巻き込まれる人々 其の三
青年絵師ことネスト君がローザさんの味方になることを宣言した後、ローザさんはクリスタ様との約束があると言って、退室して行った。今日は城に呼び出されているらしい。
……おそらくだが、呼び出しはキヴェラ王からの謝罪を伝えるためだと思う。近衛騎士は未だ、アルベルダの人間なので、ウィル様も謝罪するのかもしれないが。
ローザさんの家の爵位は子爵のため、本来ならばキヴェラ王が直接、謝罪することはない。これはキヴェラという国の方が、圧倒的に強いことが原因だ。
というか、本来ならば、謝罪も何もあったものではないとも言う。相手が大国キヴェラ――そこに自国の王も含まれるかもしれない――なので、ローザさんからすれば『お気になさらずに』としか言えないもの。
だが、キヴェラ王はこういったことさえも利用できる人なわけで。
きっちり謝罪を行なうつもりだと、私は聞いているんだよねぇ……勿論、そこにあるのは善意だけではない。
キヴェラ王は今後のことも踏まえて、『キヴェラは変わった。自国の者が悪さをした時は、きっちり謝罪できる国である』という感じのアピールに使いたいのだろう。
アルベルダ側としても、キヴェラに誠実な対応をしてもらえば、悪い気はしない。
クリスタ様からの情報を聞く限り、おねだり姫の評判は良くない。キヴェラにビビっていた人達からすれば、『あの小娘、何様じゃぁっ! ……。そうか、キヴェラ王の姪姫様か』な心境だったらしいんだよね。
彼女の所業にキレかけても、その立場を思い出して、思い止まるというか。結果として、王族であるクリスタ様が唯一、彼女を諫められる立場だったのだろう。
――そんな状況にあった人達からすれば、キヴェラの印象が良くなるはずもなく。
結果として、グレンでさえも抑え込まれるほど『キヴェラは未だ、傲慢なまま』というイメージを抱かれてしまったわけだ。
これには国同士の歩み寄りに賛同しているウィル様も困ったことだろう。貴族達の間に根付いたキヴェラへの不信感をそのままにすれば、『ウィルフレッド王はキヴェラのご機嫌取りをしている』とでも思われかねないのだから。
アルベルダには未だ、ウィル様への反発が残っている。
国同士の歩み寄りが大事だと判っていても、自国の貴族達を蔑ろにするわけにはいかない。
今回の一件は、そういった事態を引き起こしかけていた。おねだり姫達は深く考えていなかっただろうが、『国同士の歩み寄りを願っている人達全てに、喧嘩を売る所業だった』んだよ。
そりゃ、魔王様も私を派遣しますよね! 私は色々と噂のある異世界人の魔導師、その珍獣が何をしたところで今更だもの。クリスタ様に助力すると見せかけて、『事態を好転させて来い』ってところだろうか?
ティルシアと私の友情が成立している以上、アルベルダ王女と魔導師の組み合わせがあっても不思議ではない。当然、私がクリスタ様に味方する展開だってありだろう。
何より、頭脳労働職としての私の評価『は』激高である。結果を出すことに定評がある上、敵となった者達への報復にも同じくらいの高評価を持つ私が派遣されたのだ……魔王様が望む決着なんざ、一つしかないわな。
……。
おねだり姫よ、王族は恐ろしいものなのですよ? 苦難の時代を経験しながらも存えてきたアルベルダとイルフェナが、大人しいはずないだろ?
キヴェラ王とて、先代の負の遺産に苦労する人である。それでもキヴェラを統治してきた王族としてのプライドは、桁違いに高い。
……そんな人達に喧嘩を売った愚か者こそ、おねだり姫一派。ただの処罰で済むはずなかろう。
おねだり姫のやらかしたことは最悪だが、キヴェラ王はその元凶達を踏み台にして、自国が変わったことをアピールし。
アルベルダ王は他国の王族との繋がりを見せると共に、キヴェラ王から謝罪を引き出したと周囲に認識され。
魔王様は異世界人凶暴種と評判の魔導師を、駒として使える姿をさりげなく見せつけた。
そしてイルフェナの商人達は、キヴェラの商人達との繋がりに加え、キヴェラとイルフェナの共同事業に大抜擢。
……で? 『最終的に、誰が得をした』のかな?
『遣られたら、遣り返す』だけで済まねーよ、あの人達の場合! 勿論、私がそう誘導していることもあるけれど、『誘導に乗りつつ、自国に都合のいいように動いている』からね! 私だけが仕掛け人に非ず!
当たり前だが、善良さだけで王が務まるはずはない。今回はその片鱗が表面化しただけだ。
おねだり姫の行動は問題だが、それを利用しているのが『私達』。国同士の歩み寄りには私も関わっているため、魔王様には私がどういった決着を望むか、ある程度見えていたのだろう。
そして、あのおねだり姫を付け上がらせた原因とも言えるのが、『かつての、キヴェラの傲慢さ』。これはキヴェラが抱えていた問題の一つなので、今回のことはそれを解決するチャンスでもあった。
彼女をこのままにしておけば、今後も方々で『キヴェラ王の姪姫』という立場を利用するに違いない。当然、これは今のキヴェラにとって宜しくないことだ。
元はそういう国だったとしても、キヴェラ王はこれを改善し、他国に歩み寄ろうとしている。……邪魔でしかないよね、おねだり姫と彼女を甘やかす公爵夫妻って。
今回の一件を、キヴェラとアルベルダはきっと『上手く』使う。ローザさんへの謝罪と事態の対処という名目で、アルベルダ王とキヴェラ王の間では話し合いが行なわれるはずだ。
ローザさんへの謝罪も勿論、行なわれるが……それ以上に、彼女は協力を求められるはず。
それは彼女の醜聞になりかねない、婚約破棄という出来事の利用。そして、それに伴う好奇の視線に耐えること。
いくら善良さをアピールしたところで、好奇の視線や噂が完全になくなることはない。彼女の貴族としての矜持、そして王と国への忠誠心が試される試練の時となる。すぐに止むだろうけど、こればかりはどうしようもない。
当然、ウィル様もローザさんを庇護する気はある。それが今回の『城においで!』というお誘いだ。ローザさんはクリスタ様との約束と思っている様子だったので、その目的までは聞かされていなかったのだろう。
ローザさんが畏縮してしまうことを避けるための、優しさだったのかもしれないが……多分、いや、確実にキヴェラ王から謝罪される。……卒倒しないといいな、ローザさん。
だが、これも必要なこと。『キヴェラ王が被害者の令嬢に謝罪した』という事実は、キヴェラ王の誠実さを見せつけるアピールであると同時に、ローザさんの守りとなる。
少なくとも、表立って彼女を批難する根性のある輩はいるまい。そんなことをすれば、キヴェラ王からネチネチと嫌味が……じゃなかった、ローザさんの擁護をしかねないのだから。キヴェラ王に睨まれたくはないよね、一貴族ならば。
グレンは悪どい笑みを浮かべて『陛下には反論できても、キヴェラ王は怖いようだからなぁ……あのチキンどもが!』と口にしていたので、ノリノリで今回の謝罪のことを広めるだろう。
『キヴェラ王はローザさんのことを気にかけているよ!』とばかりに、まるでキヴェラ王が後ろ盾に居るかのような言い方をするに違いない。ウィル様が便乗すれば更に信憑性は増し、人は勝手に口を噤んでいく。
つーか、私がそう教えた。過去、赤猫に施した教育は健在だった模様。
『決定打を言わず、そう思えるような言葉で猜疑心と恐怖を煽れ』ってね!
心優しい善良なお嬢様に、醜聞や好奇の視線は要らないのです。利用する分、私達がお守りしますとも。
彼女に向けられるのは、あんなクズを婚約者に持たなければならなかったことへの同情だ。絵本を読んだ後は、自分よりも人を労わる彼女の優しさに感動するがいい……!
そこまで考えて、目の前の青年……ネスト君へと視線を向ける。彼にはこの一連の詳細を書いた紙を渡し、それを一通り読んでもらっているのだ。
仕事を受けてくれた時点で、彼が知っていたこと。それは『ローザさんによる、商人への気遣い』オンリー。婚約破棄騒動の背景とか、その婚約が結ばれた経緯とか、悪役……もとい元凶達の行ないといったものの情報は当然、なかった。
イラストを担当してもらう以上、彼には知っておいてもらわねばなるまい。勿論、それらを知ったことによる危険性も含め、彼には理解してもらわなければならないのだ。
「あの……これ、本当に、ローザ様に対して行なわれたことなんですか?」
「うん、マジ。ちなみにローザさんへの被害が一番マシだからね? そこにも書いてあるけど、冗談抜きに、色々とヤバかった」
「……」
顔を上げずに聞いてくるネスト君は、そこまで聞くと沈黙した。ですよねー、馬鹿数名の我儘によって国単位で被害を被る案件が引き起こされるなんて、民間人でしかないネスト君には想像もつかないのだろう。
「おねだり姫達は勘違いしてるのよ。あの人達はローザさんどころか、アルベルダ王家を屈服させたと思っているようだけど……実際には、キヴェラ王を筆頭に、様々な人達に喧嘩を売ったんだから。勿論、アルベルダとイルフェナも含まれる」
嘘ではない。これは紛れもない事実であり、決して、過大表現とかではないのだ。そりゃ、キヴェラ王も怒り心頭で、堪忍袋の緒が切れたことだろう。
おねだり姫やその取り巻き達が、少しでも先を見据える――自分達の行動がどう影響するか、どんな事態を引き起こすかの予想程度――ことができていれば、ここまで規模の大きい『報復』にはならなかったのかもしれない。
――でも、もう遅い。
すでにこの一件を利用する方向で、事態は動き出したのだから。元凶達の前に続くのは断罪への道ではなく、国に利用し尽くされる未来と惨めな生活だ。
「魔導師様、僕は何をすればよいのでしょう?」
「ん?」
場違いなほど穏やかな問い掛けに意識を戻せば、ネスト君が微笑んで私を見つめていた。
ただし、纏う雰囲気はブリザード。特に、その目は睨んでいるわけではないのに、冷たい印象を与えている。
「ローザ様に対し、これほどまでに酷いことができるのかと呆れていましたが……国や王家に対しても、このような態度を取る方だったのですね。皆様のお怒りにも、納得です。是非、彼女とその周囲の悪行を広めましょう!」
「お、おう……頼もしいけど、君にも危険が付き纏うからね? それでもいいの?」
あまりの勢いに驚きつつも確認すれば、ネスト君は力強く頷いた。
「勿論です! 殺された場合、僕の死とその経緯も絵本で拡散をお願いします」
「わぁ……報復する気、満々だね!」
「民間人にも意地があると、証明したいじゃないですか」
にこやかに語るネスト君は心底、そう思っているらしかった。穏やかな人を怒らせると、あっさりヤバい方向に突き抜けるようである。
……。
そういや、彼は芸術方面に才がある人だった。集中力があるというか、一点集中型な性格をしてるんじゃなかろうか、ネスト君。
しかも、変人の産地……いやいや、『実力者の国』と称されるイルフェナ産。一度決めたら、とことん突き進む気質(好意的に解釈)をしていても、不思議はない。
ローザさんの味方を公言した時点では、ネスト君は彼女に同情し、その善良さに感動するだけだった。だが、詳細を知ったことで、元凶達への更なる怒りが湧き上がったのだろう。
だって、おねだり姫達の被害は間違いなく、商人やネスト君のような立場の人にも影響する。
手渡した詳細には、『予想される被害について』という項目もあったため、とても他人事には思えまい。彼のような絵師に仕事があるのも、平穏だからこそ。情勢が不安定になれば、呑気に絵など描いていられない。娯楽や芸術方面のものは後回しだ。
また、ネスト君は客商売。所謂、『客の我儘に振り回されることもある立場』。『圧倒的上位の存在に振り回される』という意味では、今回のローザさんと一緒。
「じゃあ、今回は私の提案を聞いてくれないかな。今、初めて明かすやつなんだけどね……」
ネスト君は興味津々といった感じに、私の話に耳を傾けてくれている。これは私の個人的な考えだが、ローザさんの味方を公言するネスト君ならば、乗ってくれるだろう。
さあ、ネスト君? 私達なりに、ローザさんのために動こうか。
了承をした途端、さくっと裏方認定されるネスト君。
本当に怖いのは元凶達ではなく、あの一件を利用する気満々な人々の方。
なお、魔王殿下は『魔導師は自分の駒』と自慢したかったわけではなく、
『うちの子ならできる!』という愛猫自慢だっただけ。
親猫、毛皮に包んで子猫を守りつつも、自慢もしたいお年頃。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
現在、6話まで公開中。
※『平和的ダンジョン生活。』も宜しければ、お付き合いくださいね。
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