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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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368/705

元凶達の現在 其の二

――キヴェラ・アロガンシア公爵家にて(近衛騎士リュゼ視点)


「チッ、間の悪い……」


 窓の外を眺めつつ、舌を打つ。苛立つ気持ちのままに毒づくも、事態が好転するはずはない。

 キヴェラの公爵家、それも現王の妹が降嫁した家だけあって、窓から見える広い庭は見事だが、今の俺には何の慰めにもならなかった。

 元より、剣の才で近衛騎士となった身。芸術方面にあまり興味はなく、庭が美しかろうとも、特に何かを思うことはない。

 寧ろ、今はその穏やかな風景に苛立ちばかりが募っていく。本来ならば今頃、この公爵家の令嬢との婚約がキヴェラの貴族達に知れ渡っているはずなのだから、当然だろう。


「『公爵夫人に溺愛されている』というのは、偽りではなかったが……どうにも、おかしいな」


 一月後に婚姻が迫った自分へと想いを告げてきたリーリエ……キヴェラ王の実妹を母に持つ、アロガンシア公爵家の令嬢。彼女を選んだのは、リーリエ自身に魅力を感じただけではない。

 大国キヴェラは魔導師に敗北したとはいえ、未だ、多くの国に脅威として見られている。それはアルベルダであろうとも、例外ではなかった。

 そのキヴェラの王であり、最も恐れられている人物の姪だからこその態度、可憐な容姿に隠された傲慢さ。可愛らしい我儘であろうと、とんでもない要求だろうと、彼女の機嫌を取るためならば叶えずにいられない。……十分な見返りが期待できるのだから。

 俺もそんな一人だった。愛ゆえの盲目的な献身ではなく、己が野心ゆえに彼女を選んだのだ。だが、それはリーリエも同じ。


 俺達は『共犯者』なのだろう。そうでなければ、この関係は成り立たない。


 其々が望んだものを手に入れるための婚約、周囲の迷惑を顧みない行ない……決して褒められたものではない。だが、誰もそれを諫めることができないという事実こそが、俺達の心を酷く満たしたのだ。

 リーリエは『欲しいものは必ず手に入れたい』と願う。甘え上手な性格と愛らしい容姿に騙されがちだが、彼女はそこらの女達よりも性質が悪い。

 物に執着するというより、奪うことが楽しいのだ。その本質こそ、彼女がキヴェラの王家の血を引く証であるかのように思えてしまう。

 キヴェラは常に『奪う側』。そこにあるのは正当な権利ではなく、ただ所有したいという傲慢さ。他国に対し、常に優位にあったキヴェラにおいて、それは半ば常識のように根付いた認識だった。

 魔導師にやられて多少は大人しくなったようだが、長年染み付いた気質がそう簡単に変わるはずもない。王がいくら歩み寄る姿勢を見せようとも、まだまだ傲慢な貴族達が残っている。

 リーリエは元王女である母親の影響もあり、それが当然と思っているようだった。彼女からすれば、自分の取り巻き達が我儘を叶えてくれるのは『当然』なのだろう。


「『アルベルダ王家さえ黙らせた』という事実はさぞ、リーリエを満足させたんだろうな。だが、あの陛下が黙っているとは思えんが……」


 それだけが心配だった。『気さくで親しみやすい』という評価を受けているアルベルダ王ウィルフレッド。だが、その経歴を知っていれば、とてもそうは思えない。

 比較的穏やかな性格であり、民の言葉にも耳を傾ける賢王。だが、その内に苛烈な一面があることを俺は……アルベルダの貴族達は知っていた。そうでなければ、先代から王位を奪うことなどすまい。

 いくら先代の娘たる王女が支持していようとも、王位継承権を持つ者達は他にも居た。彼らを追い落としたからこそ、ウィルフレッドは王と成り得たのだから。

 目を眇め、アルベルダでの記憶を掘り起こす。キヴェラにやって来る際、一応の義務としてリーリエと共に挨拶をした時の陛下は……特に怒りを露にしてはいなかった。寧ろ、クリスタ姫の方が憤っていたように思う。

 クリスタ姫に思うところがあったらしいリーリエは満足そうだったが、俺は逆に不気味に思った。クリスタ姫の態度がアルベルダ王家としての感情ならば、何故、陛下はどこか冷めた目を向けてくるだけなのかと。

 憤っているならば……不満に思っていると判る態度ならば、まだ判る。だが、あまりにもあっさりとリーリエの要求が受け入れられたことは、どう考えても不自然なのだ。


 何より、あの陛下至上主義の知将が何も言ってこない。

 これまでの所業を踏まえても、不気味過ぎる展開だった。


 警戒し、リーリエに告げるも、彼女はまるで取り合わない。彼女の取り巻き達も同様に、全く危機感がないのだ。その根拠は勿論、『アルベルダがキヴェラに逆らえるはずはない』というもの。


『心配し過ぎですわ、リュゼ様。逆らえないからこそ、私達の婚約は成されるのではありませんか』


 まったく、その通り。そう思えども、胸の奥がざわざわとするのを感じる。……不安に思うことなど、何もないはずなのに!

 騎士としての勘なのか、上手く進み過ぎる状況に募る不安。キヴェラでは公爵家に留められ、国内が落ち着くまでは婚約のお披露目ができないこともまた、その不安を募らせる一因だ。


「キヴェラ王の言い分に、何も不自然なことはない。祝いの言葉が少ないとリーリエは不満そうだが、これまであの状態だったのならば、致し方ない」


 リーリエの周囲には、見目麗しい『お友達』の姿。そのお友達が男性ばかりともなれば、遠巻きにされるのも仕方がないだろう。

 貞淑さを重んじるならば、リーリエ達の状況には不快感しか覚えまい。本当に親しい友人だったとしても、だ。

 それに加え、リーリエは『お友達』を自分の手駒のように使う節があった。本人は『お願い』と言っていたが、傍から見れば、リーリエの言いなりになっているようにしか見えまい。

 キヴェラにおいて、政への参加や騎士などは男性に限られる。そんな背景もあり、リーリエ達の在り方が受け入れられるはずはない。取り巻きがいたとしても、節度を保った付き合い方があるというもの。

 だが……。


「何故、『リーリエは今の状態が許されてきた』んだ?」


 不安を覚える一因となっている、その不自然さ。王太子を処罰したキヴェラ王だからこそ、リーリエだけが許されるとは思えない。いや、王の側近と呼ばれる者達さえも、そんな状況に口を挟まないとは。

 勿論、キヴェラ王の姪ということもあるだろう。降嫁した実妹が溺愛する娘であることも判っている。だが、当のキヴェラ王はそれほどまでに身内に甘い方であったのか……?


「……。まあ、いい。俺も野心を抱いた身。リーリエの在り方が許されているならば、好都合だ」


 軽く頭を振って、暗くなりがちな思考を飛ばす。予想外の事態が起きたとしても、今更だ。俺は決められていた婚約を破棄し、キヴェラの公爵家からの縁談を受けた。それが全て。

 不安要素こそあれど、全ては俺の望みのままに事が進んでいるじゃないか。公爵家に跡取りが居る以上は、手頃な爵位を譲り受けて家を興すことになるだろうが……それでも公爵家や王家との強固な繋がりは有したまま。

 まして、次期公爵は次代の王の側近となることが約束されているようなもの。その義兄となる身ならば、騎士としてキヴェラに仕えても、それなりの出世は期待できる。


 仕える王を見誤ったからこそ、我が家は肩身の狭い思いをしなければならなかった。

 今回のことは俺が成り上がる一手であると同時に、アルベルダ王への復讐なのだ。


『力ある者が王位を奪った』ならば、力を付けた者が王族を見下してもいいだろう? 

 少なくとも、陛下は俺を否定できないはず。形振り構わず足掻いたのは、あの方も同じなのだから!

 今回の訪問は婚約のお披露目が目的だが、正式に伴侶と認められれば、俺もアロガンシア公爵家の一員だ。キヴェラの公爵家との繋がりがあれば、アルベルダの実家も侮られることはない。

 そんな未来を想定し、ひっそりと笑う。……俺の野心が叶うのはもうすぐのはずだ。


※※※※※※※※※


 その頃、アルベルダの某所では――


「なあ、グレン。お前さ、リーリエ嬢とあいつが挨拶に来た時、何故、何も言わなかったんだ?」


 後は待つばかりとなり、のんびりと茶を飲んでいたウィルフレッドは向かいの席に座るグレンへと、ずっと気になっていたことを問いかけた。

 他の者達からすれば、『キヴェラ王の姪姫相手に、苦言など言えません!』となるだろうが、その対象がグレンであれば話は違う。

 ウィルフレッドにとっては頼れる側近であり、弟分であるグレンは……何と言うか、昔から好戦的な性格なのである。

 これが戦場で発揮されるならば、まだいい。性質が悪いことに、グレンは『知識と発想が武器』と言わんばかりに、相手が自分よりも上の立場だろうとも平気で喧嘩を吹っ掛け、時には陥れてくるのだ。

 それに勝利――と言っていいかは判らないが、とりあえず敵認定された奴は追い落とされた――しているからこそ、生まれが不明確ながらも、王の側近という立場を認められていた。

 ただ、ウィルフレッドが『グレンは俺の弟分』と言って憚らなかったため、個人的な感情も含めての地位だと思っている者も少なくはない。

 ……が、昔からアルベルダにいる者達は知っていた。かつて、実年齢よりも幼く見られていたグレンが、周囲によるその思い込みを利用し、情報収集や囮を『自己判断で行なった(重要!)』挙句、ウィルフレッドを王の地位に押し上げたことを……!


 異世界産の赤猫は一時期、アルベルダにおいて猛威を振るっていたのだ。

 その献身は保護者たるウィルフレッドをビビらせ、頭を抱えさせたほど。


 余談だが、ウィルフレッドが比較的ミヅキに耐性があるのは、グレンが原因である。『確かに、賢さは武器だ』と、誰もが痛感した赤猫無双の全てを知るウィルフレッドにとって、ミヅキが何をしようとも今更……『そりゃ、グレンの師匠だからな』で終わる。

 魔導師ミヅキが猛威を振るっている上、グレンも年相応に落ち着いたので忘れがちだが、グレンは全く大人しくはない。時と場合によっては、凶暴と称しても過言ではないのだ。

 グレン曰く、『若かりし頃の黒歴史です』とのことだが、ウィルフレッド以下、彼の周囲の者達はその言葉を全く信じてはいなかった。その黒歴史とやらは、現在も継続中なのだから。


 ……で? そんな凶悪認定された生き物が、黙って負けを認めるとでも?


 答えは『否』だ。馬鹿を言っちゃいけない、グレンがそんなに素直な性格ならば、幾つかの家は未だに存続しているだろう。

 極一部の者達が訝しがるも、キヴェラへの抗議を貴族達に潰されてから、グレンは黙したままだった。元凶の二人が挨拶に来た時も、ウィルフレッドはグレンの態度が気になるあまり、二人への対応は極あっさりしたものになるほどである。

 しいて言うなら、『クリスタが憤っていた。もう少し、感情を押さえることを学ばせよう』という感想を抱いた程度。それほどに、ウィルフレッドはグレンの出方が怖……いやいや、気になっていたのだ。


「ミヅキを巻き込むことが決定していたからですが?」

「へ? 俺、あの時はまだ、何も聞いてないぞ?」

「言ってませんので。ローザ嬢のことを調べていくうちに、商人達への仕打ちを知りましてな。儂の中では、イルフェナを巻き込む案件に決定済みでした。エルシュオン殿下はお怒りになるでしょうし、国同士の関係改善を優先するために抗議が行なえなかったとしても、儂がミヅキを焚き付けます」

「ちょ、お前、何を勝手に決定してたんだ!?」


 ウィルフレッドがぎょっとするも、グレンは涼しい顔をしたままだ。


「ミヅキは『魔王殿下の黒猫』と言われるほどに、エルシュオン殿下に懐いているではないですか。飼い主が動けぬならば、嬉々として獲物を狩りに行くでしょう」

「うん……まあ、そうなんだけどさ」


 否定する要素がないため、言いよどむウィルフレッド。それは正しいと同意するも、わざわざミヅキを向かわせる必要があるのか? とも思えてしまう。

 何せ、ミヅキはガニアから帰還したばかり。ウィルフレッドは個人的にミヅキを気に入っているので、多少なりとも労りの気持ちというものが湧くのだ。


「猫は狩猟種族ですから、狩りは遊びのようなものでしょうに」

「いやいや、狩りじゃないから! それに、魔導師殿にも都合というものがあってだな……」

「大丈夫です! ……ミヅキは個人的な感情の前に、あらゆる物事は無視しますから! 実際、嬉々として裏工作に興じているではありませんか」

「う……」


 力強く言い切るグレンは、非常にいい笑顔である。そんなグレンの姿に、ウィルフレッドは言葉を失った。

 グレンがミヅキに向ける、無条件の信頼。信頼というより、同類ゆえに相手の行動が予想できるだけのような気がしなくもないが、良くも、悪くも、二人の間には確かな絆があるのだろう。


 人はそれを類友という。そもそも、グレンがこうなった元凶は黒猫だ。


 グレンは確信をもって今後を予想し、元凶二人を生温かく見送ったのだろう。……あの場で苦言の一つや二つを零すよりも、ミヅキを巻き込んだ方が何倍も悪質な報復に発展するのだから。

 グレンの性格を知らなければ、リーリエに屈したように見えたのだろうが、実際は真逆である。ブチ切れたグレンはやる気満々、速攻で最悪の報復を思い描いていただけだった。

 グレンの頭の中を元凶の二人が知っていたならば、彼らは即座に顔を蒼褪めさせ、キヴェラ王へと泣きついたに違いない。血筋しか誇るものがない輩が、知力特化の異世界人二人――しかも、片方は斜め上に冴え渡る思考回路を持つ外道――を敵に回すなど、無謀もいいところであろう。


「まあ、今回はお前達に任せるよ。ただし……」

「ただし?」

「俺とエルシュオン殿下が、責任を取れる程度にしてくれ」


 ウィルフレッドはひっそり、目頭を押さえた。頼もしい弟分は、何の役職も持ち得ていなかった頃と、何一つ変わっていなかったと痛感して。

 そうなった事情に自分も大きく関わっているため、ウィルフレッドはグレンを諫めることができない。

 そして……彼らが其々の主のために憤り、行動してくれることを、嬉しく思っていることも事実。凶暴だろうが、突き抜けた面があろうが、慕ってくれる存在は可愛いのだ。


「大丈夫ですよ。今回は『イルフェナとキヴェラの共同事業』であり、『商売』ですから」

「それが報復になるから、信じられないんだよ、グレン。本当に……本っ当ーに! 魔導師殿の思考は読めん! お前も大概だがな!」


 こんなやり取りも、いつものこと。くだらないことや、真面目なこと、どうでもいいことさえ、口にする。……そんな時間を、ウィルフレッドは心地良く思っていた。軽口を叩き合える相手がいることがどれほど幸運であるか、知っているゆえに。

 本日も、大型犬と赤猫はじゃれている。その一方で、黒猫は喜々として暗躍しているのだった。

もう一人の元凶視点。騎士なので、リーリエよりは察しています。

ただし、アルベルダ主従への認識は大間違い。

諫めるどころか、いきなり報復に転じるのが赤猫クオリティ。

黒猫&赤猫『キャッキャ♪』

どこぞの王族達『どうしてこうなった……!』

※活動報告に魔導師21巻とコミカライズ版魔導師1巻のお知らせを載せました。

※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

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