魔導師、キヴェラに傷を残す 其の三
――キヴェラ・王城にて
私とキヴェラ王、そしてサイラス君の会話を聞いていた側近の皆様は、顔面蒼白という言葉がぴったりの状態となっていた。……内心、私がガッツポーズを取っているとは思わずに。
いや、現実的に考えるとね。この『側近の皆様』の意識改善が行なわれない限り、次代はか〜な〜り大変なことになると予想されるんだわ。
彼らにあるのが『利権の絡んだ悪意』ではなく、『キヴェラ王への絶対的な忠誠』だからこそ、意識改革が難しいのである。
彼らが追い求める『主』はキヴェラ王なのだから。その自覚がなければ、キヴェラ王に劣る人全員が『頼りない王』扱い。自覚のなさが招く悲劇にしかならん。
サイラス君は判りやすい盲目っぷりだが、それは同時に『自分の主は現王ただ一人です』と公言しているようなもの。言い換えれば、現キヴェラ王以外を認めることはない。
こんな奴なら、周囲も次代を認めさせようとは思うまい。そもそも、本人が仕えることを嫌がる。
その一方で、サイラス君は唯一の主こと、キヴェラ王の言うことだけは聞く忠犬なのだ。それらを考慮し、キヴェラ王はサイラス君が私と関わることを黙認しているのだろう。
だって、サイラス君が私に影響を受けるなんて、『ありえない』のだから。
『こいつなら、魔導師の考えに染まらないな』という、確信があるのですよ。だからこそ、私からの玩具扱いにも気を悪くしたりしない。サイラス君が私に絆されることなんて、ないからね!
安心・安全の逸材として、魔導師との接点に『選ばれている』のだ。守護役が出る可能性が低い以上、キヴェラにはそういった人材が必須だろう。
忠犬の忠誠心は、きちんと主に届いているのであ〜る!
頑張ったじゃないか、サイラス君! 何があったか、知らんけど。
……なお、当人であるサイラス君はそれが当たり前なので、そういったキヴェラ王からの評価に気づいてはいない模様。
人生の目標にも等しいことが達成されているのに、不憫な奴である。……いつ気付くか、キヴェラ王が面白がっているような気がしなくもない。
まあ、ともかく。
サイラス君のような人は問題ないが、側近の皆様のように『国のため』という理由で、次代にもルーカスと同じ対応をされたら困るのですよ。第二王子の足場固め自体、まだ済んでいないみたいだし。
これは確信に近いことだった。時間的な問題、第二王子の年齢的な問題、他国との関係改善、ルーカスの一件がまだ十分に片付いていない……といった理由で王太子としてのお披露目をしていないようだが、『できない』が正しいと予想。
その隠されていた理由の一端が、今回の一件で露見してしまった。そりゃ、キヴェラ王も怒るわな。
本になることもあり、遅かれ、早かれ、それは他国にも広まる。それならば、一気に片付けてしまいたい……というのが、今回やたらとキヴェラが協力的な理由だろうよ。
私も元凶どもを長期計画の果てに沈めたいので、是非とも長期の協力関係を築いていきたいところ。
覚悟してやがれ、絶対に泣かす……! 異世界組の本気を思い知れ!
「……。何を考えているかは判らんが、話を戻してもいいだろうか」
「構いませんよ」
何かを察したらしいキヴェラ王が話題を振ってくるので、それにはにこやかにお返事を。……うふふ、私にとっての本命が『本で拡散・教訓と共に笑い者にしよう、【おねだり姫シリーズ】出版への道!』なのは当たり前ですが、露骨に主張したりはしませんとも。
恩を売らず、借りも作らないのが、今回の一件における『最良の決着』。勿論、それを望んでいるのは魔王様。
『超できる子』を自称する以上、その前提を崩さず、望んだ結果に持っていってみせますわ……! 多分、公爵令嬢は『本来は見下す対象である私』に潰されることが、一番屈辱的だと思うもの!
そういった意味でも、魔王様は最良の選択をしたことになる。……魔王様にしては珍しいセレクト――無自覚のまま、最悪の手駒を送り出した――に、グレンが高笑いしている気がするのは気のせい。
『キヴェラでさえ表沙汰にできず、処罰も望めない……そんな状況だからこそ、他国は何もできはしない』
これこそ、元凶どもの強みだからね。キヴェラ王の姪ということに加え、第二王子の現状を知るからこそ、元凶どもは強気だったのだろう。キヴェラに来たことで、それがよく判る。
逆に、キヴェラに来ていなければキヴェラ王の協力は得られず、不完全燃焼のままに決着を迎えていただろう。それほどに、公爵令嬢の立ち位置は面倒なものなのだから。
いくらなんでも、キヴェラの次代に関わることとなれば、振り上げた拳を収めなければなるまい。そんな展開になれば、かの公爵令嬢はアルベルダの時と同様に勝利に酔いしれ、イルフェナや魔導師さえも己に敗北したと思うだろう。
……。
こんな考えをする奴が、『両親に溺愛された、お花畑思考の令嬢』であるわきゃねーだろ。
もはや、我儘で済むレベルじゃねーよ。国単位での『害悪』だ。
キヴェラ王に問答無用で狩られなかったのは、そういった点が自分のことのみに向いているからだと推測。勢力関係を崩すとか、国内を乱すことをしていないならば、一定期間だけ見逃した方が目立たないもの。そのうちひっそり婚姻させて、終了です。
狡猾というか、狡賢いというか……まさに物語に出てくる悪女な人だ。本人には出会っていないので、『主人公の好敵手的悪役』なのか、『自分のことには頭が回る悪役』なのかは、判らんが。
公爵令嬢にとって予想外だったのは、キヴェラが他国に歩み寄ろうとしていたことと……各国と繋がりがある私の存在。特に、グレンは完全に私の同類なので、泣き寝入りだけは絶対にしない。
他国との歩み寄りを行なっている真っ最中のキヴェラ王の存在もまた、公爵令嬢にとっては大きな誤算。これまでのキヴェラからは考えられない状況なので、今回もキヴェラ王が庇うと思っていたのだろう。
そんな甘い考えも今回をもって、めでたく終☆了♪
さあさあ、罰ゲーム……じゃなかった、お仕置きのお時間ですよ。
「獲物を狙う目になっておるぞ」
「失礼。つい、今後を思い浮かべてしまって」
呆れた目を向けてくるキヴェラ王とサイラス君をよそに、一つ咳払いを。そして、確認を。
「先ほど私が告げた報復……いえ、今後の対処法は承諾していただけるのでしょうか?」
「此度のことに酷似した物語の出版、それに関連付けた装飾品型魔道具の製作と販売の許可、それらを踏まえたイルフェナの商人達との交渉だな?」
「ええ。商人達との交渉は利益の取り分のことと、品物を取り扱う商人の選定になりますね。そのついでに、装飾品型魔道具の取り置きを依頼したら良いかと。それ以外は、私がすでに許可を得ていますから」
心得た、と頷くキヴェラ王。この装飾品型魔道具の取り置き分は、王妃様達用だ。その代金がそのまま迷惑料にもなるので、商人との交渉の場で打診してもらった方がいいだろう。
商人さん達には事前に伝えておくので、問題ない。商人としての能力が試される場でもあるため、彼ら的にも納得してくれるだろう。基本的に、商人はどこの国でも商売大好きな人達なので、悪いようにはすまい。
「アルベルダへの謝罪はどうする? 内々には済ませたが……」
「正式な謝罪は、イルフェナの商人達のことと分けて考えるべきですね。『自国の愚か者達がしたことを、国として謝罪する』という内容を、全面に出した方が良いと思います。例の近衛騎士の実家への牽制にもなりますし、キヴェラに以前のような傲慢さがないという証明にもなるかと」
迷惑を被った商人達がいることは事実だが、それは婚約破棄における余波のようなもの。『公爵令嬢と公爵夫妻を何とかするために、アルベルダやイルフェナを利用した』と邪推される内容は避けるべきだ。
「うむ。此度の交渉はあくまでも『イルフェナの商人達と魔導師』と儂との間で行なわれたもの。アルベルダは無関係だからな。……魔導師殿はキヴェラを訪れた際、偶然にも儂と話をする機会を得、イルフェナの商人達の代表として交渉を行なった。その雑談の最中、アルベルダのことで苦言を呈した……そうだな?」
探るような笑みを向けてくるキヴェラ王に対し、私は満足げに頷いた。そうだ、今回はそれでいい。その結果、どこぞの公爵家の何人かが気の毒なことになったり、事の発端となった奴らの未来に暗雲が立ち込めるだけだ。
私にとって重要なのは、キヴェラ王直々に本の出版を認めてもらったことですもの。そのお礼に、プレミアがつくだろう装飾品型魔道具の取り置きに応じるだけですよ。商売なので、お金の遣り取りも当然です。
姪がしでかしたことの迷惑料代わりに商談に乗ってくれたのだから、キヴェラ王が公爵夫妻……妹夫婦に責められることはない。寧ろ、責められたら、そうなった過程を盛大に暴露する気満々です……!
大丈夫! そのうち嫌でも、奴らは家に引き籠もりたくなるような事態になるから! 煩いのは、少しの間だけ!
「ええ。貴方は私から聞いたアルベルダのことに対して非常に憤り、誠実な対応を約束してくださいました。同時に、イルフェナの商人達にも非常に申し訳なく思い、私が持ち掛けた商談に乗った。……ですよね?」
「くくっ! ああ、そのとおりだ」
にこやかーと言わんばかりの笑顔になる私に、にやりとした笑みを浮かべるキヴェラ王。含むものがあると言わんばかりの状況だが、それを見ている皆様は揃ってスルー。……教育が行き届いているようで、何よりです。
そこまで話し、ふと思いつく。……そうか、もう一つ打てる手があったな。
「私から一つの提案をして宜しいですか?」
「ん? ああ、聞くだけならば聞くぞ」
一通りの話が終わった後なので、キヴェラ王は怪訝そうな表情だ。話を聞いている皆様も同様。全員、どこか警戒を滲ませてもいる。
……まあ、その気持ちも判る。これ以上、この場で話し合えることなんて、ないのだから。嫌な予感を覚えても仕方がない。
そんな彼らに苦笑しつつ、私は新たな提案を。
「ルーカスって、王籍を外れただけですよね? 彼に王と謁見できるだけの爵位を与え、王都以外の領地を取り仕切ってもらってはどうでしょう? ……そうですね、できるだけ人の流れがある場所が好ましいです」
唐突な提案に、私以外の全員が唖然となった。だが、そこはキヴェラ王。即座に思案顔になると、私への探りを開始した。
「『できるだけ人の流れがある場所』という条件がある以上、それが必要になってくるのだな?」
「ええ。私ね、『おねだり姫』のシリーズ化も狙っているのですよ。元ネタはありそうですし、それを面白おかしく物語にすることで、事態の深刻さを軽く見せる意味もあります。それに便乗して、ルーカスを『恋を選んだ王子様』として広めようかと」
「何だと?」
「ルーカスがああなった背景を含まなければ、まさに『物語のような恋』とは言えませんか? 少なくとも、生粋のキヴェラ人に反発を持つ人達からすれば、好意的に受け取られますよね?」
「……」
事実、民間ではそういう風に捉えられている。というか、キヴェラ王が自分達にも非があること、そしてセレスティナ姫への冷遇にルーカスは無関係だったことを公表した結果、そうなってきた……というのが正しい。
何より、復讐者達を知る人達や彼らに連なる人達の願望も多大に影響している。
彼らにとって、エレーナは覚悟を秘めた悲劇の令嬢。
『悪女』であるよりも、『覚悟の前に、恋を利用した女性』にしたいのだ。
実際のエレーナは中々に逞しい性格をしていたため、たとえルーカスの后になったとしても、大人しくはなかっただろう。
駄目なことは駄目とはっきり口にし、時には拳に訴えることさえするかもしれない。だけど、その裏にはルーカスや民を案じる心がきっとある。
私の知るエレーナは優しいけれど、それをあまり表に出さないちょっと不器用な子だ。セシルさえも『エレーナが王妃になっていたら、キヴェラは変わったかもな』と口にしていたくらい。
「元他国の人間のために、王となる道を失った王子様。彼の周囲に、出世を捨ててまで集う人達がいることも含め、美談になりませんか? ……国の在り方を変えようとする王族は、身勝手で他者を見下すことに優越感を感じる公爵令嬢の比較対象になりませんか」
「……儂の言葉では、民に届かないと?」
「貴方は良くも、悪くも、『別格』なんですよ。尊敬を向ける対象であっても、理解者……自分達の側に立つ人間、身近な存在と見る人はどれほどいます? 側近達でさえ、貴方を特別視しているじゃないですか」
『特別過ぎる』のだ、キヴェラ王は。だからこそ、彼亡き後を誰もが恐れる。……『今のキヴェラをどれほど保てるのか?』と。
はっきり言って、キヴェラ王以上の逸材を求めるのは酷だろう。そう簡単に天才が生まれるならば、どこの国だって苦労しない。
それを踏まえると、キヴェラに劇的な変化が起こる時期をキヴェラ王に担当してもらい、次代にはそれを補う形で頑張ってもらうしかなかろう。内部からの反発も当然、起こるのだ……王に他者を圧倒するカリスマ性がない限り、纏め上げるのはかなり難しい。最悪の場合、王家の権威が失墜する。
嫌な予想だけど、そこから国の崩壊が始まる可能性も十分ある。キヴェラがサロヴァーラみたいな状況――貴族が王家を軽んじる――になってみろ、国がデカい分、荒れた時の被害は甚大だ。
キヴェラ王がさっさと他国との関係改善に乗り出したのは、そういった未来を予想した可能性が高い。復讐者達の一件でキヴェラの脆さを知った以上、キヴェラ王が手を打たないはずないよね。
「ルーカスは王家と民の接点になれます。彼の下に、出世を捨てて集う者がいることは美談にもなりますが、同時にルーカスが手駒を持つことにもなる。元王族のルーカスが彼らのトップとして存在する以上、もたらされる情報や進言が無視される可能性は低い」
「ルーカスにその能力があると?」
「あるでしょう、本来ならばこの国の王となる人だったんですから」
「……王として立たせる、とは言わないのだな」
「王ではないからこそ、『一歩引いて、王を支える立場』になれるんじゃないですかね? 弟さんとの仲も良好のようですし、自分が気づかなかったことを指摘されたとしても、兄上様の言葉ならば無下にはしないかと」
「……」
キヴェラ王は複雑そうにしながらも、私の話を興味深げに聞いている。さすがに、この場で即答はできない内容なので、それも当然か。
「ま、私なりの一案ですよ」
軽い口調で締め括って肩を竦めれば、場の空気が一気に緩む。どうやら、誰もがそれなりに緊張していたらしい。
「結果のみを重視する、魔導師殿の提案でもか?」
「他人事だからこその提案でもありますからね。キヴェラの内情はよく知りませんし」
溜息を吐きながら、けれど即座に行なわれるキヴェラ王の探りにも、そう返すしかない。サイラス君からも視線を感じるが、それにも首を横に振ることで『無理』とお返事。
……。
……いや、その、じっと見られても無理ですからね!? 部外者! 私は部外者なんですってば!
「ほ、ほら、今回のことを優先しましょうよ。今のはその後のお話ですし」
「……確かにな。だが……」
テーブルの上にあった私の手……その手首をしっかりと掴み、キヴェラ王はどこか獰猛な笑みを浮かべる。その目はまるで、獲物を見る肉食獣のよう。
「そなたの提案だ。……多少は手伝ってもらうやもしれんな?」
「お、おう……話をする程度ならば、部外者でも何とかなる、かな?」
「ははっ! まあ、よいではないか。イルフェナと我が国の友好に、貢献できるやもしれんのだぞ? ……親猫殿も喜ぶやもしれんなぁ?」
「え゛」
利用できる存在(=魔導師)を前に、やはり一方的な謝罪で終わる気はなかった模様。っていうか、あんたも魔王様を親猫呼ばわりしていたのかよ、キヴェラ王……!
……。
魔王様……私は何やら、フラグを立ててしまった模様です。でも、親猫呼ばわりは私のせいじゃありませんからね!?
黒い人達の会話なので、美談もあまり感動的な方向にならず。
元凶達には順調に、暗雲が立ち込めております。
※活動報告に魔導師20巻と、ダンジョン生活。書籍化のお知らせがあります。
※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。
※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。
宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。
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