魔導師、ルーカスを訪ねる 其の二
「……」
一通りの遣り取りを聞いたルーカスは無言だった。ヴァージル君は……拳を固く握りしめ、悔しそうな表情をしている。
まあ、その反応も当然だろう。ヴァージル君からすれば、『ルーカス様がグレる前に気づけよ!』といったところだろうからね。
「はは……これほどあっさり、認識が覆るとは……」
俯くルーカスの表情は前髪に隠されてしまい、窺い知ることはできない。だが、声には紛れもない悔しさが滲んでいた。
こんな言葉を口にするあたり、ルーカスとて足掻いたのだと思う。だが、私が提示したような証拠も、キヴェラの敗北もない状況では、無条件のキヴェラ王への信頼――盲目的な忠誠とも言う――を崩すことなどできなかったのだろう。
私にそれが可能だったのは、キヴェラという国のことなど全く考えない、所謂『敵』という立場だったから。
キヴェラ王の選択によっては、私が過去に存在した魔導師と同じ行動(=国が傾くほどの破壊)をとりかねなかった。事実、ちょっと(?)やらかした。
その可能性を即座に判断し、自身が一歩引く選択が出来たキヴェラ王だからこそ、偉大な王という評価にも納得できるのだ。……王自身のプライドを優先して徹底抗戦、なんて場合もあるだろうからね。
「魔導師殿、これは事実なのか……?」
「うん。ついさっきの出来事だよ。側近の皆様は顔面蒼白になっていたから、今は死にたくなるような自己嫌悪の真っ只中……ってとこじゃないかな」
「そう、ですか。……あの方達も自覚したんですね」
そう言いつつも、ヴァージル君の口元に浮かぶのは苦い笑み。……当たり前か。彼が唯一の主と定めたルーカスは、すでに王太子という立場から外されているのだから。
サイラス君も思うところがあるらしく、ルーカスに謝罪した姿勢のまま。そんな態度こそ、彼がかつてルーカスに下していた評価を恥じている証にも思える。
「今更って思うのも当然だけど、次代に同じことを繰り返させるわけにはいかないからね。このタイミングで自覚を促すことになったのは偶然だけど、キヴェラ王の在位中に必要なことだったよ」
「それが貴女には可能だったと?」
「違うよ、ヴァージル君。『可能になったのが、今』なんだよ。農地の交渉、キヴェラの他国への歩み寄り……そういった要素が揃って、初めてキヴェラの人達が納得できるんだから」
「……」
『もっと早く行動してくれていれば』
ヴァージル君はきっと、こう言いたいのだと思う。彼は唯一の主であるルーカスに尽くすことを決めていたし、その頑張りも知っていたはず。
だからこそ、夢を見てしまう。……『ルーカスが王になる未来もあったのではないか?』と。
だが、それは無理というものだ。
納得できる証拠がなければ、キヴェラ王の側近達は自覚しなかった。
キヴェラの敗北がなければ、キヴェラが他国に歩み寄ることはない。
そういった要素があって、初めて、彼らはルーカスに対する態度が不適切なものだったと気が付いた。見下しや失望といったものは、現在王位に就いているキヴェラ王のみがルーカス……『次代の王』に向ける資格があったというのに。
だが、キヴェラ王でさえ、それに気が付いていなかった。彼の場合は、彼自身が天才という部類の人間だからこそ、比較対象が自分自身では判らなかったのかもしれないが。
『じゃあ、何でお前が気付くんだよ!?』と突っ込まれるのは、当然なのですが。
ぶっちゃけ、私はルーカスと同じく『努力型』と言われる人間なのです。結果が伴った果てに、天災(注・誤字に非ず)扱いをされているだけ。
元になっている常識や性格といったものに違いがあることに加え、魔導師(=無条件に災厄扱い)を名乗っているため、結果さえ出せば、天才のように見てもらえる。マジでそれだけなんだよね。
そうなった経緯に、『本当に有能な人達でさえ、成し遂げられなかったことを成している』ということが挙げられるが、それは偏に、『私がこの世界における部外者だから』である。
柵がないという状況は、最高なのですよ。しかも、魔王様という保護者が私の知らないところで動いてくれているため、私は己の信じた道を突き進むことができる。
魔王様が『魔導師として認められていれば、異世界人だろうとも、ある程度は自由に生活できる』という判断を下してくれたからこその、功績なのです。ある意味、仕立て上げられた立場なのよね、私。
私が天才だと? 馬鹿言うな、私は『努力型の天災』なだけだ。
クラレンスさんに『頑張り屋さん』と称されるお嬢さんだ!
己が楽しむために頭を使い、魔王様が望んだ決着にもっていくために、あらゆる裏工作を行なっております。努力してるの! 頑張っているの……!
……。
『方向性が間違っている』とか、よく言われるけどな。でも、守護役連中には全く言われないので問題なし。
キヴェラ王とて、努力はしているのだろうが……彼はそれだけではなく、カリスマ性が跳び抜けている。そりゃ、盲目的に絶対者と崇める奴も出るだろう。そもそも、今のキヴェラ王でなければキヴェラ自体が危うい。
戦狂いの傷跡を抱えたまま、国を立て直すことになるのだ。そのまま亡んでいてもおかしくはない状況だったろうし、そういった意味では、キヴェラ王は紛れもなく国の救世主。
だが、ルーカスの場合はちょっと違う。その地位を失っても付いて行く人の多さや、ヴァージル君との気安い関係から察するに、主への敬意と共に友情もありなんだろう。
『配下達が盲目的に従う』のではなく、『共に苦労し、成長する』というタイプなので、キヴェラ王とは根本的に遣り方が異なってくる。周囲に助けられて輝く子だろう、どう考えても。
ちらり、とルーカスに視線を向ける。……キヴェラ王のような絶対者ではなくとも、ルーカスもそこそこ良い王様になったと思うんだけどねぇ。キヴェラが今後、他国との関係改善を望むならば、尚更に。
「ちなみに、キヴェラ王に対して盲目的にならなかったのが、そこに居るサイラス君だから」
「サイラスが?」
ですよねー! サイラス君って、誰の目から見てもキヴェラ王大好きだからなー!
ヴァージル君が驚きの声を上げると、ルーカスも意外そうな表情になった。……いきなり名指しされたサイラス君は、微妙に居心地が悪そうにしているけどね。
だが、これは事実だったりする。サイラス君は盲目的とも言えるくらいにキヴェラ王を信じてはいるけれど、自分の意志がないわけじゃない。
サイラス君自身がキヴェラ王を『最高の王』とばかりに崇めているからこそ、当初はキヴェラ王が私とそれなりの関係を築いていることを良しとしなかったのだ。
一言で言うと、『何で、お前如きが我が主に対等に扱われているんだよ!』って感じ。サイラス君にとって、私は『異世界人』であり、『この世界の部外者』だ。不快に思うのも、当然ですね!
寧ろ、その反応がこの世界的には普通じゃね?
『王の選択に従わない』という意味ではなく、キヴェラ王の思い切った言動に、苦言の一つや二つあるべきだろうよ。相手は『世界の災厄』と称される魔導師なんだから。
そんな経緯があって、私はサイラス君を信頼している。お手紙の相手は、サイラス君オンリー。
毎回、『とりあえず陛下に見せて、判断を仰ぐ。だけど、自分の意見も言う』って感じの遣り取りをしていることだろう。キヴェラ王もサイラス君の意見を聞いていたし、私に対しても平気で口を出すからね。
そんなわけで、キヴェラ王の側近達の歪さに気づけたのは、サイラス君のお蔭でもあるのだ。無自覚ながら、側近の皆様の自覚を促すことに一役買っている。
「サイラス君てさ、最初は私に敵意剥き出しだったの。普通に考えれば、それが当然だよ。いくらキヴェラ王が対等な存在のように扱ったとしても、自分の意志があるんだから。……無条件にキヴェラ王に従っていない限り、反発は当たり前じゃない?」
「……」
「無言になるなよ、サイラス君。そういった点があったからこそ、キヴェラ王は私にあんたを会わせたと思っているんだから」
私はその場その場で、考えられる限りの『最良の策』を打ち出す。だが、私に付けられた者は、ただそれを報告すればいいというものではない。
「主は裏切らないけれど、自分の意志で考え、時に私に反発する。……いくらキヴェラ王に付けられたからって、私に従順過ぎるのは駄目でしょ」
「俺の判断が間違うかもしれないじゃないですか」
「間違ってもいいの! じゃあさ、こうは言い換えられない? 『肯定しかしない、敵対した過去がある国の者』と、『反発はするけれど、自分で考えて意見を述べる者』ってやつ。従順過ぎても、私は不信感しか抱かないよ」
「あ……!」
サイラス君は驚きの声を上げるが、これは人としての心理だと思う。敵対したばかりの国の人間が魔導師に従順なんて、不信感しか抱かないだろうが。
当然、裏に何かがあることを疑います。最悪の場合は、更に溝が深まる事態に発展です。
その点、サイラス君は判りやすく反発してみせた。……当たり前の感情を隠さなかった!
人によっては不適切な人材かもしれないが、私にとってはキヴェラ王から『こいつを納得させてみせろ』と言われているようなもの。私の見極めとしては、最適な人材だったはず。
「なるほど。陛下は魔導師殿に反感を抱くサイラスを納得させるばかりでなく、魔導師殿の能力評価も行なったと」
「多分ね。少なくとも、断罪の一件だけで私を判断するのは、無理があるもの。私がこれまでの魔導師と違うタイプだからこそ、見極めが必要と考えたんじゃない?」
本当に、キヴェラ王は有能な人だ。その一手に含まれるものが、一つだけとは限らないのだから。
こんなのと比べられてきたルーカスは、冗談抜きに気の毒である。そりゃ、他国の皆様も同情的になるわな。自国で同じことをされた場合、何人の王位継承者達が潰されることか。
「……それで、お前は俺をどう使いたいんだ?」
「ん?」
「お前の提案に乗ってやる。父上がお前を寄越したということは、我が国にとって、それが必要ということなのだろう?」
サイラス君についての解説を聞いているうちに一通りの感情が収まったのか、ルーカスが私に問いかける。その表情に憤りや、不信感といったものはない。本当に、自分の使い道を問うているようだ。
「国と交渉しなくていいの? 駒として使われることを前提にするなら、国に何らかの要求ができると思うよ?」
「構わない。お前の性格は最悪だが、結果を出す能力だけは認めている。……仮にも、キヴェラを敗北させた魔導師だからな。何より、俺はキヴェラの王族であり、次代の王となる者の兄だ。ならば、やるべきことは決まっている」
言い切るルーカスに迷いはない。ヴァージルも主の覚悟を感じ取ったのか、決意を秘めた目で私を見つめている。
そんな二人の姿に、私の口元に笑みが浮かぶ。どうやら、彼らはキヴェラの変革期を支える駒になってくれるらしい。
「……そう。でも、その前にサイラス君の謝罪を聞いてやってくれない? それから話すよ。どうして、私がキヴェラに来たのかも含めてね」
ルーカスがキヴェラの次代を憂い、力を尽くしたいというならば、彼らは私達の同志だ。納得さえすれば、想像以上の働きを見せてくれるだろう。
さあ、話し合いを始めましょう? ……お互いにとって、とても有益な時間になりそうね?
戦狂いの後では、盲目的なまでに従順である配下達の方が纏め易いでしょうが、
それが後々まで続くと、弊害が。
ルーカスはその被害を受けた典型ですが、腐ることなく、前向きになった模様。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。
宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。




