煽り、煽られ、夜は更けゆく 其の三
意図を察してくれたルーカスを視界に収めつつ、私達はこそこそと会話を続けていた。……リーリエ嬢、やっぱり私達を気にしてるみたいなんだよねぇ。セイルもそれを判っているから、離さないし。
自分の『お友達』が不甲斐ないから、守護役連中が羨ましく思えるのかもしれない。顔は好みの問題だけど、生まれ持った身分や現在の地位は守護役達の方が断然上だもの。
たかが騎士と侮るなかれ。守護役達は『王族の信頼を受けた騎士』なのであ〜る。能力・忠誠共に最高権力者に認められているのだ……一般的には、出世確実な優良物件――ただし、内面は事故物件――ですぞ。
特殊な事情持ちのセシルとジーク以外、紛れもなく有望株なのだよ。それを近衛騎士も判っているから、喧嘩を売りたくなかったんじゃないかね? 比較されると、明らかに自分が劣るもの。
そして当然、リーリエ嬢もそれを察しているに違いない。それが婚約者である近衛騎士を頼らない理由に思えてならなかった。
……見劣りするものね、自分の婚約者。プライドの高い彼女のことだから、こんなことで婚約者と知らしめたくはあるまい。折角、『運命の恋(笑)を見つけた』ということにしているんだもの。
現状への苛立ちと同じくらい、今の彼女には嫉妬にも似た感情が渦巻いていることだろう。これは確信に近かった。時折向けられる私への眼差しに、明らかに敵意めいたものが浮かんでいるのだから。
……。
そだね、身分的な意味でいったら、守護役連中は君の婚約者になれるもの。
守護役という名目で、私が奪ったようにも見えるんですね……?
セイルがわざわざイチャつきモードになっているのは、リーリエ嬢を怒らせる意味があるのかもしれない。
その弊害というか、私には殺意や敵意といったものがリーリエ嬢……だけではなく、周囲のお嬢様方からも向けられているのだが、そこは綺麗にスルーしたようだ。
酷い奴である。私は守るべき対象のはずなのに、生贄よろしく利用するなんて……!
「貴女なら大丈夫だと信じているのですよ、ミヅキ」
囁かれる言葉の、何と白々しいこと。ジト目で睨めば、セイルは楽しそうに笑った。
「あの方の本音を引き出そうとするならば、遣り過ぎと思うくらいに挑発した方がいいと思うのですよ。こちらには守護役以外に、カルロッサとバラクシン、そしてサロヴァーラへと情報を持ち帰ってくださる方がいるのですから」
「……化けの皮を剥いでおこうって?」
「その方が、今後の営業や絵本への興味を引けるでしょう? キヴェラは多少の傷を負えども、最終的には抱え込んでいた問題を解決し、結果としては利を得たことになる。……もう少し、醜聞を作ってもらってもいいと思いませんか?」
「……」
お前、キヴェラが得をすることが気に食わなかったんかい。
ちらりと皆に視線を向ければ、何となく気づいていたらしいアルは苦笑し、クラウスは涼しい顔でスルー、セシルは……納得の表情で頷いていた。宰相補佐様とライナス殿下は呆れている。
ただ一人、サロヴァーラの護衛騎士が大真面目にお仕事をしていた。だが、彼は記録用魔道具を持っていたはずなので、真面目にお仕事をするだけでも、ティルシア大絶賛の爆笑映像を持ち帰れてしまうのだ。
本人は真面目に仕事をしているだけなのに、不憫なことである。彼自身の性格的には絶対にやらないことだろうが、女狐様のパシリとなった時点で、彼も(無自覚のまま)立派に我らの仲間入り。
「それで、私に敵意を向けさせるのかよ! 一応、あんたが守るべき対象だって判ってる?」
「勿論。それを踏まえて、今回は私を呼んだのでしょう? ……期待しています。貴女ならば、何があっても大丈夫だと信じていますから」
麗しのセイルリート将軍は非常に楽しそうだ。腕の中に私を捕獲――抱きしめているように見えるが、実質捕獲である――するあたり、逃がす気はないのだろう。
……ああ、給仕に扮した騎士ズが可哀想なものを見る目で私を見ている……! 助け……には来ないか。うん、無理しなくていいよ、騎士ズ。あんた達がセイル相手に勝てるなんて、思ってないから。
そんなことを考えている間に、ルーカスは近衛騎士へと狙いを定めたようだ。近衛騎士もルーカスとヴァージル君の視線を感じたのか、彼らに注意を向け、どことなく緊張した表情になっている。
「君は何も思わないのか?」
ルーカスが話しかけた途端、近衛騎士は警戒を露にした。さすがにルーカスの身分は判っているようで、下手な対応ができない相手だと認識したらしい。
「君は一月後に迫った婚姻を捨ててまで、リーリエを選んだはず。……まあ、その際に生じた不都合は『全て』元婚約者とその家に押し付けたと聞いているがな」
「……っ」
予想以上に状況を把握しているルーカスの言葉に、近衛騎士は一瞬、悔しそうな顔になった。即座に周囲に視線を走らせるのは、彼が行なった非常識な行動――婚姻一月前での婚約破棄と、それに伴うあれこれを元婚約者の家に押し付けたこと――に、周囲の貴族達が反応したせいであろう。
そんな近衛騎士の姿に、事情を説明しておいた宰相補佐様やライナス殿下、そして護衛騎士までもが、近衛騎士へと嫌悪も露な視線を向ける。
彼らは各国において上位に属する者。婚姻一月前の婚約破棄が非常識ということは当然として、近衛騎士が押し付けたという『不都合』が、決して小さなものではないと悟ったらしい。
当たり前じゃねーか、こう思われる方が『当然』なのだから。
自分が被害に遭わずとも、非常識な奴認定するには十分だ。
近衛騎士の実家は、私が仕組んだ『商人に嫌われると、貴族としてやっていけないよ!(意訳)』な報復でも大変なのに、ここに来て、カルロッサやバラクシンからも嫌悪の対象となった模様。
……まあ、自国に繋がりを作られても困るしね。旨みがないどころか、疫病神になりかねない奴らなんざ、関わりたくないわな。自衛、大事。降りかかる火の粉があるならば、全力で抗うのが当然だ。
「そうまでして添い遂げたかったリーリエが必死になっているのに、君は傍観者のままでいいのか?」
ルーカスの言葉を聞いた貴族達は漸く、意識を近衛騎士へと向けた。これまではリーリエ嬢達のおまけのような認識だったのに、一気に注目される存在へと成り上がった模様。
そうしている間にも、ルーカスの猛攻は続いている。
「どのような言葉を囁かれたかは判らないが、俺や父上はリーリエの行動を『許してはいない』。見逃されていたのは、理由あってのこと。それでも、他国にまで迷惑をかけた以上、動かないわけにはいくまい」
「お待ちください! 陛下は……アルベルダ王ウィルフレッド様は、我らのことを許してくださいました!」
「そうだな、『許した』と聞いている。だが、それは『お前達が添い遂げること』に対しての許可であり、『それらに伴う弊害の責を問わない』ということではないのだぞ?」
「え……?」
『許されたのは婚姻のみ』と言われ、ぽかんとする近衛騎士。二人の会話を聞いていたリーリエ嬢も意味が判らなかったのか、怪訝そうな顔になっている。
「ルーカスお兄様? ……それは一体、どういうことですの?」
『お友達』のことを助けようとしていたはずのリーリエ嬢は、自分達のことの方が気にかかるようだ。もはや、意識が完全にこちらの問題へと向いている。
そんな二人に対し、ルーカスは呆れた様を隠さない。
「お前達は政や交渉といったものに不慣れだろうがな……あれは言葉遊びのようなものだぞ。確かに、『非常識な時期の婚約破棄』と『お前達の婚姻』には王の許しが出ただろう。……だが、それだけだ。それに伴って発生する様々な弊害について、アルベルダ王は不問にすると言ってくれたのか? そうでないなら、自らそれらを考え、お前達と其々の実家が動かねばならんだろうが」
「「!?」」
二人の目が驚愕に見開かれる。ルーカスの言葉が正しいならば、それと真逆のことをしたのだから当然か。
ルーカスは私へと視線を向けた。自然と、周囲の視線も私へと向かう。
「おい、魔導師。お前ならば、俺が『言葉遊び』と言った意味が判るだろう?」
「勿論!」
「ならば、聞く。……お前ならば、アルベルダ王の真意をどう解釈する?」
こ こ で 私 に 振 る の か よ 、 ル ー ち ゃ ん !
私の立場は魔導師(=異世界人=民間人扱い)とバレている。身分と血筋を盾に、好き勝手してきたリーリエ嬢からすれば、さぞ屈辱的な展開だろう。『民間人扱いの異世界人にさえ理解できたことが、自分達には理解できなかった』のだから!
どうやら、ルーカスは私の想像以上に、この二人を不快に思っていたらしい。二人が一番屈辱的に思う相手(=私)に、わざわざ聞いてくるとは。
「アルベルダ王……ウィル様は『二人の持つ常識と、覚悟を試した』のでは?」
「具体的には?」
ルーカスは、さらに突っ込んだ聞き方をしてくる。微妙に、楽しそうに見えるのは気のせい……じゃないな。
「常識があれば、『無理を通す形になった婚約破棄と、それがもたらす弊害を予想できる』でしょう。これは婚約破棄だけではなく、国同士の繋がりに亀裂が入る……という可能性も含めて。キヴェラ王が他国への歩み寄りを公言している以上、それを崩しかねない事態を招きますから」
一言で言えば、『キヴェラ王に喧嘩を売る所業』ってことですな!
彼らはアルベルダ王に我儘を認めさせたと思ったようだけど、ウィル様は絶対に、『キヴェラ王に話を付ける』なんて約束はしていまい。……聞いてないぞ、グレンからも。
というか、二人は元凶達がとる行動を見越して、わざと黙っていた可能性が高い。特に、グレンは絶対にそちらだ。ブチ切れた赤猫は一々説明してくれるほど、優しくはないだろう。
クリスタ様がそれに思い至らなかったのは……偏に彼女の経験不足ゆえ。それを理解した上で、グレンは今回のことを『お勉強』と称したのではなかろうか。私と知り合わせることも含め、中々に抜け目がない。
「次に、『覚悟を試したこと』について。先ほどの続きになりますが、それほど勝手なことをする以上、キヴェラ王からの叱責は免れません。勿論、自国の貴族や他国の者達とて、味方はしないでしょう。……まあ、それは現状を見ても判ると思いますが」
「当然だ。誰が味方するというんだ、その程度のことも判らん愚か者に」
事実、リーリエ嬢達を助けようとする者は皆無だ。キヴェラ王が抑えに回っている可能性もあるだろうが、状況がここまで露見した以上、味方をすれば家の没落を招きかねない。
だって、『彼ら以外が、無事である保証はない』からね?
ルーカスは『父上はリーリエの行動を【許してはいない】』、『見逃されていたのは、理由あってのこと』と口にした。言い換えれば、その理由がなければ処罰待ったなし! ということだ。
しかも、他国の人間達がそれを聞いてしまっている。隠蔽工作なんて、無理です。もっと言うなら、私達を招待したのはキヴェラ王……『キヴェラ王がこの事態を仕組んだ』とも思えてしまう。
「陛下は……そのようなことなど、一言も……」
予想外の事態に言葉を失いながらも、それだけを口にする近衛騎士。……だが、そんな言い訳を許してくれるような人ではない。キヴェラ王も、ルーカスも、そして……ウィル様も。
「貴方がウィル様をどう思っているかは判りませんけどね? あの人、私が争いたくない人の中で一、二を争う方ですよ?」
「何だと……」
「勿論、グレン抜きで。大らかさと友好的な態度に騙されると、とんでもない目に遭います。まさに『言葉遊び』と『誘導』が得意なんですよ、ウィル様は」
魔導師である私の評価に、近衛騎士は驚愕を露にした。だが、これは事実だ。セシルも逃亡旅行の際の遣り取りを思い出したのか、納得の表情をしている。
最初から悪意や敵意を向けてくる相手ならば、誰だって警戒するのが当然だ。だが、ウィル様は大らかな態度を崩さず、多少の不敬は笑って見逃がしてくれる。
ただし! それこそが罠なのであ〜る!
『(その場は)見逃してくれる』けれど、『後から利用しないとは言っていない』。対ウィル様の場合、後で困るようなことにならないよう、しっかりと言質を取っておく必要があるのだ。加えて、こちらも迂闊なことを言っては駄目。
その際、腹の探り合いというか、言葉を選びつつの会話になるため、非常に疲れる。ゆえに、私はあの時、セシル達に会話をさせなかった。王族同士で言質を取られたら、他国の人間ではどうにもならないもん。
「なんだ、父上よりも厄介だと思うのか?」
意外、とばかりにルーカスの意識が私へと向く。私は視線を泳がせつつ、本音を暴露。
「キヴェラ王も厄介な方ですが……探り合いというより、言葉での殴り合いのような感じでしてね。その、遣られたら、遣り返せ! となるので、そこまで気を遣わずに済むというか……」
『ああ……』
ルーカス達を含めた、こちらの面子の声がハモる。私とキヴェラ王の遣り取りが、たやすく予想できてしまったのだろう。
皆さん、納得していただけたようで、何よりです。……っていうか、今は私のことなんてどうでもいいでしょ!?
挑発&攻撃を行なうルーカスと主人公達。ルーちゃんは無能ではありませんでした。
魔導師から語られるアルベルダ王の遣り方も、元凶達をビビらせます。
周囲への情報暴露により、リーリエ達を孤立させることに成功。
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