煽り、煽られ、夜は更けゆく 其の二
蒼褪めた取り巻き達を前に、ひっそりとリーリエ嬢を観察すると……どうやら、彼らを不甲斐ないと思ったらしく、愛らしい表情が僅かに歪んでいた。
それでも私の視線に気づいた途端、悲しげな顔になってみせるのだから大したものだ。『女は女優』って言うけど、彼女にはその言葉がぴったりと当て嵌まる。
「ルーカスお兄様……皆は悪気があったわけではないのです。どうか、取り成していただけませんか?」
「断る。彼らの言葉を思い出してみろ。怒るのは当然だ」
「リーリエ嬢……」
胸の前で手を組み、縋るような視線をルーカスに向けるリーリエ嬢。対して、ルーカスは彼女の要求を速攻拒否。
だが、そんな彼女の姿が嬉しかったのだろう。取り巻き達は感動したような表情になって、リーリエ嬢を見つめた。
……が。
その光景に、私は内心、大・爆・笑!
いやぁ、さすが顔だけの男達! 安定のチョロさですよ、まるでドラマのワンシーンでも見ているようですね……!
シチュエーションは『馬鹿なことをした友人達を庇う、健気な少女』だろうか? わざとらしさを感じないあたり、慣れている様子が窺えるけど……そこのところはどうなんだろうね? リーリエ嬢?
でも、この場では大いに許す! だって、私が面白いから!
いいぞ、もっとやれ! 役者が踊れば踊るほど、国に持ち帰る情報は娯楽扱いさ!
「彼らは今まで、女性達の献身が当然だったのかもしれません」
「へぇ? それ、もっと詳しく!」
「ふふ。では、こちらに」
笑いを堪えながら、セイルが耳元でこそっと教えてくれる。それに食いつくと、セイルはリーリエ嬢に見せつけるように私を背後から抱き寄せ、更に耳元で囁いた。
明 ら か に 、 煽 っ て や が る ……!
セイルよ、安定の性格の悪さだな!? お前、顔を利用して情報収集するアルのことを言えないぞ。
そんな私の気持ちなどお見通しなのか、セイルは密かにニヤリと笑った。……そうか、私を巻き込んで煽る気なのかい。
よし、付き合おう。事情を察した皆――護衛騎士は除外――も期待してるっぽいからね!
私はセイルのお話が気になります。ええ、セイルのお話が気になるから、大人しくしているだけですよ? セイルにしても、守護役として私を守っているだけですからね。これはお仕事ですよ、お・し・ご・と!
「小娘、アンタ達って……。いえ、今更よね」
「魔導師殿の守護役に立候補したと聞いていたが……成程、こういった一面があるのか」
唐突に始まった私達の茶番に、生温かい目を向けてくる宰相補佐様とライナス殿下はスルーです、スルー。
煩いですよ、お二方。リーリエ嬢がやる気をなくしちゃうでしょ、余計なことは言わんで宜しい!
と、いうか。
漸く盛り上がりを見せてきた本命の姿に、皆もどことなく楽しそうなんだよねぇ。私も人のことは言えないけどさ。
本音を言うなら、絶賛演技中のリーリエ嬢の反応各種が凄く見たい! だって、『おねだり姫シリーズ』のネタとして、是非とも見ておきたい元ネタ様の一面じゃないか。今後のためにも、良い反応を期待したい。
女性陣――リーリエ嬢以外のお嬢様達も、こちらの面子が気になる模様――からの鋭い視線もあるけど、私はすでに慣れっこなので放置、放置。何もしてこないギャラリー達なんざ、置物同然さ。
そんな微妙な空気の中、私とセイルのこそこそとした会話は続いていた。
「ほら、彼らは自分の容姿が自慢のようですから。彼らの気を引きたい女性達は挙って、色々と尽くしたと思いませんか?」
「ああ、確かにね。だけど、それだけで感動するとか、チョロ過ぎない?」
「それはこちらの面子が関係しているかと」
「へ?」
言うなり、セイルは周囲に視線を走らせた。私も当然、それに倣う。
「彼らが侮辱したのは、我ら守護役達。各国の公爵家に加え、伯爵位であろうとも、王の甥にあたるジークは当然、高位貴族に含まれます。そんな状況で、彼らを助けようとする存在など、滅多にいないと思いませんか?」
「なるほど。『自分達のために守護役達に睨まれる危険を冒しただけでなく、厳しいことを言ってきたルーカス様に、助けてくれるよう頼んでくれた』ってことに感動しているのか」
「まあ、そんなところかと」
「……。やっぱり、チョロ過ぎじゃん。その程度で感動するなら、私は各国の大物連中から崇められてるわ」
「ですよね」
ルドルフの苦労(意訳)が改善された場面に立ち会っているせいか、苦笑しながら同意するセイル。いやいや、マジですからね? ゼブレストからすれば、私はリアルに救世主よ?
といっても、私はそんな扱いを望んだことはない。ルドルフ達だって、崇めるような扱いなんてしてないじゃん。私を『我が主の恩人』と認識し、崇拝傾向にあるエリザであっても同様だ。
私に向けられるのは、どちらかと言えば『尊敬』なのだよ。それも『自分達ができなかったことを成し遂げ、主を救ってくれた』という、自分の立場と能力を自覚するゆえの、尊敬。感謝も含めた能力評価って感じ。
間違っても、この程度のこと――しかも、明らかに彼らに非がある――では、感動なんてしない。寧ろ、『馬鹿なことをするな』『この程度も切り抜けられないのか』という感想を持たれること請け合いです。
実力至上主義者は、自分にも人にも厳しいのだよ。
過保護な魔王様でさえ、『無能者には頼らない』というスタンスじゃないか。
ちなみに、『庇護している存在だから、頼らない』ということではない。『馬鹿は要らない』という意味である。
努力してきた実力者というものは己に誇りを持つため、『頼る=自分には不可能』という事実をあまり認めたがらないのだ。まあ、普通に考えて、自分以下の奴に縋りたくはないわな。
そんなことを考えながらセイルとじゃれて(?)いると、何〜故〜か、リーリエ嬢と視線が絡んだ。……おやぁ?
「魔導師様……! どうか、守護役の皆様を諫めてはくださいませんか? 彼らは皆様に対し、見下したわけではありません!」
「え、嫌です。私もルーちゃんの対応が最善だと思いますし」
「……っ!?」
即答。あまりにもサクッと切り捨てたせいか、リーリエ嬢が虚を突かれた表情になる。そこに更なる追い打ちを。
「嫌です。私はイルフェナ在住のイルフェナ所属。常識さえ違うことが当然の異世界人ながら、『実力者の国』と呼ばれる国で魔導師となっているんですよ? ……魔導師、そして魔術師は研究職に近い。魔術に傾倒する姿勢も、その矜持も、騎士の比ではない」
独自の世界に生きてますからね〜、魔術師って。それこそ『研究に没頭するあまり、何を仕出かすか判らない者達』だ。その上位職が魔導師と言えば、誰でも意味を理解できると思う。
……個人的には、クラウスも常識人の道を踏み外しかけていると思っている、今日この頃。魔術に傾倒し、結果に繋げる才能は評価すべきだろうが、稀に『落ち着け! 人としてやっちゃいけないことってあるだろ!?』という方向に行くので、注意が必要だ。
なお、黒騎士達は揃ってクラウスの同類なので、誰も止めない。魔王様が彼らの飼い主になっていなければ、どうなっていたのやら?
「で……ですが、彼らを哀れだとは思ってくださらないのですか?」
この状況で断られるとは思っていなかった――注目を集めているから――のか、声を上擦らせるリーリエ嬢。だが、私はわざとらしいほどの笑顔を向け、再度否定する。
「思いませんよ? 寧ろ、その程度のことも判らないのに他者を貶める、彼らの方が問題です。また、彼らの味方をするということは、『味方をした者も彼ら同様、事の重大さを判っていない』ということになる。公爵令嬢である貴女が庇うならば、貴女に施された教育も疑われるでしょう。その覚悟がおありで?」
(意訳)
『庇う以上、そいつらと同類扱いされるぞ。勿論、実家諸共な。被害を拡大させてもいいのかーい?』
異世界人の私ですら、魔王様へと『あいつの教育はどうなっている!?』という、言葉が向けられるのだ。リーリエ嬢が例外となるはずはない。
ルーカスはそれを判っているから、『あいつらが悪い』とはっきり言い切ったのだろう。……それを見ている私達は『ルーカスは奴らと違って、我らの怒りを理解できている』と判断するからね。
リーリエ嬢は言葉に詰まるが、誰からも助けは得られない。……こちらに意識を向けているキヴェラの貴族達からさえも。
「ミヅキ。貴女、わざと彼女の失態を口にしましたね? 他の貴族達が助けぬように」
「ふふ、さあね?」
そんなリーリエ嬢の前で、私とセイルは茶番を継続中。お互い、耳元でこそこそと呟いているため、周囲には殆ど聞こえていないと見越して、バカップルの如くイチャついておりますよ!
……。
こちらの面子には、狙いがバレてるけどな。ああ、ルーカスがジト目でこっちを見てやがる。これまでを知るからこそ、本気でイチャついてるとは思ってくれないっぽい。
そんな目で見るでない、ルーちゃん! これにはもう一つの意味があるんだから!
「……こっちから話を振らないと、彼女の王子様は出て来てくれないかな?」
リーリエ嬢の後ろに視線を向ければ、セイルも私の狙いを察していたのか、僅かに笑みを深める。
「中々に、警戒心が強い方のようですよ? 今も一歩引いた状態で、微妙に当事者とは言えませんし。近衛になるだけあって、多少は空気が読めるのでしょう。彼はこの夜会が初出のようですし、それも彼には都合よく作用してますね」
「ふーん……『自分にとって予想外の事態です』ってことにすることも可能なのか」
「おそらく。今ならば、リーリエ嬢達のことを全く知らずにキヴェラに来た……と思う方もいらっしゃるかと」
もう一人の狙い・アルベルダの近衛騎士。彼はこれまで会話に混ざらず、困惑しているようにすら見えた。
だが、これはリーリエ嬢達が悪い。普段通りの姿なのか、最初からリーリエ嬢&取り巻き一同+近衛騎士、という感じだったもの。
だからこそ、近衛騎士を引き摺り出すことにしたのだが……敵も中々やるようだ。リーリエ嬢の演技に触発されるとか、こちらの挑発には乗ってくれない模様。
チッ! ここで奴が交ざってくれれば、一度に片付いたものを……!
さーて、どうすっかなーと思いながら視線を巡らせ……『ある人物』に思い至る。
……。
そういえば、近衛騎士を誘い出せる奴が一人だけいるじゃん? リーリエ嬢の普段の姿を知り、近衛騎士の情報をそれなりに得ていても不自然じゃない人が。
セイルも私の視線の先に気づいたのか、倣うようにそちらへと視線を向ける。そして、私の意図を察したのか、小さく笑った。
「なるほど、『彼』に動いてもらうのですね」
「適任でしょ」
私達の視線の先に居る人物……ルーカスは自分に向けられた私達の熱い視線に気づくと、訝しげに眉を寄せる。
「……?」
『行け、ルーちゃん!』
「!?」
視線による無言の脅迫と魔力を感じたのか、ルーカスがびくりと肩を跳ねさせる。それに気づいたヴァージル君達は首を傾げ……私達の視線に気づくとさりげなく動き、ルーカスを彼らから隠すような位置に来た。
取り巻き達の不敬を考えれば、ルーカスを守ろうと騎士が動くのは当然だ。事実、私達の意図に気づいているこちらの面子以外は、特に不自然に思わなかった模様。
困惑気味のルーカスの視線を受けたまま、私達は揃って近衛騎士へと視線を走らせる。幸いなことに、リーリエ嬢達は自分のことに手一杯で、私達の遣り取りには気づいていない。
近衛騎士もアルや宰相補佐様達の方が気になるのか、イチャつきつつもリーリエ嬢を見物する私達から意識が逸れているようだ。……彼も内心、今後のことを考えているのかもしれなかった。気にするならば、異世界人よりも他国の要人達と判断したか。
ルーカスは私達の視線の先の人物に気づくと、即座に意図を察したらしい。何かをヴァージル君に囁くと、近衛騎士へと顔を向ける。
さあ、共同作業といこうか、ルーちゃん? この国の王族直々に、この場に引き込んでもらいましょうか!
リーリエが強気なのは『キヴェラ王の姪』と『元王女だった母』という
カードが有効だと信じているから。
事実、これまではそれで済んでいました。王には別に思惑があったわけですが。
そして、茶番には茶番で対抗とばかりに、イチャつく主人公とセイル。
二人とも煽ることが目的なので、性格悪し。
※活動報告にドラマCDの購入特典情報を載せました。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
『平和的ダンジョン生活。』もコミカライズ企画が進行中です。
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