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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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薔薇姫様の物語 ~本音と建前~

――キヴェラ夜会会場にて


『ある国に、心優しく美しい女性がおりました』


『彼女は申し分のない令嬢だったのですが、突然、婚約を破棄されてしまいます』


『他国の姫君が婚約者に横恋慕し、野心家だった婚約者も姫君を選んでしまったのです』


『それだけに止まらず、二人は婚約破棄の原因が令嬢にあるかのように吹聴してしまいました』


『次々と降りかかる不運に、令嬢と家族は悲しみ、心労のあまり両親は寝込んでしまいます』


『ですが』


『令嬢は【ここで自分まで倒れては、領民達に申し訳がない】と言って、事態の改善に努めました』


『そのような女性ですから、彼女に手を差し伸べようとする人達が沢山います』


『自分のことよりも両親を気遣い、領民達を想う。心優しい令嬢の姿は、多くの者の心を打ちました』


『令嬢の優しさに感動した者達は、彼女の好む花……薔薇に準え、彼女のことを【薔薇姫】と噂します』


『そして、薔薇姫の不運に心を痛めた心優しい女性達は、同志である証を身に着けるようになりました』


『【薔薇姫の愛した薔薇を一輪、その身に纏いましょう】』


『【美しく、脆く、気高い花だからこそ、彼女の味方である証に相応しい】』


『心優しい女性達は薔薇の花を身に着け、人々に語ります』


『【薔薇姫のように誇り高く、慕われる人にお成りなさい】』


『【人を労り慈しむ、その優しさを失ってはいけません】』


『【領民を愛し守る優しさと貴族としての矜持があるならば、醜聞如きを恐れることはない】』


『【何故なら】』


『【私達とて、それは同じ。薔薇姫は誇り高き我らの仲間】』


『密やかに流された薔薇姫の涙を知るのは、庭園の薔薇達のみ』


『花に落ちた雫は薔薇色の宝石となって、心優しく誇り高い乙女達を飾るでしょう』


『人の優しさを侮るなかれ。巡り巡って、それは大きな助けとなるのだから』


『人の誇りを軽んじることなかれ。善悪定まらずとも、それはいつか牙を剥く』


『これは優しい薔薇姫の物語。そして、誇り高い乙女達の物語』


『物語に謳われる彼女達の姿に、他国の姫君と野心家は何を想うのか……』





 朗読を終え、私はひっそりと会場内に視線を走らせた。シン……と静まり返った夜会会場、そこに居る貴族達の視線を独り占めしているのは――


「な……何故、こんなものが……」


 わなわなと震えるリーリエ嬢であ〜る! 婚約者の近衛騎士は俯いて反省しているように見えるので、余計にリーリエ嬢が『反省しない悪女』的な雰囲気を醸し出していた。

 まあね、ちょっとでもアルベルダの婚約破棄騒動を知っているなら、『他国の姫君』や『野心家の婚約者』が誰のことか判るわな。

 しかも、私こと魔導師が『わざわざ』二人に向かって朗読しているじゃないか……!

 これで判らないはずはない。噂、もしくは疑惑程度だったとしても、疑わしい人物の目星はつく。


「どういうことなの!? 何故……何故、こんなことになっているの!」

「あら、何か問題が? 私はキヴェラとイルフェナの共同事業として行なわれる『絵本』の内容を、いち早くお聞かせしているだけですが」


 実際、それだけなんだよね。キヴェラは製作側だからこそ、発売前に読み聞かせているだけだもん。

 だが、リーリエ嬢が騒いでいるせいで、『これって、あいつらのことじゃね?』的な疑惑が深まってしまっている。まさに、自業自得です。


 馬鹿だな、リーリエ嬢。そこはさらっと流さんかい。

 平然としていれば、そこまで疑惑の目は向かないだろうに。


 ――まあ、リーリエ嬢が自爆することを想定して、私もここで読み上げたわけだが。

 まだまだ甘いな、リーリエ嬢? 私は貴女のことを『嫌い』と言い切った『敵』なんだよ?

 キヴェラ王直々に賜る予定のお仕事――絵本の広告塔&営業――が控えている以上、何の躊躇いもなく貴女達を使い潰すに決まってるだろー?

 だって、これは『キヴェラとイルフェナの共同事業』。お仕事ですよ、お・し・ご・と!

 単に『愚か者達を表舞台から排除して、はい終わり!』で済むはずはない。金や人が動いている以上、利益を出さねばならんのだ。


 大丈夫、商人達はお金と商売が大好きだ。今回のことも大変乗り気です。

 この仕事が上手くいけば、商人を軽んじた貴女達のことだって許してくれる!


 商人達から嫌われれば、リーリエ嬢達とて困るじゃないか。つまり、この仕打ちも長い目で見れば、彼女達のため。

 広告塔として営業してもらう以上、しっかりと彼女達にも得るものを用意しておりますとも。我ら、ブラック企業じゃないぞ☆

 給料とかは出ないけどね! 貴族としては、割と致命的だと思うけどね……!

 ……。

 まあ、赤猫に狩られるよりはマシだろう。ブチ切れたグレンの所業にはウィル様もビビっていたので、この発想は多分、間違っていまい。

 睨み合う私達――リーリエ嬢が一方的に睨み付けているだけだ――だったが、その状況を壊したのは『未だ、来場を告げられていないはずの人物』の言葉だった。


「ふむ、先に始めるとは聞いていなかったぞ?」


 言いながら姿を現したのは、どこか楽しそうな様子のキヴェラ王。対して、私は軽く肩を竦めるのみ。


「できるだけ説明を引き受けておこうと思いまして」

「ほお……で、本音は?」

「最高権力者に言われて蒼褪めるよりも、格下扱いしている私に言われた方が屈辱的かなって」


 キヴェラ王に言われたら、リーリエ嬢とて迂闊に反論はできまい。中途半端な悪役ポジションの彼女だからこそ、『本格的な危険は避ける』。

 要は、キヴェラ王の恐ろしさだけは理解できているのだ。いくらリーリエ嬢や公爵家が処罰に問えない立場だろうとも、ここは他国の目もある場……『無罪放免はあり得ない』。

 なお、キヴェラ王とて、それを利用している一人。

 だからこそ、最高のタイミングで出番を待っていたわけだ。キヴェラ王がこの場に居なければ、私がチクチクと嫌味を言うことを止められない――『不在の時に行なわれた以上、どうすることもできない』!

 ……こそこそと隠れて、こちらを窺っていたキヴェラ王を想像すると、笑えるけどな。

 まあ、ともかく。『他国の目に、キヴェラの醜聞が晒されちゃった!』な事実を作り出すために、キヴェラ王はスタンバイしていたわけです。

 なお、キヴェラ側のまともな意見を述べるための存在として、ルーカスが最初からこの場に居たのは言うまでもない。ある意味、父と子の連携プレーだったりする。


「相変わらず、性格の悪いことだ」


 わざとらしく溜息を吐くと、キヴェラ王はリーリエ嬢に向き直った。


「お前の婚約者は思うところがあるらしく、随分と大人しいが……リーリエよ、此度の騒動を起こした元凶として、何か言い訳はあるか?」

「わ……私はこのようなことになると知らなかったのです! 恋に逆上せ上り、周りが見えていなかったことは謝罪致します! どうか、ご慈悲を……」

「ふむ、『無知ゆえの行動』と申すか」

「え? ええ、その通りです」


 答えながらも、違和感を覚えたのだろう。リーリエ嬢は困惑気味に首を傾げた。

 ……だが。それこそが、キヴェラ王が仕掛けた『最後の罠』だった。


「そうか、お前はその程度のことも判らずに国同士の不和を起こしかけ、その重大さも理解していないのだな。兄弟達は立派に学び、王子達の側近として恥かしくない態度を取っているというのに……何と情けない」

「え……そ、それ、は……っ」

「お前を溺愛し、歪んだ価値観を植え付けた親にも、多大な責があろう。……公爵夫妻と距離を置いていた息子達がまともなのだ、原因はそれしかあるまい。……リーリエよ」

「は、はい!」


 判りやすく肩を跳ねさせたリーリエ嬢に対し、キヴェラ王は憐みにも似た表情を向けた。


「お前は『自分が無知で、愚かであること』を、この場で知ったはず。……儂はお前を哀れに思うぞ? これまでの愚行全ての原因は親にあったと、証明したようなものだからな」

「まあ、この場で理解できたならば、『これまで教えてくれる人がいなかっただけ』とも言えますよね」


 即座に、キヴェラ王の言葉を判りやすく掘り下げ、更にリーリエ嬢達を追い詰める……じゃなかった、キヴェラ王の優しさを強調する私。

 ちらりと向けられた視線が、『でかした!』と言っているように見えるのは気のせい。

 と、いうか。

 即興だが、これらの遣り取りは『キヴェラ王の懐の深さを見せつけつつ、公爵夫妻とリーリエ嬢を表舞台から追い落とすための布石』なのだろう。


 公爵夫妻:問題行動を起こしたわけではないが、元凶。

 リーリエ嬢:野放しにできない問題児。


 私達の会話をそのまま捉えていたら、こういった認識になる。公爵夫妻は処罰に問えないながらも責任を取らせ、リーリエ嬢に対しても温情を見せるという、高度な技である。経験の賜ですな。

 その後押しとして、『私もキヴェラ王と同意見です』的な台詞を吐けば、あら不思議! 私がアレな態度をこれまで見せていたこともあって、今後、行なわれるであろう公爵夫妻とリーリエ嬢の処遇が物凄く真っ当に見えること請け合いです。

 キヴェラ王がこの状況をもたらした真の元凶――元はと言えば、王家の血を残すための策が原因だ――ということは、極一部とはいえ、知られている。

 ならば、キヴェラ王に極力非を持たせないためだけでなく、彼らを納得させる意味でも、こういった流れは必要だ。


 ええ、ええ、私はキヴェラ王と同じく、愚かに育てられたリーリエ嬢を哀れんでいますとも! その方が、公爵夫妻にも責任を問えますからね!

 アシストは任せたまえ、キヴェラ王! 都合の悪いことは全部、元凶達に背負ってもらいましょうぞ!


 わくわくと今後の展開を見守る私をよそに、キヴェラ王は哀れみを滲ませた表情から一転、厳しい顔でリーリエ嬢へと今後を匂わせる言葉を告げる。


「だがなぁ……他国にまで迷惑をかけ、我が国の評価を貶めかけたことは事実。ゆえに、そなたらを表舞台に置いておくわけにはいかん」

「そんな!」

「お前の言動は問題があり過ぎる! それとも……己が言動の傲慢さに気付きながらも、好き勝手してきたのか? 無知ならば、処罰は免れよう。だがな、意図して行なっていた場合はそうもいかん。さあ、お前はどちらなのだ?」

「……っ」


 探るようなキヴェラ王の視線と、周囲から向けられる好奇の目。そして……『どっちでもいいよ♪』とばかりに、いい笑顔を向けてくる私。小さく手を振って、アピールすることも忘れない。


「ひ……っ」


 視線が合うと、リーリエ嬢は何〜故〜か小さく悲鳴を漏らし、顔を引き攣らせた。

 おい、その態度はどういうことだ!? 確かに、返答によっては絵本の営業終了と同時に、ちょっと怖い目に遭ってもらうつもりだったけど!


「お……お言葉に従います」

「うむ。……さて、そちらの騎士はどうする?」


 力なく承諾したリーリエ嬢の姿に、キヴェラ王は満足そうに頷く。そして徐に、空気と化しているもう一人の元凶――近衛騎士へと言葉をかけた。

 彼の所属は未だ、アルベルダ。いくら婚約が成立しているとはいえ、婚姻していない以上は他国の人間だ。

 それもあって、キヴェラ王は近衛騎士には処罰云々という話題は振らなかったのだろう。その役目と権利を持つのは、アルベルダ王であるウィル様なのだから。


「一度、自国に帰ります。俺も自分の愚かさを理解できましたから」


 諦めきった口調で告げる近衛騎士に、野心家らしい強気な面は見られない。リーリエ嬢という、『圧倒的に身分と血筋の勝る存在』が敗者となったことにより、心が折れでもしたのだろうか。

 まあ、その気持ちも判る。彼が強気に出られていた相手は、ローザさんや自分を振り向かせたいお嬢様達。所謂、『敵意を向けてこない女性』。明らかに、自分の方が強い。

 リーリエ嬢はその血筋と立場ゆえに、常に強者だった。近衛騎士と意気投合できたのも、そういった面に通じるものがあったからだろう。

 ただ、リーリエ嬢と違って彼は実力で近衛騎士になった。そういったこともあり、それなりの自己評価を下していたはずだ。ただし……『それなり』に。


 そんな彼は、私と愉快な守護役達とめでたくエンカウント。

 彼の自尊心を、木っ端微塵に砕いてしまったのだろう。


 そもそも、こちらには『殺るか、殺られるか』、『負けたら後がない』を地で行く人達しかいない。修羅場慣れしているというか、修羅場が普通だった人達オンリーです。

 近衛騎士はリーリエ嬢ほど愚かには見えなかったので、話し合いを始めて早々に察しただろう……『迂闊に牙を剥けば殺られる……!』と。

 騎士という、命の遣り取り上等な職業だからこそ、こちらの戦闘能力を察してしまったとも言える。そういった見極めができなければ、近衛になんてなれないだろうしね。


「それでは、リーリエ達のことだが……」


 私にちらりと視線を寄越し、いつもの表情でリーリエ嬢達の処遇について話し出すキヴェラ王。その目が笑っているように見えるのは……気のせいではないだろう。

 さあ、最後の詰めですよ。処罰どころか、罰掃除レベルのお仕置きですが、きっちり言い渡してくださいね!

ラスボス登場。すでにリーリエは瀕死ですが。

主人公達は煽ることしかできないので、トドメは当然、キヴェラ王。

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