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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
変わりゆく世界編

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最良の友

――サロヴァーラ・王城にて(ティルシア視点)


「そう、手筈は整ったの。それじゃあ、お願いね」

「お任せください、ティルシア様。誰よりもこの国を案じた貴女様からのご依頼だからこそ、ということもございますが……我らが恩人たる魔導師様からの『お願い』です。必ずや、叶えてみせましょう」

「ふふ、頼りにしているわ」


 微笑んで頷けば、呼びつけていた男は深々と頭を下げた後に退室していった。彼の頼もしい言葉を思い出し、自然と私の笑みも深まる。

 彼はサロヴァーラにおいて、貴族でさえ無視できない影響力を持つ商人なのだ。そして、私の忠実な配下でもあった。

 私が使った茶葉や毒といったものは彼に頼んで手に入れたもの。つまり……まあ、それなりに裏に通じた人物でもある。

 ミヅキからの依頼を快諾できたのも、嬉々として私の手駒として動く彼の存在が大きい。


「それにしても、随分と簡単にいきましたね。アルベルダにおいて、取引先が激減する可能性もあるでしょうに」


 茶を淹れ直してくれた侍女もまた、私に忠誠を誓う者。彼女には侍女の領分を超えた仕事を頼むこともあった。だからこそ、商人の態度が不思議だったのかもしれない。


「……その程度のこと、と言い切ってしまえる状況だからよ。寧ろ、いち早く情報が得られたことを、喜んでいるんじゃないかしら?」

「それは、そうですが……。お話を伺う限り、問題の家はキヴェラの公爵家と縁続きになられる家なのでしょう? キヴェラ王があのような暴挙を容認されている限り、不興を買うのは得策ではないように思うのですが」


 商人達は基本的に、商売が好きな者が多い。そんな彼らにとって、キヴェラは無視できない国である。そして、今回は少々、キヴェラ側の事情が不透明だ。

 かの王が今回の出来事を知らない可能性もある。何らかの理由で、動けないのかもしれない。事実、キヴェラ王は『動かなかった』。

 言い換えれば、問題の公爵家が再び勝手な真似をすることも考えられるのだ。


「そうね、確かにその可能性もあるわ。そのうちミヅキがキヴェラに乗り込むでしょうけど、今はまだ、キヴェラ王が何を思ってあのような暴挙を許されたのかは判らない」

「それでは、なおのこと不利益を被る可能性が高いのでは?」

「そこはミヅキ次第ね。あの子のことだから、キヴェラ王に交渉でもするんじゃないかしら」


 ……いや、ミヅキのことだから交渉どころか、『私にキヴェラを蹂躙されるか、大人しく言うことをきくか、選べ』と脅迫する可能性もなくはないが。

 ただ、それは最終手段だろう。今回は『国同士の問題』なのだから。個人的なことならば、すでにミヅキの敵となった者達が『自業自得の災厄』(意訳)に見舞われているはずである。


 個人的な報復ならば、ミヅキは部外者を頼るような真似をしない。

 己の魔法や知恵を最大限に使い、自らの手で甚振りに行く。


 それをやらないということは……『個人の事情で済ませるには、無理がある』ということだ。ミヅキの個人的な行動で、どうにかなる問題ではないに違いない。

 かの親猫……もとい、ミヅキの保護者たるエルシュオン殿下がミヅキを使うくらいなので、王家から直接の抗議を行なうことも避けたいということだろう。

 国としての抗議などをすれば、嬉々としてそこに便乗し、双方を不仲にさせようと動く者が出てくる可能性がある。一貴族の抗議と違い、王家の名は中々に厄介なものなのだ。国単位のものとして見られてしまうのだから。

 それを踏まえ、今回、ミヅキは『私への個人的な依頼』という形を取っている。侍女の心配も当然だろう……それで不利益を被れば、商人達の不満の矛先はミヅキに向くのだから。

 いくら私が動いたとはいえ、事の発端はミヅキである。個人的な依頼である以上、国としての守りは得られない。エルシュオン殿下とて、ミヅキを庇うわけにはいくまい。

 ……だが。


「そう心配する必要はないわよ。我が国の商人達はミヅキに好意的ですもの」


 くすりと笑って告げれば、侍女は不思議そうに首を傾げた。


「サロヴァーラの一件において、ミヅキは民への情報伝達の手段として、他国の商人達を使ったでしょう? ある意味、彼らとの交流の場を作ってもらったようなものなのよね。しかも、貴族達への攻撃として、情報操作と商人を使った」

「え、ええ、それは存じておりますが」

「結果として、商人達には良い方向に動いたのよ」


 サロヴァーラはずっと、傲慢な貴族達が幅を利かせていた。商人とはいえ、民間人。その扱いは良いものとは言えなかったのだ。

 だが、ミヅキの提案した『サロヴァーラ矯正プラン』に商人達が組み込まれたことで、その扱いは一変する。魔導師と他国の後押しを受けた王家によって、多額の賠償金を毟り取られた貴族達は……初めて商人達に屈したのだ。


「期間も、該当する家も限られていたけれど、『財政難に陥った貴族』よりも、『金と商品を操る商人達の方が強くなった』のよ。ここまで規模の大きい流れなんて、滅多に起こらないでしょう。だけど、商人達が留飲を下げるには十分だった」


 普通ならば報復を恐れてろくなことができないだろうが、今回は商人の後ろについている者達が強力過ぎた。その中で、最も恐れられているのが魔導師……ミヅキである。

 個人でサロヴァーラの状況を覆したトンデモ娘は嬉々として、愚か者達を調きょ……いや、教育を施した。しかも帰国の際、『おかしな真似をすれば、今度こそ狩る』と明言していったのだ……!


 つまり、ミヅキにとってあの行ないの数々は『教育しただけ』。

 報復ともなれば、間違いなく今以上の地獄が待っている。


 そんなミヅキを諫められるのは、エルシュオン殿下だけ。そして、エルシュオン殿下にそれをお願いできるのは、貴族達が散々軽んじてきた王家のみ。

 ……詰みだろう、これは。それ以前に、サロヴァーラ王家は動く気がないのだ。黙っていれば、彼らが勝手に潰れてくれるのだから、当然だが。

 それでも、何人かは私に救済を求めてきた。……が、それには笑顔で『貴方達にさえ軽んじられてきた王家に、それが可能だと思うの?』と返してやった。


 これがミヅキの言っていた『ざまぁ!』という心境かと、妙に感動したのは秘密である。

 なんという、素晴らしい経験であろうか……!


 なお、高ぶる気持ちのままに零れた高笑いは、防音を施した――『秘密のお話』対策である――自室でしかしていないので、腹心たる侍女以外にバレてはいない。そもそも、私個人の心境はともかく、下手に動けないのは事実なのだから。

 あくまでも『他国や魔導師との取り決めゆえ、非がある我が王家は介入できない』で通したので、リリアンからも非道な姉とは思われていないはず。

 ……。

 多分。その代わり、お父様は何かを察していらしたようだが、些細なことである。


「我が国の商人達にとって、ミヅキは『様々な意味』で感謝すべき対象なのよ。彼らからすれば、恩返しの機会を得たということになるわね。私に対する忠誠もあって、彼らはきっちりお仕事をしてくれるでしょう」


 そう言い切れば、侍女は安堵の表情を見せた。


「そうですか……それならば宜しいのです。確かに、魔導師様は我が国の恩人でいらっしゃいますが、それで我が国が不利益を被るならば、話は別ですもの」

「ふふ! そうね、リリアンやお父様のためにも、そこは譲れないわ。だけど、ミヅキはそういった事情にも理解を示してくれるだろうから、あまり心配はいらないのかもしれないわ」


 私個人の感情を抜きにしても、これは確信に近い。ミヅキを教育したのがエルシュオン殿下だからこそ、というべきか。

 魔王殿下と呼ばれた王子は渾名に似合わず、善良な性格をしているのだ。その分、自国や身内に害を成す存在に対しては容赦がない。ミヅキに対しても、そういった方向で教育しているはず。

 もっとも、そのエルシュオン殿下とて、ミヅキに善良さなんてものを期待してはいないだろうから、『必要以上に、敵を作らないように』という意味だろう。

 ミヅキ自身も無暗やたらと喧嘩を売るような性格をしていない――面倒だから、という意味で――ので、彼女の策は基本的に『敵』のみを貶めるものとなる。

 ……その分、策のもたらす効果が凄まじいものになるのは余談だ。大丈夫、今のところ私達にとって害はない。


「こちらの手筈が整ったことを報告するついでに、キヴェラがどういった態度を見せているのか聞いておきましょう。場合によっては、リリアンのお勉強にも使えるかもしれないわね」


 最愛の妹とのお茶の時間にしては殺伐とした話題だが、こういったことはお父様よりも私の方が得意だ。良い教材があるならば、使うべきじゃないか。

 その時は、ミヅキに教えてもらうことになっているロイヤルミルクティーを淹れてあげよう。ミヅキはこの報酬に飛び付いたと思っているに違いないと思い、つい笑いが零れる。


 恩返しであることは秘密だ。恩を売りたいわけでもない。

 私とミヅキの距離は、きっとそれくらいが丁度いい。


 大々的に味方を公言する必要はないし、敵対姿勢を見せることもない。私達は……『お友達』なのだから。仲が良いだけではなく、たまには喧嘩だってする間柄でありたいと思う。

 互いを尊重するとは、そういうことだろう。私達は属する国どころか、最上位とするものさえ違うのだ……それを認め合っているからこそ、敵となることもある。それだけのこと。


「ティルシア様、楽しそうですわね」

「……ええ、そうね。それ以上に、嬉しくも思っているのよ……私にも素敵なお友達ができたんですもの」

「そうですわね。本当に、宜しゅうございました」


 微笑ましそうな視線を向けてくる侍女に、私は心からの笑みを向けた。ミヅキとは長い付き合いになるだろう。そう、確信して。

ティルシアがあっさり協力してくれた背景はこんな感じですが、

それを素直に言わないのが、女狐様。

なお、サロヴァーラ王あたりにはバレてます。あえて見ぬ振り。

主人公がキヴェラでやらかしているのは、まだ知りません。

※活動報告に魔導師20巻と、ダンジョン生活。書籍化のお知らせがあります。

 アリアンローズ公式HPにて、表紙などが公開されました。

※Renta! 様や他電子書籍取り扱いサイト様にて、コミカライズが配信されています。

※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。

 宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。

 https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n6895ei/

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