ったみたいだしね。でもこれだけは言っておくわ」
指を一回鳴らして氷結の解除と蒸発を。そして更なる魔力を込めてより重い威圧を。
魔力の影響かケープと服の裾がふわり、と浮かぶ。
「私はルドルフの味方なの。貴方達が貴族として王を諌めるのではなく、個人的な理由でルドルフを貶めた時は絶対に許さない。……報復を覚悟なさい。敵を野放しにするほど私は優しくはない」
静まり返る中、何の前触れも無しにもう一つの術を発動させる。
ボロボロの姿、けれど武器と防具を纏った騎士のスケルトン達が音もなく私の周囲に現れると跪き深く頭を垂れる。
その光景にざわめく貴族達を無視しルドルフに向かって一言。
「じゃ、帰るわ。またね!」
「おう、またな」
短い別れの挨拶だけを残し軽く手を振ってそのまま扉へと向かう。
エリザは深く一礼し私を見送ってくれた。別れの挨拶は済んでいるからこれ以上の言葉は必要ない。
役目を終えて私はイルフェナへと戻るのだから。
何時の間にか姿を消していた英霊達に誰からともなく呟く声が聞こえた。
――英霊達にさえ認められたイルフェナの魔導師、王の友、と。
『ミヅキ、最後のは一体なんだ?』
『英霊達に認められた方がインパクトあるかな、と思って』
『貴族どもが本気で怯えてる……と言うか尊敬を集めてるみたいだぞ?』
『尊敬? 何で!?』
……シリアスな展開にしておいて実に申し訳ないのですが。
あれ、ホラーゲームの敵側の勝ちモーションです。プレイヤーキャラも骨。
噂が流れ過ぎて完全に英霊として定着したのか……。
さて、荷物はもう運んでもらってあるし転移法陣でイルフェナへ帰ろっと。