崩れゆく『彼女』の世界 其の一
先週は申し訳ございませんでした!無事、ネット環境に復帰しました。
目の前のリーリエ嬢は私の言葉に驚いたようだが、すぐに持ち直したらしい。落ち着きを取り戻すと、余裕のある笑みを浮かべた。
「それでは、お願いしますわ。いくら魔導師といえども、この場で魔法など使わないでしょう? どうぞ、言葉で私を納得させてくださいませ」
(意訳)
『魔導師だろうと、魔法を使わないなら怖くねーよ』
彼女の言葉を簡単にするなら、こんな感じかね。『魔法がなければ、お前など恐れる必要がない』……これこそ、リーリエ嬢が落ち着いていられる理由だろう。
魔導師を『魔法による被害をもたらす者』と認識しており、私がキヴェラでやらかしたことを知っていれば、そう思うのも無理はないのかもしれないが。
現に、こちらを窺っているキヴェラの貴族達の中にも、顔色を悪くしている人達が多数。彼らは多分、私が『城を壊しますねっ♪』と脅した時に、あの場に居た人達だと思う。
まあ、リアルにあの一時を体験していれば、リーリエ嬢が私に喧嘩を売るのは怖かろう。再び『おっけー! もう一度崩壊の危機を経験させてあ・げ・る♪』とか言い出した日には、止める手段がないもの。
前回、私がその行動を止めたのは『魔王様に諫められたから』。
そして、『交渉する余地があったから』。
今回、どちらもないですからね! しかも、キヴェラ王がこの場に居ませんからね……!
ビビるな、という方が無理なのですよ。しかも、独断でリーリエ嬢を生贄にして場を収める……なんて真似もできまい。リーリエ嬢の言い分ではないが、彼女は簡単に処分……じゃなかった、切り捨てられる立場――国に必要という意味ではなく、単純に血筋と身分という意味で――ではないのだから。
だが、私にはそんな事情を考慮する義理などないわけで。
「いいですよ。その代わり、『子供程度の理解力』は発揮してくださいね? いくら何でも、そのお歳、そのご身分で、その程度の理解力がないなど、ありえませんし」
笑顔で、更に煽ってみた。その途端、リーリエ嬢の笑みが引き攣る。はは、遠回しに『馬鹿』と言ったことに気付いたか。それとも、『逃げ道を塞いだこと』を理解できたのかい?
目には目を、歯には歯を、嫌味には更なる嫌味で対抗を!
勿論、ただの嫌味じゃございませんよ。ここがキヴェラだからこそ……『女性が政に関わらない国』だからこそ、こう言った言葉で逃げ道を塞いでおかないとならんのだ。
温く笑って流しているようだが、そこに気づいているのは守護役達も同じなのだろう。だからこそ、傍観という姿勢を貫き、侮辱しているとしか受け取れない私を諫めようとはしなかった。
「ああ、勿論、『無知を前面に出すこと』も禁じさせていただきます。だぁって」
くすりと笑って、蔑みの視線を向け。
「『無知を自覚できているならば、自分の判断に自信など持ちません』。感情的に喚き散らす幼子ではないのですから、大人しく従いますものね? 少なくとも、貴女の従兄弟……『キヴェラ側であるルーカス』は、抗議される理由に思い至っているのですから。こちらの独断ではないことくらい、判りますでしょ? それなのに、反発するならば」
「お前が『無知を装い』、『理解できぬ振りをして』、『正当な抗議から逃れようとした』ということになる。……この一連の行動は、『故意か、そうでないかによって、大きく反応が分かれる』んだぞ? まあ、どちらにしろ、恥にしかならん」
「『いい年をして、理解できて当然のことを全く理解できていない(=お馬鹿)』と証明するか、『無知を装い、正当な抗議から逃れようとしたクズ』と知れ渡るか、ですしね。まあ、どちらにしろ貴族としては致命的なんじゃないですか」
「な……っ」
「あら、何を驚いていらっしゃるんです? ですから、私は『無知を前面に出すことを禁じさせていただきます』と言ったじゃないですか。どちらに転んでも、最低という評価を受けかねませんので、事前に通達したのですけど? ほんの少しの、優しさですよ」
嘘ではない。『リーリエ嬢の逃げ道を塞ぐ=貴族として問題に向き合わせること』だからね。私がしっかりと説明した以上、知らなかったとは言えまい。
ルーカスもそれを見越して、会話に加わってくれたと思われる。他国の者達の目がある以上、自国の王族の言葉を無視なんてできないものね?
自分の評価を地に落として無知と言い張り、ヴァイスからの抗議を回避するか。
理解してなお悪足掻きし、『無知を装った性悪』と周囲に知らしめるか。
別に、どちらでもいいよ? リーリエ嬢。特に前者であった場合、貴女を表舞台から引き摺り下ろしやすくなるだけだから。
真面目人間ヴァイス君とて、そこまで知能の低い生き物に抗議しようとは思うまい。誰だって、無駄だと判る。
『問題に向き合う能力がありません。理解できていないんです、抗議を受ける以前の問題なんです……!』
こんなことを全力で公言しているようなものじゃないか。真っ当な人々はそんな生き物に期待などしない……当然、然るべき措置を取るだろう。
もっと言うなら、リーリエ嬢の権利や優位性の喪失に繋がる。
『通常ならば、与えられる権利』は『責任能力あってこそのもの』。『正しく行使できない奴に与えられ続けることはない』んだよ。少なくとも、キヴェラ王はそういう性格だ。
罠はすでに始まっているのだよ? リーリエ嬢。
この会話が終わった後、貴女は血筋に纏わる権利を維持できているかな?
「く……! いいでしょう、ですが! 魔導師様? 貴女にも身分に添った対応と言葉をお願いしますわ。ご存知でしょうが、異世界人は民間人扱いですのよ? そして、私は公爵令嬢ですので」
一瞬、悔しげな表情をするも、即座に身分を盾にした切り替えしをするリーリエ嬢。その途端、ルーカスの目が益々冷たくなった。
「お前、この期に及んで……」
「いいじゃないの、ルーちゃん。そもそも、『この場に限り、その必要はない』ってことも判っていないみたいだし」
「何だと?」
怪訝そうな顔になるルーカスだが、これは事実。だって――
「抗議される理由を理解できなかったのは、リーリエ嬢の過失。彼女は『それを自覚しているからこそ、私に解説を求めた』。……本来ならば、必要ないことなのよ。私は『理解できないなら、理解できる人に言えばいい』って言ったじゃない」
「まあ、それはそうだが」
「それなのに、彼女は解説を求めた。この時点で、『身分に沿った対応と言葉を使え』なんて言えないでしょ? 自分ができてないじゃない」
だからね、リーリエ嬢。
「貴女自身がそれをできなかった以上、その愚かさに付き合わされている私に、そんな義務はないのよ。そもそも、教える義理もない。『身分に伴った言動』を求められるのは、貴女も、私も同じ。その片方の常識が破綻している以上、私も貴方のレベルに合わせるべきよね」
「なんですって!?」
「当然でしょ。回りくどい言い方をしたって、貴女は理解できないんだから」
「!?」
困った子ね、と肩を竦めれば、自分の言葉に原因があったと悟ったリーリエ嬢が判りやすく動揺する。そんな姿をジト目で見ながら、ルーカスは。
「だから、馬鹿だと言われるんだ。お前の言動に全ての原因があると、何故、判らない」
更にリーリエ嬢の心を抉っていた。わざとらしさは感じないので、本心が口から洩れてしまっただけなのだろう。
そんなルーカスを諫める者など居るはずもなく、こちらの面子は同意するように頷いていたり。
さて、それでは解説といこうか。
「それでは、解説しますね。これ以上の言い合いは時間の無駄ですから」
「ちょ、ちょっと! まだ、話は終わってませんわ!」
「時間切れでーす。世界が自分中心に回っていると思っていようとも、黙りなさーい」
「貴女はどうなのよ!?」
「魔導師は『世界の災厄』と呼ばれるほどに、身分や権力をシカトする自己中でーす。つまり、『そういうもの』というのが定説なのですよー。それに加えて、私は異世界人じゃないですかー。キヴェラに保護されているわけではないので、譲歩する必要性も感じませーん。痛!?」
「真面目にやれ」
軽〜く、慌てるリーリエ嬢を受け流す。……ルーカスに頭を叩かれたことなんて、些細なことさ。その代わり、『ルーちゃん呼び』は止めてやらんがな!
ふざけた言い方をしているが、私は嘘を言っていない。『魔導師は世界の災厄』って、この世界の常識じゃん! 権力、常識、あらゆるものに屈しない自己中の極みでしょ!
無理に話を進めるくらい、可愛いものじゃないか。少なくとも、何も被害は出ていない。
さあさあ、お勉強のお時間ですよ♪
「まずは、サロヴァーラ王女ティルシアと貴女の違い。ティルシアは確かに罪を犯したけれど、それは国のためだった。それでも言い訳をせず、命さえも失う覚悟で『遣り遂げた』。彼女を奮い立たせたものは家族への情と、後を任せられる者達への信頼、そして王族としての矜持」
「王族に生まれたならば、それは当たり前ではございませんの」
「一般的にはね。だけど、そこまでできる人は稀だよ。現に、貴女のお母さんは血を残すことしかしてないじゃない! 戦狂いと言われた先代、そして彼に従う者達……それらの脅威に対し、貴女の母親は何かした? 命懸けで国を守るような行動を起こせたんだろうね?」
「え……。で、ですが、お母様は女性ですし」
「キヴェラが男性社会だからこそ、目を付けられ難かったはずだよね。事実、王妃様や側室様方は自分達が無能でいることを良しとしなかった。だから、『男性社会だろうとも、臣下達に軽んじられていない』。ただ妻としているだけならば、こうはならないよ。それはどこの国でも同じ」
例を出すなら、バラクシンだろうか。あそこは『我らから幼い弟を奪い去ったクズ、許すまじ!』という思考で一致していたこともあり、非常に精力的に動いていたと聞いている。
……。
多分、自分の手で報復したかったんだろうな、バラクシン王妃様。
大泣きするほど悔しかったみたいだし、ブチ切れたブラコン(+幼い弟から姉様と慕われたい願望持ち)は立派に、教会派貴族達の対抗馬となったことだろう。
ちなみに、私の身近にも頼もしい女性達がいる。クラウスの母上であるブロンデル公爵夫人とて、中々に好戦的な性格だと聞いているもの。
基本的に大らかで茶目っ気のある性格をしているけど、彼女は間違いなく『旦那様が忙しいなら、私が戦場に出ればいいじゃない』という思考の持ち主だ。
事実、キヴェラとの農地の交渉の際、クラレンスさん共々、幾つもの装飾品(=魔道具)でおめかししながら出番――キヴェラ側が実力行使した際の戦闘要員だったらしい――を待っていたという証言もあるので、安全な場所で皆の無事を祈るだけにはならないと推測。
というか、イルフェナの高位貴族達は割とそれが普通。
大変頼もしい奥方様が、旦那様や国を支えておいでです。
それもあって、ティルシアの行動が評価されたという経緯もある。ティルシアは自身さえも駒の一つとして考え、国に未来を残そうとした。イルフェナ以外でそこまで行動し、結果を出せる王女は中々いまい。
だから、ティルシアにとって『女狐』は褒め言葉のようなもの。年若い王女と侮られるどころか、警戒されるような存在として認識されているということだからね。
「対して、貴女の場合。貴女が色々と言われたのは全て、『貴女自身に原因があるから』。それも、貴族としての常識を学んでいれば、言われずに済むようなものばかり。言い方を変えれば、キヴェラにとって恥でしかないのよ。そんな人と、自分が誇らしく思う主を同列にされて、怒らない方がどうかしてる。忠誠心があるならば、聞き流すことはできない」
「……っ」
「貴女とティルシアが同列? 馬鹿を言うんじゃないわ。ティルシアには私から手を組むことを持ちかけた。……そうするだけの価値が、彼女にはあった! ティルシアが私に縋ったわけじゃない! 貴女はただ、助けてほしいだけじゃない。それも、全く悪いと思っていない。いや、『自分の言い分が通ることが、当然と思っている』」
――本当に、醜悪。
小さく付け加えると、私の怒りを感じ取ったのか、リーリエ嬢が怯えたように一歩後ずさる。反論したいが、怖くてできないのか。
そんな彼女に、私は更に畳みかけた。
「もっと詳しく言ってもいいけど、その場合、恥をかくのは貴女です。貴女とティルシアでは、根本的に違う……本来ならば、比較対象にさえならないもの。だから、より詳しく違いを説明される度、惨めになるのは貴女の方。どうする?」
「い……いえ、もう結構です」
これで終わると思っていたのか、リーリエ嬢は頷きつつも、どこか安堵を滲ませていた。
だが――甘い。
「そう。じゃあ、もう一つの解説にいきましょうか」
「え!? こ、これで終わりではないのですか!?」
「あら、もう一つ理解しなければならないことが残っているでしょう」
ぎょっとして声を上げるリーリエ嬢を視界に映しながら、私は楽しげに笑う。ヴァイスを抗議に至らせたもう一つの理由――『忠誠を向けるべき相手を利用しようとしたこと』。こちらの説明がまだ終わっていない。
「解説して欲しいと願ったのは、貴女だもの。……逃げられないよ」
だから、諦めて恥を晒して。貴女が無様な姿を見せれば見せるほど、私達の思い通りに事を進めやすくなる。
――それがキヴェラという国にとって、最良の未来に繋がるのだから。
お望みどおりに説明しつつも、更に追い込む主人公。
言葉でリーリエの精神を、ガリガリと削っています。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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