小話集29
小話其の一 『魔導師とキヴェラ王』
「しかし、奇妙なものよな」
「ん?」
話し合いも一通り終わり、お茶とお菓子を御馳走になっていると、キヴェラ王がポツリと呟いた。
思わず、視線を向ければ……いつもの自信に満ちた表情と違い、どこか疲れた印象のキヴェラ王が私を眺めていた。
「どうかしました?」
「ルーカスのことだ。そなたはあの当時、キヴェラにとって一番の敵であり、ルーカスに対して激怒しておっただろう?」
「……まあ、否定はしませんね」
「そういった経緯があったにも拘らず、最もルーカスを評価していたのが、当の魔導師殿とは。王としても、親としても、情けないと思ってな」
平静を装いながらも、つい視線を泳がせてしまう。キヴェラ王の言っていることはある意味正しく、ある意味では間違っているのだから。
あの当時に限定して言うなら、それも間違いではないだろう。だが、しいて言うなら……私は『キヴェラという国自体には興味がなかった』。
いや、だってねぇ……私はあの時、キヴェラのことを殆ど知らなかったもの。好きとか嫌いといった感情以前に、『用がなければ関わらなかった国』ですぞ?
私にとって重要だったのは、ゼブレストがやられた分の報復。
セシル達のことはレックバリ侯爵に依頼された『お仕事』。
復讐者達のことは偶然の産物。
『キヴェラの農地ぶんどり』や『復讐者達のあれこれ』は完全に予想外のものというか、後から付いてきたオプションに近い。
そちらの方が世間的に大きく取り上げられてしまったので、本来の目的であるゼブレストのことが霞んでしまっただけである。セシル達のことにしても、レックバリ侯爵の依頼内容に沿った結果だ。
初めから『キヴェラが憎いぃぃぃ!』と言わんばかりに狙っていたならば、『目指せ、災厄! できるだけ周囲の国に迷惑がかからない、キヴェラ滅亡への道!』を最初から狙っていく。
あの時点ならば、私はあまり存在を知られていなかった。一度喧嘩を売ったら、キヴェラからの警戒対象認定は免れないため、最初で最後のチャンスとばかりに、気合いの入った滅亡プランを計画するに決まっているじゃないか。
キヴェラ王はあの出来事の全てを知ってはいるけれど、自国は周囲の国から恐れられている大国という自負もある。その結果、『魔導師はセレスティナ姫の奪還を足掛かりに、キヴェラを貶めたかった』と認識したと思われた。
キヴェラ王は純粋に、私を脅威として認識してくれていた模様。
微妙に違うのに、一般的にはそれが正しいように感じる不思議。
視線も泳ごうってものですよ! 今更、『いや、キヴェラをあそこまでボコったのは、ついでというか、成り行きです』と言ったところで、多分、信じてもらえない。
つーか、ルーカスが魔王様とルドルフをコケにしたから怒っていたわけで。だから、『殴って、貶めて、気が済んだ』のにね。
その他のあれこれは『依頼されたお仕事』と『流れ的にそうなった』だけ。誇り高さどころか、欠片ほどの慈悲なんてものもない。世間に広まる魔導師の噂は、嘘一杯。
「私は民間人なので、よく判りませんが……ルーカスは王太子としては十分だったと思いますよ」
「そう、か?」
「ええ」
意外そうな顔になるキヴェラ王。そうかー? そんなに難しいことかね?
「だって、国を捨ててないじゃないですか。理不尽な見下しをしてくる連中に対し、権力を振り翳して黙らせたわけでもない。そういうものって、『国を最優先に考えているから』とは言いませんか」
「……王たる儂の命に歯向かっても、か?」
「貴方がそれを言っちゃ、駄目でしょう。歯向かった結果、王位に就いたキヴェラ王様?」
善悪はともかく、ルーカスの行動だけを箇条書きにでもしてみろ。キヴェラ王が戦狂いに対してやったことと、大差ないじゃないか。
「先王にも従う者達がいて、側近と呼ばれる人達がいて。そして、王命として様々なことを下の者達に強いてきました。行動だけなら、似た者親子ですよね。ただ、状況が全く違う。国を乱さないために、周囲に言われるままだった。そして……逃げなかった」
「……確かに」
「何よりですね、ルーカス自身がキヴェラにとってはジョーカー的な存在ですよ? 自身の自由を得たいだけなら、自分の体に流れる血を交渉材料にして、他国へ亡命することだってできたんです。やらなかったでしょ? ルーカス」
「それ、は……!」
周囲も私の言い分に驚いているようだが、私としては呆れてしまう。『キヴェラ王と王妃の子=キヴェラの正統な後継者』という公式が成り立つ以上、キヴェラを恨んでいる他国からすれば、どんな手を使っても欲しい人物のはずだ。
だけど、ルーカスはそれをしなかった。エレーナのことを認めさせる交渉材料としても、口にしてはいないはず。
ルーカスがそれに思い至らなかったとは、とても思えない。ならば、『キヴェラの王族としての矜持を選んだ』ということではないのか。
「上から見下す人達には、自分達の下に居ると思い込んでいる人が何を思っているかなんて、判りませんよね」
「そう、だな。王妃だけではなく、儂もルーカスと話し合うべきだった。……互いの考えていることを曝け出していれば、また違った未来があったのやもしれんな」
「大丈夫ですよ。貴方が『駄目な父親だった』なんて、今更じゃないですか! ……他国の人達は気づいているでしょうし」
「ぐ……そなたに言われると、何やら腹立たしいな。先ほどの意趣返しか」
「うふふ、言質を取られたことを根に持ってなんていませんよ」
だから、何で腹立たしいのか、聞いてもいい?
「そりゃ、アンタが馬鹿猫扱いされているから……」
「サイラス君、ステイ!」
煩いぞ、玩具。私はお前に聞いてない。……っていうか、素朴な疑問を読み取るんじゃない!
※※※※※※※※※
小話其の二 『ミヅキちゃんと王様』
「魔導師殿の性格が悪いのは今更だが……もしも、そなたがルーカスの立場だったならば。ああ、ルーカスが置かれていた状況、という意味でな。魔導師殿ならば、どう打開する?」
「それ、聞く意味あります?」
「いや、ない。純粋な興味だ」
そう言いつつも、こっそりと側近の皆様に視線を走らせるキヴェラ王。
……。
ああ、なるほど。馬鹿なことをしないよう、釘を刺しておきたいんですね? その役目を私に任せたいと。
確かに、キヴェラ王自身が側近達にお小言を言った場合、必要以上に落ち込みまくった挙句、今ある地位を辞して隠居……ということになりかねない。
おそらくだが、側近の皆様のキヴェラ王に対する忠誠心はMAX。そこに私から『王太子に相応しい人物を見下した挙句、追い落としましたね?』的な爆弾が投下されてしまった。
これで主からお小言なんて貰った日には、マイナス思考になるどころではない。自害なんてことに発展する可能性だってあるだろう。
「そうですね、まずは見下し発言をしてきた貴方の側近の名を紙に書き、それを折り畳んで箱に入れ、一枚抜き出します。ただし、騎士団長とか、いきなり使いものにならなくなったら拙い役職に付いている人は除いておきます」
『は?』
「む? うむ、それで?」
首を傾げる人達を放置し、キヴェラ王は先を促した。……怪訝そうな顔になりかけたのは、スルーしてあげよう。
「これで生贄が確定です」
『生贄!?』
「……やはりな」
「生贄です。誰に当たってもおかしくはない状況で、個人の感情抜きに選び出しました」
「アンタ、正直過ぎ……」
苦い顔になるキヴェラ王、声を上げる側近の皆様、そして呆れた目を向けてくるサイラス君。
なお、サイラス君が落ち着いているのは、絶対に自分がそこに含まれない立場だと理解できているからである。近衛だろうとも一騎士、追い落としても意味はない。
「ここからが本番です! 己の知識、人脈、配下と、あらゆるものを使い尽くし、徹底的に陥れます。ただ追い落とすだけでは、能力を見せつけることにはなりません。完膚なきまでに痛めつけ、反撃の芽を摘み、どちらが強者かを周囲に誇示」
「陥れる、だと?」
「そうですよ? 権力で追い落とせる奴を潰したところで、ただの暴君です。そもそも、これは王への反逆ではなく、側近の皆様からの挑戦を受けた結果に過ぎません。『王太子として、情けない』のでしょう? ならば、『貴様らよりはマシ』と体験させることで、口を噤んでもらいます」
「うっわ、自業自得と言うには酷くないですか!? 陛下だって、激怒なさるでしょうに」
誰もが唖然とする中、サイラス君が嫌そうに声を上げる。そんなサイラス君に向かって、私はにやりと笑って見せた。
「側近達の口を噤ませなかったんだから、同罪」
「ちょ、それはあんまりじゃ……っ」
「あんまりじゃないよ、サイラス君。人を見下す以上、自分はそれ以上でなければならないのが『当然』。だいたいさぁ、いい年した大人達が挙って、自分の息子と同年代を虐めていたんだもの。十分に恥ずかしいわ」
……というのは、言い過ぎかもしれないが。
彼らの階級的に、失望や蔑みの感情を向けられること自体は珍しくないだろう。魔王様とて、その経験があったからこそ、私に色々と学ばせたのだから。……騎士ズ曰く、やり過ぎたみたいだけどさ。
だけど、その蔑みが『正しくなかった場合』は?
「私から見た場合、『自分を主と同列に見た挙句の蔑み』でしかないんですよ。少なくとも、私に陥れられる程度の奴に言われたくはない! ……自分が負ければ、嫌でも自覚するでしょう? そして、言えなくなるのよ……『情けない』なんて」
だって、その『情けない奴』に敗北する、『もっと情けない奴』が自分なんだもの。
そう続ければ、サイラス君は固まった。同じく、私の目的が判ったらしいキヴェラ王は難しい顔をしている。
私は選びだした人物を『生贄』と称した。それは『自分の力量を見せつけるための対象』であり、同時に『見下してくる者達が口にしている【情けない】という言葉を噤ませるための贄』。
正しく、『生贄』なのだよ。生贄となったお仲間を見下すことができない限り、側近の皆様達は二度とその言葉を言えなくなる。
「……ね? 私にできることなんて、この程度なんですよ。その一回で済めば良し、同じことを繰り返したり、不敬だ、反逆だと騒ぎ立てるならば、『これまでの見下し発言はどういうことだ?』と、徹底追及」
「なるほど、な。最悪の場合でも、相打ちに持ち込む気か」
「魔導師である以上、簡単に敗北できませんからねぇ」
からからと明るく笑えば、キヴェラ王は深々と溜息を吐いた。側近の皆様は……ああ、ちょっと再起不能に陥っているみたいだね。私にとってはどうでもいいことなので、放置、放置。
「性格が悪過ぎる奴が賢いって、最悪だ……」
煩いぞ、サイラス君。頭脳労働職なんて、相手を陥れてなんぼだ。
※※※※※※※※※
おまけ 『きちく と おもちゃ』
「……で。結局、こうなるんですね……」
私の隣を歩きつつ、溜息を吐くサイラス君。対して、私は肩を竦めた。
「あんたの主直々の『お願い』じゃない」
「いえ、それはそうなんですけど! 気の毒というか、個人的に同情しているというか、ヴァージル逃げろと言いたいというか……」
途中から本音が駄々漏れしとるぞ、サイラス君。そういや、君はヴァージル君のお友達だとか言ってたね。
現在、私達はある場所へと向かっている。その人物の側からすれば、私達の訪問は超予想外のはず。ホラー映画ならば、不穏なBGMの一つでも流れている真っ最中……といったところか。
なお、先ぶれなんてものはなし。まさに、『突撃! 災厄が貴方のお部屋にお邪魔します♪』という状況になること請け合いだ。
「陛下……今回ばかりは恨みますよ……」
珍しく泣き言を言うサイラス君をよそに、私は目的の人物を思い浮かべた。
――一方その頃、とある場所では。
「!?」
突如、走った悪寒に、一人の青年が肩を震わせていた。主の様子に、すぐ傍に居た騎士が声をかける。
「どうしました?」
「いや……何やら突然、悪寒がしてな……」
「体が冷えたんですかね? 温かい飲み物でも持ってきますよ」
「あ、ああ、頼む」
そんな主従のほのぼのとした遣り取りに、騎士を見送った青年が仄かに顔を綻ばせる。
だが、彼は……彼らはまだ知らない。
青年の父親によって、一匹の黒猫が送り込まれてくることを。
青年にとって、その黒猫は天敵にも等しい存在なのだ。それは彼自身の愚かさを突き付けた存在であると同時に、彼の最愛が最も信頼を寄せた人物に違いないと思っているせいでもあった。
人はそれを嫉妬という。青年は割と素直な性格なのだ。
ただ、多くの者達は青年が黒猫を苦手とする理由を『屈辱を味わわせ、その地位を追いやったから』と思っていた。
ゆえに、誰も嫉妬などという可愛らしい……失礼、人間らしい感情が原因の半分となっていることに気づいていない。
そこに気付いたとある人物は、それを夫である王に話し。妃から話を聞いた王は、青年が変わる切っ掛けになればと、黒猫を送り込んだのだ。
愛の鞭であった。 ただし、『大きなお世話』とも言う。
両親がそんなことを考え――彼らは親としての感情から、其々の行動をとった――ているとは、露知らず。
青年は一人、嫌な予感に苛まれているのであった。
主人公がルーカスの立場だった場合、間違いなく阿鼻叫喚の事態に発展。
努力の方向を間違った人間、それが主人公。
※活動報告に魔導師20巻と、ダンジョン生活。書籍化のお知らせがあります。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。
宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。




