表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
ゼブレスト編
37/699

人形の反逆

 盛大な姉妹喧嘩がエリザの圧勝に終わり一段落して。

 アデライドは騎士に拘束され退場していった。トドメを刺したのが私とルドルフだった気がしないでもないが。

 エリザが『自業自得です』と大変いい笑顔で言っていたので誰も口出しはしなかった。

 つーか、アデライド……騎士達を敵に回したのは自分の発言だぞ? セイルでさえ『叩き切るなんて優しさが必要でしょうか』なんて言っていたくらいだし。

 まあ、私は宰相様にやり過ぎだと怒られていたわけですが。

 いいじゃん、頬へのキスは親愛の証だぞ? 側室扱いなんだから問題ないって。



 アデライドはルドルフ直々にかなりキツイ処罰を言い渡されていた。


「バラデュール男爵家に嫁げ。ああ、ワイアート家はエリザの子に継がせる気だから心配するな」


 好きな男の口から他の男へ嫁げ、ですよ。アデライドにとっては死ぬより辛いかもしれない。

 いくら格下の男爵家だろうとアデライドのしたことを考えたら甘過ぎる処罰だ。後宮破壊によって潰された家にとって十分特別扱いに見えるだろう。あくまで内々に済ませる処置なのである。

 尤もバラデュール男爵家には事の次第を告げてあるだろうから今後おかしな真似はできないだろうけど。

 ワイアート家を潰さず、エリザにさえ迷惑をかけない方法を選ぶなら『乳兄弟』という特別扱いに縋るしかない。だが、それはアデライド以外にとっての恩情だ。ルドルフの手で殺されるなり処罰された方がまだマシだったろうね。

 だからこそルドルフは最も苦しめる扱いにしたのだけど。


「お前はエリザの誇りを踏み躙りワイアート家に反逆の汚名を着せ、更には俺を裏切った。だからこそ、簡単に死ぬなど絶対に許さない」


 そう言いきったルドルフの顔は嫌悪しか感じられなかった。幼馴染という関係に甘んじて許されると信じていたアデライドの希望を打ち砕いて。


「貴女にとって陛下はルドルフという個人でしかないのね」

「え?」

「貴女ほど陛下の努力や犠牲にしてきたものを軽く考えた愚か者はいないってことよ」

「貴様は我々の策によって王妃の成り手が無ければ自分に話が来ると思っていたようだが、その可能性は皆無だ。側室にすら選ばれなかったのはワイアートの次期当主だからではない」

「幼馴染という関係だろうと特別扱いされることはありません。貴女は無駄なことをしたんですよ」


 ルドルフの側近であるエリザ、宰相様、セイルの最後の言葉の重さを彼女が理解できる日は来るのだろうか?

 幼馴染だろうと信頼できないなら切り捨てるのが王ですよ? 

 ルドルフを『王』と思わなかった奴が皆に嫌悪されるのは当たり前だぞー、アデライド。


「で、断罪すべき人がもう一人居るんだけどエリザはどうする?」


 一段落ついた後に思い出すのは誘拐事件の元凶ですよ。

 なんだっけ……銀髪美人だけど良くも悪くも印象に残らない地味な子。


「私はミヅキ様の侍女なのでしょう? 喜んでお供しますわ」

「そう、宜しくね」

「ええ」


 にこやかに笑い合う私達。仲良くなれそうですね。


「なあ、あの二人を相手にしてオレリアは無事だと思うか?」

「誘拐事件の主犯ですから哀れむ必要はないかと」

「人としての尊厳は……」

「では体を張って止めてください」

「………」


 何を物騒なこと言ってるかなー? やられたらやり返す、これ常識。

 あの人魔道具持ってるみたいだし、拳で語り合うどころか殺し合いじゃね?


「エリザ、これ身に着けて」

「これは……?」

「万能結界付加の指輪。あの人、何するかわからないよ」

「ありがとうございます」


 そんなやりとりにセイルは剣の柄に手を添えながら呟いた。


「武力行使は確定なんですね。私も加わりたいと思います」

「セイル……お前までやる気なら誰がミヅキを止めるんだ」


 オレリア嬢、命のカウントダウン開始。


※※※※※※


「オレリア様をお連れしました」


 騎士に挟まれてオレリア嬢は中庭へとやって来た。綺麗なんだけど感情があまり表れないから人形みたいな印象なんだよね。『居る』というより『有る』に近いというか。

 どんな用件で呼ばれたか判っているだろうに無表情ですよ。


「……お戻りになられましたのね、ミヅキ様」

「ええ。セイルリート将軍が迎えに来てくださいましたので」


 一応側室ってことになってるから姫モードです。これからのことを思えば上品ぶっても意味が無い気がしますがね。

 エリザは私のすぐ傍に、セイルはいつでも私を抱き抱えられる状態です。

 ……誘拐された時のこと気にしてたのかい、将軍。


「ど……して」

「え?」

「どうして貴女が選ばれるの?」


 呟くように問い掛けてくるオレリア嬢。無表情でやるな、怖いから。

 その声に反応し、エリザは後方へセイルは剣の柄を握りつつ私の腰に片腕を回す。

 早くも戦闘態勢のようです。ちょ、セイル叩き切るなら私を放してくれない? 返り血浴びますよ、このままじゃ。

 じーっとセイルに目で訴える私と微笑んだまま抱き寄せるセイル。

 

 わざとですね? 間違いなくわざとですよね?

 私が不安がって縋るような女じゃないと知ってるだろうが。


 一見、騎士が姫を守っているように見えますが違います。捕獲です、これ。

 乙女ゲームは嘘吐きです。巻き添えは嫌だって言ってんだろ、離しやがれ!

 ……。

 離す気が無いようなのでこのまま続行。うう、事情を察した皆さんの視線が痛い。


「私に選択権はありませんわ」

「選ばれた、と?」

「ええ」


 私の答えにオレリア嬢は初めて表情を動かした。憎悪の所為か綺麗な顔を醜く歪めて叫び出す。


「なんで貴女がっ……貴女がセイルリート様に守られているのよ!」


 ……。

 ……は? なんですと?

 今、何て言った? この御嬢さん。

 ああ、皆固まってますねー。斜め上過ぎるだろ、この展開。

 

「え、誘拐までしておいて別人狙い!?」

「何て趣味の悪い……!」

「なんで、なんで貴女が選ばれているのよぉぉぉぉっ!」


 怒鳴り声はオレリア嬢、その他が私とエリザ。即席でもさすが主従です、息ぴったり。

 エリザってば本当にセイルと仲悪いんだねぇ。

 ではなくて。


 ええ!? 目的はセイルなの!? 将軍様が目当てだったんですか!?

 側室になっておいて何言っちゃってるのさ、姦通罪とかになっちゃうじゃん!

 ルドルフのことかと思って選ばれたって言っちゃったよ!?


「おや……」

「うーん……可能性としてはあるよな」


 セイルも意外って顔してますね、ルドルフは腕組みして呟く程度ですが。

 あの、ルドルフ? 一応、目の前で奥さんの一人に「他の男が好きです!」って言われたんだがな? 


「ルドルフー、こういう場合ってどうなるの?」

「セイルが欲しいなら降嫁させてやるぞ」


 思わず素に戻って聞いた私に淡白な御答えが返ってきました。

 おーい、それでいいのか? ……ああ、そう。要らないの。


「……だ、そうです。将軍様お返事をどうぞ!」

「お断りします。彼女が自分に必要だとは欠片も思いませんので」


 にこやかな笑顔で拒絶しやがりましたよ、この男。

 空気読め。もっと他に言い方があるだろうに煽ってどうする。


「何故守られているか、という質問に対してですが。……仕事だからですよ」

「セイルは俺の命令でミヅキの護衛の任についている。そこに個人の感情はないぞ?」


 そうですね、私もそう思います。頷いちゃうぞ、セイルに引っ付かれたままだけど。

 つーか、他にも護衛の騎士がいるんだからセイルの事情も察しようよ?


「何を言っているのよ! あんなに大事にされて、笑顔を向けられて……!」

「微笑みは標準仕様だし、本当の笑顔の時はろくな事を考えてないよ?」

「今だって抱き締められているじゃない!」


 その言葉に周囲は私を気の毒そうな目で見る。

 これ捕獲ですって。そもそも恋愛感情なら人前で抱き締めるか?

 だが、私の反応を将軍様はお気に召さなかったようだ。嫌な感じに笑みが深まる。


「そうですね、折角ですのでこの場で求婚してみましょうか」

「え゛」

「おい!?」

「待ちなさい、セイル!」


 皆の声を聞かずに一度離して私の手を取ったまま跪く。

 やめれ! 一体、何を言う気なのさ!?


「お慕いしています」


 火に油を注ぐでない! オレリアの目の前で何言ってるのさ、嫌がらせにも程がある!

 この嫌がらせは『私達に対して』だろうね。ええ、それくらいは察せますよ!?


「ルドルフ様」

「な……何だ?」


 ルドルフもやや引き気味に応えているあたり何を言い出すか予想がつかないのだろう。

 頑張れ! 多分、皆の期待を一身に背負っている……筈!


「ミヅキ様を妻に戴きたいのですが」

「えーと、それはだな……」

「十年前の功績では足りませんか?」

「そ……それはっ」


 紅の英雄出してきたー!! ちょ、それトップシークレット! 脅迫ですよ、脅迫!

 オレリア以外が内心絶叫する中、ルドルフから視線を私に戻し手に口付けて一言。


「愛しています」


 油どころかガソリンを投下するか、貴様。

 その後の対応としては


 一・にこやかに拒絶

 二・そのまま受けてオレリア嬢討伐


 さあ、どっち!?

 この状況で言うってことはオレリア嬢を怒らせて先に手を出させたいんだろうけど。

 ……うっかり頷くと私もヤバそうな気がするのは何故でしょう?

 

「空気を読んでくださるんですよね?」

「言葉を覚えるな、私を利用するな」

「こんなに想っていますのに……どこが至らないのでしょう」

「腹黒くてS属性の恋人は精神衛生上良くないと思うんだ」

「同類じゃないですか、ミヅキ様と」

「私は鬼畜属性を隠しません、恥じることも反省も無し」

「……更に酷く聞こえるのは気のせいでしょうか」


 悲しそうに目を伏せると立ち上がって抱き締めてきましたよ、この男。

 この状況は私の言葉や据わった目を隠す為のものだよねぇ?

 私にオレリア嬢の的になれと? 口角がつり上がったの見えたぞ?

 ああ、オレリア嬢の殺気がひしひしと……!


「許さない……私はもう想うことさえできないのに」


 涙を流しながら片手を胸元に充てる。しまった、魔道具か!

 さすがに状況を察したセイルが腕の中に閉じ込める形で私を庇う。万能結界だから攻撃は届かないだろうけど、オレリア嬢って魔法使えるほど魔力あったっけ?


「死ねばいいのに!」


 叫びと共に炎が私とセイルに向かってきた。まるで生きているように私達を取り囲むけど熱は一切届かない。

 ふうん、これが貴女の魔法ね。


「申し訳ありません、ミヅキ様。詠唱されていれば防げたのですが」

「魔道具だから警戒しても無駄だよ。それにしても……このままじゃオレリア嬢はただじゃ済まない」

「それはどういう?」

「この魔道具の性能による。自分で使った魔法なら力尽きれば消えるけど……」


 魔道具について習った時、黒騎士達に言われた言葉を思い出す。


『魔道具は本来攻撃魔法は付加できない。対象を認識できないからな』

『自分と繋げて攻撃魔法付加の魔道具を使うこともできるが制御は本人がしなきゃならん』

『もし、魔法に不慣れな者が長時間の制御をした場合、そいつの精神にかなり負担がかかる』

『精神崩壊する場合もある。気をつけろよ』


「魔道具を使っているってことはオレリア嬢は単独で魔法を使えないってことでしょ? 制御しきれるかどうか」

「精神崩壊した場合は?」

「暴走する。魔道具の魔力が尽きるまで」


 オレリア嬢……貴女は私達どころかルドルフでさえ巻き添えにする気ですか?

 役目的にも個人的にも、それは許しませんよ?


「セイル、私が行くからちょっと離して」


 私の言葉にセイルは表情を険しくさせる。

 仕方ないでしょ? 魔法勝負だったら私しかできないんだから。


「私の為に争ってくださるのは嬉しいですが」

「それはない。 私が気に食わないだけ。やられたらやり返すのが礼儀なの」

「やれやれ……少しは合わせてくださっても宜しいでしょうに」

 

 肩を竦めると諦めたように腕を緩めた。

 溜息吐きたいのはこっちだっつーの! 何時の間に騎士様争奪戦になった。

 一人の男を巡って争う修羅場ですか? キャットファイトをやれと?

 絶世の美人(男)を巡って争うとかポジション間違えてませんかね? 争ってはいませんけど。


「オレリア嬢〜? そろそろ黙ろうか?」

「貴女なんて、貴女などに……!」

「頭冷やせ」

 

 ぱちん、と指を鳴らす。狙いはオレリア嬢の頭、上から水が降ってくるなんて思うまい。そして怯んだ隙に本命の魔道具を破壊する。

 魔道具って魔石を壊しちゃえば役に立たないしね、魔石をピンポイントで狙えばオレリア嬢も無事でしょう。

 まあ、頭を冷やせ。報復はこれからだ。

 思ったとおり止んだ炎に笑みを浮かべるとセイルの前に立ち周囲に無数の氷の破片を浮かべる。綺麗な光の欠片は皮膚を容易く切り裂く冷たい刃。


「魔法で攻撃したなら同じく魔法で報復を。覚悟はいいか」

「く……貴女、なんて、選ばれただけじゃない! 自分でなにもしなかったくせに……!」

「選ばれる価値があったことを誇って何処が悪いの? 価値の無い自分を正当化して八つ当たりする馬鹿に言われたくないわね」

「なんですって!」


 オレリア嬢の目は血走っている。精神崩壊とはいかないけど正常な判断はできていないに違いない。

 だからといって手加減してやるほど優しくはないのだけど。


「抗わなかったから側室になったんでしょう? 言われるままに抵抗もせず」

「わたし、は……っ」

「そのままでいれば良かったのに。振り向いてもらえないのは側室だからだと自分に言い訳できたのに」

「私は側室などになりたくはなかった! 何も知らないくせに!」

「初めからセイルに相手にされてなかったんだよね? だから想っていると気付かれなかった」

「う……煩い、煩い!」

「そんな貴女だから」


 ゆっくりと口を動かす。笑みを浮かべて告げてやろう。


「この国にもセイルにも必要とされない、愛されない」


 音もなく氷の破片がオレリア嬢を切り裂く。一つの欠片は小さいから傷が浅い分、無数の傷がつく。しかも地味に痛い。赤い糸を引いたまま氷片は私の周囲に集い空気に融けた。

 心の傷を抉ってあげるよ、オレリア嬢。覚悟はあったんでしょう?

 だけど決定打は一番の被害者に譲ってあげる。貴女も彼にトドメを刺されるならば嬉しいでしょ?

 顔だけでなく体中を朱に染めてへたり込むオレリア嬢をセイルはいつもの微笑みで見つめる。


「オレリア様。私は貴女のことなどどうでもいいのですよ。貴女がどれほど傷を負っても手を差し伸べる気はないのです」

「セ……セイルリート、様。貴方はいつも優しかったのに……」

「ああ、貴女に紅は似合いませんね。先程のミヅキ様は氷だけでなく朱を纏ってとても綺麗だったでしょう? ただ惨めに汚れただけの貴女とは大違いです」

「私、は……」


 血塗れに綺麗も何も無いだろうに、わざわざ嫌な言い方するね。ただでさえ誘拐事件を気にしているのに原因が自分とか……。

 オレリア嬢、セイルは絶対に貴女を許さないと思うよ? 騎士としても個人としても。 

 

「貴女は表面的な部分に憧れただけなのです。貴女の望む『セイルリート』という男など存在しません。不愉快ですから名を呼ばないで下さいね」


 綺麗な顔の将軍は穏やかな、けれど何の意味も無い笑みを浮かべてオレリアに告げる。

 それは彼女にとって最も惨酷なことだったろう。……自分はセイルにとって何の価値もないのだとはっきり言われたのだから。


 そして彼女の狂気は終わりを告げた。

 ……所詮、その程度だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ