祭りは皆で楽しむもの
――キヴェラ・夜会会場にて
「ふふ……漸く来たぜ、この時が……!」
「ちょっと、まだ化けの皮が剥がれるには早いわよ」
「痛っ!」
会場の片隅で黒い笑みを浮かべる私を軽く叩いたのは……カルロッサの宰相補佐様。そういう彼は、しっかりと夜会装備だ。ぶっちゃけ、その言葉遣いさえ女性的でなければ、十分に女性達の視線を集める装いである。
「痛いじゃないか、オネェ」
「誰が『オネェ』よ! アンタ、私が自分の容姿を利用していることを知ってるでしょ!?」
「それは判ってますけど、その隣に立つ根性と容姿を持つ女性がいないじゃん。兄弟がいるから、野放しになっているだけであって……」
「煩いわね!」
再度、宰相補佐様は私を叩いた。痛いじゃないか、私が言っていることは否定できないくせに……!
そんな私達の遣り取りを微笑ましげに眺めているのは、私がこの場に招待した面子である。
「魔導師殿はカルロッサの宰相補佐殿と仲が良かったんだな」
意外そうなのはライナス殿下。お兄ちゃん……バラクシン王に『面白いことがあるよ! 来ない?』と伝えたところ、派遣されてきた。
「ふふ、意外でしたか?」
「まあ、な。だが、君はどこに知り合いがいてもおかしくはないだろう?」
意味ありげな視線を向けてくるライナス殿下に対し、私は笑みを深めるに留めた。
誰が聞いているか判らない以上、『他国でも色々やらかしてるって、知ってるよ!』とは言えませんものね。悪巧みを仕掛けている真っ最中である以上、共犯を疑われるような発言は避けるべきだろう。
相変わらず、ライナス殿下は察しがいい。これまで置かれていた状況のせいか、とても空気を読んでくれる。かといって、私に疑いの眼差しを向けることもない。私の傍に居つつ、そこそこ親しい間柄だと、周囲に思わせてくれている。
……信頼する弟ということもあるけど、バラクシン王は私を気遣ってくれたのだと思う。ライナス殿下は『王族』。おねだり姫一派が『キヴェラ王家の血筋云々』と言い出した場合、私は身分で負ける。その際の、味方要員だと予想。
だって、キヴェラ王がノリノリだってことを知らない人が大半だもの。
私がキヴェラを敗北させている以上、夜会が針の筵状態でも不思議はない。
どんな国だって、それなりに情報収集はしているのだ。だが、当事国でない限り……いや、悪巧みの共犯者でない限り、詳細までは判らない。アルベルダとて、舞台裏まで知っているのは極一部なのだから。
これまでのキヴェラ王のイメージならば、アルベルダやイルフェナからの抗議があったとしても、精々が『魔導師に断罪の場を与えた』程度だろう。要は、基本的に中立という立場。私が遣り過ぎれば、諫められる立ち位置にいたはずだ。
これは元凶達というより、第二王子やその母である側室のためなのだが、元凶達にとっては都合のいいことだった。私が連中を潰しにかかっても、キヴェラ王が取り成す可能性が高いのだから。
というか、元凶どもはそれが最大の強みと言ってもいい。寧ろ、断罪の場はキヴェラ王が自分達を庇う姿を見せつける、絶好の機会と考えているだろう。
そんなことになれば、今以上に、元凶達を諫める声を上げにくくなる。おねだり姫は絶対にこれを利用するタイプ――ルーカスからの情報――なので、これまで強いことが言えなかったとか。
『お前があいつらをどうするつもりかは判らんが、下手に突けば、父上を利用しようとして来るぞ。父上とて、次代のことを考えなければならない以上、今、あの公爵家が潰されることは良しとしないだろう』
ルーちゃんの心配、ごもっとも。第二王子まで巻き添えを食らう可能性がある――少なくとも、確実に後ろ盾が弱くなる――以上、キヴェラ王は私を止めるだろうからね。
でもね、ルーちゃん。今回に限っては、それは通じないのだよ。だって、私は『この場で潰す気はない』もの。
Q:断罪できないお馬鹿さんが現れた! どうする?
A:彼らにとって都合の悪い話を振りまく。
私とキヴェラ王は始終、にこやかにキヴェラとイルフェナの共同事業について話すだけである。当然、その事業……絵本についても触れることになるだろう。
しかも今回は、王妃様達が薔薇の装飾品型魔道具を身に着けてくれることになっている。キヴェラの貴族達どころか、招待されていた他国の人間としても、更なる情報収集必須の案件になるのであ〜る!
そして、もう一つ。その『招待されている国』についても、意味があったりする。
この場に、アルベルダの人間はいない。
招待されていないのではなく、『辞退した』のだ。
勿論、これは裏工作の一つ。私がウィル様やグレンと親しいのは比較的知られているため、『【アルベルダが不参加】という事実が異様に見える』んだよねぇ。
私が他国の知り合い達に声をかけた以上、当然、アルベルダにも声をかけていると思うだろう。そして、アルベルダも個人的な感情――アルベルダは当然、おねだり姫のことを良く思っていない――を優先するほど、愚かな国ではない。
必然的に、『アルベルダが参加を見合わせなければならない事情があるんじゃないか?』という流れになるはずだ。『顔を合わせない方がいい人間がいる』とかね?
寧ろ、そうでなければ説明がつかないとも言う。キヴェラ王が他国に歩み寄る方針を公表した上、アルベルダもそれに賛同していた。ならば今は、その関係を崩すような真似は控えるのが普通。
『何も言わずとも、本の内容が事実と思わせることは可能』なんだよ、おねだり姫。
そこに、共同事業を推奨するキヴェラ王家の方針が公になれば……どうなるかな?
余談だが、私が招待した人達には事前にネタばらし済み。ただし、それはあくまでも『魔導師からの個人的な情報』であるため、其々が裏付けを取ることが必須。それを促すための起爆剤として、彼ら自身が今回の情報を自国に持ち帰ることが重要なのだ。
そこには当然、『キヴェラ王も奴らに苦い顔をしておりました』、『魔導師とキヴェラ王が組んで、奴らを追い落とそうとしてる』といったものが含まれる。それに加えて、参加を見合わせたアルベルダにも探りが入るだろう。
何もせずに、事の詳細を他国に振り撒けるアルベルダ。
事業の成功、もとい本の売れ行きが確実となるイルフェナの商人達。
共同事業を推進しているキヴェラ王は、彼ら側の人間と知れ渡る。
……で? この状況で、元凶達の『キヴェラ王とキヴェラは私達の味方です』なんて言い分を信じる奴がいるとでも?
無理があるだろう、どう考えても。暗に『元凶達はキヴェラ王から見限られていますよ』と言っているようにしか、思えまい。
というか、元からおねだり姫達も『キヴェラ王は私達の味方です』とは言っていない。言っていないが、それを匂わせるような態度を取れば、これまでのキヴェラにビビっていた人達が勝手にそう思ってくれる。
キヴェラ内では公爵家を潰せない事情があり、他国に対してはそう言った手段を取ることで、おねだり姫は好き勝手してきたらしい。 これではおねだり姫個人の処罰も望めまい。狡賢いというか、単なるお花畑思考のお嬢様ではないのだろう。
それが突き崩されるのが、今回の一件。これまでのことがあるため、彼女達に味方はいない。
なお、アルベルダに探りが入った場合は『キヴェラ王は誠実に対応し、我らだけではなく、被害者の子爵令嬢にさえ謝罪してくださいました』という『事実』が伝えられることになっている。
ローザさんの頑張りはここで活かされるわけですね! この事実がある以上、『キヴェラ王は本当に、他国に歩み寄る気がある』と認識されるだろう。
さあさあ、楽しい宴の始まりだよ? 上には上がいると、思い知ろうか。
私は正義の味方に非ず! 目的は断罪ではなく、徹底的に辱めることだもの!
「……楽しそうですね、ミヅキは」
「今回は色々と、手間をかけたようですから」
「だからと言って、はしゃぎ過ぎるのはどうかと思うぞ?」
言いながらも、決して私を諫めようとはしないのが、セイル、アル、クラウス。彼らは私の守護役としての参加である。そして、守護役は彼らだけではない。
「キース殿とは、久しぶりだな」
「よお、セレ……いや、セシルか。元気そうで何よりだ」
「今回はミヅキの友人としての参加だ。そちらの名で頼む。……ああ、ジーク殿も参加しているのか」
「はは! ……餌は多い方がいいんだとさ。まあ、黙っていればまともに見えるから」
ほのぼのと会話を楽しんでいるのは、セシルとキースさん。セシルは守護役ではなく、私の友人としての参加である。まだ、『健気なセレスティナ姫』のイメージを壊さないためなのだが、物の見事に男装の麗人と化していた。
……。
うん、姫というより騎士だね、セシル。本人が来たがったとはいえ、いいのかとお伺いを立てたところ、『姫本人とバレたら、キヴェラと和解済みという方向で進めるから、問題ない』とお返事が。
確かに、いつまでもイメージ通りの姫様でいるわけにはいかない。いかないんだけど……どうやら、セシルが事ある毎に『また、仲間外れか!』と拗ねることも原因らしい。一年後にはエマも嫁いでしまうため、寂しいんだろうな。
そして、二人の会話に出ていたジークは宰相補佐様に確保されている。今回は宰相補佐様とキースさんの二人がかりで、ジークがボロを出さないよう、フォローする予定だとか。
「いいこと、ジーク。余計なことは言わなくていいから、話しかけられても『魔導師殿の護衛です』で通すのよ?」
「判った。難しい会話はキースとミヅキに丸投げする」
……。
いえ、あの、私はお世話係じゃないんですけど……?
だが、そんな逃げ道を許してくれる宰相補佐様ではない。いつ私に気づいたのか、ジークに向いていた視線がこちらを向いた。
「聞いていたわね、小娘。私達もジークの面倒を見るけど、私にはカルロッサの宰相補佐としての立場もあるから、傍を離れることもあるわ。今回、ジークは魔導師の監視……いえ、守護役として来ているから、アンタが適任なのよ」
「言いたいことは判りますけど、キースさんも居ますよね!?」
「身分で負けるわ。あの子、男爵家だから」
「あ〜……つまり、貴族との会話になった時は私が出ろと」
「そういうこと。私が居ない時はお願いね」
溜息を吐く宰相補佐様に、思わず遠い目になる。そっかー、ジークは相変わらず純白思考の脳筋かー。
ただ、宰相補佐様の気持ちも判る。ジークは妙に勘が鋭いというか、言ってはいけないことをズバッと言う場合があるからだ。付き纏われたとしても、身分はおねだり姫の方が上なので、本音を直球で言うのは拙かろう。
今回、ジークは『餌であり、対近衛騎士用のカード』なのだ。どちらかと言えば、近衛騎士の劣等感を煽る――近衛じゃないのに、血筋も、実力も、ジークの方が上である――ために来てもらったので、余計な面倒事は避けたい。
「……で。小娘、アンタは情報を与えるためだけに、この面子を集めたの?」
不意に、宰相補佐様が問い掛けて来る。それは誰もが思っていたらしく、周囲の人々――前述した人達――が一斉に私を見た。
「勿論。……と言っても信じないでしょうから、ネタばらしを。問題の公爵令嬢への対抗です」
『は?』
皆が揃って、怪訝そうな顔をした。ですよね、この状態が対抗って、意味が判らんよね。
「元凶の片割れは、見目麗しい異性のお友達を周囲に侍らせてるんですって。だから、私も『お友達』を自慢したくなりましてね」
嘘ではない。ただし、私が呼んだ人達は顔だけの無能でも、絶対的な味方でもないけれど。
だけど、その程度の距離感でいいのだと思う。誰もが自国や主への忠誠が最優先だからこそ、理解者と成りえるのだから。
「……公爵令嬢よね?」
「公爵令嬢なんですけどねぇ? その『お友達』を使って、自分の思い通りに事を運ぶこともあるようで」
暈して言ったが、彼らは皆、情報収集くらいはしているだろう。暗に『手下を従えてますよ』と口にした途端、皆の口元が笑みを刻む。
「そう。では、彼らの顔と家も覚えておきましょう。こちらに逃げて来られても困るわ」
「そうしてください。まあ、先はないと思いますけど、顔だけは良いらしいので。自国のご令嬢が誑かされても嫌ですしね」
「そうよね。ところで……彼はどなた?」
宰相補佐様の視線が、ある人物へと向く。この場で唯一、辺りを警戒し、厳しい顔をしているのは……サロヴァーラの護衛騎士。
「彼はサロヴァーラでお世話になった騎士ですよ。私と一緒に罠に嵌ったり、女狐様……じゃなかった、ティルシア姫に利用されたりした、気の毒な人です」
「女狐って、アンタ……」
「すみません、つい本音が」
「なお悪いわよ!」
宰相補佐様は即座に突っ込むが、私とティルシアはお互い様なので、全く気にしていない。今更なのか、護衛騎士とて、反応するのはそこではないのだ。
「とんでもありません! 私こそ、多くのことを学ばせていただきました。何より、助けていただいたのは私の方なのです」
即座に姿勢を正し、きっちりと否定する護衛騎士。その善良さに、ジーク以外の皆が、可哀想な子を見るような目になった。
「……。真面目というか、善良なのね」
「彼はサロヴァーラでも、このような感じでしたよ。ミヅキに対して偏見がないせいか、彼女の担当にされたようで……」
「ああ、そう……」
宰相補佐様の呟きにアルが補足を入れると、皆の目は益々優しくなった。……『可哀想に』という呟きが聞こえた気がするのは、きっと気のせい。
サロヴァーラは元凶達による営業の予定があるため、当初は誘う気がなかった。だが、どこで聞きつけたのか、女狐様から強力なプッシュがあったのだ。
『彼は公爵家の人間だし、見た目も中々よ? 問題の近衛騎士の比較対象としては、秀逸じゃないかしら。それに、魔道具を持たせれば、面白い光景が見られそうじゃない? 仲間外れは酷いわ、ミヅキ』
以上、女狐様のお言葉である。ちなみに、彼は私の護衛として派遣されたと信じていたりする。実際は、『記録要員であり、近衛騎士の対抗馬』なのだが、彼がその事実を知ることはないだろう。
護衛騎士……公爵家の人間なのに、不憫過ぎやしないかね?
以前は捨て駒扱いされて、今回はパシリとか、ちょっと酷くね!? 女狐様。
豪華面子に囲まれ、準備万端な主人公。主人公を案じてくれた人達もいるのですが、
大半は『今度は何をやらかすんだ?』と言う心境。
当事国じゃないもの、所詮は他人事。人の不幸は蜜の味。
※活動報告に魔導師21巻とコミカライズ版魔導師1巻のお知らせを載せました。
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※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
『平和的ダンジョン生活。』もコミカライズ企画が進行中です。
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