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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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388/704

主従は祝杯を挙げる

――アルベルダにて(ウィルフレッド視点)


「ああ、やっぱりキヴェラ王は怒ってたんだなぁ……」


 魔導師殿から届いた、一足早い報告書。そこに書かれていた内容と付属していた魔道具に込められた映像に、俺は温い笑みが浮かぶのを止められなかった。


「当然ですな」


 涼しい顔で茶を飲むグレンは、こうなることも予想済みだったのだろう。魔導師殿を巻き込む時点で随分と容赦がなかったが、今の話を聞いても全く驚いた様子はない。


「予想以上の成果、と言わないのか?」


 からかうように聞けば。


「キヴェラ王が動かれたことについて、ですか?」

「おう」

「全く思いません。動かないと思うことこそ、かのお方を侮辱しているに等しいでしょう」


 グレンは呆れた眼差しを向けてきた。勿論、それは俺とてよく判っている。

 ……いや、魔導師殿を巻き込まずとも、キヴェラ王が動くだろうとは俺も思っていた。少なくとも、キヴェラが世代交代した前後のことを知る者からすれば、それは当然のことだったろう。

 元より、リーリエ嬢の要求をのむことを推奨した者が恐れたのは、アロガンシア公爵家でも、リーリエ嬢でもない。『キヴェラという国』……もっと言うなら、大国キヴェラを統べる王なのだから。


「キヴェラ王がこのようなことを見逃す性格をなさっているならば、あの国は今頃、潰れているでしょう。大国だからこそ、一度内部が乱れれば立て直しは困難です。まして、一定数は先代の支持者がいる状態での世代交代。……楽な道ではなかったでしょう」

「だろうな。アルベルダでさえ、苦労したものなぁ」

「……規模の違いはありましょう。ですが、『勝者となった者が辿った道と、その後の苦労』は、陛下と大差ありますまい」

「ははっ! 俺だけじゃないさ。こんなことはどの国でも起こり得ることじゃないか」


 そう、力業での世代交代は決して珍しいことではない。それなのにキヴェラの先代のことが際立っているのは、それが他国にも被害を及ぼすような事態だったからだ。

 そして、それは『戦を仕掛けられる』という恐怖だけではない。


「先祖返りの特徴が色濃く出た者……所謂、『異端』に対する警戒心を煽るには、十分なことだったからな。いくら優れた能力を持っていようとも、それが自分達に向けられるならば恐怖の対象でしかない」

「それは……」

「事実だろう? エルシュオン殿下の『魔王』という渾名とて、それが一因じゃないか」


 魔導師殿が知ったら、先代キヴェラ王の墓でも蹴りに行きそうだ。だが、これは事実でもあった。

『先祖返り』と言われる者達は一般的に『過去に存在した種族の特徴が色濃く出た者』という認識だが、それだけならば忌避はされまい。忌避されるようになったのは、先代キヴェラ王のような場合があるからだ。

 民間ではそうでもないが、国の上層部や長い歴史を持つ家などにはそれが伝わっている。いくら高い能力があろうとも、その人物を上が制御できなかったり、問題行動を起こされては、どうしても悪印象は避けられまい。

 自覚があっての言動ならばともかく、先祖返り達はその感性や考え方が一般的とは言いがたい場合がある。悪意なくやらかされた場合などは最悪だ。周囲が主張する『一般論』やら『常識』が通じない。

 まずは理解させることから始めなければならないので、それだけでも疲れてしまう。しかも、問題行動が悪意からのものではなかった場合、その能力の高さを惜しまれ、処罰の軽減を求められることもあった。


 はっきり言ってしまえば、『傍迷惑』なのだ。

 その才覚と被害を天秤にかけ、今後が決まると言っても過言ではない。


「まあ、うちは先代がクズだったからな。世代交代は俺でも何とかなった。だが、先代キヴェラ王は誰の目から見ても、最悪の条件が揃ってただろ? 異様なまでに好戦的で、大国の王で、それを支持する者達とている……キヴェラ王はよくやったよ。あの方が止めていなけりゃ、今頃はどれだけの国が滅亡していたか」


 それは紛れもない俺の本音だった。キヴェラ王を恐れつつも、各国の王が彼を認めていたのは、そういった背景があったからだと俺は思っている。

 少なくとも、支配した国や民を管理する気があるじゃないか。それだけでも、先代とは雲泥の差であろう。 


「その『滅亡する国』には、キヴェラも含まれるでしょうな」

「だろうな。内部にさえ牙を剥けた『戦狂い』だ。他国は勿論のこと、キヴェラもヤバかったろうさ。キヴェラ王はよくぞ反旗を翻す味方を集めたと思うよ」


 思わず、溜息を吐く。それが安堵からくるものなのか、それとも好戦的だった先代キヴェラ王を思い出してのものなのかは、俺にもよく判らなかったが。

 同時に、魔導師殿の飼い主……じゃなかった、庇護者たるエルシュオン殿下を思い出す。かの王子は『魔王』などと呼ばれこそしたが、実に真っ当な性格をしているのだ。


「エルシュオン殿下がまともなのは、俺達にとっても幸運だった。産まれ持った魔力による威圧自体はどうしようもないが、それ以外は善良と言ってもいい」

「王族、それも有能な者達の支持を集める方が野心を抱いたならば……『戦狂い』の再来となったでしょうな」


 グレンが苦い顔をしているのは、魔導師殿のことも含まれるからだろう。俺も同意するように頷く。今でこそ笑って否定できるが、これはどこの国も恐れた『最悪な未来』なのだから。


 ――一歩間違えば、エルシュオン殿下は本当に危険視される存在となっていたのだ。


 王族という身分、人々の体を竦ませる高い魔力にその才覚、白と黒の狂犬達の主、そして……今では魔導師を味方につけた存在として知られていた。

 本人だけではできることが限られるが、手駒となる者達までもが揃っている。しかも、その手駒達はエルシュオン殿下を唯一の主と仰ぐ上、才能に溢れた者ばかり。

 これを警戒するなという方が無理だろう。魔導師殿が来る前までの評価はまさに『物語に語られる魔王』そのもの。要は、国を滅ぼしかねない存在として警戒されていたわけだ。

 ……まあ、先代キヴェラ王という実例があったからこそ、過剰な警戒をされていたわけだが。


 それが今となっては、魔導師の飼い主であり、狂犬達も含めた問題児の良きストッパー。

 最後の良心扱いをされるなど、一体誰が予想しただろうか?


「まあ、ミヅキがいる以上、ああいった方も必要だと今では思うのですよ。何せ、ミヅキは『馬鹿は嫌い』と言い切っておりますからな……並みの方では手に負えないでしょう」

「ああ……まあ、な」

「そもそも、叩いて躾けません。魔導師相手に説教と躾を行なえる時点で、エルシュオン殿下もその……少々、変わった方かと」

「お、おう……まあ、魔導師殿が手元に来なければ、見えなかった一面だろうな」


 言葉を濁して視線を逸らすグレンに、俺も似たような反応を示す。さすがに面と向かって言う気はないが、恐らく多くの者達が同じことも思っているだろう……『さすが、親猫』と。

『親猫』とは保護者としての意味ばかりではない。微妙〜に同類扱いする意味も含まれているのだ。こんなことなど、本人には(気の毒過ぎて)絶対に言えんがな!

 気分を切り替えるように、一つ溜息を吐く。表情を改めた俺に雑談の終わりを悟ったのか、グレンも背筋を伸ばして表情を改めた。


「リーリエ嬢達の敗因はキヴェラ王を嘗めていたことに尽きるな。正確には『キヴェラという国が恐れられている』と思い込んだことだが。いくら何でも、今回のことで『本当に恐れられていたものが何なのか』を悟っただろう」

「確かに、大国は恐ろしい。ですが、いくら大国であろうとも、優れた指導者がいなければ朽ちるだけ。今のキヴェラは先代を討ち、国を立て直した方がいてこそのものでしょうに」

「そう言うな。リーリエ嬢の歳であれば、今のキヴェラしか知らなくても無理はない」


 呆れた様を隠さないグレンを嗜めるも、俺自身とて、そこまでリーリエ嬢を擁護する気はない。

 彼女はそれを自国の歴史として学ばなければいけない――濃い王家の血を継いでいる以上、知らないでは済まされまい――立場であり、少なくとも公爵夫妻は『知っていて当然のこと』なのだから。

 公爵夫妻の役割りを考えれば、無知であることには納得できるが……リーリエ嬢はそれに当て嵌まらないはず。無知なままだったのは間違いなく、リーリエ嬢自身の選択なのだ。


「こちらが何かしなくても、リーリエ嬢と公爵夫妻はキヴェラ王がどうにかするだろう。何せ、今回のことでは処罰されないそうじゃないか……いやはや、どんな扱いが待っているのかね? くく……っ」

「陛下、笑うことではないかと。どちらかと言えば、待っているのは恐怖の時間でしょうな。己の言動一つ一つに気を配り、王の一挙一動に精神を擦り減らされる日々……さぞ、お辛いことでしょう」

「さあなぁ? 俺は『許した』んだぞ? あちらが逃げの一手としてアルベルダに処罰を求めても、俺は何かをする気はない。……というかな、グレン。お前、何が『お辛いでしょう』だ。棒読みだったぞ」

「さて、何のことやら。儂は陛下のように笑ってなどおりませんが」


 一人だけ『良い子』になるなと突っ込めば、グレンはしれっと返してきた。

 ……。


 それもそうだな。確かに、お前、笑ってはいなかったか。


 胸の内では高笑いでもしてそうだが、そこを突っ込むと俺にまで被害が来そうなので、ここは黙るべきだろう。

 配下に気を遣う王というのも情けないが、怒った時のグレンは怖い。王であろうとも一人の人間、俺は自分の身が可愛い。ここはさっさと、話題を摩り替えるべきだろうな。


「まあ、キヴェラの人間のことはキヴェラ王に任せよう」

「そうですな。……で? 婚約自体がなくなるやもしれませんが、あの近衛騎士……リュゼ、という名でしたかな? あの者はどうなさるおつもりで?」


 俺が話を振るまでもなく、グレンがそう問いかけてきた。その眼差しの中にある、俺を見極めようとするかのような色――それに気づいた俺は、どういった答えが最善かを考える。

 昔からグレンは時折、こういった目を向けて来ることがあった。その度に、俺は出来る限りの知恵を絞り、グレンの主として恥じない姿を見せてきたつもりだ。

 当初、俺の側近達にはグレンのこんな態度が生意気に見えたらしく、不敬などと苦々しく思う者達もいた。

 だが、俺がグレンの期待に応える度、それが良い方向に活かされていると発覚してからは、全く別の見方をされるようになったのだ。


 誰だって、庇護している弟分に失望されたくはない。

 だからこそ、奮起する。そして……結果を出す。


 グレンには魔導師殿のような魔法はない。そして、俺に保護された当時、当然ながら身分もなかった。 

 そんなグレンができたことは限られるが、その中の一つが今のような『期待を含んだ問い掛け』。

 俺自身に考えることを促し、必要ならば自分の意見を述べ、最終的には俺自身に決断させるという方法をグレンが取ったからこそ、数々の重要な選択と決断は俺の功績となった。

 そのことに気付いた時、『何故、自分の功績に繋げない?』と尋ねたが――


『僕が偉くなってどうするのさ。何の身分もない僕が目立っても、潰されるだけだよ。だったら、ウィルの功績を底上げする方がいいでしょ』


 という、何とも可愛くない答えが返ってきた。ただ、グレンがそう言った理由も理解できるのだ。

 ――あの頃のグレンは自分のことを『僕』と言っていたこともあり、その見た目もあって、実年齢よりも低く見られていたのだから。得体の知れないお子様が意見をしたところで、誰も耳を傾けまい。

 グレンはそのことをよく判っており、『ウィルが僕の言葉に耳を傾け、真剣に考えたからこその結果なのだから、正しくウィルの功績だよ』と笑っていた。


「陛下? どうされましたか?」


 目の前には、あの頃から随分と歳を重ねたグレンの姿。もう『僕』と言うことはなく、その地位も確たるものとなった俺の弟分。

 俺自身がグレンと積み重ねた時間があるからこそ、そして異世界人達の自分勝手な守り方を知っているからこそ、エルシュオン殿下が魔導師殿を可愛がる気持ちがよく判る。

 ……これほどまでに味方となってくれる生き物が、可愛くないはずはないじゃないか。


「……いや、何でもない。ああ、あいつの処遇だったな」

「ええ」


 そう言いつつも、すでに俺の心は決まっていた。にやりと笑い、その決定を口にする。


「何もしない」

「ほう? ……そうなさる意味をお尋ねしても?」


 甘いと怒るどころか、興味深いと言わんばかりの顔をするグレン。勿論、俺はその期待に応えようじゃないか。


「俺は一度許しているんだ。そして、今後もこの一件について処罰することはない。……奴自身が望もうとも。自分のすべきことは、自分で決めてもらおうじゃないか。まあ、実家はこれから厳しい状況になるだろうし、周囲からの目も厳しい。頑張ってもらおうじゃないか」

「成程、それは面白そうですな。確かに、二人のことを許した陛下が処罰を下さずとも問題はありませんし、そのことによって起きた『弊害』について口を出す必要もないでしょうな」

「だろう? まあ、見守るくらいはしてやるさ」


 処罰とはある意味、『今後が決められている』ことでもある。それは非常に楽なことではないだろうか。

 大人しく処罰を受ければ、周囲は『罪を認め、反省している』と受け取るだろう。また、不服と反発したところで、処罰が下されればその決定に従う他はない。

 言い換えれば、『事の発端となった本人が反省していようが、開き直っていようが、扱いは変わらない』のだ。そもそも、二人の婚約を許した以上、それほど重い処罰に問うことはできまい。


「一応、俺はあいつの努力を評価している。そうでなければ、近衛なんぞにはなれないさ。だからな? 奴の今後は、あいつがこの国で努力してきた過去次第だと思っている。だから、奴に助力することは禁じない」

「……確かに。真摯に努力してきたならば、助け手も現れましょう。かの公爵家との繋がり目当てだった者達などは、距離を置くでしょうからな。落ち目になってこそ、真の友が判るのやもしれません」

「リーリエ嬢は敵ばっかり作ってたみたいだが、あいつはそうじゃなかったようだからな。まあ、どうなるか見守ろうか」

「まったく、何だかんだ言っても、陛下は甘いですなぁ」


 呆れたように呟くグレンとて、それが楽な道ではないと判っているだろう。俺が与えたのは『這い上がるチャンス』であって、救済とは程遠い。

 華やかな生活を知っているからこそ、その道は厳しいものになる。差し伸べられた手を『憐れみ』と受け取り、振り払う可能性もゼロではない。

 だが、そこから這い上がってくるならば……奴の実力は本物ということ。精神的な成長も含めれば、結構な優良物件に仕上がっていると思うのだが。


「甘いか、残酷かは、本人にしか判らんさ」


 示された道がないと知った時、奴はどんな顔をするのだろうか。……何を想うのだろうか。

 救済とも、残酷とも受け取れる現実。それをどういった意味に取るかは、全て奴次第。


「まあ、魔導師殿っていう判りやすい成功例があるんだ。化け物扱いすら利点に変える『お手本』がある以上、やり方次第では奴も化けるだろ」

「陛下……ミヅキと同列に扱うのは、無理があるかと」

「……」


 そうかもしれないな。まあ、今は。


「とりあえず、一段落だ」

「一先ず、お疲れ様でした。これからも気を抜かないでください」


 キヴェラとの揉め事を回避できたこと、そして共闘できたことに、祝杯を挙げようじゃないか。こんな日が来るなんて、思いもしなかったからな!

様々な意味を込め、祝杯を挙げるアルベルダ主従。

リュゼは今後大変ですが、這い上がる機会があるかもしれません。

なお、魔王殿下は威圧のこともあって表に出てこなかったせいで、

ヤバい人疑惑を向けられていました。威圧以外は周囲のせい。

実際は、イルフェナで気の毒がられていたのですが。

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