崩れゆく『彼女』の世界 其の二
リーリエ嬢は顔を引き攣らせ、私をガン見している。漸く、自分が敵に回した生き物が『何か』を悟った模様。
……。
うん、マジで今更だな。私は最初から『魔導師』って、名乗ったじゃん。
『魔導師は世界の災厄』というのがこの世界の定説だけど、キヴェラはリアルに私の被害に遭った国なのだ。
『昔から言われていた』とか、『単なる言い伝え』では済まない、貴重な国ですぞ? 他の国って、割と魔王様経由でお話が来た『お仕事』ですからねー。
……まあ、だからこそ評価を落とせないのだけど。
奉仕精神とか、熱い正義感のままにでしゃばったわけではない。私自身の評価に直結する上、後見人としての魔王様の評価に響く。
最悪の場合は責任を取らされる可能性も考慮して、『必ず結果を出す』のですよ。後がないから、頑張れるってものです。
それでも、『望まれた結果を出す』ということに関しては、絶大なる信頼があるのが私。自画自賛ではなく、他国からの称賛――多分。時に、恐怖伝説含む――を含めた評価です。
そんな生き物に喧嘩を売ったのが、リーリエ嬢。
『死に急ぎたいのか!?』と言われても、否定できんぞ?
「お前は本当に、自分のことだけしか見えていないのだな」
「え?」
「お前が得意げに口にする『王の姪』、そして『元王女を母に持つ公爵令嬢』という立場。それらを主張するなら、それに見合った能力が必要だろうが。……ああ、政に関して、というわけではないぞ? 情報取集などは女性でも必須だろう」
呆れながら告げるルーカスに、リーリエ嬢は言葉を返せない。……返せるはずはない。だって、キヴェラの王妃様や側室様方はそれができている。
『自分より目上の立場の女性達がそれを成している以上、リーリエ嬢もできなければならない』。
身分を自慢するのは勝手だけど、公爵令嬢と呼ばれる立場にある人達はリーリエ嬢だけではない。『比較対象が沢山いる』以上、大国キヴェラの公爵令嬢が無能というのは『醜聞』なのだ。
ルーカスが先ほどから呆れているのも、それが理由だろう。公爵家は王家の血が入っていたり、貴族としては最上位にあたる身分なので、国同士の政略結婚にも使われる場合があるからね。
国同士の繋がりを欲するならば、一番手っ取り早いのが婚姻だ。そして、血筋だけなら王家に嫁ぐことも可能なのがリーリエ嬢。
特に、今はその打診をされても不思議ではないはず。……が、そういった話はなかった模様。(注:サイラス君提供の情報)
キヴェラ王が立派で、キヴェラという国が大きかろうとも、リーリエ嬢は『政略結婚の駒に使えなかった(=お馬鹿)』ってことですね! 彼女の評価がどんなものだったかは、推して知るべし。
圧倒的に優位な立場が約束されている婚姻なのに、それが成されなかったのだから相当ってことじゃないか? この夜会のことも含め、それは事実と認識されていくに違いない。
キヴェラ王が他国と距離を縮めようとしていることも、その認識を後押しする。そこに加えて、他国の王族を見下しているとしか思えない婚約破棄騒動。
これ、『国にとって醜聞にしかならないから、他国に出せなかったんだな』としか思わんぞ?
まだ余計なことをしない分、『無能』のほうがマシだろう。……本人にその自覚がある場合に限り、だが。
「やめなよ、ルーちゃん。難しいことを言っても、勝手な言い訳を述べるか、理解できないかの、どちらかじゃない。時間の無駄だよ。『リーリエ嬢は身分に添った対応ができず、己が言動の意味することにも気づかないお馬鹿さん』でいいじゃん」
「キヴェラとしては心底、嫌なのだが。あれでも第二王子の従姉妹なんだぞ?」
「それは大丈夫でしょ。ルーちゃんは理解して解説する側に回っているし、リーリエ嬢を擁護する声もない。……おかしいのは彼女だけだよ。次点で、彼女の取り巻き連中ね」
「……。まあ、それもそうか」
「でしょー? そもそも、キヴェラ王が各国と距離を縮めるべく積極的に動いてるから、キヴェラの貴族達がリーリエ嬢と同類ってことはないわ。そこまで愚かだったら、まず、キヴェラ王が教育的指導に乗り出すはずだもの」
そう言った途端、会場のあちこちから息を飲む気配がした。予想通りの展開に、ひっそりとほくそ笑む。
そうそう、良い子で黙っていなさいね。自分から関わろうとしない限り、私はリーリエ嬢と愉快な仲間達のみを攻撃対象と認識するから。
庇う発言をしたら、私に敵認定を食らうだけではなく、リーリエ嬢達と同類扱いされる。その場合、他国からの評価は『あの家に先はない』とかになるだろう。
だって、そんなアホをキヴェラ王が必要とするはずないじゃん?
個人どころか、家単位での冷遇という可能性もある――ルーカスでさえ、同類に見られることを嫌がっている以上、表舞台から遠ざかることは必至――ので、ここで彼女を庇うのは間違いなく悪手だ。
まあ、他国からすれば、是非とも外交に出て来てもらいたい『良客』なのだけど。こんなにチョロくて簡単に丸め込める奴が相手なら、外交担当者は狂喜乱舞してお仕事するに違いない。絶対に、勝てるもん。
「じゃあ、次の解説にいきたいと思います!」
「……っ」
「脅えた顔をしても駄目。貴女が望んだことなんだから」
泣いても無駄だよ? と先手を打てば、涙を滲ませながら俯く――絶対に、嘘泣きだ――リーリエ嬢。そんな彼女の姿は、この子がこれまでどんな風に過ごしてきたかを連想させた。
女の涙は確かに、武器になるだろう。そこに身分が伴えば、周囲は慰める他はない。
だ・け・ど。
今回に限り、そんな手は使えない。身分もそうだが、私も女性。見た目だけは同年代に見える『女の子』なのですよ……!
『リーリエ嬢は女性なのだから、手加減を』と誰かが言い出せば、『私も女ですけど?』と返し。
『公爵令嬢に対して無礼な!』と怒られたら、『じゃあ、魔導師らしく暴力で決着つけます?』と脅し。
『陛下のため、ここは引いてくださいませんか』と懇願されれば、『まだキヴェラ王はいらっしゃってませんが、貴方は王の代弁者か何かで?』と疑問をぶつけ。
『いい加減にしろ!』と諫められたら、『解説を求めたのはリーリエ嬢です』と、こうなった経緯を話す。
すでに『逃げ道? 何それ美味い?』という状況なのですよ。決定打を告げるキヴェラ王が来るまでに、あらゆる言い訳を封じておかないと煩そうだしね!
……。
まあ、それでもキヴェラ王に縋る根性があるなら、別の意味で凄いと思うけど。キヴェラ王、今回のことにマジでご立腹ですからね〜。
「それでは次に、『忠誠を向けるべき相手を利用しようとしたこと』について。先ほどのティルシアの説明に続く形になりますが、臣下からすれば、我が身を犠牲にしてまで国に尽くす王族というものは、尊敬してやまない主なのですよ」
そこで一旦、ヴァイスへと視線を向け、すぐにリーリエ嬢へと戻す。
「国において最高の権力を有し、人に傅かれ、人を使うことが当然の人達。傲慢にも見える態度は、その地位や立場においては『当たり前のもの』。……ですが、背負うものも大きい」
「それは……そうでしょうけど」
「例えば、話術。身分だけで押し切れることは殆どないですし、辛うじて交渉の席に着かせることができるだけの場合もある。……『その程度』なのですよ、身分って。重要なのは、『身分に伴った権力を使い、何ができるか』ということなんですから」
「……? 身分が高い方が強いのではなくて?」
「違います。寧ろ、相手に転がされるような高位貴族や王族って、国にとっては害悪ですよ。言質を取られたら終わりじゃないですか」
「……っ」
ズバッと言い切るも、リーリエ嬢は不満そうだ。キヴェラはこれまでそれが可能だったからこそ、違和感を覚えるのかもしれない。
「騎士が剣を持って国を守るならば、王族は言葉と知恵で国を守り、貴族はそれを支えます。……無知であることは許されず、努力をしない愚か者なんて以ての外! 小国であれ、王に対して敬意が払われるのは、どんな国でもそれが同じだからですよ。一国を支えるのは、並大抵の努力と覚悟では不可能なのですから」
例を出すなら、イルフェナだ。魔王様は他国にさえ、恐れられていた。それは威圧と魔王様自身の遣り方と諸々の事情のせいだが、それでも『王に勝る』とは言われていなかった。
悪意の方が広まりやすいということもあるだろうけど、イルフェナ王は魔王様よりも上位の存在として認められていたのだ。そうでなければ、魔王様に王位を望む声がどこからか上がるはず。
私の保護者として出てくることが多いけど、魔王様は他国の王に比べて一段劣る立場である。その証拠に、サロヴァーラの一件での話し合いには、王以外が派遣されていたはず。
キヴェラ王やウィル様が来た時は、彼らの方にも思惑があったからだ。互いを探るなり、何らかの意見を言うつもりなら、その言葉を無視できない存在の方が都合が良いもの。
「王族の親衛隊、近衛、側近といった人達は特に、そういった姿を目にする機会がある。……それに伴う苦悩や負担も含めて。間違っても、『個人的な事情での、権力の利用はない』んですよ。個人的な感情と立場における『最善』は、全くの別物です」
――寧ろ、そういった立場に在りながら『個人的な感情』を優先するならば、忠誠心を抱かれまい。
「……騎士は王に仕えるべきものではありませんか」
「職業として『騎士』は存在しますが、職務以上の働きをし、仕えるべき存在を誇ることは、『個人的なこと』です。騎士であることを誇るか、その主に仕えることを誇るか、という違いもあるでしょう。……ヴァイスはどちらも持ち得ているからこそ、貴女の発言が許せなかった」
「それは……っ」
「職務に忠実なだけならば、処罰覚悟での抗議なんてしません。彼の仕事は私の護衛ですから、職務放棄にしないためにも許可を取ったでしょう? そして、サロヴァーラの騎士であることを示す装いをしている以上、その評価を落とすような振る舞いもできません。だから、発言の許可をルーちゃんに取った」
「当然だ。護衛としてこの場に居る以上、意見する権利などない……個人としては、参加する資格自体がないのだからな。ヴァージルやサイラスとて、彼と同じ状況になればそれくらいはやるだろうさ。キヴェラに恥をかかせるはずがない」
当然、と言い切ったルーカスに、ヴァージル君とサイラス君が僅かに笑みを浮かべる。そう思うだけの信頼関係が築かれている、ということだろう。
特に、ヴァージル君は出世を捨ててルーカスの傍に行くことを願った一人。主からの信頼を示す言葉に、歓喜しても不思議はない。
「貴女はそんなヴァイスに対し、何を言いましたか。彼の主たる方々と貴女が同じ? ……冗談ではないでしょう。『愚かで自分勝手な感情のまま、権力を振り翳す愚物』と、『他者に愚かと言われようとも、守るべきものを守り切った誇り高い王族』が同列なんて、侮辱も良いところだ」
「愚物、とは私のことですの……っ」
「他に誰が? ……貴女の言い分を正しいとするならば、他国も同じような認識をしていると思われても不思議ではありません。私の守護役達が怒ったのは、『彼らの主が認めた存在を、愚物でしかない貴女が同列扱いをしたこと』と、『騎士の矜持を踏み躙ったから』ですよ」
「……騎士としての矜持?」
「『騎士』という括りで考えるならば、彼らは同類ですよ? 自己保身のため、頭を垂れるべき相手を利用するような輩に対して、不快に思わぬはずはない。しかも、貴女はヴァイスに対し『魔導師に助けられた国』という言い方をした。……私が結果を出した国さえも自分と同じだと、言ったも同然でしょう?」
ブチ切れるな、という方が無理だろうよ。そもそも、私は『切っ掛けにはなった』が、それだけだ。
先ほどのリーリエ嬢の言い分はこんな感じに言い換えられる……『魔導師に助力してもらった国=リーリエ嬢と同類』と。
リーリエ嬢は単純に『魔導師に助けてもらった』的な意味で言ったのだろうが、実際はそれだけで済んでいるはずがないじゃないか。
当然、私が連れている人達はその裏側も知っている。……『魔導師に頼らざるを得なかった事情』も含めて。自国の問題を他者に任せるなんて、恥もいいところ。そのことを後に、突かれることもあっただろう。
それを判っていながら、彼らの主は決断した。
自分が泥を被ることを覚悟で、国が良い方向に変わることを選んだ。
殆どが『魔導師の功績』にされているのは、彼らに向けられた悪意も一因だと思っている。もしくは、私への報酬か。
どちらにせよ、裏で動いた人達は表立って評価されてはいないと思う。それでも、それを当然のことと受け入れているのは、彼らが自分よりも国を想っているからじゃないのか。
……で? リーリエ嬢はそんな人達と自分を同列扱いしたわけだ。
うっかりでは済まされないレベルの失言ですよ。セイルあたりなら、サクッと殺っても不思議はない。
「貴女は自分が未熟なだけじゃないですか。傲慢、と言った方がいいかもしれませんね。助けてもらって当然、血筋に縋って当然、『自分より上位の方』を利用して当然……なんてね。それ、単なる脅迫です。他国にやったら、キヴェラの評価に響きます」
「ですが、大国である以上は、ある程度の傲慢さを持っても許されるのでは? キヴェラはずっと、そうやってきたのですから」
呆れた様を隠さずに告げれば、速攻で不満そうなリーリエ嬢からの反論が飛んでくる。
そうだね、それも嘘ではない。寧ろ、そういった過去があったからこそ、アルベルダの貴族達はリーリエ嬢達を咎められなかったのだから。
……だが、今は事情が異なる。情勢は常に変化しているんだよ? リーリエ嬢。
「『かつてのキヴェラ』ならば許されても、『現在のキヴェラ』では許されないと思いますけど?」
「え?」
「だって、現在王位に就いている方が『他国との関係改善を望んでいる』のですから。……ああ、これは個人的な感情からの政策ではありませんよ。王としての判断です」
「……リーリエ。お前がそれを理解できていなくとも、陛下のお言葉を無視したことになると、何故、判らない? お前は陛下よりも偉いのか?」
「そっ……そのようなことは思っておりません!」
ルーカスの指摘に、顔色を変えて否定するリーリエ嬢。そだね、ここで『それのどこが悪いんです!』とか言おうものなら、速攻で反逆者コース確定だもんな。
リーリエ嬢、それを回避する程度の頭はある模様。実に中途半端な悪役ぶりである。……今の発言がアウト、ということにも気づかないほど、『可愛らしい人』だもの。
では、トドメにいきましょうか!
「あれ? さっき、『私達のことにキヴェラの次代……王太子となられる方とそのご生母様を巻き込むわけには参りません』って言いましたよね? それ、裏を返せば『私を処罰すれば、第二王子とその母親を巻き込むことになるけど、いいの?』ってことですけど? そう、脅迫しましたよね? 王家の方を利用しようとした自覚なしとは、言いませんよね?」
「な……っ、悪意を以て捉え過ぎですわ!」
「いやいや、貴女自身も気づいているでしょ。そうでなければ、『私はどうなっても構いませんから、縁ある方達だけはご容赦を』とか言うはず。自分だけで済むじゃない。それとも、今からそう言い直す?」
「それ、は……」
黙り込むリーリエ嬢の姿に、私は……『私達』はほくそ笑む。守護役連中は納得の表情で頷き、ライナス殿下と宰相補佐様は温〜い眼差しを私へと向けていた。
ええ、貴方達の予想通りだと思いますよ? お二方。私が善意から解説するなんて、ありえないでしょー?
Q:迂闊に批難できない性悪を〆るにはどうする?
A:周囲への根回しを行なった上、本人の余裕を奪ったところで自滅を狙う。
私の解説はリーリエ嬢だけに向けられたものではない。周囲への説明も当然、兼ねている。
そこで遠回しに誘導してやれば、リーリエ嬢の性格からして必ずこう言うだろう……『そのようなつもりはありません!』と。似たような言い方でも可。
『貴女は王族を利用しようとしたんですよ』と言ったところで、私に味方は皆無。
リーリエ嬢も『そのようなことは思っておりません!』で押し通す可能性が高い。
だが、『貴女のしたことはこれ程に、大事だったんですよ』と丁寧に解説した挙句、リーリエ嬢の言葉を利用しながら追い詰めてやれば、『そのようなことは思っておりません!』という彼女自身の言葉が、トドメを刺すことになる。
要は、根回しと誘導をした上での揚げ足取りだが、リーリエ嬢の頭では回避することは難しいだろう。
なお、回避する方法は『ない』。リーリエ嬢自身が軽く考えていたとはいえ、先に自分の非を認めちゃってるからね!
ヴァイスの抗議もそれを後押しする形になるので、『なかったことにはできない』のだよ。
事態の拙さに気付かされ、焦りを滲ませるリーリエ嬢を尻目に、私はヴァイスを振り返る。
「こんな感じでいいかな? 貴方の正式な抗議があるから、リーリエ嬢は逃げられないと思うけど」
「十分です」
満足そうに頷くヴァイスに、私も笑みを返す。……サイラス君とヴァージル君も満足そうなので、問題はないはず――
「さすが、鬼畜・外道と評判の魔導師。敵を陥れることには容赦がありませんね、アンタ」
褒め言葉と受け取っておこうじゃないか、サイラス君よ。
主人公はティルシアだけでなく、サロヴァーラ王家とリーリエを比較しています。
報告(事情説明)、連絡(周囲への通達)、相談(キヴェラ側のルーカスとの会話)
という手順を踏んで、逃げ道を塞いだ主人公。
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