とある騎士の独白と不可解な感情
――それは一通の招待状が始まりだった。
「キヴェラ王主催の夜会?」
「ええ! 漸く、厄介事が片付きそうなのですって。これでリュゼ様を私の婚約者として、皆に紹介できますわ」
リーリエは見るからに上機嫌だ。ずっと館に閉じ込められていたようなものだったので、久しぶりに華やかな場に出られることが嬉しいらしい。
そんな彼女の姿に、この公爵家は安泰だと知り、密かに安堵した。夜会といっても、華やかな場を楽しめるのは極一部。特に、女性達にとっては、中々に頭の痛いものだったりする。
――リーリエが夜会を心待ちにしているのは、『何の憂いもないから』なのだ。
ドレスや装飾品に流行がある中、参加する以上は最低限の装いも必須。たかがドレスなどと言えないのは、それらに使われた生地やデザイン、そして宝石といったものが総じて『その家の財力』と『情報収集能力』に繋がるからだ。
言い換えれば、それらを見ただけで、ある程度の『家の状況』が知られてしまうのである。人々の視線が値踏みするような、見定めるようなものになるのも、当然であろう。
装飾品は使い回しができるが、ドレスはそうはいかない。頻繁に夜会に参加する以上、新たにドレスを作る機会も多くなる。
これらは財力のない令嬢や婦人にとっては、非常に頭を悩ませる案件だった。何せ、夜会への参加を見送ることは、新たな人脈を築いたり、情報収集をする機会を失うことでもあるのだから。
そもそも、婚姻をしていなかったり、婚約者さえいない者達にとっては、貴重な出会いの場。政略的な婚約が結ばれていない限り、夜会で婚姻相手を探す者達も少なくはなかった。
「リュゼ様は私をエスコートしてくださるのでしょう?」
「ああ、勿論」
微笑んで答えれば、リーリエは嬉しそうに笑った。そのまま、上機嫌で俺の片腕に抱き付いてくる。
「我が家でもお披露目は行なう予定ですけれど、一足先に皆に自慢できますわ。ふふっ……私達の恋はまるで物語のようね」
「……」
それは『一月後に決まっていた婚姻を壊して、リーリエを選んだこと』に対しての言葉か。
それとも、『アルベルダ王に俺達の仲を【認めさせた】』ということに対してか。
どちらのことを言っているのかは判らないが、それを『物語のような恋』と言うには、些か汚れ過ぎているだろう。俺だけではなく、リーリエもまた、己が心に素直――彼女の場合は傲慢さか――だっただけなのだから。
「久しぶりの夜会ですもの、仕立てたばかりのドレスに合った装飾品が欲しいわ」
俺の気持ちに気づかず、すでにリーリエの頭の中は楽しい夜会で一杯のようだ。無邪気にはしゃぐ姿は愛らしいが、その内に他者を何とも思わぬ傲慢さが潜んでいることを知っているため、何かを企んでいるのではないかと勘ぐってしまう。
「皆もきっと祝福してくれますわ。お父様やお母様もご一緒できるようですし」
「公爵夫妻は俺のことを認めてくれているのですね」
「色々とお話しはあったようですけれど、私は恋愛結婚に憧れていましたの。ですから、二人とも喜んでくださいましたわ」
「……。そう、ですか」
微笑んで頷くも、俺の胸に嫌なものが広がる。明確な形などなく、けれど、ざわざわとした『何か』が俺の心を騒がせた。
これまでは……そう、キヴェラに来る前までは、こんな風に思ったことなどない。突如として与えられた幸運に、俺の気分は高揚するばかりであったはず。『選ばれた』――そんな自信もあったゆえ。
リーリエが無邪気な、恋に憧れるだけの令嬢であったならば、その手を取ることはなかっただろう。彼女を選んだ決定打になったのはリーリエの立ち場、そして何より、彼女自身の野心と傲慢さを感じ取ったゆえ。
恋などという脆いものだけではなく、俺達を繋いだのは利害の一致。
無自覚のまま、王族に対する劣等感を持つリーリエだからこそ、野心を持つ俺の理解者になれるはず。財力や地位といったものも重要だが、ローザでは俺の枷にしかなるまい。
善良と言えば聞こえはいいが、ローザは無欲過ぎた。あれでは『クリスタ王女の友人』という立場を利用することなど考えもせず、身分に合った生活を送るだけの一生だろう。
冗談ではなかった。祖父の遺言などというもので、近衛にまでなった俺がそんな日々を送るなど……!
誠実に生きるだけでは、貴族社会はやっていけない。少なくとも、俺のように野心を抱き、上を目指す者にとっては。そんなことは王城に勤めていれば、嫌でも判る。
……俺にとって、リーリエから差し伸べられた手は確かに、『幸運』とも『救い』とも言えるものだった。彼女の性格に難があろうが、彼女の存在が俺の助けとなるならば、俺は笑って受け入れるだろう。
――そう、思っていた。この夜会が始まる前までは。
公爵夫妻とリーリエ、そして俺を含む四人で訪れた夜会会場。そこに居た一団は良くも、悪くも、目立っており、人々の視線を集めていた。だが、奇妙に思ったのはそれだけではない。
初めに感じたのは……違和感、だろうか。あからさまな敵意こそないが、どうにも周囲から観察されているような雰囲気が拭えない。
公爵家、しかも元王女の降嫁先ともなれば、ある程度の注目を集めるのは当然だ。その影響力は馬鹿にできないものであり、下手に不興を買えば、即座に潰されてしまうだろう。
だが、俺が感じた違和感はそういったものだけが原因ではない気がする。何というか、監視されているような印象を受けるのだ。
リーリエ達が平然としているので、俺としても対応に困ってしまう。しかもリーリエは『お友達』に囲まれ、困惑気味の俺の表情には気付いていなかった。
やがて、公爵夫妻は先ほどの一団の傍に誰かを見つけたのか、俺達に一声かけてそちらに行ってしまった。そして……『何か』があったのだろう。
人々のざわめき、好奇の視線、俺達の行動を『見守る』人々の声なき期待。
居心地の悪さを感じていた俺を引き連れ、リーリエは公爵夫妻の後を追った。いや、正確には『途中からその目的が変わった』。軍服のような服装の女性を囲むように談笑している一団には、見目麗しい者達が揃っていたのだから。
リーリエが彼らに興味を持つのは当然だ。彼らはこの国の者ではないようだが、間違いなく高位貴族。服装こそ騎士の装いをしている者が大半だが、さりげなく身に着けている装飾品は間違いなく魔道具。
使われている魔石、そして十分に装飾品としての役目を果たしている造形、使われている宝石……どれをとっても、下級貴族には無理な代物だろう。
気になったのは、彼らが様々な国の人間、ということだろうか。イルフェナ、ゼブレスト、コルベラ、カルロッサにサロヴァーラと、実に様々な国の騎士達が勢揃いしている。
国が判らないのは軍服? を纏った女性と、男性貴族二人だけ。だが、これほど多くの国の騎士達が集っているならば、それ以外の国という可能性もなくはない。
内心、訝しがる俺の横で、リーリエは密かに口角を上げた。その視線を辿れば……王太子から外されたはずのキヴェラの第一王子。彼はリーリエにとって、従兄弟に当たる人物である。
勿論、リーリエは従兄弟に会えて嬉しかったわけではあるまい。見目麗しい集団へと話しかける切っ掛け、とでも考えたのだろう。
そもそも、キヴェラの第一王子は『キヴェラが魔導師に敗北する』という、滅亡一歩手前の事態を引き起こしかけた人物だったはず。リーリエの余裕はそういった点からも来ていると思われた。
「お久しぶりですわね、ルーカスお兄様」
わざわざ『お兄様』とつけて、親しいと言わんばかりの態度を取るリーリエ。だが、第一王子はリーリエの考えなどお見通しだとばかりに、ばっさりと切り捨てた。その有り様に、俺は再び疑問を抱く。
第一王子は確かに、王太子ではなくなった。言い換えれば、『それまでは王位継承権一位だった』! リーリエとの血縁関係を前提とするならば、親しくとも不思議ではない。
だが、第一王子――ルーカス様はリーリエに対し、不快と言わんばかりの態度で接している。まるで……まるで、『キヴェラの恥』とでも言うように!
どういうことだ? リーリエの立場を考えれば、いくら気に食わない存在であろとも、王家と不仲を疑われるような態度は避けるはず。
アロガンシア公爵家が次代を担う第二王子の後ろ盾であり、夫人がキヴェラ王の妹である以上、それだけは揺らがなかったはずだ。
混乱する俺の視界に映ったのは……軍服の女性、そして彼女を誇らしげに見守る騎士達。ルーカス様と懇意であることを隠さない女性がキヴェラを敗北させた魔導師であることには驚いたが、それ以上に意外だったのは『魔導師の性格』だった。
魔導師とは『世界の災厄』。その性格、在り方は苛烈の一言に尽きると俺は思っていた。だって、そうだろう? 個人が国を亡ぼすなんて、どう考えても普通じゃない。
魔導師を自国に取り込みたがった愚かな権力者に非があるとはいえ、『国』には『民間人も含まれる』。それを丸ごと滅ぼすなんて異常だ。
だが、目の前の魔導師の功績は、これまで伝え聞く魔導師達とは大きく異なっていた。
結果は出すが、犠牲は最小限。
各国の王達とも友好的な関係を築き、個人的な付き合いを持ち。
時には共闘の誘いすら受けて、彼らに利をもたらす。
これまでの認識が通用しない、『得体の知れない存在』。『異世界生まれの化け物』。
それが俺にとっての魔導師の認識だった。寧ろ、的確に判断していた方だとすら思っている。何せ、かの魔導師には『断罪の魔導師』という、妙に善人じみた渾名まであるのだから。
だが、そんな考えは甘かったのだと、俺は思い知らされることになる。
『彼女の守護役達は公爵家の者が大半と聞いています。ならば、魔導師殿の方が護衛を担っても、不思議はないでしょう?』
彼女の周囲を取り囲む騎士達の大半が守護役と知った途端、そうとは気づかずに、守護役達を侮辱したリーリエの『お友達』。
その愚かさに内心、舌打ちするも、一度口にした言葉は戻らない。そして……最悪なことに、リーリエと『お友達』連中は事の重大さを認識してはいなかった。
だが、魔導師が見逃してくれるはずはない。彼女はその言葉を聞いた途端……『笑った』。まるで、玩具を見つけたと言わんばかりに、楽しげに笑みを深めたのだ!
それを見た守護役達にも笑みが浮かぶ。まるで『時がきた!』と言わんばかりに視線を交し合った後、彼らは期待するような目を魔導師へと向けていた。
――そして。
『貴方が彼らの強さを疑ったこともまた、事実。先ほど仰ったように、守護役達は公爵家の人間が大半です。そんな家に生まれ、自身の努力によって今の地位に居る以上、当然、それに見合ったプライドがあるのですよ』
彼らの期待に応えるように告げられた魔導師の言葉は、誰がどう聞いても、その信頼関係を匂わせるものだった。
異世界人であるはずの魔導師が、彼らを……彼らの在り方を、その誇りを『理解している』。そうなるまでにどれほどのことがあったのかは判らないが、魔導師は紛れもなく彼らの仲間だった。
――守られるばかりではなく、守り、時には背中を預けられる存在。
そんな言葉が思い浮かぶ。事実、先ほどの言葉には守護役達を過小評価された怒りが滲んでいた。楽しそうにしてはいるが、あの魔導師は間違いなく怒っている。
そう感じたのは、俺だけではなかったらしい。続いた守護役達の言葉もわざとらしいはずなのに、何故か、皆で遊んでいるような印象を受ける。……その『遊び』の『獲物』が、俺達であることは言うまでもない。
『羨ましい』
恐ろしいはずなのに、何故か、そんな言葉が思い浮かぶ。国が違う、仕える存在が違う、それなのに魔導師を中核として纏まっている。そこで唐突に、俺は理解した。
――彼らは心底『楽しい』のだと。この関係を誇っているのだと!
ルーカス様と魔導師の会話は俺達を追い詰めるようにしか思えないのに、魔導師と守護役達はこの状況を楽しんでいた。リーリエ……いや、次代に関わる者達の排除、その追い落としに繋がるというのに、彼らにとっては心躍る遊びでしかない。
楽しむだけの能力がある。……信頼がある。『災厄』と呼ばれるに相応しい功績を持つ魔導師との繋がりは、間違いなく守護役達の誇りとなっているのだ。
それに加え、魔導師に従うような立ち位置に居る、サロヴァーラの騎士の真っ直ぐな視線が痛かった。
サロヴァーラに守護役はいない。だが、それでもこの場に居ることを許されているのは……彼もまた、魔導師達の信頼を受けているからだろう。
確か、サロヴァーラのティルシア姫は魔導師と仲が良いと聞いた気がする。ならば、主の命を受けて単身、魔導師の守りに赴いたというのか。……魔導師の守りとなれると、主に判断されたのか。
……。
そうしている間にも、俺達の罪は暴かれていく。勝手に許されたと思っていた陛下の言葉の真意、そして求められていた対応。その全てに気づかなかった俺達に、明るい未来などないだろう。
それでもこの道を選んだ以上、できる限り足掻いてみようとは思う。だが、それも『リーリエの婚約者として』であり、騎士としてできることはない。それが何故か、空しい。
俺は這い上がりたかった。だから、努力の果てに近衛となった。
だが……俺は『何』になりたかったんだろうな?
妙に大人しかった近衛騎士の心境です。彼は『努力して近衛になった者』。
だからこそ、リーリエ達と違い、色々と気づいています。
刷り込みに近いウィルフレッドへの反発がなければ、
『野心家だけど、自分が認められることに拘るからこそ、頼れる騎士』になったかも?
ただし、彼は主人公と守護役を善良に捉え過ぎ。
奴らの信頼関係については大体合っていますが、今回は皆で遊んでいるだけ。
約一名、真面目な奴がいるため、割と真っ当に見えています。
……その一名も、女狐が自分の楽しみのために派遣しただけなのですが。
常識が通じない奴らが相手ゆえの悲劇(笑)ですね。
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