一段落した後に
中庭での騒動が一段落して。
現在、後宮の一室に私、ルドルフ、宰相様、セイル、エリザがテーブルを囲んでいる。
護衛の騎士は部屋の外に待機しているので身内での話し合いです。エリザは私が来てからのことを知らないし、私はアデライド関連の事……というかアデライドのことを知らなかったしね。
まあ、部外者には言えんわな。イルフェナにとっては私に対する能力テストみたいな扱いっぽいし。気付かなくても役目は果たせるから、という事みたいですが気付かなかったら魔王様にはお叱りを受けると思います。
祝・説教回避。実力者の国の王子様が減点対象を見逃してくれるとは思わん。
「本当にすまなかった!」
座ったままルドルフが頭を下げる。えーと……何が?
首を傾げると宰相様が深々と溜息を吐きながら事情説明をしてくれた。なるほど、説明役は宰相様に投げたか。
「アデライドのことです。本来なら知らせなければならなかった」
「ああ、そのこと。あれは私が気付くべきことじゃないの? それに最初から疑う要素しかなかったし」
「「え?」」
あら、皆さん声がハモった。ええ!? 私、そんなにお馬鹿に見えました!?
「初めに顔合わせした時に宰相様達は遅れて来たでしょ? 貴族達を足止めする為に」
「ええ。私とセイル、アデライドの三人ですね」
「まずそこからおかしい。何でルドルフの侍女がそっちに居るの? 侍女に足止め役なんて無理でしょ?」
いくら長年務めた侍女だろうと身分は絶対だ。貴族の抑制なんてことはできない。そして長年務めているからこそルドルフの傍に居るべきじゃないの? 宰相様やセイルがそっちに居るんだから。
「だから聞かれたくないことがあるんじゃないかと思ってね。実際、あの時間が無ければ私が彼女に知られること無くルドルフに魔道具渡すなんて無理でしょ」
「つまり最初の時点でその三人は警戒対象だったわけか」
「うん。一番違和感があったのはアデライドだね。主の客に茶を出すことさえ思い至らない侍女っているかな」
「あー……いないな」
「私が自炊するって言った時も色々言ってきたでしょ? ルドルフ達が薬を盛られた事さえあると知っているのに、何の対策もとらない方が不自然だと思うよ」
確かに普通の姫ならば料理なんてしない。だけど、私は姫じゃないのだ。『大変では?』なんて言ってたけど、あのまま任せて一服盛られたりしたらどうするつもりだったんだろうか。
状況把握があまりにもお粗末なのだよ、アデライドは。守られる側でしかないからこそ、その可能性に思い当たらない。ルドルフ達や殺るか殺られるかの後宮生活を覚悟してきた私とは温度差があって当然です。
宰相様だって一言も反対しなかったじゃないか、それが最善だと判っていたから。
「で、後は全員さっき言った手段で試してアデライドを敵認定したってわけ」
「……エルシュオン殿下がお前一人で大丈夫だと言い切った理由が良く判るよ」
こっくりと私以外の全員が頷く。エリザに至っては尊敬の眼差しだ。侍女の仕事面から判断したことが高評価だったらしい。一番怒ってたっぽいからねぇ、彼女。
「私からも一つ宜しいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「ミヅキ様は随分と平和な世界で生きていたと伺っていたのですが……何故人を傷つける事に躊躇いがないのですか?」
ああ、やっぱりそれは気になるよね。セイルの疑問はご尤も。アルさんにも『人を殺せるか』って聞かれたしね。
手にしたカップから一口紅茶を飲む。気分を落ち着ける目的で入れてくれたのかな、これって。
「私がこの世界で初めに保護された村ってね、自給自足なの。作物以外は森で狩りをするからそこで生きるなら狩りを覚えなきゃならない。だからこの世界の事を学ぶ上で必要事項だったんだよ」
「まあ、辺境の村ではそれが普通ですね。店自体あまり無いでしょうし」
「狩りが出来ない事は飢えに繋がる。だから知識と同じくらい重要視されて徹底的に覚えさせられたの。勿論、狩りだけじゃなく、その後の解体作業もね。血や殺す事なんて慣れないから最初は苦労したよ?」
だけどそれは『この世界で生きる』以上は必須だった。私を一人養うくらいは大丈夫だと言ってくれたあの村の人達はそれでも私に狩りを覚えさせたのだ。それはただ日々の糧を得るというだけではなく。
「異世界人である私にとってこの世界は生き難い。魔物だけじゃなく盗賊に遭遇する事もある。そんな時に自分の身を守る術がなかったら? 殺す事を躊躇ったりしたら? そう言った可能性を踏まえて『生きる術』を教えてくれたんだよ」
「なるほど。村人達は貴女に様々な意味での生きる術を教えた、ということですか」
伝承の残る村なのだ、以前にも異世界人を保護した可能性は高い。だが、保護した人物が生きていけなかった……もしくは殺されたということは無かっただろうか。
私の様に平和な国に生きていたら血を見ることさえ拒絶する可能性がある。誰かに守られるばかりでは生きていけない――村人達はそれを知っているからこそ誰もが私の教育を手助けしてくれたんじゃなかろうか。
「だから私はあの村の人達に感謝してる。殺すか殺されるかの状況でも抗う選択肢を与えてくれたから。だから敵として現れた存在が人だろうと戸惑わない。傷つけるのが嫌なら自分が殺されればいいだけのこと」
「言い切りますね」
「言い切るわよ? 私は敵に先を譲ってやるような性格はしていない。力不足ならまだしも一瞬の躊躇いで負けたら絶対に後悔すると判っているもの」
「その割にお前、器用なことするよな? オレリアの手当てをした医師が誉めてたぞ? 血が出てる割に傷が浅く太い血管も切ってないって」
「脅す意味合いが強いもの。引っ叩いても余計に怒らせるだけ、でも血を見ると一気に青ざめる」
「貴族の御令嬢は血を見る機会など滅多にありませんからね」
「それが自分だから余計に怖いのよ。後宮生活で学びましたとも」
「それは優しさですか?」
「違う。今後は取調べが待っているでしょう? 怪我を理由に時間稼ぎをさせない為」
私の答えにセイルは満足そうに頷く。彼等も王宮という場所で権力争いという名の修羅場を越えて来ているのだ。綺麗事や偽善がどれほど足を引っ張るものか身に染みているのだろう。
つーかね、ルドルフ? 人が話している時に一人でバタークッキー食うんじゃない! それは私がさっきおやつ用に焼いたものだ、シリアスな話をしてるのに何平然と食べてるのさ。
私の視線に気付いたルドルフは「美味いぞ?」と笑って見せた。ああ、宰相様が顔を顰めてる。
「ルドルフ様、真面目な話をしている時にその態度はないかと」
「ん? ミヅキが自分を選べる奴だなんて初めから判っていた事じゃないか。利害関係の一致でこの国に来たんだろ?」
「うん」
「だったら王として疑うのはその能力だけだ。結果を出せる人物だと判ってる以上は誰を殺してもその信頼は揺らがない」
「そうですわね。一人で何とかしろ、などという無茶な計画に乗ってくださっただけでなく結果を出しましたもの。能力的な意味での信頼も十分ですわ」
……ん? 能力的な意味での信頼『も』?
「そうだぞ、アーヴィ。元々ミヅキという個人は信頼してるんだ。だいたい、綺麗事を言わないで『自分の為だ』って言い切る奴はその結果にも納得してる。言い訳する気が最初からないからな」
「そういえば薬を盛られたりした割にイルフェナでも私の手料理食べてたわね……」
個人的な信頼は最初から揺らぎませんでしたか。それはかなり嬉しい言葉だよ、ルドルフ。
「敵にならなきゃ何もしないわよ? それ以上に自分の立場を忘れて個人的な感情に走る奴なら友人としてもお断りだけど」
「当然だろ。俺だってお断りだ」
「はあ……貴方達は本当に良く似てますよ。外見や態度で判断するととんでもないことになりますね」
え、宰相様。外見で判断できない人の代表は貴方でしょう?
ちら、とルドルフを見るとこっくりと頷いた。ああ、やっぱりそう思われてるのか。
「宰相様に言われたくないかな、外見冷徹で中身おかんな人に」
「おかん?」
「保護者やお母さん的ポジションの意」
「だよなー。文句を言いつつもフォローを忘れないし面倒見もいい。お前、一度懐に入れると見捨てることをしないもんな」
「最初から身内が厳選されてるんですよ、アーヴィは」
「あら、ミヅキ様から見てもそうなのですね。どうりで宰相に対しての態度が砕けていると思いました」
「……貴方達はっ!」
宰相様。自分から問題児の纏め役になっちゃってる時点で貴方は立派に皆の保護者。頼れるみんなのお母さん。
皆の言葉に自覚があるのか仄かに赤くなってますねー、何て珍しい。
「それでな、今回の報酬だが」
「報酬? 私個人のなんてあったの?」
「ああ。と言うか今回はお前の報酬しかない。ゼブレストでの戸籍と旅券、あとは俺達の後見だな。これでこの世界での安全はある程度確保されるだろう」
「……何だか色々ありそうなんだけど」
「イルフェナからも同じ物を得られるだろう。……あまり言いたくないが異世界人がこの世界で生きていく為には国の保護が必要なんだよ。利用されない為にな」
それは知識を、ということだろうか。え、私の魔法ってこの世界の人には理解できないけど?
首を傾げる私に皆は顔を曇らせる。
「欲しい知識を持ってる……というか、この世界で利用できる形にできるとは限らないと思うけど?」
「ああ、利用できるようになるなんてほんの一握りだろうよ。だが、異世界人は無条件で力になると思っている奴も存在する」
「国の有する資源欲しさに戦を仕掛ける国だってあるんです。個人を得ようと考えても不思議はないでしょう?」
「お前なら捕まっても自力で脱出してくるだろうけどな。それでも二つの国に保護されていればかなりの危険を回避できるんだ。護りはあった方がいい」
何と言うか……随分とムチャクチャな発想だ。『役に立つ知識の保有』ではなく『役に立つことをしろ』ってことだよね? ちょ、監禁フラグが常に付き纏うってこと!?
「馬鹿だと思う。何、そのムチャクチャな考え」
「俺達もそう思う。だいたい、彼等の残した功績の数を考えれば極々僅かだぞ?」
「捕まったら全力で逃げるわ、私」
「そうしろ。その可能性がある以上、お前の警戒心の強さと手加減の無さが物凄く頼もしい」
「イルフェナとゼブレストを敵に回そうという国はあまりないと思いますが……気をつけてくださいませ」
「ミヅキ様、敵に情けは無用です。仕留めなさい」
どうりで警戒心や容赦の無さが誉められるわけだ。本人が無力で危機感ゼロだとどうにもならないもん。
魔王様はそういった意識を植え付ける意味でも私にこの役を命じたのかもね。ま、国に戻れば判るけど。
何やら物騒なことを言った将軍様が居ますが……え、宰相様も賛成? マジで!?
「国民に手を出せば抗議・報復が当然だよな?」
「勿論です。民を思い遣るのは王の義務ですし、騎士としても剣の振るい甲斐があるというもの」
「セイル、万一の時は暗殺でもなさいな」
「そのつもりですよ」
ああ、何だが皆が物騒な発想になっていく……。
でも、それくらい注意しろってことだよね。皆の教育方針を考えると否定できん。
異世界で生きていくのは簡単ではないようです、やっぱり。