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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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父と子の会話

――キヴェラ・とある一室にて(キヴェラ王視点)


「……」

「……。リーリエ達は何も気づいてはおらんようだな」

「はい。多少は怪しんでいるようですが、それも婚約者として連れて来たアルベルダの騎士のみのようですね」


 一つのテーブルに向かい合う形で座り、儂とルーカスは同時に溜息を吐いた。其々の背後に控える騎士達が気遣わしげな視線を向けて来るが、その気遣いでさえ、我々の精神を疲労させていく。

 大国キヴェラの王と元王太子が、揃って憂鬱そうにしているのだ。しかも、その原因となっているのが血縁者ともなれば、情けなさは半端ない。


「父上。一度伺いたかったのですが……公爵夫人が役目を果たした後、始末することはできなかったのですか?」


 ルーカスから発せられた問いに、騎士達がぎょっとする。

 暫しの沈黙の後、いきなりの直球である。目を据わらせたルーカスはどう頑張っても誤魔化しようのないほど、精神的に余裕がないようであった。

 ……。


 まあ、その気持ちも判る。

 この父とて、お前と同じことを考えていたのだから。


 口に出さなかったのは偏に、人生経験の差であろう。些細な一言が痛手どころか、死を招く場合とてあるのだ。感情のままに失言し、痛い思いをするのは、若い頃だけで十分だ。

 ルーカスも普段はそれを判っているはずだが、若さと生来の真面目さゆえか、少々、感情優先の発言をすることがあった。だが、そういった姿が正義感の強い王子として他者の目に映り、慕われる一面となっていたことも事実。

 そこまで考えて……儂は己が思う以上に、ルーカスを見ていたことに気付く。良い面も、悪い面も知っていたはずなのに、『不甲斐ない』という想いに囚われ、褒めることを忘れていた。

 ――今とて、これほどに似た考えをしているではないか。

 そう気づけたことが嬉しい反面、心底、自分に呆れ果てる。……『不甲斐ない』のは、儂も同じであったと。


「待て、ルーカス。もう少し、柔らかい表現を使え。いくら腹心とはいえ、騎士の目があるのだぞ」

「も、申し訳ございません!」

「堅苦しい場ではないのだ、謝罪は必要ない。それに……儂も同じことを思っていたのだからな。此度の一件……特に、あやつらのことは間違いなく、儂に責がある。切り捨てるべき時期を見誤り、まともに育つかも知れなかった令嬢を、母と同じ愚か者にしてしまったのだからな」

「……」


 いや、『母親と同じ』ではないか。我が愚妹は呆れるほど甘やかされ、血腥い現実を知らなかっただけなのだから。望まれたのは『子を産むこと』のみ。

 先代が全く注意を向けないほど、『どうでもいい存在』だったのだ。王族としては屈辱的な扱いだろうが、ただ血を残すための存在でいいと本人が思っていたならば、幸せなことかもしれない。

 ……難しいことなど、何もしなくていいのだ。他者に認められることはなくとも、ある程度の扱いは約束されているのだから。

 注意してくる兄弟の影響もあってか、リーリエもさすがに母親ほど呑気な性格にはならなかった。ただ……なまじ王家に近い家柄と血筋のせいか、令嬢にしては狡賢く、傲慢に育ってしまった。

 もしもキヴェラが男性社会でなければ、それなりの野心家になったのではないかと思う。リーリエは己が生まれと、その状況を利用する術を知っているのだから。

 それを活かす場がない女の身ゆえに、ただの我儘令嬢になった気がしなくもない。兄弟達と同等の教育を施していれば、また違った未来があったのかもしれなかった。

 一つ息を吐く。ルーカスが納得できるものかは判らないが、それでも答えねばなるまい。血縁としては非道とも言える、我が思惑を。


「『血筋に縋る、身近な愚か者』という役割を与えておったからだな」

「は? ……はぁ、それにはどういった意味が?」


 その必要性に思い至らなかったのか、ルーカスは再度尋ねてきた。これはルーカスの騎士であるヴァージルも似たようなことを思ったらしく、軽く目を見開いている。


「父上の代で、キヴェラは荒れた。その被害は甚大なものだったが、その矛先は王家……血縁者にも向けられたのだ。これは知っているな?」

「はい。先日、伺いました」

「王族の数が減った以上、数を増やす必要があろう。しかし、国を乱すような愚か者は困る。そして、何より……『そのような愚か者が再び出た場合、血縁であろうとも、始末せねばならん』のだよ。王族を害すれば、一族郎党の処刑は必至。だが、そのような時期に忠臣の一族を失うわけにはいかん」


 王族を殺すならば、王族の手で。

 儂が実の父であり、先王を手にかけたように。


 生粋のキヴェラ人とそうでない者達に差があるように、貴族達にも当然、そういった格差がある。王族がその頂点である以上、手を下せる人間は必然的に限られてくるのだ。

 生粋のキヴェラ人であり、王になる資格を有する者など、王族か公爵家くらいだろう。そういった者達はほぼ、何らかの重職に就いているため、失われることは極力避けたい。


「武力行使という手もあるが、それではただの反逆になってしまう。『誰もが納得できる血筋の者』が『正当な理由をもって自浄に挑む』。それこそ、儂が反逆と言われなかった理由だろうな。継承権を持たぬ者が父上を討っていたら、王家の是非を疑われたであろうよ」

「それ、は……そのようなことは!」

「ない、とは言い切れぬだろう? キヴェラは一枚岩ではない。生粋のキヴェラ人優遇という在り方を否とするならば、新たな王家を立てればいい。そう考える者達にとっては、まさに好機だったのよ。父上の所業はそのような輩に利用されても仕方がないと、儂でさえ思ったのだからな」


 やや俯き、ルーカスは暫し、己が思考に沈んでいるようだった。だが、ルーカスだからこそ、それが決して杞憂ではないと理解できてしまうだろう。

 現に、キヴェラは国内に潜んでいた復讐者達に敗北している。彼らの担ったものは些細なことであろうが、それが魔導師殿の助けとなったことは事実。決して、侮れるものではない。


「拙いことに、王族達はその数を減らしていた。あそこで儂が奮起せねば、今の王家はなかったやもしれんな。……はは、そう考えると奇妙な縁だ。先代を追い落としたウィルフレッド殿の姿に、儂も覚悟を決めたのだから」

「ああ、確かアルベルダ王も……」

「うむ。身の丈に合わぬ野心を持つ先代を追い落とし、王位に就いた。今だからこそ思うが、ウィルフレッド殿は野心で王位を狙うような者ではない。……そうせねばならん『理由』があったのだろうな」


 国を背負う覚悟があったからこそ、簒奪者と呼ばれながらも、ウィルフレッド殿は遣り遂げた。彼が『王族の一人』ではなく、『王の子』であったならば、簒奪者と呼ばれることは避けられただろう。キヴェラが同じことをしている以上、批難の声が上げられないとも言う。

 リーリエが連れ帰った婚約者は近衛騎士らしいが……このような真似ができるのだ。実家の態度を見ても、元はウィルフレッド殿ではない誰かを王に推していたと推測される。

 王位を簒奪した傷跡は未だ、癒えることなく残っているのだろう。キヴェラも人のことは言えないか、頭が痛い話である。


「話を戻すぞ。まあ、あの家の長男と次男はお前達と共に教育したせいか、まともだ。儂に何かあった場合、次代となるのはお前か、弟王子達……。その場合、あの親を追い落としてもらわねばならん。爵位を継ぎ、次代の王を支える者に相応しいと周囲を納得させる意味でも、親だからと手加減しては困るのだ」

「王の代替わりと時を同じくして、隠居しませんか? 彼らの役目は終わっていると思いますが……」

「あの夫婦が、儂に殉じて表舞台から姿を消すと思うか? お前に対してさえ、『王子』よりも『甥』という認識が強かったのだぞ? 儂が居なくなれば間違いなく、王を侮る害悪となろう」


 あの二人に王族への敬意や忠誠というものがあるならば、ここまで画策する必要はなかった。だが、公爵夫人は元王女であるせいか、どうにも王族達を血縁者として認識している節がある。

 ――だからこそ。


「親が不甲斐ないからこそ、子は違うと示してもらわねばな。公爵夫妻の役割を知っている者はそれなりにいるが、『あの親の子では』と、不安に思う者がいることも事実。そのために残しておったのだよ」


 ただ、リーリエのことが予想外だった。リーリエが親同様にただの愚か者ならば、適当な家に嫁がせ、見張らせるつもりだった。

 だが、あの娘は中途半端に狡賢い。キヴェラである程度好き勝手させていれば、そのうち罪に問う機会もあろうかと思っていたが……まさか、他国でやらかすとは。

 苦々しい想いに、口元が歪む。そんな儂の表情から察したのか、ルーカスも苦い表情になった。


「その父上の計画を潰したのが、リーリエなのですね」

「うむ。まあ、結果として、今後は親共々平穏な生活……とはいかなくなるだろうよ。何せ、動いているのが『あの』魔導師殿だ」

「ああ……」


『馬鹿は嫌い』、『魔王様と私の敵は滅べ』などと本気で口にする魔導師は、基本的に人を殺さない。殺しはしないが……死んだ方が遥かにマシと思わせる目に遭わせるのだ。


「それは私も疑ってはいません。いえ、確信を以て言えます。『愚か者達に未来はない』と! あの女、性格は最悪ですが、やると言った以上、意地でも遣り遂げるでしょう」

「ほう、随分と信頼しておるな?」

「あの女が関わって、穏便に済まされたことなどないでしょう。報告書を読む限り、『手加減』や『優しさ』など、皆無です! 奴にそんなものを期待する方が間違いですね」

「そ、そうか」


『あの女が手加減? 慈悲を見せる? ない! 絶対に、ありえない!』


 そんな言葉が聞こえてきそうなルーカスに、内心、少しだけ引いてしまう。

 息子よ、一体何があった。魔導師殿に関しては同意見だが、お前がそこまで言い切るような出来事があったのか……?

 コルベラで殴り合いの喧嘩をした時か? それとも先日、キヴェラを訪ねてきた時か!? エルシュオン殿下の手前、再び殴り合いの喧嘩をすることだけは避けてほしいのだが……。

 儂の密かな願いに気づきもせず、ルーカスは目を据わらせている。だが、そんな息子の姿に、どことなく安堵してもいた。


 今まではどこか、儂との間に距離があった。今は、このような姿を見せてくれるのだから。


 そして、気付くこともあった。ルーカスは本当に魔導師を恐れていない……伝承を知り、あの魔導師の実績を知ろうとも、恐怖に目を曇らせることはない。

 要は、実績のみで評価するというわけだ。それならば、魔導師殿の性格に難があると知っていようとも、頼もしく思えるだろう。


「……このようなことにさえ、気づかなかったとは」

「え?」

「いや、何でもない」


 改めて気づかされる息子の一面に、かつてルーカスを『不甲斐ない』と思った己を恥じる。……ルーカスはこれほどに儂と似ているではないか。ただ、儂と同じことをする必要がなかっただけである。

 弟達に尊敬され、多くの者達に慕われる姿にも、気づく切っ掛けはあった。『何故、そうなったのか』という疑問を抱いていれば、様々なことに気づけたであろう。王家に生まれただけで配下達に慕われるならば、権力争いなど起こるまい。

 若さと経験不足ゆえの過ちはあろうとも、それを『不甲斐ない』などと言い切ることはできなかったはず。少なくとも、目を曇らせていた儂に言う資格はない。

 溜息を一つ吐き、気持ちを切り替える。今は過去を悔やむ時ではない、やるべきことを成さねばならん。


「此度のことで、あの公爵家の件は片付くだろう。お前には将来的に、公爵家を興してもらうことになるだろうが……今暫くは現状のままでいてくれまいか。今のお前だからこそ、見えることもある。弟の助けとなり、次代を支えてやってくれ」

「勿論です。義務としても当然のことですが、それが何より、私の償いとなるでしょう」


 力強く頷くルーカスに、迷いや僻みといった感情は感じられない。ルーカスもまた、成長したということだろう。そんなルーカスを頼もしく思う。


「ルーカスよ、儂が王である以上、たやすく頭を下げるわけにはいかん。だが、この場は父と息子でしかない。このような父を情けなく思うやもしれんが、謝罪させてくれ。……すまなかったな、ルーカス」

「ち、父上!?」


 ルーカスとヴァージルは心底、驚いているようだ。頭を下げた儂には見えないが、声の様子から、酷く慌てているようだった。


「お止めください! 私……俺が愚かだったのは事実なのです!」

「愚かな面があろうとも、認められるべき面もあったはず。それに気づかなかったのは、儂の落ち度だ。己が過ちを認められないような、愚かな父にしてくれるな」

「父上……」


 頭を上げれば、困惑したような表情のルーカスと視線がぶつかった。


『私も愚かな母親だったのです』


 そう王妃は言ったが、儂とて愚かな父親だった。だからこそ、できる限りの問題を解決し、良い状態のキヴェラにして次代に託そう。

 それが王としての責務であり、親としての意地である。……愚かな父親のまま終わるなど、情けないではないか。


「父上。父上は私にとっていつも正しく、偉大な王であり、父親でした。それは事実なのです」

「ふふ、そうか……」


 ルーカスと話し合う切っ掛けとなった此度の一件、そして魔導師殿。あの魔導師は破天荒だが、少しくらいは感謝してもいい。

 そう思えた一時だった。

反発していたルーカスですが、能力評価はきちんとできる子なので、

キヴェラ王への評価は高い。

対して、キヴェラ王は色々と反省中。復讐者達といい、ルーカスといい、

足元が見えていなかったと自覚してます。

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