魔導師、ルーカスを訪ねる 其の一
「ああ、ついに着いちゃいましたね……」
「諦めなって。あんたのご主人様からの『お願い』じゃん」
「く……! それはそう、なんですが」
とある部屋の扉を前に、妙に緊張した様子を見せるのはサイラス君。落ち着かせるように肩を叩くも、その表情は優れない。
先触れもなしにやって来たここは……現在、ルーカスが幽閉されている一室。こうなったのも、キヴェラ王からの『お願い』のせいである。
(※本音を察しろと言わんばかりの態度と表情で)
「折角だ、ルーカスに会っていってはどうだ?」
↓
(限りなく合っているだろう意訳)
『ルーカスを今後、関わらせるというならば、説得して来い』
……。
当たり前だが、私に拒否権などなかった。というか、キヴェラに属する人々の場合、非常に意見し辛い立場なのよね、ルーカス。
そこで私に白羽の矢が立ったわけだ。『そこまでルーカスを認めているなら、協力してくれるだろう?』ってことですな。
ぶっちゃけ、キヴェラ王としての意見というより、父親として息子を案じる気持ちからのお達しだ。そこを素直に口にしないあたり、私は声を大にして言いたい……『この、へたれ親父!』と。
『父親としてのお願い』にした場合、ルーカスに拒否される可能性があるものね? そこまでの信頼を取り戻せていないというか、どう接していいか、互いに判らないんじゃないか?
そうなると、二人の接点は『国』オンリー。まだ、『国のため』としてしまった方が、接触しやすいのだろう。
「気が重い……すまん、ヴァージル」
「迷ってても、仕方ないでしょー? ここまで来たんだから、諦めなって! 大丈夫、この一件については全部キヴェラ王が悪い」
「アンタも容赦ない言い方しますね!? 確かにその通りですけど! 馬鹿正直にそれを告げて、親子の溝がさらに深まったら、どうしてくれるんです!」
「どうもしないよ? 他人事だもん。よそ様のお家のことなんざ、知らねーな」
「く……! やっぱり、アンタ、最悪……!」
「おう、今更気づいたか〜」
全く堪えた様子のない私に、サイラス君はがっくりと肩を落とした。はは、何を言っているのだ、玩具よ。私がろくでなしなんて、それこそ今更の情報じゃないか。
まあ、ともかく。
いつまでも、こんな所で馬鹿な遣り取りを続けるつもりはないわけで。
さあさあ、潔く扉を開けましょう♪ レッツ、オープン!
勢いよく扉を開けると、正面に執務机らしきものが見えた。そこに座っているのは、どこぞで見かけた金髪の青年。
「へい、ルーちゃん! おひさ!」
「帰れっ!」
「ぶ!?」
私がにこやかに挨拶をすれば、ルーカスは即座に、手元にあったらしき紙束をぶん投げた。……が、その紙束は私には当たらない。
……私に盾にされたサイラス君が、顔面で受けてくれたからね♪ 油断大敵だぞぅ、サイラス君。
「なんだ、詰まらん。もっと驚くと思ったのに」
「あれだけ扉の前で騒げば、誰だって気づくだろうが!」
「はいはい、判ったから、落ち着け」
「誰のせいだ!」
ルーカスは相変わらず、鋭い視線を向けてくる。おお、思った以上に元気そうじゃないか。
エレーナの裏切りは大ダメージだったろうから、もっと萎れているかと思いきや……予想外にしっかりしている。あれから、王妃様とは色々と話をするようになったとは聞いたけど、それは良い方向に影響したらしい。
と、いうか。
何ていうか……今の方がずっと落ち着いているような気がする。いや、怒らせた私が言うのも、どうかと思うんだけどさ?
「ルーちゃん、随分と変わったねぇ」
「誰が、『ルーちゃん』だ! ……まさかとは思うが、それは俺のことか」
「当然! ……。……ん? あんた、自分のことを『俺』って言ってたっけ?」
でも、どこかで聞いたような。立場的に、使い分けをすることも不思議じゃないから、両方聞いたことがあっても、おかしくはないんだけどね。
だが、私が気付くとは思っていなかったらしい。青筋を立てたルーカスだったが、私の言葉には軽く驚いたようだった。
「よく気付いたな。……お前が言っているのは公の場か、他国の者の目がある場合のことだろう。基本的には『私』の方を使っていたはずだ」
「じゃあ、そっちが素だってこと?」
「まあ、な。もう使う必要はない……とは言わんが、そういった場に出ることはないだろう。必要に迫られた時以外、素に戻しても問題なかろう」
「へぇ……」
おいおい、物凄くまともになってないか? ……いや、今の状態が本来のルーカスと言うべきか。
やはり、あの当時はストレスが半端なかったということだろう。エレーナのことに強い反発を見せたのも、それだけ必死だったということなのか。
そんなことを考えていると、不意にサイラス君がルーカスの傍まで行き、跪いた。
「お前はヴァージルの友人の……サイラス、だったか?」
「はい。お久しぶりにございます、ルーカス様」
サイラス君の唐突な行動に、さすがのルーカスも驚きを隠せないようだ。だが、それでもしっかりとサイラス君の名を覚えているあたり、王族教育は伊達ではない。
対して、サイラス君は跪いたまま、何かに耐えるかのように拳を固く握り締める。表情こそ見えないが、馬鹿な遣り取りをしていた私達とはあまりに違う雰囲気だ。
「私は貴方様に直接、謝罪をせねばと思っておりました。まずは、その当時の分を謝罪させてください。……貴方様のお立場を理解せず、その苦しみも知らず。ただ、安易に失望を口にしたこと、大変申し訳ございませんでした」
深く頭を下げたサイラス君の声音は、誠実そのもの。どうやら、彼は心底、そのことを後悔しているらしかった。
……。
いや、その、ルーちゃん? そんな疑いの眼で私を見られても、強要なんてしてないからね!?
『無実! 私は知らん!』とばかりに、ブンブンと首を横に振ると、ルーカスは私への疑いを残しながらも、サイラス君へと向き合った。
「……いいや、謝罪の必要はない。俺が王太子として至らなかった。それだけのことだ」
「あ、それだけじゃないってもう証明されてるよ! それを聞いた方が、サイラス君の謝罪に納得できると思う」
「何だと?」
ちらりとサイラス君に視線を向けると、小さく「お願いします」という声が聞こえた。姿勢はそのままだが、サイラス君は私が口にした言葉が指すものが何かを察したらしい。
私が言っているのは、先ほどのキヴェラ王との遣り取り。
側近の皆様が再起不能に陥りかけたアレである。
私は記録用の魔道具を常に持ち歩いている――守護役を付けない場合がある以上、義務として。さすがに、自己申告のみでは信頼されない――ので、あの遣り取りを魔道具で見せるか、聞かせることが可能だ。
サイラス君はそれを知っているので、即座に察したのだろう。跪いたままなのは……誠意の表れか。
「実はさっきまで、キヴェラ王とお茶してました。傍には、私達の会話を聞かせるために、側近の皆様が勢揃いしている状態でね。そのついでに、キヴェラ王が私に聞いたんだよ。『ルーカスのことをどう思っている?』ってさ」
言いながらも執務机に近づき、魔道具を準備する。ルーカスが何か言いたげな視線を向けてくるけど、こればかりは聞いてもらった方が早い。
――その時、ノックが室内に響いた。
思わず準備をしている手を止めて、私は扉の方へと意識を向けた。ノックをした人物は気安い関係なのか、ルーカスの返事を待たずに扉が開く。
「失礼します。ルーカス様、どなたか……!?」
「よお、ヴァージル君! 久しぶりー! あ、サイラス君は気にしないでやって。今現在、ルーちゃんに謝罪中だから」
「な、え!? ま、魔導師殿!? サイラス……はまだ判りますが、どうして貴女が……。それに、ルーちゃんって……」
「そりゃ、一人しかいないでしょう!」
ひらひらと手を振って笑えば、即座に憮然とするルーカス。
「俺は許可していない!」
「ルーちゃん、人間は諦めが肝心だぞ」
「お前は少しでも、慎みを学べ!」
ポンポンと交わされる会話は親しみこそないが、嫌悪や恐怖が滲むこともない。サイラス君が謝罪に至ったのは、こういった遣り取りも原因なのだろう。
だって、ルーカスは魔導師を全く怖がってないからね。
あれです、『ルーカスが王に相応しかった理由の一端』として説明した、『魔王殿下やゼブレストの宰相どころか、魔導師を相手にしてさえ恐れない』ってやつ。
サイラス君はここでの私達の遣り取りで、それを突き付けられてしまったのだ。しかも、ルーカスはちゃんと反省しており、一騎士でしかない自分の名前さえも覚えていた。
そりゃ、ザックザックと良心に突き刺さるわな。謝罪したいと思うのも納得です。
そんなことを考えていると、ルーカスは視線でヴァージルを促した。
「ヴァージル、落ち着け。何故かは判らんが、これは父上の指示だろう」
「陛下が、ですか」
「それ以外に、許可できる者を俺は知らん。それにな、何やら動きがあったらしい」
その言葉で、ヴァージル君の纏う雰囲気が変わる。それを感じ取ったルーカスも軽く頷き、視線を私に向けた。
「さて、聞かせてもらおうか」
「了解!」
さて、この二人はどんな反応をするんだろうね?
落ち着いた目で周囲を見れるようになったルーカス。
これが彼の本来の姿だったりします。サイラスのことも覚えていました。
魔王殿下も妃のこと以外は悪く言っていませんでしたし。
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